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第174話 文化祭間近、帰り道1

長くなったので前後分割です。


愛奈ちゃんのターン!

ひとまず前半は糖分を少々。











「沢良木くん!」


 文化祭の準備も終わった放課後。昇降口まで降りてきた俺の背に声がかかる。


 振り向くまでもなく、この鈴を転がすような声は斉藤さんのものである。俺は下駄箱から外靴を取り出しながら振り向く。


「おう、斉藤さん。さっきぶり。どうした?」


「うん、さっきぶり! えへへ、追っかけてきたの」


 小走りで駆け寄って来た斉藤さんが俺に並ぶ。ニコニコ顔の彼女はほんの少し肩で息をしている。


 ……おおう。

 なんて可愛らしいんでしょう、この天使は。全然答えになってない所もキュートである。


「俺に何か用あった?」


 むしろ無くても良いのよ、どんどんウェルカム。


「ぅ、うん。一緒に帰ろうかな、って」


 ぐぁ……。


 いじらしい申し出や途端にたどたどしくなってしまう所もぐうかわです。


「そっか。それじゃ一緒に帰ろうか」


「うんっ。えへへー」


 弾ける笑みに俺もだらしなく笑い返した。




 校舎を並んで出ると、相変わらずの熱気が顔を撫でる。

 なんでも、今朝のニュースでは今年は残暑が厳しいだとかでまだまだ暑い日が続くそうだ。

 現在時刻は17時30分。先月なら19時近くまで明るかった筈だが、既に薄暗くなってきていた。

 文化祭準備期間だからか、下校中の生徒はこの時間でも多いみたいだ。


 俺たち二人も流れに乗って歩き出す。


「わ、もう暗いねー」


「そうだな。俺もちょうど同じこと考えてた。あと、暑い」


「そうなんだ! ふふっ、確かに暑いよねー。わたしどっち話そうか迷った。えへへー」


 一緒だね? と首を傾げる天使にドキッとする。何でこんなにキュートなの?


