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第156話 採寸とケーキ





 先日のチラシ作成は無事完了し、配布を待つばかりとなった。チラシを配る機会は大まかに分けて二度有り、一度目は事前の校内配布。前夜祭の時に全校生徒に向けて配布する機会が設けられる。配り切れるかどうかはクラスの手腕によるところが大きいが。二度目は当然当日である。当日は二日間あるため、厳密に言えば三度とも言えるかもしれない。

 因みに校外への配布は原則禁止となっている。むやみやたらと広告をばら蒔いて混乱を招いてしまっては、学校としても百害あって一利も無いためだ。


 チラシに関しては、クラス内でのクラスメイト達による助言、修正を経て稟議も下りた事もあり皆満足出来る物が出来上がった。


 只今の時間は文化祭準備に当てられたホームルーム。今日の議題は衣装について、である。


 多大な集客効果をもたらすであろう衣装だ。皆の雰囲気も真面目である。

 因みに俺は既製品を使用もしくはアレンジでもするのかと思っていたのだが、なんとオールハンドメイドにするのだそうだ。これには結構驚いた。


「私達は当日にこっち出れるか分かんないからさ。準備ぐらいは全力を注がせてよ!」


 手芸部員の言葉である。4人居る部員全員が頷き、表情にやる気を滾らせていた。


「なんて言ったってこの学校において最高のモデルと言っても過言ではないメンバー達がこのクラスにはいるんだよ!? これが本気を出さずにはいられるかっての!」


 その言葉にクラスメイト達は苦笑いしつつも声援を送ったのだった。


 天使とアイドルだね。分かります。禿同。


「それで、服飾担当から既にデザインが上がっててね。今日はそれを決めちゃおうかと」


 運営委員はそう言うと大きくプリントされたデザインデッサンを5点黒板に張り出した。

 それを見て教室にどよめきが起こる。


 おぉ、クオリティ高いな。


 俺は素直にそう感じた。このどよめきも同じ思いからだろう。


「太田さんは今年の県のコンクールで、一年生ながら最優秀賞を取った秀才なの! そんな太田さんのバックアップがあるんだからこのクラスの成功は約束されたようなものよ!」


 運営委員の口上にクラスが盛り上がる。ポニーテールの彼女、佐伯(さえき)さんは中々そう言った素質があるらしい。佐伯さんに指差された手芸部のホープ太田さんもまんざらでも無さそうな笑顔でピースしていた。


 太田さん曰く、趣味が高じて服を作るのは得意だと言う事で、安心して任せて欲しいとの事だった。彼女が見本に持参した過去に作った作品とやらは俺の素人目から見て売り物と違いが分からなかった。

 山崎がその作品を見て何か名前を言っていた。俺にはよく分からなかったが、何かのアニメキャラの服なんだとか? 山崎と太田さんは意気投合したように語り始め、早々に佐伯さんから注意を食らっていた。

 もうお兄さん、そう言うのついていけないの。歳を感じたよ。


 黒板に今一度視線を戻しデザインを眺める。絵だけではあるが、それぞれのデザインを斉藤さんと真澄が着た姿が脳裏にありありと浮かぶようだった。


 良いと思います。はい。


 猫耳も一から作るんだってさ。もっふもふなの頼むよ。

 尻尾も用意するとか。どこに付けるって? そりゃあ勿論…………スカートの上でしょー? うん? 別に間を開けた事に他意はございません? うん。


「多数決の結果メイド服はこのデザインに決定よ! 男子の燕尾服はそこまでデザインの幅が無いから問題無ければこのままいくわよー」


 異議なーし。クラスのあちこちからそんな声が聞こえてくる。


「早速で悪いけど、服飾班は今日からコンセプトモデルの作成に入ってちょうだいね。それを見てまた皆で詰めていきましょ」


 その後、ホームルームでは以前に決めた役割の進捗確認を行い、改善点など話し合った。




 その日の放課後。俺、斉藤さん、真澄、高畠さん、藤島を含めたクラスメイト男女数人がとある席に集まっていた。

 服飾班から、採寸の為に時間を貰えないか、と言う要請を受け教室に残ったのだ。俺は丁度良くバイトの無い日に当たったため、二つ返事で頷いた。


「取り敢えず今日はここに集まった主要メンバーの採寸してみようと思うの。ここの人は衣装作るの確実だからね」


 太田さんは自分の言葉に皆が頷くのを見届けると、それじゃ早速! とメジャー片手に立ち上がった。


「俺からで良いか?」


 藤島の言葉に太田さんは近付きながら笑って頷いた。


「もちろん。部活で忙しいのに悪いねー。ちゃっちゃと済ませちゃうねー」


 太田さんが測り、もう一人の手芸部員が助手として数値を記録していく。手際よく採寸を行い、いくらもしない内に藤島の採寸は終わった。


 挨拶もそこそこに部活に向かう藤島を見送ると、採寸を再開する。


「俺で良いのか? 高畠さんも部活あるだろ」


 バスケ馬鹿の練習時間を削るのは忍びないし。


「あー、宗君エッチだー!」


「そんなんじゃねぇよ」


「そんなに唯のスリーサイズ知りたかったのー?」


「いや、全然?」


「ぐは……。なんで私がダメージ受けているんだろう!? とばっちりだぁ!」


 いや、人の彼女に興味なんて沸かねぇよ?

