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第169話 お母さん似で良かった、ってね!




「あ、その……そ、そっか……! えっ、と、あの、ここっちこそゴメンねっ。ぅ、う、ううん、全然気にしてないの、ぜんぜんだよっ。さ、さわらぎくん、忙しい、もんね……! き、貴重な時間を、わたし、なんかに……」


 目の前には、気にしていないと言う心理から対極にある様な天使がひとり。顔色は悪く、目は泳ぎ、今にも泣き出しそうな……。


 絶対気にしてるって!


 っそうじゃねぇ!!!


「違う! 絶対勘違いしてるよ斉藤さん! ゴメン、言い方悪かった!」


 俺は焦って弁解する。

 この落ち込み様、放っておいたら絶対アカンやつだ。取り返しのつかない事になってしまう。


「ふぇ……?」


 あっー、ほらもう涙目になってるぅ!?

 もうちょっと考えろよ俺ぇ!!!


「その……気を使ってくれてありがとうな。協調性を欠いてゴメンって意味で謝ったんだ。……ついでに佐伯さんもスマン」


「ぅ、ううん、いいんだよ」


「私はついで……」


 お前はついでじゃ佐伯さん。散々煽ってくれたからな。


 しっかし、皆にくっそ見られてるやん。

 正に恥の上塗りである。


 ここまで大人気なく感情を振り回されるなんていつぶりだ?

 先ほどまでの自分を省みて、死ぬほど恥ずかしい思いが胸中を満たす。


 俺って、独占欲強かったんだな……としみじみ思う。


 考えると、斉藤さんが俺以外の男と話してる姿って殆ど見たことないんだよな。いつも俺と一緒に居たから、そんな機会がまるで無かった。


 俺にも人並みにそう言った感情があったらしい。新しい自分を発見☆である。……嬉しいかどうかは別として。


 斉藤さんには交遊関係を広げて貰いたいと言う気持ちと独占したい気持ちがせめぎ会う。女子ならいくらでも仲良くして欲しいが、男子とはちょっと、な。

 なんとも身勝手な考えである。


 とりあえず俺の胸中の葛藤は置いておく。

 先ほど佐伯さんが言っていた、気になるなら行けば? と言う言葉を素直に受け取ることにしよう。


 俺は素直になるのだ。気になるくらいならグイグイ行こうじゃんね。


 俺は周りには聞かれないよう、少し屈み斉藤さんの耳許で小声で伝える。斉藤さんはピクリと反応するも、俺の様子を察してか気持ちこちらへと身体を預けてくれる。それがなんだか堪らなく嬉しかったりする。

 甘い斉藤さんの香りが俺の鼻腔をくすぐった。


「……ケーキ作り、誘ってくれてありがとう。嬉しかった。良かったら後で、教えて欲しい」


 少し気障ったらしかっただろうか。でも、素直になるとすればこうなるんだよなぁ。


「はぅっ! は、はい! よろこんでっ!」


 顔を赤くして、ぴょんっ、と跳ねるように一歩後退る斉藤さんは胸の前に手を組むと大きく何度も頷いた。


 居酒屋みたいな掛け声ね?


