第165話 途中経過と練習
しれっと更新(´・ω・)
いつも不定期で申し訳ない……。
文化祭の準備は着々と進んでいた。週に一度のホームルームに加え、放課後や休み時間に活用しつつ本番に向けての準備は進んでいく。
花形のホール組は当初から真澄からの演技指導を受け、皆順調に腕を上げていた。
服飾関係についても順調だそうだ。斉藤さんがメンバーとして加わった他、先日のコンセプト衣装での練習が作成班に更なるモチベーションアップに寄与したとかなんとか。とりあえず太田さんは鼻血を出しながら力説していた。
他の生徒もそれぞれの割り振られた仕事をこなしていた。教室の装飾関係の班ではテーブルクロスや食器類の選定等こちらもこちらで着々と準備が進んでいた。
そんなある日。
「オーブンの使用許可、出たわよ!」
佐伯さんの言葉に教室が沸いた。
先日のホームルームで出た、斉藤さんの家からオーブンを借りて教室で使用すると言う案。
そのオーブンの使用許可が出たって事だろう。
「練習とかってするの?」
誰かがそんなことを言った。
「練習か」
「あー、そうだよね。わたしだけじゃないもんね、作るの」
「むしろ作る時間なんて無いんじゃないか? ホールで忙しいだろ」
「あ、それもそうだね」
俺の言葉に、初めて気付いたといった表情を見せる斉藤さん。
「まあ、斉藤さんに作って貰えたら一番良かったんだけどね。斉藤さんのケーキ美味しいから」
「もう、沢良木君っ……」
言葉と視線では少しだけ俺を責めるようだったが、次の瞬間には表情は打って変わってはにかんだモノに変わった。
おっと、いっけね。また天使を褒めちぎる所だったわ。危ない危ない、油断すると呼吸でもするように天使を讃える言葉が口をついて出てしまう。
……にしても可愛いよなぁ。
ジト目を向けてくる天使も、はにかむ天使も、恥ずかしくなってそっぽ向いちゃうところも。
先日の昼休みの事。俺自身の目標、自分の目指す沢良木宗を思い描いた。
まあ、そんな大層な話では無いんだけどね。
それでも気持ちの持ち様というか心構えというか、それと向き合った。
そしたらどうだろう。どんな副次効果か分からないが、斉藤愛奈という少女が尚一層可愛く見えると言うかなんと言うか……。
いつかもこんな気持ちになったものだ、と俺は一人静かに物思いに更けた。
「それでどうかしら斉藤さん?」
「ふぁっ!? え、えっと……!?」
こちらから視線を外して前を向いていたが、話を聞いていたわけでは無いようだった。
そんな天使に俺は小さく吹き出してしまう。
「……むーっ、むーっ!!!」
俺が笑っているのを見咎めた天使は、膨れっ面で無言の訴えを寄越すが余計に微笑ましいだけだ。
「すまない佐伯さん、俺が斉藤さんにちょっかいをかけて聞けなかったんだ。申し訳ないけど、もう一度教えて欲しい」
完全に非は俺にあるので、俺は素直に頭を下げた。
「はぁ、しっかりしてよ? ……さっき出た練習の話よ。もし斉藤さんが可能ならケーキ作りの練習でお家にお邪魔出来ないかなって話になってね」
「あ、そう言う事だね! それなら大丈夫だよ!」
「ふ、二つ返事なのはありがたいけど、本当に大丈夫?」
「うん? 大丈夫だと思うよ? ウチの両親なら歓迎すると思う」
まあ、あの二人だからね。娘の友達だって話なら問答無用で招き入れるだろ。筋肉ダルマなら小躍りするに違いない。つか、前にマジで踊ってたし。
「そう? それなら、数人調理班から選んでお邪魔しようかしら」
「うん、分かったよ! 親に言っておくね」
「ふふ、よろしく」
そんな訳で斉藤さんの家でケーキ作りの練習をする運びとなったのだ。
そして土曜日の午後2時。
「こんちわー」
「あ、沢良木君っ! いらっしゃーい!」
斉恵亭の既に暖簾の下げられた戸をくぐる俺に、天使の声がかけられた。
「やあ、斉藤さん」
猫のエプロンを着けたポニテ天使がパタパタと駆け寄ってくる。
今日も非常に愛らしい天使姿でいらっしゃる。
以前お昼時にお邪魔したときはTシャツにデニムのハーフパンツ姿だったが、本日はエプロンの下に、秋っぽいデザインの白の長袖ワンピースを着ていた。無地ながら要所に同色のリボンがあしらわれている。
猫エプロンのキュートさもさることながら、天使に白ワンピース。素晴らしい組み合わせじゃないか。ええ。可愛さ指数が倍々で、いや天文学的数字の乗数で増えていくね。自分で何言ってんのか分からんけど。つまりぐうかわ。
しかし、ホールの仕事で白の服を着るとか地味に凄いと思う。俺なら普通に汚してしまいそうだわ。もちろん斉藤さんのワンピースにはシミ一つ無い。
あ、因みに水族館デートで着ていたワンピースとは違うようだ。え、よく覚えてるなって? キモい? うるせぇほっとけ。
「お疲れ様です! えへへ」
「…………」
俺に駆け寄った斉藤さんは、持つよー、と俺の仕事鞄を笑顔と共に受け取ってくれた。
斉藤さんからすれば他意はないのかも知れないが、俺はなんとも気恥ずかしく、何も言えなくなった。
なんで、って、いや、ねぇ……?
