第162話 喫茶店メニュー?
メニューについて。
それがその日の議題だった。
「ドリンクは喫茶店だから種類を揃えるのは当然として、お菓子のアソートなんかをお茶請けとして出すだけじゃ花がないと思わない?」
クラスの特色を出せて目玉になる、尚且つ文化祭で提供の可能な食べ物など無いか。そう佐伯さんは語った。
メイドやら執事に目が行きがちだったが、メニューも重要だろう。確かに、コンセプトが強烈ではあるものの、中身だってこだわりたい。文化祭としてのベストな妥協点を見つけるのも必要だろう。
「因みに、他クラスで出店予定のメニューはまとめて来たよ。一般生徒に公開はされていないけど、運営委員なら簡単に分かるしね」
そう言いながら黒板にリストを書き始めたのはもう一人の運営委員。表にガンガン出る佐伯さんとは逆に書記など裏手に徹していた印象だ。ホームルームでもそこまで発言した覚えも無い。俺自身も多分喋ったこと無い。因みに名前は横山で小柄で短い黒髪に眼鏡の童顔気味な生徒だ。名前は例の如くあやふやだ。確かマサシだかサトシだかサトルだか。あ、エロ崎がサトルだっけ? まあ、どうでも良いや。
横山が書き出したメニューを見る。
たこ焼き、お好み焼き、フライドポテト、チュロス、わたあめ、焼きそば、唐揚げ、チョコバナナ、りんご飴、かき氷、等々。
パっと思い付く縁日のメニューは網羅されている感じだった。
「被っては面白く無いしウチの出店との兼ね合いもある。機材や場所的に不可能なモノもあるわね」
それはそうだ。ウチの場合は室内なので油や火は使えないし、メイド喫茶に、わたあめ機ドーンっ、ではあんまりだ。
やはりメイド、執事の雰囲気に即したモノが望ましいだろう。
ちらほらとクラスの連中から案が上がる。
クッキー、チョコレート、ケーキ、アイス等。やはり洋菓子に偏りそうだ。
オムライスっ、と言う山崎の発言は案の定黙殺されていた。
「クッキー、チョコレート辺りは数を買うのも簡単よね。やっぱりその辺りが無難かしら?」
「冷蔵庫とか準備するの?」
そんな発言が上がった。
「確かに冷蔵庫があれば品物に幅を持たせられるけど、数を考えると大きいヤツ必要だよな。予算とか考えると飲み物用の一台レンタルぐらいが限度かなぁ」
横山は手元の資料に視線を落としながら応えた。
「それじゃケーキとかは無理だよなー」
確かに生クリームとかナマモナで足も早いからな……。
「あ、斉藤さん」
俺はふと思いつき、隣の天使へと小声で話しかけた。
因みに今の時間、席はフリーになっていて、黒板を中心に机に腰かけたり、椅子に座ったり、適当な感じになっている。俺は後ろの方で斉藤さんと隣あって座っていた。
真澄は話し合いが始まって他の女子と早々に前に繰り出していた。
「なぁに、沢良木君?」
こてん、と首を傾げる天使がとっても可愛いです……じゃなくて。
呼び名はやっぱり名字なのか……でもなくて。
「ケーキだよ」
「ケーキ?」
「うん。この前ご馳走になっただろ? あれとか生クリームなかったから日持ちするのかなって」
ああ、と斉藤さんは頷いた。
「んー、この間のケーキはガトーショコラだから、実はクリームも入ってるんだよー」
「そうなのか」
「そうなんだよー。こう、生地に直接混ぜ込んでるからね」
手元で混ぜ合わせるゼスチャーをして見せてくれる天使。小さなお手々が可愛いです。
「……おおう。俺全然詳しくないからさ、分からなかったよ。でも、旨かったなアレ。また食べたいな」
「ほんと? それならまた作るから、食べてくれる?」
「もちろん」
「えへへ」
ご馳走になる俺以上に嬉しそうな表情の斉藤さん。その笑顔を見てると胸の奥がケーキみたく甘くなる、気がする。