 太田さんは項垂れる高畠さんの肩をポンポン叩くと苦笑いした。


「女子の採寸は男子の居る所では出来ないでしょー?」


「あー。悪い、それもそうだよな。それなら頼むよ」


 考えが至らなかった事を謝り、俺も採寸してもらう事にした。高畠さんはまだ凹んだままだった。


「ほー、へー、……ふむふむ」


「……」


 採寸しながら、何やらぶつぶつと言葉を漏らす太田さん。俺は堪らず問いかける。


「……何?」


「え? あー、いやぁ、沢良木君のスタイルの良さに驚いてねー? ……うぇー!? 足ながっ!? なんだよコレは!」


 ……俺が悪いのか?


「「……羨ましい」」

 

 何が? 足の長さかな?


 今まで黙っていた斉藤さんと、真澄が口を開きお言葉をハモらせた。


「ふうー。満足満足ー! 私は満足だよ! 見てよこの数字! まるでモデルだよ! はー、この数字に萌えるわぁ」


「全然誉められてんのかわからねぇんだけど」


「誉めてる誉めてるー」


 数字に萌えるとか、ずいぶんニッチな趣味趣向である。


 見せて見せてー、と斉藤さんや真澄も記録紙を覗き込んでいるが、見て分かるのだろうか?


 まあ、楽しそうだから良いか。


「はい、それじゃあ男子は外へゴー! 覗くなよー?」


「へーい」


 全男子の採寸が終わり、外へ出る男子達に続いて俺も教室を出る。他の男子はそのまま帰る気のようで、皆鞄を持っている。俺も真似して鞄を手に教室を出ようとしたのだが……。


「あ、宗君待っててよー。一緒に帰ろー?」


「わ、わたしも一緒に良いかな!?」


 二人の子猫ちゃん達に止められてしまった。

 すぐさま傍の男子から、お姫さま達がお呼びだぞー、と茶化される。


「わかったわかった。廊下で待ってるよ」


 茶化す男子達をあしらいながら、俺は廊下へ出た。

 二人が終わるまでの間一人残されるのは可哀想だ、と気遣ってくれたクラスメイトと共に廊下でたむろすることにした。


「沢良木は昨日の○○番組見たか? めっちゃ面白かったぜ?」


「いや。俺はニュースぐらいしかテレビ見ないからなー」


「マジかよ。今どきそんなヤツ居んのかよ」


「ここに居るぞ? あー、そういや真澄に初めて会った時もさ、皆知ってて俺だけ知らなかったんだよな」


「それこそマジかよ!? あのますみんを!?」


「ああ、皆にめっちゃ馬鹿にされたわ」


「ぶはっ、そりゃそうだろ!」


 今となってはクラスメイトとの溝も無くなり、普通に会話をこなせるまでとなった。名前は未だに心許ない部分もあるが、それでも皆話しかけてくれるし、俺が話しかける事もある。人付き合いにずぼらだった俺も頑張って人間関係構築に勤しんでいるわけである。我ながら感慨深いぜ。因みにコイツは佐々木だ。名前はタクヤだかタクミだ。


 佐々木と会話しながら、そう言えばと、ふと俺はあることを思い出した。

 最近気付いたことなのだが、実はこのクラス、カーストと言う概念が薄い気がするのだ。


 そりゃ当然ある程度のグループがあるのは当たり前なのだが、それでも突出してカーストトップに君臨する人物が居ないというか。

 ことクラスカーストにおいてラウドネスマイノリティが実権を握ることは多い。しかし、不思議とそれが居ないのだ。


 正直な話、俺はそう言ったクラスメイト間でのあれやこれが非常に苦手である。協調性が秀でているとは決して言えない俺は、今までの人生でも派閥的なモノに一切関わることはなかった。

 以前のバカ校などでは力が全て、と言うか。物理的なマウンティング行為が日常茶飯事であったし、むしろそっちの方が俺にとって性に合っていたとも言えた。それはさておき。


 一つ考えられることと言えば、松井さん家の美里ちゃんの存在である。

 以前のヤツの存在はほぼ間違いなくカースト上位に君臨していた存在だったろう。それが何をとち狂ったのか今では当時のカースト最下位であっただろう斉藤さんとつるみ始めた訳だ。カーストのピラミッドはモノの見事にぐっちゃぐちゃ。

