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第184話 妹のお話

 

「なんか……ごめんな」


 二人して感極まってしまった俺たち。ようやく落ち着いて来たので話に戻る。


 今日は斉藤さんに情けない姿ばかり見せているなぁ。

 涙がどうも気恥ずかしく、そっぽを向いて誤魔化した。誤魔化せたかどうかは知らん。


「……ううん、大丈夫」


 改めて斉藤さんの顔を見れば、潤んだ瞳を細め、頬には涙の跡が見て取れる。その瞳は慈愛に満ちた色を宿しており、微笑みながらこちらを見つめていた。


 何でかは知らん。知らんと言ったら知らん。恥ずかしいから何も知らん。


 とりあえず天使か。


 いえ、最早、女神です。


 見惚れたよ。ちくしょう。


 えっと、次は……御崎高校に入学した話だな。

 俺は未だ熱でハッキリしない頭の中で、話す内容を纏めると口を開いた。


「……さっきも話に出てきていたし、仏壇を見れば分かると思うんだけど、俺には妹も居たんだ」


「……うん。写真立て、見たよ。すごく可愛い子だね。目元とか沢良木君に似てた」


 そう言って笑う斉藤さんだったが、その笑顔は寂しげだ。妹は俺の家にはもう居ない。その結末が分かっているからだろう。


 俺もこんな暗い過去を斉藤さんに聞かせ続けるのは辛い。でも、話すと決心したのは紛れもない自分だ。再び拳を握り締め、自身を奮い立たせる。


「ははは。……ああ、それはよく言われた。身体は弱かったけれど、兄思いで健気なヤツでさ。それにすごい良い子でそれに……あー、これだとまるでシスコンだな」


 おそらく他人から見れば紛れもなく、そうなのだろうと思うけどね。俺は自分を顧みて苦笑する。


「ふふ、仲が良かったんだね?」


「ああ」


 俺の妹語りに引かれるかと思ったが、まだ大丈夫だったようだ。ひとまず安心。


「斉藤さんが言ってくれたように似てる、ってよく言われたんだけどな、本当の妹じゃ無かったんだ」


「えっ!? そうなのっ!?」


「元は従妹(いとこ)でね。その両親も亡くなってしまってて、引き取ったのがウチ。まあ、一応親戚だから、似てても不思議ではないのかな? お互い小さかったから、本当の妹って感じだったし、仲はすごい良かったよ」


「……」


 俺の様々なカミングアウトに、既にいっぱいいっぱいな具合の斉藤さんである。


 まだまだ続くよ。


「4年程前、さっきも話した様に突然の事故で俺たちの両親も亡くなっちまって……俺たちは二人きりになった。ここで中退の話に戻るんだけど、俺は中学生の妹を養う為に働く選択をしたんだ。近くに親戚も全く居なかった。唯一の親戚が妹の両親だった。だから、俺は高校を中退した。今思えば短慮だったと思うけどね。当時は保険や会社からの補償、遺産とかも多少はあったからなんとかなると思ったんだけどな」


 今考えれば、そんな短絡的に中退を選択しなくても良かったとも思う。補助金等の国や町の制度を上手く活用すればと、今なら考えられる。しかし、当時アウトローを気取り不良街道まっしぐらの無駄に尖っていた俺は、周りの声に一切耳を傾けず、妹を自分一人の手で守っていかなければならないと、まるで不釣り合いな責任感に突き動かされていた。


 一応、犯罪に手を染める様な方向に進まなかっただけ良かったのだろうか。


 当時を思い出しながら、俺は語り続ける。


「それで、所詮子供だった俺にはどうしようもなくなって……。その時、手を差し伸べてくれたのが、親の知合いで葬式でも気に掛けてくれていた理沙って訳だ。それから理沙の所に兄妹二人で転がり込んだ」


 結局、持ち家すらも維持するのはやはり難しく、二人だけの生活は直ぐに難航した。当時の俺は何もかもが足りなかった。どうにかなる、なんとかする、と突き進むのは俺の気持ちだけだった。

 今も時々思うが、理沙の手助けがなければどうなっていたか分からない。もっと悲惨な結末を迎えていたと、想像に難しくない。


「日雇いのバイトて稼いでそれでも足りなくて遺産や貯金を切り崩す生活だった。先も見えなくて不安ばっかりで、けど妹には心配かけまいと必死に繕って。それでも限界は少しずつ近付いて来ていて……。そんな俺らは理沙のおかげで、何とか人並みの生活を送れるようになった。感謝してもしきれない存在なんだ」