「……っと、話が逸れたな。アレは結局日持ちしないのか?」
「うーん、そうだね。加熱してるから、普通のケーキに比べればマシだろうけど。やっぱり冷蔵庫が欲しいかなぁ。そうでなければちょっと不安かな?」
「そっか、残念」
「んー、あ、それなら!」
「ん?」
まるでピコン、と頭に閃いたかのように斉藤さんは顔を綻ばせた。
「パウンドケーキとかどうかな?」
「パウンドケーキ?」
「そう、パウンドケーキ! 生クリームとか使わないし、しっかり焼くから日持ちもするし。その日の内だったら全然平気だよ!」
「なるほど。パウンドケーキか」
「うん。中身をドライフルーツとかチョコレートとか色々な具材を変えて種類も用意出来るね。あっ、それに、小さくミニケーキで出せば可愛いし、何種類か選べるようにしたら女子とかに喜ばれるんじゃないかな?」
楽しそうに語る斉藤さんだったが、いつの間にか周りの女子等の視線を集めていた。
「斉藤さん! それ良いんじゃない?」
「紅茶とかのお茶請けにもピッタリだよね!」
「可愛いミニケーキとか想像出来ちゃうよね!」
「え? え?」
ようやく気付いた天使だったが、状況が読み込めて無い。
俺は微笑ましく思いながら、佐伯さんへと視線を向けた。
視線に気付いた佐伯さんは伺う様に口を開いた。
「何か案が出た?」
「ああ。斉藤さんがな」
「ええっ!?」
俺は斉藤さんを促す様に肩をポンっと軽く叩いた。
急な振りにたどたどしくも佐伯さんへ無事伝えた斉藤さんは一息吐いた。
「……うん、良いかも知れないわね、パウンドケーキ」
印象は良さげである。しかし佐伯さんは、だけど、と前置いて再度口を開いた。
「焼く設備がね」
「あ……」
困った顔の佐伯さんに、今気が付いたといった表情の斉藤さん。
「調理実習室は?」
と誰かが発言するが。
「もう埋まってるね」
と横山。
うーん、と皆が唸る。
「愛奈ちゃんの家では焼けないのか?」
膠着しかけた空気を壊したのは高畠さんだった。
「わたしのウチ?」
「ああ、あの厨房をもし貸して貰えるなら、と思ったんだ。学校からも近いし、運ぶ手間を考えても良いと思うんだが」
「確かに近いな」
俺も斉恵亭を頭に浮かべ頷く。
「何々? 斉藤さんの家って大きなオーブンでもあるの?」
佐伯さんの言葉に斉藤さんは頷いた。
「う、うん。一応、ウチ食堂やっててね、その厨房にそれなりのが」
「え、斉藤さんの家って食堂なの?」
佐伯さんは驚いた様に目を丸くさせた。周囲も同じだったようで、少しざわめく。
「ああ、それで接客に慣れてるって言ってたんだ!」
「そういうことだったんだね!」
斉藤さんの接客慣れは問われる事も無く、ここまで言ってなかった為だろうか。皆、驚きつつも納得した様子だ。
「愛奈ちゃん、どうだろ?」
「多分大丈夫だと思うけど」
「おお! それじゃ問題は解決だな!」
「調理班も決めないとね!」
ワイワイガヤガヤと再び動き出した流れに皆浮かれるが。
「ちょっとちょっと! 少し落ち着いて!」
そこに待ったをかけたのは佐伯さん。
佐伯さんは皆が落ち着くのを待ってから話し始める。
「まず、確認しなくちゃいけない事があるでしょ。外で作った物を持ち込んで大丈夫なのか。学校以外の設備を使って大丈夫なのか。そもそも、斉藤さん家が本当に使用出来るのか。簡単に考え付くだけでこれだけあるのよ?」
……ああ、そりゃそうだ。
文化祭の模擬店での食品取り扱いにはかなりナーバスになる必要があるのだ。俺も軽い調子で斉藤さんに聞いていたが、よく考えれば外部で作って~だの、作り置きなんてモノは論外だった。おそらく当日は調理後そこまで時間を置かずに提供しなくてはならないだろう。
