第175話 文化祭間近、帰り道2
終わらんかった……。
また分割です(-.-)y
何とか許して貰った俺は斉藤さんとのお喋りを続ける。ここまで立て続けに天使を怒らせてしまうとは何とも度しがたい。
でも楽しい。
まったく救いようが無い男である。
「沢良木くんはいつもどこで買い物してるの?」
「んー、バイト帰りにモールの食料品売場で済ますことが多いかな?」
「そっかー。あの規模のスーパーなら何でもあるしねー」
「そうだね。それに拘りも無いからな。斉藤さん家はやっぱり商店街?」
「うん! ウチが商店街にあるのも大きな理由だけど。買い物で商店街の皆の顔を見るのも好きだからね、えへへー。たまにはモールにも行くけどね」
「そう言えば、バーベキューの時会ったもんな」
「そうそう! でも、あまり行かないから凄い偶然だったかも?」
「そうなのか。それならあの時会えたのは幸運だったね」
「えへへ……」
神様感謝します。斉藤さんとBBQするチャンスをくださって。
しかし、そうか。斉恵亭のアイドルである斉藤さんのことだ。きっと商店街の皆にも愛されているのだろう。以前に店の手伝いをした時の様子を見ても間違い無いだろう。
そういえば、ここの商店街で買い物をしたことが無いな。仕事や斉藤さん家訪問でたまに来る程度である。
嬉しそうな斉藤さんに俺も笑みが浮かぶ。
「んー、今日は商店街で買い物してみようかな」
「え、ホント!? それならわたしが案内してあげるよ!」
「良いの? 帰り遅くならない?」
既に薄暗く、もう少しすれば夜の帳が降りるだろう。
……でもまあ、このまま家まで送れば問題無いかな。何より斉藤さんに案内して貰えるのは素直に嬉しい。
「まっかせて! 時間は全然大丈夫だよ! いっぱい値切ってみせるよ!」
「……ほどほどにね」
握りこぶしを作り張り切る天使に苦笑を一つ溢すと、俺は案内をお願いすることにした。
しかし、何故だろう。
俺には、斉恵亭での二の舞になるような気がしてならないのだが……。
主に地元民から、からかわれる方向に。
御崎高の坂を下り、二人でのんびり歩くこと10分程。近所に位置している、御崎商店街入り口に到着した。
斉藤さん家はここから見ると商店街の中程を過ぎた辺りなので、普段の通学ならこちらを通らず帰るそうだ。
斉藤さんは早足で俺を追い越すと、クルリと振り返った。
「ようこそ御崎商店街へ! なんちゃって……」
そう言って小さく舌を出したのは一人のすこぶる可愛い天使。
する事なす事何でも可愛いのは天使補正なんだろうか?
俺はどうしても我慢出来ずに、こちらを見上げる天使の頭をわしゃわしゃ撫でてしまう。
うわっ、サラッサラだ。この金糸にはいつまでも撫でていたくなる中毒性があると俺は言いたい。
「わっ、わっぷ、わー! なんでー、なんでー!?」
可愛いのがいけないと思う。
「とりあえず食料品を一通り買いたいから、近い順番で案内してもらっても良いかな?」
「んー? わかったよー。うー、沢良木くんヒドイよー」
未だ目を白黒させる斉藤さんは手櫛で乱れた髪を直しながら答えた。
「はは、ごめんね。でも可愛いことする斉藤さんがいけないんだよ」
「っー!?」
俺の酷い言い分に、急に動きがぎこちなくなった天使がまた可愛い。
「ま、まずは八百屋さんだよ! 買いたい野菜とかあるかな!?」
気を取り直して、とでも言うかのように声を張り上げる斉藤さん。指差す先には確かに八百屋の文字があった。
「いや、特に無いから斉藤さんのオススメで見繕ってほしいな」
「せ、責任重大じゃないかな……?」
うん。我ながら酷い言い分だと思うわ。
おののく斉藤さんと辿り着いたその店は、昔ながらの八百屋さんの風体を如実に表している。オープンになった店先には色とりどりの野菜が陳列されていた。
店先で声を張り上げるのは、これまたステレオタイプな店主だった。ねじり鉢巻に八百屋の前掛け。こんないかにもな店主が居るのかと思わず凝視してしまった。
「阿部さんこんばんはー」
俺の驚きも他所に、慣れ親しんだ地元民である斉藤さんは早々に声をかけてしまう。
阿部八百屋と言うらしい。
「おう、愛奈ちゃんいらっしゃいっ! アイシャさんのお使いかい?」
「ううん、今日は違うんだー」
「そうなのかい? ん?」
店主の視線が斉藤さんから隣の俺に移った。俺はその視線に会釈で返す。
「ははーん、そうかそうか! 愛奈ちゃんも年頃の女の子って訳か! 彼氏に料理かい?」
「ぴっ!?」
ぴ? 何やら斉藤さんから変な声が聞こえてきたぞ。
しかし、まあ。
予想通りだよね! ここまで予想通りだと面白くもある。
まあ、斉藤さんが近所で愛されている証左なのかもね。
「ちっと前にウチのかぁちゃんが、そんな噂を聞いたとか言ってたが本当だったんだな! いやぁ、めでたいな! よしっ、いっぱいまけてやるよ!」
「あっ、阿部さん、これは、その……っ」
斉藤さんの視線はあっちに行ったりこっちに来たりふらふらだ。その横顔は当然真っ赤になっている。
噂って言うのは間違い無く、以前の店の手伝いの件だろう。あれだけのお客さんが居たのだ。それも地元民。噂が拡がらない訳がないよね。
……斉藤さんは噂されている事を知っていたのだろうか。
俺には知る手段が無いから当然初耳だけど、斉藤さんは聞いたりしてたのかな。
あの時、斉藤さんは必死に誤解を解こうとしていたけれど、あまり意味が無かったのだろうか。俺も軽く否定はしていたけれど。
勝手なことに、あの時は斉藤さんの必死な否定は結構心にクるものがあった。
……だからだろうか?