 しかし、そんなイレギュラーこそがこの均衡をもたらしているのかも知れなかった。


 この空気が良いのか悪いのか、俺には分からないが……。少なくともどこかで破綻するような兆しは見えて来ないのだ。


 心地好いこの空気が、少しでも続けば良いと思えた。


「何難しい顔してんだ……っと?」


 俺のことを覗き込んだ佐々木だったが、その途中教室の中からきこえる黄色い声に耳を傾けた。


 中からは真澄や斉藤さんの楽しげな声が届いてくる。


「それで沢良木。二人とはどれだけ進んでんのよ?」


「別にそんなんじゃねえよ」


 佐々木は意識を教室からこちらに戻すと、あからさまにからかう様な表情で問う佐々木に苦笑を返す。


「やっぱりどっちもか!?」


 なんでそうなる。

 思わずため息が漏れた。


 ……しかし、端から見た場合俺達の関係はどのように見えているのだろうか。


「なあ、佐々木。端から見たら俺達ってどう見えてるんだ?」


俺はそんな疑問を口にした。 

 

「ん? そうだなぁ。俺らクラスメイトは成り行きも分かってるしさ。沢良木がまだ決めてないのも知ってるし、今の状況を面白おかしく眺めてるって感じだな。結構応援してる女子も居るようだぜ?」


「……そうか」


「ただなぁ」


「ただ?」


 苦笑いを浮かべる佐々木に首を傾げる。


「他のクラスや他学年は分からねえぞ?」


「……」


「まさしく両手に花。それに加え驚くレベルで可憐な花だぜ? 普通に考えたら手を伸ばすのも憚られるぐらいの高嶺の花だ。そりゃあ、恨まれてもしょうがないだろー」


「そ、その通りだな……」


 何も言い返す事が出来ない。全くもって、まさしくその通りである。言い逃れできまてん。


 そんな二人は、俺へと一心に好意を向けてくれている。散々はぐらかしてきたが、当然そのくらい分かる。別に人の感情に疎いわけでもない。


 結局は俺の気持ち次第なのかも知れないが……。


 俺は現在の何かを変える気は無かった。


 ……と思う。


 いつまでも今の状況を続ける事で誰かを傷付けるかもしれない。だけど、まるでぬるま湯のような、この気楽な流されるだけの世界にいつまでも浸かっていたい気持ちもあるのだ。


 それが、良くないと分かっていても。


 俺は廊下の壁に身を預け、天井を見上げた。


「それで、どっちが本命なんだよ?」


「また戻るのかよ? どうもこうもねぇよ」


 俺はまた、はぐらかす。


「ふーん? それならさ! 他の連中にもチャンスはあるって事だよな!?」


「あ、ああ……」


 何とか返事を絞り出す俺。そのたどたどしさは気付かれなかっただろうか?


 俺は少しテンションの上がった佐々木を横目に、溜め息を吐いた。


 ……俺は、何がしたいんだろうな?


 吐いた溜め息の中には、どこを探しても答えは見つかりそうにも無かった。






 程なくして、採寸の終えた斉藤さん達と合流した。高畠さんら部活女子は各部活へ、先ほどは意気込んでいた癖に佐々木は逃げる様に帰路についていた。残ったのは結局俺と斉藤さん、真澄だけだった。


 何故か妙に意気消沈している斉藤さんに、どうしたのかと聞くも。


「あ、あはは……なんでもないよ? なんでも……」


 絶対何でもなくないよね? と思いながらも俺は苦笑に収めた。


 何かあったとすれば……。


 SA・I・SU・Nだ!


 俺は失礼と思いながらも、そのなだらかなお胸を見下ろしほっこりした。めんご。


 昔から言うよね。ステータスってさ。


 そんな斉藤さんも、校舎を出る頃には普段通りに戻っていた。下駄箱で履き替えると、俺の両サイドには二人が並ぶ。最早それは、定位置になりつつあった。


「あ、そうだった!」


 突然声を上げた斉藤さんに、俺と真澄は顔を見合わせると首を傾げた。


「どうしたんだ斉藤さん?」


「うん、実は昨日ケーキを焼いてね? 良かったらウチに食べに来ないかなーってお誘い!」


「ケーキ?」


「うんっ、チョコレートケーキ!」


 無邪気に笑う斉藤さんに、俺も真澄も頬が緩む。


「いいねー! 是非行くよ! 宗君も良いでしょ?」


「ああ。今日は丁度バイトも休みだからな。是非ご馳走になるよ」


「やった!」


 ご馳走になる俺らよりも嬉しそうな斉藤さん。その様子に俺と真澄は再び笑ったのであった。


 斉藤さんの手作りケーキは文句無しに旨かった。料理は勿論のこと、お菓子作りまでこうも完璧とは恐れ入った。


 なんだか、凄く女の子っぽいなぁ、とか変な事を考える俺だった。


 斉藤家でチョコレートケーキを頂いた俺と真澄だったが、その後もだらだらと過ごしている内に帰るタイミングを逃してしまった。アイシャさんが是非と言うことでそのまま夕飯もご馳走になってしまった。


 ご馳走さまでした。








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