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第179話 始めての訪問

お待たせしました。











「てっきり仲の良い斉藤さんなら知ってると思ってて、ごめんね?」


「い、いえ。そ、それで、その……」


 わたしはしどろもどろになりながら、高橋先生に言外に問いかけます。


 でも、わたしなら家を知ってるって……。そ、そんなに仲良さそうに見えていたんでしょうか? な、仲睦まじく? みたいな? ……えへへ。


「あー、沢良木君の住所ね。ん…………斉藤さんなら良いか……ちょっとだけ職員室に来て貰える?」


 高橋先生は何やら呟いたあと、ウィンクをしながら首を傾げました。


「あ、はいっ!」


 わたしは多目的室への荷物運びが終わり次第向かう旨を伝えると、早く仕事を終えるべく足早に多目的室へ向かうのでした。







 わたしはズルいです。


 親友には内緒で好きな男の子の家に向かっているのですから。真澄には用事があるからと適当な理由を告げて教室を出てきてしまいました。


 しかし親友とは言え、真澄とわたしはライバル。

 こんな貴重なチャンスはそうそうあるものでは無いのです。是非ともモノにしなくては。そんな気持ちのまま、先生から住所を教えて貰ったわたしは学校を飛び出しました。


 少しの罪悪感と、それを上回る期待に胸を膨らませわたしは、あまり使ったことの無い地図アプリに従って、宗君のお家向かうのです。


 途中、風邪でも食べられそうなゼリーなど、コンビニでちょっとした手土産を買いつつ、普段通学には使わない電車に乗ること10分程。

 宗君のお家の最寄り駅に着きました。ここから更に十数分歩くと着くようですね。


 ちなみにわたしが一度も訪れたことのない地区なので、土地勘も全くありません。この地図アプリだけが頼りです。

 しかし、地図アプリって凄いんですね……。普段使うことは全く無いので、ここまで便利なのかと驚きました。乗る電車の時間から詳しい経路、所要時間まで。凄いです!


 と、アプリに感動しつつ歩を進めること10分とちょっと。何事もなく無事に目的地は直ぐそこです。


「……」


 だいぶ草臥れた建物が多い地区の中に佇む二階建てアパート。


「……ここに、宗君が住んでるんだ」


 わたし、遂に宗君のお家に来ちゃいましたぁ……!!!


 言い知れぬ感動に震えながらわたしは宗君の部屋へと向かいます。カンカンと音を立て階段を上がり部屋を数えます。


「この部屋、だね」


 部屋の前に立つわたしは表札を見ます。そこには間違い無く『沢良木』の文字。ついでに言うなら、それは間違い無く宗君の書いた文字なのです。


 ふふんっ、伊達に一緒にお勉強とかしてませんから! 文字の癖なんかもちょっと分かっちゃうのです。


 ニマニマと頬の緩む、少し気持ち悪い自分に引きつつチャイムに指を伸ばします。


 宗君は何て言うでしょう? わざわざプリントありがとう、お茶でもどう? みたいな!? えへ、えへへ! いやいや! 宗君は風邪なんですから! プリント渡したらすぐに帰りますとも。はい。でもー、引き留められちゃったら仕方ないかもねーなんて考えちゃうのです。はい!


「………………あ、れ?」


 が、そこでふと、わたしは止まります。


「……………………」


 そう。


 わたしは気付いてしまったのです


 気付いてしまった事実に冷や汗が止まりません。


 その事実とは……。


「わたし……宗君に……連絡とってないよぉ……!!!」


 訪問を告げずにここまで来てしまったわたしは思わず頭を抱えてしゃがみ込むのでした。


 アポ無し突撃訪問です。


 今さらですが、RINEでメッセージ送ります?


『先生からプリント渡されたから、届けに行っても良いかな? 今家の前に居るんだけど……』……いや怖いよ!? ドン引きだよぉ!!! 何でいきなり家の前!? 宗君に変な子だって思われちゃう! 嫌われちゃうよ!


 だったらどうする? 一回帰って出直す? ここまで来て? それに遅くなっちゃうよ? いっそのこと正直に言おうかな? なんて? 宗君のお家に行くのに舞い上がりすぎて連絡忘れてたーーーー恥ずかしくて死ぬよっ!? それが一番回避したい!


 あーーーーーー、うーーーーー!!!