当然保健所なんかも関わってくるし。場所を借りた上で最悪の場合、有事の際は斉藤家に迷惑をかけてしまうこともあり得るのだ。
俺としたことが少し考えれば分かる事だろうに、斉藤さんと話して浮かれていたようだ。
「衛生管理とか考えると、外部で作って持ってくるのはダメなんだ。作り置きなんかも同じだ。おそらく御崎高のマニュアルに衛生管理基準がある筈だ」
俺は隣の斉藤さんへと語った。
「そっか……」
残念そうな斉藤さんの姿が、俺の心にボディーブローをかましてくる。痛い、痛いぞぅ。
「……ねえ、沢良木君?」
俺が何も言えずにいると、斉藤さんは顔を上げた。その目はさっきとは打って変わって、悲壮感は無い。むしろやる気に満ちているようで。
「外部じゃなければ大丈夫なのかな?」
「ん? まあ、その場で調理をしてその場で販売っていうのが基本だろうな」
すっかり度忘れしてたヤツが何を言ってんだ、って所ではあるが。
「ねえ、佐伯さん。例えばなんだけど、オーブンを持ってきて調理するのは?」
「オーブンを? ……んー、それならギリギリ大丈夫なのかな? 火使うのは完全アウトなんだけど、電子レンジとかそれに類する器具、って解釈なのかな?」
「そっか!」
一度は確認してみないと、と言う佐伯さんに斉藤さんは頷いた。
「もし大丈夫なら、ウチの持ってこれると思う」
「え、あのでっかいヤツ!?」
俺は思わず、記憶にある斉恵亭の厨房を思い出していた。あそこには確かにオーブンがあったが、それは業務用のデカイヤツである。電源だって教室のコンセントからでは取れないヤツだ。
俺の考えが伝わったのか斉藤さんは可笑しそうに笑った。
「ふふ、アレはさすがに無理だよぅ。実はもう一つあれより小さめのオーブンがあってね? 保管してるから活用出来るかな、って」
「そういうことね。因みに電源は?」
「電源?」
「単相か三相なのか、100Vか200Vなのか、とか……」
「? ? ?」
頭の上にたくさんはてなを浮かべる斉藤さんに思わず笑ってしまう。
「はは、ごめんごめん。要は……ほら、そこのコンセントで使えるオーブンなのかな、って話」
俺は教室の壁に設置されている、二つ穴でどこの家庭でもあるコンセントを指差した。
「あ、うん! それだよ!」
「なら大丈夫だな」
職業柄色々な機械に触ってきたからつい気になってしまった。実際、業務用や大きなモノは普通のコンセントでは使えなかったりする。
「大丈夫そうだが、どうする?」
俺が佐伯さんに問えば。
「わかったわ。確認してみる。だけど、使えるとなった場合、斉藤さんの負担はさらに増えるのだけれど……」
佐伯さんの不安ももっともである。斉藤さんは当日の接客に加え衣装の作成がある。大体のクラスメイトは一つ程度の役割だったりする。
「全然平気だよ!」
と笑顔の天使。そうなれば俺のすることも決まると言うもの。
「俺も手伝うからね。運搬は任せろ」
「ありがとう沢良木君。……皆とこうやって何かするの初めてだから、今凄く楽しいんだ!」
俺を見上げる天使ははにかみながら、そう言った。少しじーんと来た。本人がそういうつもりがなくても、1学期の斉藤さんを知っている身としては、感じ入るモノがある。
「わ、私も愛奈ちゃんと一緒に手伝うわ!」
ほら、もう一人居た。
鼻の頭を少し赤くした松井ちゃんが声を張り上げた。少し驚いたクラスの面々も、終いには微笑ましい視線を向けていた。
「美里ちゃんありがとー!」
「当然よ!」
気付かないのは本人ばかりか。天使は嬉しそうに笑みを浮かべるのであった。