「よろしくね」


「うんっ!」


 真っ赤な天使に笑い掛けると、良い笑顔と返事を返してくれた。


 あー、癒されるなぁ。


「……」


 きゃーきゃー五月蝿い外野やら、「無理って分かってたんだけどね……」と黄昏る横山や、それを茶化し慰める佐伯さんが居なければ満点だったよ。


「みんな、中断して申し訳ない!」


 俺は仕切り直しだ、と声を上げ頭を下げる。


「さあ、再開しよう」


 俺の掛け声に皆笑いながら、各々自分の生地をオーブンに入れていく。


 全員の生地を件のオーブンに入れる事は出来なかったので、今回は店のオーブンも借りる事にした。

 今日は練習なので、特に問題はないのだ。


 因みに俺の生地はゴミ箱へと直行した。

 すまなかった、我が生地よ。俺が至らなかったばかりに……。


 大した料理スキルを持たない俺が皆に教えられる訳もなく、簡単なサポートに徹する事となった。

 ゴミの回収とか諸々の雑用だな。


 焼き上がりを待つ間、俺達はお喋りに興じていた。まあ、他にすることも無いしね。


 だらだらと時間を潰していると、そこへ現れたるは斉藤家の筋肉ダルマ。


「おい宗、ちぃとツラ貸せや」


「あん?」


 言い種、やり取りはヤンキーのそれである。

 俺にとっては昔から慣れきった類いの言い様に、俺は特に何も感じず立ち上がる。


「「「……」」」


 が、周囲の温度はあからさまに下がった。


 未だ筋肉ダルマに慣れないのか、一部の女子は俯いてしまった。まあ、しゃーないと俺は俊夫さんに先を促す。


「どしたん?」


 俊夫さんから感じる空気がテキトーなもんで、ぷらぷらと近付く俺の返事もテキトーなもんである。この場に筋肉ダルマが留まると皆が萎縮してしまうので、ホールを筋肉ダルマと出た。