 色々と言い訳やら誤魔化す方法やら考えるわたし。


 だから、わたしは気付きませんでした。


「……へ? え? 斉藤さん?」


 大好きな彼の接近に。


「ふぇっ!?」


 ガバッ、と顔を上げれば、そこには大好きな宗君の姿。


「な、なな、あ……」


 マスクを着けて、初めて目にするスウェット姿。その手にはコンビニの袋をぶら提げていました。

 そんな彼にわたしの視線は釘付けで。


「え、えっ、と……」


 けれど何も言えないわたしは、結局視線を外し彷徨わせるのです。


 連絡も無しに急に来てしまった無遠慮と、目も合わせられない気恥ずかしさと、新鮮な宗君の姿を、風邪で弱っているのか少し上気した表情を見てしまったドキドキが胸の中でない交ぜになってしまいます。


「だ、大丈夫か斉藤さん!? どこか痛いところは!? ケガは!? だ、大丈夫か? 何とも無い?」


「ひゃっ!?」


 コンビニの袋を投げ出した宗君はしゃがみ込むと、わたしの肩に手を置き、顔を覗き込んできました。


 突然至近距離に現れた宗君にわたしのハートははち切れんばかりです。

 わたしの眼を見つめる強い瞳に、頭がクラクラとしてしまいます。


「ぁ……わ、あの……わたし」


 分かっています。宗君はわたしの様子を見て心配してくれただけなんだから。俯いてしゃがみこんでいたら、優しい宗君のことです。そりゃ心配しますよね。


 事実とは関係なく、胸の高鳴りに潤みそうになる瞳を必死に抑え、わたしは何とか口を開きます。


「だ、大丈夫! 何ともないよ!!! ほらっ」


 わたしは立ち上がると、身体を捻りながら、宗君に何でもない事を主張します。


「そ、そっか……」


 わたしの姿を見上げて、一応信じてくれたのか。宗君は安堵の表情を浮かべ、息を吐いたのでした。


「良かった」


 ……ああ、ダメ。

 そんな仕草をされたら、勘違いしちゃうよ……。


 その瞳は凄く、凄く優しげで。


「ごめんね?」


 再び高鳴る胸を必死に押さえ付け、わたしは笑顔と共に少しだけ瞳を閉じるのでした。





「……げほっ、けほっ、ごほっ」


「だ、大丈夫っ!? ご、ごめん、わたしが紛らわしかったばっかりに……」


 急に酷く咳き込んでしまった宗君の背中をさするわたし。咄嗟の行動でしたが、宗君に触れている事に気付くと顔が熱くなります。

 だけど宗君が大変な今、それどころじゃないのでわたしは顔を引き締めます。それに、なんだかいつもより宗君の背中が小さく感じてしまうのです。

 軽い風邪だと彼は今朝言っていましたが、心配する気持ちがどんどんと大きくなります。


「わ、悪い。けほっ、だ、大丈夫……ごほっ、ごほっ」


「ぜ、全然大丈夫じゃないと思うよ!? と、とりあえず中で休もう? ね?」


「あ、ああ……悪い……」


 大きな身体を引き摺る様に歩く宗君を支え、わたしは初めての宗君の家へと足を踏み入れるのでした。






 そこは、質素なアパートの一室でした。

 見たところ、間取りは六畳二間のようです。物は少なく、最低限の物しか置いていない印象。中でも部屋の角に置かれた、掃除の行き届いた綺麗な仏壇が印象的でした。


 わたしはキョロキョロと部屋を見渡したくなる気持ちを必死に押さえ付け、開いていた襖を通り隣の部屋へと進みます。そして、既に敷かれていた布団へと宗君を寝かせます。


 家に入った時、宗君を寝かせる時、胸いっぱいに満たされる宗君の匂いに心臓が飛び出そうになりながらも、何とか平常心を保ちます。


 ……先程からこんなにもドキドキしていて、今日わたしは無事でいられるのでしょうか?