「そういや真澄は?」


 二人で喋ってる時に他の女の子の話を出すのってどうなのよ、とか一瞬思ったけど、別にデートでも無いし、二人は仲良しだから気にしても……と思い、考えないことにした。


「ん、なんかね、クラスの人に捕まってた。文化祭の準備の続きみたいだったよ」


「へー、皆やる気あるなー」


 終わって解散となった筈だが、まだやり直したい所があったのだろうか。


「沢良木くんは無いの? やる気ー」


 俺の気の抜けた返事に、斉藤さんがクスクスと笑う。


「いや、そんなことは無いけどさ。学生の熱量には敵わないよ」


「ぷふっ、同じ学生さんが何言ってるの?」


 つい口を吐いて出た俺の年寄り臭い言動が面白かったのか斉藤さんが笑った。


「あ、いや、そうだよな。あはは……」


 誤魔化すように笑う俺の胸中に、僅かばかりの痛みが走る。


 結局、俺の年齢について斉藤さんには未だに話していない。

 大切な友人に今まで黙っていた後ろめたさと、イレギュラーである自分に自信が持てず、最後の一歩が出ないのだ。

 打ち明けたとして、斉藤さんが偏見無く俺と接してくれるとは思っているが、情けない俺の心がブレーキをかけてしまう。


 いつかは、絶対に打ち明けよう。


 ……そんな何も解決にならない先送りをして、俺はどこまでも誤魔化すのだ。


「……文化祭まであと少しだな」


「どうしたの改まって?」


 優しげな斉藤さんの声が耳に届く。


「あ、いや、俺こういう文化祭初めてだからさ。出店の準備とか、皆で何かに向かってやるのって不思議な感じでさ……」


「あーわかるっ! 皆で頑張るのって楽しいねっ! 今まで知らなかったなぁ」


「……そうだな」


 それは、爪弾き者だった同士、妙な共通項であった。一人はグレたチンピラ小僧、片や虐めに心を閉ざした少女。

 楽しげに跳ねる金髪に微笑み返す。


「中学校は出店とか無かったの?」


「ああ、なんかステージで発表みたいなのと、少しお菓子とジュースを飲み食いするくらいだったかな?」


「へー! 中学でも結構違うんだね? わたしの中学は出店もあったよ。たしか出店は二年生以上とかだった気もするけど。でも、御崎高ほど本格的じゃ無かったよ!」


 当時を思い出し比べてか、斜め上を見上げた斉藤さんは、やっぱり高校はすごいねー、と笑った。


「頑張ろうね、文化祭」


「おう」


 その笑みに、自分勝手にささくれていた心が穏やかになっていくのを自覚する。


 やっぱり斉藤さんは、すごいよ……。


「あっ」


「ん? どうかした?」


「ううん、何でもなーい」


 首を傾げる俺を置いて、楽しげに笑う斉藤さんは数歩先に進む。


「……また、優しい顔見れた……えへへ」


 斉藤さんの呟きは、ちょうど吹いてきた生暖かい風にかき消されて、俺に届くことは無かった。









「あ、忘れてた」


 斉藤さんとお喋りしながら学校の坂道を半ばまで来たところで、ふと俺は用事を思い出した。


「どうしたの?」


「あー、家の冷蔵庫の中身空っぽだから買い物寄ろうと思ってたのを思い出したんだよ」


 と言うのも、先日まで理沙の家に厄介になっていたからでもある。向こうで食べる事が殆どだったから、家には何も残していなかった。昨日は横着してスーパーの弁当で済ませたので、まだ空のままだ。そろそろ買わないとなぁ、なんて今朝考えていたのだ。


「空っぽ! それは大変だね! 沢良木くん独り暮らしだから、全部自分でやらなきゃだもんねー」


「まあ、独り暮らしの食生活なんて適当なもんだけどな。まだ自炊してるだけマシな方なのかな?」


 昨日のスーパー弁当は棚の上に上げておく。


「男の子で自炊ってすごいと思うよ! それに独り暮らしも! わたしには独り暮らし無理かなぁ」


 そんなことを言う斉藤さんに俺は苦笑する。


「いやいや、斉藤さんこそすぐにでも独り暮らし出来るんじゃない?」


「ふぇ? なんで?」


 不思議そうな顔をする斉藤さんに俺は問う。


「だって、斉藤さんが出来ない家事ってあるの?」


「え、出来ない家事? えと……どうだろー?」


 特に思い付かないのか、うんうんと唸る斉藤さんに笑ってしまう。だって、斉藤さんの家事スキルは俺も知っているが、相当なもんだ。今まで見聞きした限りでは何でもやっているようだし、独り暮らしくらいのどうでもなると思う。なんせ、俺が出来ているのだし。


「なんで笑うのー! 出来ない家事もあるよ! 切れた電球変えたり、吊り戸棚の鍋が出せないとかー!」


 高いし重くて危ないんだから! と何故かムキになって変な方向に張り合い出す斉藤さんに俺は余計に笑ってしまう。


「はははっ、それは家事なの?」


「ぅぐ、うぅ……」


 悔しそうに唸る斉藤さんも大変困ったことにぐうかわです。この子はどんな表情をしても可愛いんじゃないだろうか。


「そんなの俺とか俊夫さんみたいにデカイヤツに任せなさい」


「うー、じゃあ電球1コ切れただけでも沢良木くん呼ぶから来てね」


 そっぽを向いた、膨れる頬っぺたが可愛すぎる。

 ツンツン突いてダメでしょうか?