「わっ、重いねー。こっちに置いておくね…………沢良木君?」
「あっ、ああ、ありがとう」
反応を返さない俺に首を傾げる斉藤さんへ何とか言葉を返す。
俺は誤魔化す様に口を開く。
「集合時間には少し早いけど大丈夫だったかな?」
誤魔化してばかりの人生です。
「うんっ、全然平気だよ! ちょうどお店も終わった所だし!」
「はは、なら良かったよ」
笑顔を見せる斉藤さんに俺も笑顔を返した。
さて、ホール班の俺が何故この場に居るのかと言えば、ただ単にオーブンの確認をするためだ。ついでにケーキ作りの練習にも混ざっちゃおう、ってだけなのだ。
「おう、宗じゃねえか! 仕事帰りか?」
俊夫さんは厨房の奥から出てきたようで、手をタオルで拭いながらこちらに顔を出した。
「俊夫さん、お邪魔してます。近くで仕事だったもんで、そのまま寄らせて貰いました」
「おう、ゆっくりしてけ! ケーキ作りの練習、だったか?」
「ああ。今日は場所お借りします」
「はは、気にすんなっての! 俺はお菓子作りはあんまし得意じゃねぇから何も出来ねぇしな!」
頭を下げる俺に、俊夫さんは鷹揚に頷き笑った。
「そうだ、愛奈ちゃんはもう上がって良いぞー」
そう言うと俊夫さんはまだ片付けがあると再び奥に引っ込んでしまった。
「パパありがとー」
俊夫さんの背中に声をかけた斉藤さん。エプロンを脱ぐと俺に向き直った。
「ラッキーだねっ」
「そうだな、ラッキーだな?」
弾むように笑う斉藤さんに俺も笑い返す。俺はそのまま、再び斉藤さんの装いに視線を戻す。
「そのワンピース似合ってるね」
「ふぇ!? そ、そうかな? に、似合ってる、かな?」
俺の不意の言葉に驚いた様子の斉藤さんは、ワンピースの裾を掴むとヒラリヒラリとそれを振った。
「ああ、可愛い」
俊夫さんも居なくなったので、心置きなく斉藤さんを褒めることが出来る。流石の俺も、親御さんの前では気が引けるわ。
本当ならもっともっとめちゃくそ褒めたかったんだけど、キモく思われないようにシンプルイズベストなワードで我慢なのだ。可愛い、これに尽きる。
「……ぁ、ありがとー」
相も変わらず、俺なんかの言葉で赤面してくれる斉藤さんが可愛くて仕方ない。ちっちゃい頭をわっしゃわっしゃ撫で回したい。やらんけど。
「あ、今更気付いたんだけど、俺の服装がマズイか……」
俺は仕事の作業着をそのまま着てきてしまっていた。今日はそんな汚れる仕事では無かったが、あまり良くないかもしれない。
幸い上着は鞄に入って居るので、最悪それだけ変えてもいいかな。
そう斉藤さんに伝えるが。
「……着替えちゃうの?」
何故か残念そうな顔で見上げられてしまった。
「ぅぐ……、い、いや、その方が、良いかな、と」
何故に……?
プリティー天使斉藤さんの上目遣いが俺のハートを抉るようなボディーブローを叩き込んでくる。
流石の俺様も内心たじたじだぜ! あ、外面も!
え、しょっちゅう? まあ、そんな気もする。ええ。
「さ、沢良木君の作業着姿カッコいいよ? 仕事してる男の人って感じで!」
「そ、そうか?」
そんな天使の言葉に舞い上がる俺氏。相変わらずちょろいぜ! 天使にそう言われると、毎日見ている作業着も何だか格好良く見えてきた……ような? 気がする?
「そ、それに……前に助けに来てくれた時も、その服だったし……」
「……あー」
ぼそぼそと呟くような斉藤さんの言葉に思い出した。
確かに以前、松井の一件で廃工場に乗り込んだ時も仕事終わりで、この格好だった筈だ。この服装に紐付けされて嫌な記憶が戻るとかじゃなくて本当に良かった。つうか、結果オーライな感じだが、実は俺の格好結構マズかったんじゃ?
自分の気の回らなさには嫌気が差すが。今ばかりは作業着に感謝だ。
まあ、つまり斉藤さんの言うカッコいいは、思い出補正が入ってる感じ、なのかな?
そう言うことなら……。
「今日は汚れてないから、斉藤さんが良ければこのままでも良いかな?」
まあ、斉藤さんがカッコいいって言ってくれたもんね! そりゃあ、着替える訳が無いじゃんね!
「……うん。……えへへ」
……可愛い。