第194話 沢良木君の受難
お待たせしました。
「コレ、どういう状況?」
教室に来た真澄の第一声である。
「あ、真澄ちゃんおはよう。いやー、私が来たときには既にこうだったんだよね」
「ええ……」
何やら真澄と高畠さんの声が聞こえてくるが、こっちはそれどころじゃあない。
「……(つーん)」
「……ごめんよ斉藤さん。俺が悪かった。この通り、許して欲しい」
真澄が見つめるこちら側。つまり俺と斉藤さんな訳だが、その構図は小柄で膨れっ面の天使に謝り倒すノッポの俺、といったモノ。
「……(じー)」
「……その、ごめん」
「……(ぷいっ)」
あああああああああ。
斉藤さんを怒らせちまったよおおおお!
かれこれ登校してから10分程。俺は斉藤さんを怒らせてしまった後悔に苛まれていた。俺が謝ると一度はこちらを見てくれるものの、直ぐにそっぽを向かれてしまう。その度俺のハートはガリガリと削れて行く。
正直、俺に斉藤さんがここまで怒った姿を見せるのは初めてである。俊夫さんとの親子喧嘩の時は、当然俺に向けられていなかったし、バーベキューの時もちょっとしたすれ違いというか、直ぐに仲直り出来たしな。
現状、口も利いてくれないのだ。こんな状態初めてで、俺はアタフタとするばかり、気が気じゃない。
流石に新たな一面が~とか喜んで居られない。
結局この後、桜子ちゃんがやって来てホームルームが始まってしまったので、斉藤さんの許しを得ることは出来なかった。
それに一時限目は移動教室だったので、ホームルーム後は早々に移動が始まった。授業の準備が進む中、斉藤さんと話をするタイミングが無い。授業中も自由な時間が無かった為、話すことは出来なかった。
「沢良木、なんか珍しい事になってんな?」
「何事だ?」
教室への帰り道、佐々木や藤島からの疑問が投げかけられる。真澄や高畠さん松井等、仲の良い子達と共に歩く斉藤さんの背中は前方に見える。その背中を見て僅かに溜め息が漏れる。
「ちょっと怒らせちゃってな」
「へぇ? 珍しい事もあるんだなぁ」
「お前、学校休んでたじゃねぇか。どうやって怒らせるんだ? 今日の通学中か?」
「ん、まあ、欠席中から今朝にかけてと言うか。決定的には今朝かな」
「なんだなんだ? 詳しく教えろよ沢良木ー。いつも幸せそうな沢良木の不幸話、聞かせてくれよー」
佐々木が肩を組んで絡んでくる。文化祭の準備でよく話すようになったコイツとは、それなりに仲良くなったと思う。まあ、このくらい絡んでくる程には打ち解けた。
「嫌だよカッコわりぃ」
「いや、既にクラス中がそのカッコわりぃ姿見てんだけど?」
藤島の鋭いツッコミが俺のハートに突き刺さる。
「ぐっ、てめぇ容赦ねえな……」
確かにそうだろうけどさ!?
俺の恨めしい視線にも動じない藤島は、で? と先を促して来やがる。話しに混ざっていない周囲の男子達も聞き耳を立てて居るのが分かる。てめぇらも絶対楽しんでるだろ。
「……詳しくは言えねぇけど、風邪で休んだ時色々話をしてさ。散々風邪とか諸々心配かけたんだけど、その風邪の原因があまりにお粗末でな……」
観念した俺は理由をぼかして口にする。
「あんなに心配したのに! って感じで斉藤は怒ってるのか? くぅ、愛されてるなぁ。うらやましい!」
未だに俺の肩に絡んだままの佐々木のピンポイントな指摘に言葉が詰まる。
「つうか、どこでそんなに話す機会あったんだよ。家で休んでたんだろ?」
「え、普通にRAINとかじゃあ……え? ……ま、まさか沢良木お前……いや、そんな!? 俺はあり得ない可能性に気付いてしまった! だが、そんな羨ま恨めしい事があってたまるかよ!? いや、嘘だと言ってくれ沢良木!? 現実にあり得るのかよ!?」
藤島の疑問に佐々木が乗っかり、驚愕したような表情を浮かべる。表情と合わせ肩を組む腕に力が加わっていく。
「な、なんだよ?」
佐々木のただならぬ様子から、看病の事を察したのかもしれない、と俺は察した。俺は目を見開いた佐々木の視線から逃れるように逆を向く。
「吐けよ。楽になるぜ?」
視線の向けた先には優しい顔の藤島が居た。半分面白がって笑ってんの分かってるからな?
