第167話 ケーキとヤキモチ?
しれっと更新(´・ω・)
「そのエプロン随分と可愛いわね?」
落ち着いた俺にそう言う佐伯さん。その出で立ちはポニーテールは相変わらずだが、黒のチュニックにベージュのチノパンと意外とシックな印象だ。
その笑みにはからかう色が含まれていた。
だからといって狼狽える俺ではない。何せ天使から借りたエプロンである。喜びこそすれ、恥じる必要などどこにあろうか。
「ああ、ここの手伝いとかする時に斉藤さんが貸してくれるんだ。俺はともかく斉藤さんは似合ってるだろ?」
「そうね。斉藤さんは似合ってたわね」
「斉藤さんはめっちゃ可愛いからな」
「はいはい……。そう言えば、斉藤さんのお父さんも着てたわね……」
要らんこと思い出してか、佐伯さんは何とも言えない表情になった。
確かに、友人の父親をキモいとは言えないよな。スキンヘッド筋肉ダルマに猫エプロンとか。
「キモいし、ホラーだよな」
「べっ、別に何も言ってないでしょ?」
なんだよ、代弁したやったのに。
「いや、もしくはキモカワとかのジャンルか?」
「いやいや! 話広げなくて良いから!」
なんだよ、佐伯さんは遠慮しいだなぁ。
慌ただしくも始まったケーキ作りの練習会。
「ここのタイミングでクリームを作るよー」
斉藤さんの指導の元、皆黙々と調理を進めていく。俺も。
調理班では無いが、俺もちゃっかり混ざって作ったりしている。
俺は別に料理が嫌いな訳じゃないしね。何を隠そうこの俺、ほぼ毎日自炊をしている、今流行り? の料理男子であるのだ。……その料理が美味しく無いだけであって! する事自体は嫌いじゃないのだ! 大事なことなので明言しておく。
まあ、自虐ネタは置いといて。
そもそも単純にケーキを作った事が無いので、興味もあるしね。
何より一番は天使に手ずから料理の手解きして頂ける、この点に尽きるだろう。
めっちゃ楽しみ! ぐふふ、うへへ……!
……そんな風に考えていた時が、俺にもありました。
「あ、そうそう! 上手だね! 初めてには見えないよ!」
「え、そうかな? はは、お菓子作りも楽しいかも。趣味にしてみようかなぁ」
見てくれ斉藤さん、俺初めてなんだけど、ちゃんと出来てるぜ。さっくさっく混ぜちゃうよ。見てよ、この空気をふんだんに含んだふわっふわの生地を。
「うんうん、言いと思うよー。今は男の人も料理とかお菓子作りを趣味にしてる人多いもんね」
「確かにテレビとかでも、男の芸能人が料理コーナー持ったり多いよね」
「そうそう! わたしもよく見るんだよねー」
「朝のプジテレビでやってるヤツ見てるんだけど」
「あ、わたしも一緒だよ!」
ほら、見よこのカンペキな出来栄えを!
「ん……あれ? さ、沢良木君……それ砂糖と塩間違って無い?」
そんな声をかけてくれたのは、テーブルの向かいで横山へと教えていた斉藤さんだった。
「………………」
あれ、ホントだ。あははー? おかしーなー? なんでわざわざご丁寧に塩を出したんだろー? しかも容器も砂糖と塩殆ど一緒だしさー?
………………塩ってどこで使うんだよクソがっ!!! 誰だよ出したヤツ!!! 俺だよ!!! 確かに計るとき、砂糖っぽくなかった訳だよ!!!
「だ、大丈夫だよ。塩気で甘さを引き出す予定だから。大丈夫ハハハ」
「そ、そう? それにしては、ちょっと多すぎな気が……」
「あ、ゴメン斉藤さん、次はどうしたら良いかな?」
「あ、うん、次はねー……」
横山の呼び掛けに、再びそちらへと意識を戻した斉藤さん。
……俺のパウンドケーキは俺の涙で随分と塩辛くなりそうだ。
「……なんだか楽しそうな事になってるわね?」
「ナンノコトかな? わふー、ケーキ作り楽ーしーなー」
俺の直ぐ傍まで来て、ボウル片手にニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた女の子。佐伯さんだ。
俺は心当たりが有りすぎて、返答がカタコトになりかける。
「ふふ、それなら良かったわ」
コイツ、ぜってーSだろオイ。俺に慣れて来たのか素が出て来たんじゃねーの?