 わたしは横になった宗君の側に、正座して座ります。


「……斉藤さん……助かったよ。ありがとう」


「ううん、気にしないで? むしろ、ごめんなさい、というか。……そ、その、そんなに辛そうなのに、わたし心配かけちゃったし、無理に身体動かしちゃったのかなって……」


「…………」


 わたしの言葉にきょとんとした表情でこちらを見上げる宗君。何かやってしまったかと、わたしは慌てて宗君に問いかけます。


「あ、ああのあの、何か変なこと言ったかな!?」


「……ふふ、いや。……本当に大丈夫そうで良かった。いつもの斉藤さんだ」


「……はぅっ」


 再び優しげな瞳に見つめられ、わたしは俯き咄嗟に胸を押さえます。


「……どうかした?」


「ううんっ」


 わたしはブンブンと(かぶり)を振るしかありませんでした。


「わ、わたしより、しゅっ……沢良木君だよ! 大丈夫? 朝聞いてたより酷そうだよ?」


 ……危ないです。心の中で宗君宗君いっているので、つい口をついて出てしまいそうです。


 ……ダメってことは無いんですけどね? ほら、やっぱりわたしは宗君と恋人に……って、そんなことどうでも良いのです!


「ああ……なんか昼くらいから更に酷くなってきたんだよね。朝から何も食べて無いし、何か腹に入れた方が良いかと思って、身体に鞭打ってコンビニに行って来たんだ」


「そうだったんだね……」


 わたしは傍らに置かれたビニール袋を一瞥すると頷きます。

 コンビニから帰ってきたところで会ったんですね。


「斉藤さんが居たのは驚いたけど、正直助かったよ。結構朦朧としてたし……」


 風邪だから家に招くのはダメなんだろうけど、と苦笑いの宗君。


「もう。頼ってくれても良いのに……」


「……そっか……ありがとう」


 うぐぅ……。


 弱っているからか、微笑む宗君がなんだかふわふわしてます。何て言えば良いのか分かりませんが、そんな宗君にお礼を言われると、心がもにゅもにゅしちゃいます! もにゅって!


「……ところで、俺に何か用事があった? 突然来るからびっくりしたよ」


 いたずらっぽく笑う宗君に、先程心配させてしまった手前、わたしは苦笑いを返します。


「あっ、そうだった。……コレ、高橋先生から届けて欲しいって言われたんだよ。急だけど明日までなんだって」


 宗君に問われ思い出した本来の目的。プリントをカバンから取り出すとわたしは宗君に見える様に差し出します。

 宗君はプリントを受け取ると中身を確認して頷きました。


「ああ、それで……。ありがとうな、斉藤さん」


「えへへ、どういたしまして」


 宗君にお礼を言われるのは凄く嬉しいです! わたしでも宗君の役に立てたんだって思えるから。心がピョンピョン弾みます。


「……もしかすると、明日も休んじゃうかもしれないから、今日持って帰って貰っても良いかな? 今書いちゃうよ」


「あ……そうなんだ……。持って帰るのはもちろん大丈夫だよ。でもそこまで辛いんだね」


 弾んでいた心は打って変わって、宗君の体調を思いチクリと痛みます。


 わたしは無意識に宗君のおでこに手を伸ばしていました。

 そして、おでこの熱さと、それに自分の無意識の行動に驚き、手を引き戻します。


「……っあ、ご、ごめんねっ、急に!」


「……はは、謝らなくていいよ。……斉藤さんの手、冷たくて気持ち良かったから」


 ……なんで、そんなこと言うんですか……?


 そんなこと言われたら、またしたくなっちゃうじゃないですか……。


「…………」


 わたしは熱くなる顔と、唇を引き結んで、宗君のおでこに手を伸ばします。


「……あ」


「……どう? 気持ち、いいかな?」


「…………あぁ。はは、ひんやりしてる」


「そっか……」


「ああ……」


 掌に伝わる宗君の熱を感じながら、わたしの掌が宗君の熱で温まるまで、おでこに手を添え続けるのでした。














「しかし、よく俺の家わかったね?」


「うん、高橋先生から教えてもらったよ!」


「へぇ……? そうだったんだね……」


(おい個人情報どうした? つか、この辺り物騒だから絶対に来させたくなかったのに! なのに一人で来たって!? 何かあったらどうしたんだよ! ふざけんな! 斉藤さんは天使だぞ!? つまり猛獣の檻の中に餌を放り投げるのと同じなんだよ! 玄関に居たとき正直生きた心地しなかったわ! なんか蹲ってるし! 何もなかったのが分かって俺がどれだけ安堵したことか! 一気に風邪進行したね! 絶対! 登校したら絶対釘刺してやる! 待ってろや桜子ちゃん!)




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