 恥ずかしいし、調子に乗るから本人には絶対言わないけどな、俺はそう言って笑う。


「そっか……沢良木君は、わたしなんかじゃ全然想像も出来ないような苦労を、沢山してきたんだね……。でも、理沙さんにもその言葉言ってもいいと思うけどなぁ……理沙さん喜ぶよー?」


「だから嫌なんだよ……」


 斉藤さんの物言いに苦笑する。以前のBBQ以来、すっかりとウチの女性陣と打ち解けた斉藤さん。連絡先も交換したらしい。

 斉藤さんは理沙の肩を持つらしい。お兄さん悲しい。ぐすん。


「まあ、とにかく理沙のおかげで安定した生活を手に入れたんだ。俺は理沙の会社に拾って貰ったし、妹は今まで通り学校に通えた」


「理沙さん様々だね」


「ホントにな」


 斉藤さんと俺は二人で笑い合う。


 ここから再び暗い話をしなくちゃならんのが、やっぱりキツイなぁ。


「……だけど、平穏も長くは続かなかったんだ」


「それって……」


 斉藤さんも察しがついたのだろう。


「ああ。妹が……(みお)が入院した」


「入院……」


 斉藤さんの呟きに頷く。


「元々身体は弱かったんだ。それで季節の変わり目に罹った風邪が悪化してね……」


 俺は斉藤さんへ当時の状況を語る。




 あれは秋から冬にかけて季節が変わり行く頃だった。

 今も鮮明に覚えている。

 その日俺は非番で、いい加減慣れてきた家事を理沙の家でこなしながら休日を過ごしていた。


 澪はいつも通り中学校に向かい、いつも通り帰ってきた。身体が丈夫じゃなかったあいつは運動部への所属は出来なかった。家の事情もあったから、なし崩し的に帰宅部になっていた。


 帰ってきたあいつは見るからに具合が悪そうだった。

 あいつはいつもの風邪だと、何日か休めば治るだろうって、笑っていた。俺も幼少期からその面倒を見ているから、大して大きく受け止めなかった。


 しかし、症状は幾日経とうと良くなることは無かった。


 症状が悪化し、あっという間に入院が決まった。

 入院すると症状はひとまず落ち着いた。肺炎は起こしていたが、それも入院しながらの治療で完治していった。


「だけど、あいつはそれから、何度も入退院を繰り返すようになってしまったんだ」


「何か、病気が……?」


「明確な病気とかではないんだけどな。あいつは身体が弱かったから、体力の回復が人一倍遅かったんだ。それで、回復しきる前にまた風邪を拗らせて。その度、段々と体力とか免疫、色々なモノが無くなっていった。最終的には病院のベッドで寝たきりの状態だった……」


「そんな……」


「でも、そんな状態になるまで、調子が良ければ学校に通っていたんだ。学校に行って勉強して、友達と過ごしてさ。あいつはめげずに日々一生懸命、頑張っていたんだ……」


 澪は本当に学校に行くことを楽しみにしていた。

 仲のいい友達とお喋りすることを、勉強することを、遊ぶことを。

 帰ってくれば、その事を本当に楽しそうに教えてくれた。俺もその日仕事であった事を語って聞かせた。俺らはお互いに楽しかった事、嬉しかった事、辛かった事、面白かった事を語り合った。

 俺はそんな時間が大好きで、とても大切に思っていた。


 だけど、時間は残酷に過ぎて行った。


「度重なる肺炎と合併症で、澪の身体は既にどうしようもない程にボロボロだった。まだ中学生のくせに、老人の様に痩せ細って、窶れていった……」


 その頃にはもう、学校に通う事は出来なかった。

 俺と澪の世界は病院の一室に狭まった。


「医者に何度も、妹を救ってくれと懇願した。頭も何度下げたか分からない。無茶苦茶な事を言いまくったし、終いには掴みかかったりもしていた。今思えば、かなり厄介な患者の家族だな。……それでも先生は最後まで面倒を見てくれた」


 そんな冬のある日。

 澪は病室から雪の積もる外を見ながら言ったんだ。






『……高校に行きたい』






 って。

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