第156話 衣装作り!
明くる日の休み時間。教室の一角では数名の女子が大小様々な布を広げていた。その布の色は濃紺や白の割合が大部分を占めていた。そして、女子の手元には針や鋏。
そう、彼女達は文化祭で出店する猫耳メイド喫茶での給仕服作りの準備や打ち合わせを行っていた。
その周りには、興味深そうな様子で見守るクラスメイト達の姿。中には俺や斉藤さんの姿もあった。斉藤さんに、見に行こうよ! なんて言われたら行かないダメじゃんね。ぐへへ。
「紺は紺でも結構違うからねー。それに合わせる白だって暖色系と寒色系あるし。んー、この組み合わせとか?」
太田さんは数種類ある布地を重ねたりしながら色味を見ていた。確かに太田さんの言う通り同じ系統の色でも大分差があるようだ。青系の白とクリーム色に近い白では紺色に合わせた時のイメージが大分違う。
手芸部員達もあれこれ意見を上げて行く。いつの間にか周りのクラスメイト達も参加する始末だった。
「んー……あっ、沢良木君はどっち派?」
「俺?」
何を思ったか太田さんは俺に振ってきた。その手には紺色と白色の布地を重ねた物が何パターンか握られている。
「うんうん。沢良木君が選んでくれたら文句言わないよー?」
そう言いながらも太田さんの表情はニヤニヤしている。その視線は俺には向いておらず、それを追えば……。
「……ぁぅ」
隣に佇む天使に向けられていた。俺からは頭のてっぺんしか見えないからどんな表情をしているか分からない。でも、アホ毛可愛い。
「斉藤さん?」
「えっ、え、ええと……どれが、良いとおもう? ……沢良木君」
チラリと、こちらを上目遣いで見上げる天使。深い碧眼は相変わらず綺麗で吸い込まれそうで。
マズイ……。
俺は熱くなりそうな顔を、周りに気取られないよう視線を布に落とす。
「ん、と……そうだな。俺なら…………この組み合わせかな」
俺はそう言いながら、ひとつのパターンを手に取った。
それは濃紺に淡く青を感じる白の組み合わせ。
……やっぱり、斉藤さんには青が似合うと思う。
暖色が似合わない訳では無いが、寒色の方が斉藤さんの綺麗な髪と愛らしい容姿を際立たせるんじゃないかな。何より青を身に付けた斉藤さんを見るのが好きだ。
と、そこで俺は気付く。
……おいおい、これはクラスの出店だろ? なのに俺は斉藤さんの事しか考えて無かった。どの色だったら斉藤さんに合うだろうか、って。太田さんに乗せられたとは言え、俺は何を考えてんだか。
「ほう? その心は?」
太田さんは品定めするかのように、俺を見上げる。
「なんとなくだよ」
正直に答えれる訳もなく、俺ははぐらかす。
「そっかそっか」
太田さんは先ほどまでの雰囲気を霧散させると頷いた。
「確かに、斉藤さんだったら青系かなぁ? あ、そうしたら二種類の白で作ろうかな? 選択制にして、クリーム系が似合う子だって居るし……うん、良いかも」
「えっ?」
太田さんは布地を掲げると斉藤さんと見比べ頷いた。斉藤さんはそんな太田さんの行動に目を白黒させた。
「それでどうかな? 斉藤さんは?」
「わ、わたしも……良いと思います……」
斉藤さんはたどたどしくも頷いた。太田さんはそんな様子を見て満足げだ。
「よし、メイン生地は決まったから、あとは小物も決めちゃおう!」
そこからは女子達がワイワイとあれこれ決めていった。斉藤さんも先ほどのたどたどしさも無く、和気藹々といった雰囲気に溶け込んでいた。俺はそんな斉藤さんを見て一つ息をついた。
その日昼休み。とある席に着き布地を片手に縫い針を構える斉藤さんの姿があった。
どうしてそうなったのか分からないが、斉藤さんも手芸部員に混ざって何かするようだ。
「斉藤さんは手芸得意なのか?」
俺は隣に居た真澄に問いかける。
「んー? 愛奈? そりゃ勿論」
「勿論なのか……」
「そっか、宗君は知らなかったんだ? 愛奈の良妻スキルの凄まじさ」
「り、良妻スキル? なんだそれ?」
聞いたことのない単語が飛び出した。
良妻、とな?