「今暇だろ? 厨房の掃除手伝ってくれや」


「暇じゃないです。天使とのお喋りは何においても優先される案件ですのでお引き取り下さい」


「わかる。激しく同意する。だが手伝え」


「横暴だっ!」


「夕飯」


「?」


「アイちゃんと愛奈ちゃんの手作り夕飯付き──」


「乗った!!!」


「そう言うと思ってたぜ」


 天使達の料理にありつけるだけでなく、食費が浮くと言う副次効果付き。そら乗るでしょ。清掃なんて対価として安すぎる。

 万屋の仕事だと思えば何とも無いしね。


「早速やる?」


「良いか?」


「ああ、今焼き上がりまで待ってるだけだし。そもそも俺はする事ねぇし」


「そうなのか? まあ、そんなら頼むわ」


「任せとけ!」


 そんな訳で、斉恵亭の厨房清掃を請け負う事となった。昼間の仕事から着ていた作業着が思わぬ形で役に立ったわけである。




 皆には清掃を手伝う旨を話し、俺はケーキ作り班から離脱する事になった。

 その際、斉藤さんが俊夫さんに何か言いたげな顔をしていたが、


「斉藤さん、"後で"よろしくね」


 と伝えたところ、先ほどの話だと伝わったようで素敵な笑顔と頷きをもって了承してくれた。


「さあ、掃除だ!」


 早速掃除を開始する俺と俊夫さんだった。




「前、宗に言われた通り結構気を付けてたんだぜ?」


「あー、あん時の」


 あれはいつだったか。偶然会った斉藤さんに誘われてここに来たときだ。随分前に思えるがあの時から3カ月程度しか経っていないのか。


 いざ掃除を開始してみると俊夫さんの言う通り、前回指摘した排水関係等は問題なく維持されていた。

 その他は普段中々手の回らない部分など重点的に掃除することにした。


 俊夫さんと黙々と清掃を進めること1時間と少し。


「お疲れ様沢良木君! こっちは終わったよー」


 ひょっこりと厨房を覗き込んだのは斉藤さん。


 清掃に集中して気付かなかったが、ケーキ作り班は今日の練習を終えたようだった。時計の指す時刻は16時30分を回ったところ。窓から射し込む陽もほんのり茜色だ。


 茜色の陽が斉藤さんの金髪に反射してキラキラと輝いた。


 綺麗だ。そんな言葉が口から出かかったが寸でで止まる。


「沢良木君?」


「ん?」


「どうかした?」


 コテンと首を傾げる天使に、俺は一つ笑みを溢すと頭を振った。そして、凝った身体を伸ばした。


「いや……んーっ、と。少し疲れたかなー?」


「あ、ごめんね……。ウチの手伝いなんかさせちゃって」


 ふにょん、と形の良い眉尻を下げた天使に俺はニヤリと笑う。


「夕飯をご馳走になる交換条件なんだ」


「あっ、そうなの!?」


 打って変わって表情を明るくする天使に思わず笑ってしまう。

 コロコロ変わる表情に癒されつつ、頷いた。


「ああ。だから夕飯、楽しみにしてる」


「頑張るね!!!」


 可憐な笑顔で小さなこぶしを握る天使は世界遺産だと思う。


「皆見送るんだろ?」


「あ、そうだった!」


 パタパタとホールに戻る斉藤さんに着いていく。


「沢良木君、お疲れ」


 ホールに戻った俺に声を掛けてきたのは佐伯さん。今日で一番印象の変わってしまったヤツだ。


「そっちもな」


「ええ。しかし、婿養子も大変ねー?」


「勝手に言ってろ」


 「お婿さん……」と若干トリップしている天使を横目に皆を見た。

 皆の手には出来上がったケーキが提げられていた。


 復活した斉藤さんに聞いたところ、出来上がったケーキを皆で試食しつつ、当日に向けて色々と話し合っていたそうだ。作り方、流れ、担当、ケーキの飾り付けetc.


 今日の出来栄えは上々な様で、皆の表情からも伺える。


 約一名、少し陰りのある表情をするのは横山。


 ……まあ、今日の様子を見る限り、そう言う事だったんだろう。


 斉藤さんに対して、そう言った者が今まで現れなかったことから思わず取り乱してしまったが、よくよく考えればおかしい事に気付いた。

 これだけ魅力的な女の子を周りが放っておく訳が無いじゃないか、と。

 今までが異常だったのだ。むしろこの娘の魅力が周りに認知されていけば、更に今日の様な機会は増えるだろう。

 その時、俺はどうするのだろうか。


 今日みたいな無様な姿を晒すのか。余裕をもって構えて居られるのか。今後の課題である。


 ……無論、俺に引き下がり譲るつもりなど、微塵も無いがね。


 横山に感じた、年齢に対しての躊躇いは、今後も俺の中に残り続けると思う。そこにどう折り合いをつけるか。それも課題なんだろう。


「俺はまだ掃除が少し残ってるから、ここでお別れだな。帰り気を付けろよ」


 自然と代表者的なポジションに立つ佐伯さんに伝える。


「あらそうなのね。……それじゃ解散ね」


 佐伯さんが頷き、皆帰る空気になった頃。


「あら、皆帰るところ?」


 店に入ってきたのは天使のママさんこと、アイシャさん。ご帰宅のようだ。

 用事や買い物やらで外に出ていたらしく、今日はまだ会っていなかった。


「あ、お邪魔してますアイシャさん」


「沢良木君いらっしゃい。あと皆もね。あ、もう帰るんだったわねー」


 相変わらずのんびりした空気を醸し出す御方である。


「ママお帰りなさい」


「うん、愛奈ちゃんただいまー」


「「「「ママ!?」」」」


 静かだと思っていたら、アイシャさんの登場で固まっていたらしい。斉藤さんの言葉で再起動したか。


 まあ、驚きは分かるぞ。

 金髪だし、日本人じゃないし、若いし、可愛いし、色々とびっくりだからねー。


「おう、アイちゃんお帰り」


 そこに厨房の掃除をしていた筋肉ダルマも合流。筋肉ダルマの登場に天使の微笑みを湛えるアイシャさん。


「はい、ただいま、あなた」


「「「「!?」」」」


 はい、そこで皆ようやく気付く! この天使ママさんにこの野獣が? と。

 わかる。分かるぞー。


 そして、思い至るのだ。


──斉藤さんお母さん似で良かった!──


 ってね!


「──っでぇ!?」


 訳知り顔で頷く俺に、拳骨ひとつ。


「あ、すまん。何かムカついたから殴った」


 この筋肉ダルマめぇーっ!!!


 倍返しだ!!!


 後で!





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