第168話 かわいいよ宗くん
「はぁ……」
自己嫌悪です。自己嫌悪。最悪です。わたし、本当に最悪です。
分かっていますよ。
単なるヤキモチだって。
それは、宗くんが佐伯さんと仲良さそうにおしゃべりしていたから。
身勝手な言い分ですが、わたしの前で他の女の子と仲良さそうにしている姿を見せて欲しくないのです。
……宗くんの恋人でもないわたしに、そんなこと言う資格が無いのも分かっています。
だけど、そう思っちゃうのは仕方ないじゃないですか。
宗くんが大好き、なんだから。
他の女の子と仲良くして欲しくない、見せて欲しくない。わたしだけを見ていて欲しい。
そう思うのは当たり前だと思います。
でも、それを表に出すかは別問題でして……。
宗くんからすればいきなり怒り始めた、よく分からない女って写ったんじゃ無いでしょうか……?
本当に最悪です……。
宗くんに変に思われたくないよぅ……。
だ、だけど! こんなわたしの態度を見て、宗くんにはこの気持ちに気付いて欲しい。そんな想いも生まれてしまうのはしょうがないじゃないですか……。
でも、そんな身勝手な自分に、自己嫌悪です。自己嫌悪。
……"だけど"、"でも"、そんなのばっかり考えてるなぁ、わたし。
まあ、そんな訳でわたしは今意気消沈の真っ最中なのです。
「斉藤さん、手伝えるのある?」
「え?」
ずっと宗くんの事ばかり考えていたからか、声をかけてきてくれたのは宗くんだ、なんて想像が頭に勝手に浮かんだのですが、次の瞬間にはわたしの頭は声が違うと気付いていました。
「オーブン、準備するんでしょ?」
「あ、うん。でも、大丈夫だよ? 余熱するだけだからね」
「そっか」
「ありがとう横山君」
落胆する自分に気付いて、更に自己嫌悪です。気を使ってくれた横山君に失礼ですよね……。本当に。
運営委員の一人として、調理班として今回参加した横山君。今回男子は宗くんと横山君の二人。女子が大半を占めているため、居心地が悪いかな、と思ったけれど大丈夫そうですね。
宗くん? 宗くんはほら。女の子慣れしてるって言うか、女の子に全然気後れするような感じ無いですしね?
……良いことなのか何なのか、非常に複雑なところですが。複雑ですが!
「う、ううん。当然だよ」
何故かそっぽを向きながらそう答える横山君でしたが、
──ガタッ──
聞こえて来た少し大きな物音に、わたしの意識はそちらへと向かいます。
「……っと、あ、わりぃ。少し溢しちまった。すぐ片付けるわ」
何故かまだ塩を持っていた宗くんが、それを溢してしまったようです。
「ぷ、ふふっ。あははっ、ちょっと沢良木君、これ以上笑わせないでくれる!?」
「……笑わせる気はございません」
「ぷぷっ、そんなに気になるなら、行けば良いのにー」
「……うるせーよ」
……む。
……むむむっ。
…………むぅーっ!
もうっ!!!
また、佐伯さんと楽しそうに話してる!
わたしだってお話ししたいのに! わたしとお話しして欲しいのにーっ!!!
宗くんのばかぁ!
こっちに来てよぉ!!!
「斉藤さん?」
横山君の声に、はっと我に返ります。
「な、なんでもないよ!? さ、さて、これで余熱の設定はオッケーだから、後は少し待つだけだよ!」
「そ、そっか」
「それじゃ皆、今のうちに生地を型に流し込んじゃおうか!」
「「「はーい」」」
わたしが声をかけると皆がそれぞれ返事をくれます。
宗くんの事は、努めて頭の片隅に追いやりケーキ作りに集中します。いつまでも集中出来ていないと、来てくれた皆にも失礼ですもんね!
「焼き型にはあらかじめ紙を敷いてね。それで、バターを薄く塗って、それが出来たら早速流し込んじゃおう」
皆が順調に進めるのを見回し、一つ息を吐きます。
「……ね、ねえ、それ本当に焼くつもり?」
「そうだが?」
頭の片隅に追いやり、とは言ったものの、気になるものは気になるもので。未だ隣り合っている二人の会話が聞こえてしまいます。
「さすがにちょっと食べれないんじゃないかしら……?」
「もったいないだろ」
「それは、そうかも知れないけど……塩が100gオーバーよ? 罰ゲーム通り越して拷問よ? 病気になるわよ?」
「扱いが拷問レベルまで落ちた……!?」
「い、いじったのは謝るから考え直さない?」
「意地でも焼いてやる」
「今の会話の何処に焚き付けられたの!? 人ひとりの20日分の塩分なのよ!? だからゴメンってば!」
な、なんか仲良さそうにこそこそと話ししてる!