 ──ツンツン──


 とか考えてたら本当に突っついてしまった。


 あ、ヤバ……。


「ぷっ……………」


 ぷしゅー、と萎む頬と恨みがましく見上げる潤んだ碧眼。頬を触られたことも恥ずかしいのか、頬に朱がさしてきた。

 俺は内心慌てつつ、口を開く。


「いつでも呼んでね?」


「っ、ばかぁ! ばかばかばかぁ! 沢良木くんのばか!」


 報告。

 天使が可愛過ぎて死にたい、まる


 真っ赤になりながらポカポカと俺を叩いてくる天使の姿に、俺は弛みそうになる顔を必死に維持するのだった。






「むー……」


「ごめんね斉藤さん、許して?」


 むーむー言ってむくれる天使に俺は拝み倒す。可愛すぎて未だに顔をキープするのに必死である。


「……じゃあ、呼んだらホントに来てくれる?」


 上目遣い天使にたじろぎつつ、数瞬の間に先程の電球云々の話だと分かり俺は頷く。


「もちろん。すぐに駆けつけるよ」


「なら許してあげる」


「ありがとうございます!」


「……ぷふっ」


「ははっ」


 俺の礼に、堪らずといった様子で吹き出す斉藤さん。真面目腐ってお礼を言う俺に我慢出来なかったようだ。

 俺も本気で斉藤さんが怒っている訳でないのは分かっていたので、つまりただのじゃれあいである。

 心地良い空気に俺も笑いが込み上げる。

 

「でも、やっぱりわたしには独り暮らし出来ないと思うなー」


「そう? 料理は凄い旨いし、家事は何でも出来るだろ? 出来ると思うよ?」


「か、買いかぶり過ぎじゃないかな? ……でも、ありがとぅ」


 消え入りそうな、ありがとうに微笑みつつ俺は続ける。


「んー、じゃあ何で?」


「……聞いても笑わない? 笑わないなら教える」


 再び恥ずかしそうに頬を染めながら斉藤さんは言う。茶化すのも楽しそうだが、話が進まないので我慢する。


「ああ。笑わないから教えて?」


「えと……」


「……」


 数秒の沈黙を破って斉藤さんは口を開く。


「………………一人だと、寂しいもん」


 ふぁっ!? 可愛いかよっ!?


 俺は勝手にニヤケる顔を隠すため、思わず顔を背ける。


「あー! あー! やっぱり笑ったー! 沢良木くんの嘘つき!」


「わ、笑ってない笑ってない」


「じゃあこっち見てよ! ほらちゃんとわたしの顔見て!」


 俺は斉藤さんの要求に応えるべく、向き直る。必死に表情筋を制御しつつであるが。


 ちらりと見れば腰に両手を当てて仁王立ちする膨れっ面天使が一人。


 可愛いかよっこんちくしょうーっ!!!


「嘘つきー!!!」


 なんで可愛さにあてられると、人って笑っちゃうんでしょうね?






───────






 それは、とある下校途中の男子生徒達の会話。


「……なぁ、今のカップルの会話聞いたか?」


「……ああ」


「……世の中ってなんて不平等なんだろうな?」


「……ああ」


「あの金髪の子、最近話題の一年の子だよな? 金髪なんて他に居ねーし」


「……ああ」


「くそっ、めちゃくちゃ可愛かったなぁ! 流石噂になるだけはあるよなぁ」


「……ああ」


「まあ、相手も凄かったけどな……。高身長のイケメンでさ、やっぱり結局は顔か!? 顔なのか!? あんな可愛い彼女うらやましいなぁ」


「……ああ」


「あっー! 彼女欲しいぜ!!!」


「……ああ」


「って、さっきから、ああああうるせーよ!? なんだよ! 聞いてんの俺の話!?」


「……砂糖がっ!!! ぐばへっ……!」


「うわっ汚ねぇっ!? いきなり吐くなよ!!! ズボンに付いた!!!」


「チキショー、甘ったる過ぎて砂糖吐いちまったぜ……」


「いや確かにカ○ピスなんて糖分の塊みたいなもんだろうけどよ……」


「……彼女、欲しいな」


「……欲しいなぁ。クリーニング代1000円な」


 御崎高は本日も平和だった。

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