「……」
斉藤さんのフォローを入れようと、開きかけた俺の口から言葉が紡がれることは無かった。
「……あ、あはは、ありがとう阿部さん。き、今日のおすすめは?」
……あ、あれ?
「おう、今日はカボチャが入って来たぜ! 旬だから味も一級品なんだこれが」
「わあ、ホントに立派だね! ……沢良木くん、今日は、カボチャがおすすめ、みたいだよ?」
振り向き見上げる斉藤さんと目が合う。
──ドクン──
頬を染め、眉尻を下げ困ったように微笑む斉藤さんに、俺の心臓はやけに高鳴った。
あれ、う、あ?
なんだ、これ?
「沢良木くん?」
「っ、あ、ああ。立派だね?」
俺は何とか口を開いて返事をする。おうむ返しでワケの分からん返答ではあったが。
「ふふっ。ねえ、沢良木くんはカボチャ、好き?」
俺の様子が可笑しかったのか、少し吹き出した斉藤さんは俺を見上げながら小首を傾げる。
「えっ?」
好き?
えっとそれは、どう──ってカボチャかっ!!! カボチャだよ! カボチャの話!
「おう、好きだぞ!」
「そっかー。あ、そう言えばお弁当で食べてくれてたよね。えへへ」
カボチャが好き、と答えるだけなのに、俺の心臓はいやに鼓動を刻む。
一体どうしたんだか。
大丈夫。うん大丈夫。
俺は静かに呼吸を整えると斉藤さんに声をかける。
「ただ、一個そのままだと俺一人には少し多いかな」
「あ、そうだよね。独り暮らしじゃそっか。じゃあ阿部さんカット済みのあるかな?」
「おう、あるぜ! それじゃ早速オマケだ! カット済みをもう一つ付けてやろう!」
阿部さんは二分の一カットをもう一つ付ける暴挙を起こす。
うん、それ結局一個になるね。
「わあ、ありがとうー! ……えと、他に沢良木くんが美味しそうに食べてくれたものはー……えへへ」
楽しそうに物思いに耽る斉藤さんに俺は何も言えなくなる。
「お、なんだ? にいちゃん既に尻に引かれてんのか?」
俺の様子に何を思ったのか、オヤジさんが小声でニヤケ顔を作りつつ話しかけてきた。
「え、ええと。あ、あはは……」
交際を必死に否定するのもカッコ悪いし、斉藤さんに恥をかかせるのも嫌だ。俺は結局曖昧に笑うしか出来なかった。
……何より、心の奥底に否定したくない気持ちが見え隠れしていたのだ。
……救いようがないな。
その後、斉藤さんが品物を選んでいる間、オヤジさんの夫婦円満のコツなんかを聞かされながら待つことになった。
順調に八百屋での買い物を終えた俺達は、次の店を求め商店街を進んでいた。
「えへへっ、いっぱいオマケして貰っちゃったねー!」
「……これは値切るとか以前の話だよなぁ」
俺の手には膨れたエコバッグが一つ。持参したエコバッグは一件目にして、かなりの容積を埋められていた。
「全部の品物にオマケくれたもんねー」
「奥さんに怒られてたけどな」
斉藤さんの言う通り、店主のオヤジさんは選ぶ野菜全てにおいてオマケを付けてくれたのだ。大体、頼んだ倍になって来たわけだが。普通に考えて俺一人では多いのよ。……斉藤さん家に半分置いていこうかなって思ってる。
斉藤さんと俺を見た奥さんがなにやら事情を察したように、あらあらまあまあ、と色めき立っていたのには、後がちょっと怖い。色々と。
「次はどこ?」
「んー、お肉屋さんか魚屋さんかなー? 沢良木くんは今日はどっちの気分?」
確かにこの気温では生モノを多く買っておくのは止しておいた方がいいだろう。
そこまで考え、俺は答える。
「肉が良いな」
「おー、男の子だね!」
そ、そうだろうか?
「それじゃ、お肉屋さんに向かうよー」
「ああ、よろしく」
十件ほど向こうだと言う肉屋に俺達は向かった。
八百屋さん回(^q^)
次回、お肉屋さん回(^q^)