ちょっと佐伯さん! 近すぎないかな!? かな!?
肩が触れてしまいそうな二人の距離に、やきもきしちゃいますっ!
そこはわたしの場所なのにー! いえ、そんなことは決まってないし、勝手に言ってるだけですが!
「………………ぁ」
いや……そう、そうですよ!
わたしが、行けば、良いんですよ!!!
宗くんの隣に!!!
もう、なりふり構っていられませんっ!
「斉藤さん、ちょっと良いかな───」
「ごめん横山君! ちょっと席外すね!」
わたしは話し掛けてきた横山君を遮り、宗くんの元へ向かいます。
なにやら後ろの方で、どんまい、と女の子達の声が聞こえて来ましたがわたしには気にする余裕はありません。
逸る気持ちを抑え、宗くんの元へ!
宗くんの側までやって来て、さて、とわたしは止まります。
……どう言葉をかけたら良いの?
意気込んだは良いものの、なんて話し掛けるか考えていませんでした。
わ、わたしのばかぁ!
「さ、斉藤さん!」
と、そこへ助け船が。その相手は、わたしが勝手に対抗心を燃やす佐伯さんでした。
どうしたのでしょう?
「沢良木君を止めて!」
「え? どういうこと?」
わたしは訳が分からず、首を傾げます。
「沢良木君が砂糖の代わりにそっくり塩が入ってる生地でケーキ焼こうとしてるのよ! 塩ケーキよ! 20日分の塩分よ!」
「ええっ!?」
確かに塩入れちゃったりしてたけど、そんな酷いことになってたんですか!?
横目に宗くんを見ると、なんだか、むすっとした顔でそっぽ向いてました……。
……え、一体なにが起きてるんでしょうか?
…………………………あれ?
……と言うか、ですよ? ……宗くんがこんな表情するなんて初めてではないでしょうか?
ひゃうっ! や、やだ……!
……かわいいっ!!!
宗くんの珍しい表情に、わたしは思わず両の頬を押さえて後ろを向いてしまいます。
「斉藤さん?」
佐伯さんの言葉に、再び我に返ります。
いけないいけない。
そうです、わたしは宗くんの隣を取り返しに来たのですから。わたしは気を改めて宗くんに向き直ります。
「さ、沢良木君? まだ材料もあるからさ、作り直さない?」
「っ……いや、いいよ……このまま焼く」
宗くんは一度わたしに視線を向けてくれましたが、再び逸らしてしまいます。
その横顔は未だにいじけているのか、口が引き結ばれています……。
「はぅっ……」
わたしは漏れた声を誤魔化す様に、咄嗟に口元を押さえます。
どうしちゃったんですか宗くんっ!
なんででしょうか……意地っ張りな感じの姿が、可愛くてきゅんきゅんしちゃいます!
いつもの大人っぽくて、クールで、カッコいい宗くんも勿論だいだいだい大好きですが! ですが! こんな姿も可愛くて大好きです!
前に真澄が言っていたギャップ萌え?ってヤツですか!? 萌えの意味が未だに分かりませんが! それとも惚れてしまった欲目でしょうか!? そうなんでしょーか!?
「さ、斉藤さん……?」
わっ、いけないいけない! また惚けてしまっていました!
佐伯さんの訝しげな声に、いい加減にしなくては、と自身に渇をいれます。
「でも、さっきの話だと多分塩辛くて食べれないと思うし、ちゃんと焼けないかもだよ……?」
「それは…………むぅ。そうかもしんないけど……」
少し困ったような顔で、尻すぼみに答える宗くん。
あーもうっ! なんですか!?
可愛いんですけどっ!?
……あっ、閃いた!
「もう一度、後で一緒に作ろ?」
今は時間も無いので、一から作るのは難しいですが、この作戦なら宗くんとも一緒に居られて一石二鳥じゃないですか!
わたしの天才! えへへっ!
「っ…………はぁ、ゴメン斉藤さん」
何か気付いた?ようにこちらを見た宗くん。その後には小さなため息と謝罪の言葉。
……あれ?
……。
……わたしフラれた?