「言えよ沢良木ぃ! お、お前なら何故かそんなドキドキ青春ドラマのような1ページが想像出来ちまう! なあ、そうなんだろ!? やっぱりイケメンだから違うのか!? あぁ!?」
佐々木が何やら暴走気味ではあるが。いい加減鬱陶しいので肩から払い除ける。
「あふんっ」
「キモい声出すな」
「ひどいっ! ホントの事、言うまで絡み続けるからねっ!」
「うぜぇ……」
しかし、多方向からの圧に知らぬ存ぜぬは通じない気配になってきた。もちろんシラを通すことも出きるが、ここまで話しておいて、それはあんまりだろう。ノリが悪く不和を生んでもつまらない。
「……あー、その、なんだ。斉藤さんに看病して貰った」
何より俺はこれを自慢したかったのかもしれない。無意識に俺は胸を張っていた。
おおぉぉぉお! と廊下に男子数人の野太い唸り声が響く。
「まあ、俺独り暮らしだから正直凄い助かったんだわ」
「そういや言ってたな独り暮らし」
「え、そうなん? めっちゃ良いじゃん独り暮らし! 羨ましい! 彼女連れ込み放題じゃん!」
元から知っていた藤島は納得に頷き、佐々木は初耳だと騒ぐ。そして発想が有り余る健全な高校生のそれだ。
まあ、それは無視だ。
「学校帰りにわざわざ来てくれてな。その時に色々と面倒見てくれてな。薬や差し入れ買ってきてくれたり、部屋片付けてくれたり、ご飯作ってくれたり」
「なんだその恨み言しか出てこない満ち足りた病欠」
佐々木の目からハイライトが消えていた。
だが俺は構わず続ける。
「ああ。確かに満ち足りた病欠だったよ。……なんせあの娘は天使だ。天使に看病して貰うあの幸福よ。これは筆舌に尽くしがたい程の幸福だよ。何度あの幸福を噛み締めたことか……」
「お、おう? お、おい藤島なんか沢良木変じゃね?」
「あの天使の笑顔、天使の作った、天使が手ずから食べさせてくれるお粥、風邪で弱った心を包む天使の溢れる優しさ。あー天使。マジ天使! 天使だわ斉藤さん。もはや天使でありながら女神だわ。……しかし、何故俺はそんな天使を怒らせてしまったのだろうか! くそっ、俺の馬鹿っ!」
俺は変なスイッチが入ってしまったようで、天使に対する愛が溢れてしまった。それと後悔も。
「ふ、藤島ぁ!? なんだコレ! 羨ましい部分もちらほらあったけど、それ以上にこの沢良木のインパクトよぉ!?」
「平常運転だな」
「平常運転!? 平常運転なのかコレっ!? なんか天使天使言ってるけど!?」
「平常運転だな」
「ま、マジかよ、沢良木のイメージが崩れていくんだが」
「平常運転だな」
「マジかよ……」
「ああ、あの後ろ姿だけでもマジ天使可愛い」
「ナニコレカオス」
結局何も解決はせず、クラスの男子に俺の天使フリークっぷりが露呈しただけで休み時間は終わってしまった。
────────
「……なんか後ろの男子が騒いでるけど。ところで何で喧嘩したのよ?」
「私も聞きたいぞ!」
「ホント、初めて見たよ二人が喧嘩してる所ー」
「ホントにそうよね」
そう言うのは真澄、唯ちゃん、絵里ちゃん、美里ちゃん。
移動教室からの帰りの廊下での事です。皆は口々に不思議そうにそう言います。
「あー、うん。ちょっと喧嘩と言うか、わたしが一方的に怒ってると言うか」
「聞かせなさいよ愛奈ー、皆気になってるわよ?」
真澄の言葉にわたしは苦笑いするしかありません。
でも、なんて説明すれば良いんでしょうかね? 先日聞いた話をするのは憚られますし、そもそもわたしが誰にも話したく無いですしね!