「はぁ、正直この部分では少しも勝てる気がしないんだけどね。愛奈って今直ぐにでも、何処にでも嫁げるぐらい家事上手なんだよ。あたしも取り敢えず独り暮らし出来るくらいのスキルはあるつもりなんだけどさ……あれには、ね」
真澄の視線の先では斉藤さんが手縫いを始めるところだった。
「まあ取り敢えず見てて」
真澄の言葉に俺は黙って頷く。
「太田さん、ここはまつりで?」
「そうだねー斉藤さん。奥まつりでもいいけど」
「奥まつりだね、分かったよー」
斉藤さんと太田さんは何やら話している。手芸とは無縁の俺には分からないが斉藤さんは納得したように頷いた。俺は自分の服の裾を取り敢えず縫えるレベルでしかない。
そして、縫い始めた斉藤さんを見て、俺は目を見張った。
「~♪」
ノってきたのか微かに鼻歌なんか口ずさむ天使がぐぅ可愛い……じゃなくて!
「な、なんだあれ?」
「うん、わかるよ宗君の気持ち」
大変失礼な物言いになってしまったのは仕方ないと思う。
だって、周りだって似たようなもんだし?
「はい、おわりだよー……どうかした? え、あれ? あの、わたし、なんかした?」
瞬く間に手縫いを仕上げ、一様に自分が視線を集めている事に気付いた斉藤さんは、一気に萎んでしまった。
「す、凄いよ斉藤さん!」
「すげぇ、なんだ今の?」
「斉藤さんって縫うの凄く上手なんだね!」
「ソーイングマスターだ!」
「ぁ、ぁう……ありがとう?」
そう。そうなのだ。斉藤さんの手縫いのスピードは、ちょっと可笑しいぐらいに速かった。
それでいて、手縫いのクオリティも半端ない。
そりゃ、皆驚くわな。俺も驚いた。
確かに真澄の言う、良妻スキルとやらも納得だ。手縫いでこのレベルならミシンなんて要らないんじゃないだろうか。
「ね?」
「ああ」
何故かドヤ顔を晒す真澄に、俺は頷く事しか出来ない。
「確かにこれは凄いな」
「あっ、ありがと。沢良木君……」
俺の言葉が届いたのか、斉藤さんは顔を赤くして更に小さくなってしまった。
「まさかこんな特技があったなんてね。驚いたよ」
「そんなっ、大したこと、ないよぅ……ぇへへ」
そう言いつつも、嬉しそうにはにかむ斉藤さん可愛い。
「やっぱり斉藤さんは手が器用だな」
「そうかなぁ?」
「ああ。この前もそう思ったんだぜ?」
「ええ!? いつのことー!?」
「んー、ほら───」
「……沢良木君!」
と、そこで今まで黙っていた太田さんが声を上げた。
「ど、どうした?」
太田さんの鬼気迫るその様子に、思わず俺は半歩下がってしまう。
「斉藤さんの振り分けなんだけど、今のままではクラスの損失だと思うの!」
「損失……?」
「ええ! 沢良木君! 斉藤さんを是非私達の班に加えてくれないかしら!?」
いやいや、なんで俺に聞くん!?
となりに本人いらっしゃるわよ!?
「今のペースで私達だけでもこなせると思うわ。でも斉藤さんが入ってくれれば、ペースアップは勿論だけど、クオリティだって上がるわ! 斉藤さんの腕は手芸部に全く引けを取らないもの!」
それは、まあそうなんだろうな。先ほどの針捌き? を見れば納得出来る。
斉藤さんは本来教室の飾り付けを担当していたはずだが、一番人が多い班なだけに問題も少ないだろう。
「どうかしら?」
俺に聞くなよ!? ……とは言いづらい空気になってるんだけど? え? なんで皆俺見てるん? 斉藤さんも?
「……斉藤さんがやりたい事をやるのが一番だと思うな。せっかくの文化祭だからな。楽しまないと」
「……うん」
そう頷いたのは斉藤さん。
「太田さん、わたしもこの班に入れて貰えるかな?」
「っ!!! 勿論大歓迎よ! あとは手芸部にも!」
「そ、それはちょっと、考えさせて欲しいかなぁ……?」
「ふふっ、それじゃ改めてよろしく! さあ皆、気引き締めて行くわよー?」
おー! と服飾班は楽しそうに気合いを入れていた。
おい、なんで俺に聞いた。
 