「あの沢良木君もヤキモチなんて妬くのね? 正直驚きよ」
あー違う。断じて違うぞコレは。はっ、ヤキモチなんて妬くもんか。年下の野郎に斉藤さんの隣を取られたからって妬くもんか。これが年上の余裕ってヤツよ。だから、目の前の小柄な二人が案外とお似合いだとか、話が盛り上がって斉藤さんも楽しそうだとか、やっぱり同年代と仲良くした方が良いんじゃないかとか、そんなことは断じて考えてない。考えてないったら無いのだ。オーケー?
「ハハハ、何言ってるんだい? 今日はケーキ作りなんだぜ? 餅焼いてどうするんだよ?」
「だれうま。……だってメチャクチャ動揺してるじゃない?」
「どどどこの誰が動揺してるって?」
「隣のあなたよ沢良木君。だからソレ塩だってば」
「あ」
俺の手には塩のたっぷり入ったストッカー。既に規定量(砂糖だった場合)の入ったボウルへと更に投入するところだった。
入ってしまったモノはしょうがない、と俺は諦めて生地を再び混ぜた。
アレだけふんわりしていた生地も俺の心の様に萎れてしまっていた。
「ぷぷぷ。一体どんなゲテモノ作る気?」
「うるせーよ。新境地だこの野郎」
強烈な塩気のパンチが生み出す新感覚スイーツだコンチクショー。
「野郎じゃないわ。私、女よ?」
「……」
うぜぇ。以前少しでも会話が楽しいとか思った俺がバカだった。
「どれどれ…………うぇ、まっず」
「え、マジかよ」
何を思ったか、佐伯さんは突然俺のボウルに入っている生の生地を指で掬い舐めてしまった。随分とアグレッシブだな佐伯さん。
「これは罰ゲームね。罰ゲーム。いっそお好み焼きにでもしたら?」
「人のケーキを何だと……」
「私、実は焼く前の生地とか好きなのよね」
「……人の話全然聞かねえのな。あと腹壊すぞ。書いてるじゃん、ホットケーキの箱とかに生で食うなって」
「んー、実際壊した事ないしね。逆にそのスリル感もスパイスになってるのかしら?」
知らねえよ。
「てことで、沢良木君もいかが?」
そう言い自分のボウルをぐいぐいと寄越す佐伯さん。そんな彼女を俺は押し返す。
「結構です」
「そう言わずに。自信作よ!」
「生地の時点で自信作と言われてもなぁ」
「ちょっと舌にピリリと来る感じとか最高よ?」
そう言うと佐伯さんは再び生地を指に取るとペロッと舐めた。
「本当に大丈夫か、それ?」
「美味しー」
くだらない問答を繰り返す俺たち。そこへ……。
「……おっほん。ん、んー」
俺たちの向かいからそんな可愛らしい咳払いが聞こえてきた。視線を向ければ斉藤さんの姿。
「どうかした、斉藤さん?」
「……っ、べっつにー? そろそろ焼く工程に入るから準備してねってだけだから! それだけだから! ……ふんっ」
「……あ、ああ」
斉藤さんはそっぽ向くとオーブンの方へ歩いて行ってしまった。
何事かと、周りも俺へと視線を寄越す。
俺が知りたい。
「やっぱり楽しそうな事になってるじゃない」
「あん?」
隣の女がニヤニヤとウザい。
「私が言いたいのは一つよ」
「……何だよ?」
佐伯さんは俺に指を突き付けるとニヤリと笑みを深めた。
「私を使ってちちくりあうのはやめて欲しいわね?」
「…………頬っぺたに生地ついてるからな」
「………………………………てへぺろ」
うぜぇ。