と言うか宗くんに対して既に怒ってもいないと言うか、むしろちょっと宗くんに申し訳なくなってきていると言うか、事実を知って安心していると言うか。今となっては、その反動でつい怒っちゃったと思うんですよ。
「ん、正直今はもう怒って無いんだけどね」
だから、わたしはそう前置き簡単に話せる所だけ話す事にします。
「色々と話もあったんだけどね、沢良木くんが風邪を引いた理由があんまりでね。いっぱい心配したのにーって、わたしが勝手に怒ってただけなの。だから実は喧嘩にすらなってないんだよ。あはは……」
「えー、そうなのかー。まあ、愛奈ちゃんと沢良木君ではもし喧嘩しても長続きしなさそうではある」
「そう言うことなのね。なら宗君の風邪を引いた理由ってのは? すごい気になるんだけど?」
真澄の言うことも、もっともですよね。でも、宗くんがわたしの為に決意してくれた、と言うことはわたしだけの大事な宝物なので言うわけにはいきません。
……だから宗くんゴメン!
「……か、傘があるのに、ふざけて雨に打たれながら家まで一時間ぐらい歩ったんだってー。雨に打たれる自分に酔って? みたいな」
ご、ごめんなさい~! つい宗くんに恥をかかせる言い方をしまいましたぁ! ざ、罪悪感が半端ないです! でも言いたくないんです!!! ごめんなさいぃ!!!
背中にイヤな汗が流れている気がしますが、コレはわたしの罪です! 後で宗くんに、ごめんなさいします!
「し、宗君もたまに意味分かんない事するのね?」
ニュアンスが違えど宗くんの行動は変わらないですからね。言葉が足りないだけでイメージがガラッと変わってしまいます。不思議ですね!
宗くん本っ当にごめんなさいっ!!! 後で何でも言うこと聞きますから!
「そ、そうなの。だからわたしもつい怒っちゃってぇ……」
唯ちゃんと絵里ちゃんは可笑しそうに笑って、真澄と美里ちゃんは微妙な表情です。真澄はもちろんですが、美里ちゃんもなんだかんだ言いつつも、宗くんのこと多分好きですしね。二人のその表情も納得です。
「でも……」
わたしは先ほどから少し思ってる事で話題を広げようと考えました。
「なによ愛奈?」
「……必死に謝る沢良木くんが、すっごく可愛いく見えてしまうのは、わたしだけ?」
「「っ!?」」
わたしの言葉に真澄と美里ちゃんは、ハッとした表情を見せお互いに顔を見合わせます。
「それはー、ホレた男の子の弱ってる姿だから、ってことじゃないのか?」
「あー、なるほどぉ」
宗くんに特別な感情の無い二人は冷静ですね。
「なんか、ちょっと目覚めてはイケない何かを感じてしまっていると言いますか」
「た、確かに。愛奈を嗜めようと最初は思ったけど、あたしも気になる。と言うか見たい! 後であたしも隣に居る!」
「わ、私も見たいわ!」
「ダメよ!」
「ズルい! 私だって見たいもの! 仲間はずれにしないでよ! あなた達だけの沢良木じゃ無いのよ!」
「ぐっ……それは、そうだけど。……し、仕方ないわね」
宗くんの尊厳が悉く軽く扱われています……。いや、わたしが悪いんですけどね! でも、宗くんが可愛いんですもん!
「と言うわけで愛奈! まだ宗君を許しちゃダメよ! 許すのはあたし達も見てからよ!」
「(コクコクっ)」
意気込む真澄と美里ちゃん。
「沢良木君の受難はまだまだ続きそうだなぁ……」
「かわいそー」
唯ちゃんと絵里ちゃんはのほほんと、後ろの宗くんの方へとあたたかい視線を送っていました。
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