第147話 プール回 後編
「ねぇねぇ、どう思う?」
「うん? なにがー?」
プールサイドに設けられたベンチで真澄と唯ちゃんとわたしの三人で掛けてお喋りしていると、真澄が不意にそんな疑問を投げ掛けてきました。
主語が無くて、よくわかりません。何の事でしょうか?
「宗君と藤島君よ」
「沢良木君と……」
「ダーリンか?」
真澄の視線を追えば、プールサイドに座り込んだ二人の姿がありました。
なにやら楽しそうに話をしています。
あっ、宗君上がったんですね。
俺は本気で泳ぐんだ、って行ってしまったっきり戻って来なかったのですが。そこまで水泳好きだったんですねー。知りませんでした!
休憩時間に入って上がったようです。
宗君を見ていると、先程唯ちゃんと真澄にタオルを剥ぎ取られて、宗君に間近で水着姿を見られてしまったことを思い出させられます。
心の準備が整わない内に見られてしまったので、もうパニックでした!
恥ずかしくて恥ずかしくて、宗君の事をまともに見られませんでした。
でも、可愛いって言ってくれて。
まあ、スクール水着ですけどね!
出来れば普通の水着も見て欲しいな、なんちゃって! 二人きりで海とか行っちゃって、ラブラブなデートで!
『愛奈、水着似合ってる。天使みたいだよ』なんて! なんて! きゃー!!!
……ごほんっ。なんにせよ良かったです。
それからは真澄に負けじと大胆にも宗君にくっついたりしたのですが、思い出すだけで顔から火が出そうですね。よくあんな事が出来たと自分でも思います。
初めて見る宗君の身体と肌に感じる身体つきに、もうドキドキでした!
背が高い上にイケメンで、身体も凄く引き締まっていて、しかもあの通り凄く優しいとか、それなんて完璧超人ですか!
真澄も多分同じくメロメロですね。おちゃらけた事を言いながらも、その視線はずっと宗君を追っていましたもん。わたしは気付いてましたからね!
はふぅ。
それにしても、宗君の泳ぎは凄まじかったですね……。
延々と止まる事なく泳ぎ続ける様は遠泳競技のようなストイックさがありました。
でも、その泳ぎ方は水泳選手のような洗練されたモノではなくて、どこか荒削りでワイルドな感じでした。それでも、物凄く早くてビックリしたんですが。わたし、水泳に関して詳しくは分からないんですけどね。
それでも宗君の運動神経の良さはわかりますね!
「仲良いよねーって話」
「あー」
「確かに。沢良木君が楽しそうに話すのってダーリンくらいかもなぁ」
真澄ちゃんの言葉にわたしと唯ちゃんが頷きます。今も二人を見ると楽しそうに笑っていました。
「……宗君ってやっぱりゲイなのかな」
「ふぇえええぇっ!?!? げ、げ、げっ!?」
「お、おおおいっ、それは本当かっ!? 突然過ぎるカミングアウトだぞ!?」
真澄が突然に、そんな爆弾を投下してきました。
ゲイって、あれですよね? あの、男の人同士が、す、好きって……。
「分からないわよ。でもさ、あたしと愛奈がくっついて誘惑したってのに、ノって来ないんだよ?」
「いや真澄ちゃん、いま授業中……なんで誘惑してんの。逆にノって来たらどうするつもりだったんだよ……」
「わ、わたしは誘惑だなんて……!」
「そうなると狙いは藤島君か」
真澄は大してわたしと唯ちゃんの言葉を気にも留めず、ふむ、と頷きました。
「なにぃぃっ!? そ、それはダメだぞっ!? 私のダーリンだ!」
「そ、そうだよ! お、男の子、同士、なんてっ……」
「いや、あたしはアリだね!」
「「なんで!?」」
会話の流れからしておかしくないですかっ!? 真澄も宗君が男の子を好きなら困るって話じゃないんですか!?
わたしは心の中で目一杯ツッコミます。
「だって見てみてよ、あの二人」
真澄に促されもう一度宗君達を見ます。まだ談笑を続けているようで、楽しげですね。
「うむ……仲良さそうだな」
「う、うん、そうだね?」
「でしょ?」
「でもそれだけじゃ、ゲイだなんて言えないだろ!?」
彼氏の貞操がかかっているからか、いつになく必死な唯ちゃんです。
「いや、ちゃんと見るんだ! 二人の身体付きを!」
「ど、どういう……」
「身体、付き……?」
それがどうしたのでしょうか。
宗君は先程も思い出した通り、引き締まってとても良い身体付きですね。当然の様に腹筋も割れてます!
一方、藤島君も運動部なだけあってこちらも引き締まっていますね。
「それが?」
「あんな身体付きの良い二人が並んで座ってたら、想像が掻き立てられるじゃん!!」
「「あ、想像なんだ」」
そう言われてから見るとなんだかそんな風に見えなくも……やっぱりわたしには分かりませんね。
きっと宗君は普通です! そうです! そうでないと困っちゃいます!
「真澄ちゃんはBL好きなのか」
「あたしはNL、BL、GLなんでもいけるよ! リアルならあたしは普通に男の子が好きだけど。と言うか宗君が」
「お、おう……。それは、なんとも明け透けな」
「?」
唯ちゃんはなんだか納得したようですが、わたしにはいまいち分かりません。
いえ、宗君が好きなのは分かるけど。なんでしょうか、NL、BL、GLって。
「え、愛奈分かってないの?」
「う、うん?」
いまいち理解していない様子のわたしを真澄に見つけられてしまいました。
「愛奈、ちょっと耳貸して」
ちょいちょいと真澄に手招きされるまま近付くと、真澄はわたしの耳元で囁き始めました。
なんでしょうか。そんなに人に言えない事なんですか!?
「あのね、あたし……愛奈の事、愛してるの。好き、超好き。愛奈の○○○、○○○したくてたまらないの。だから愛奈にもあたしの○○○、○○○して欲しいな。……ね、愛奈はあたしの事好き?」
「ひぅっ!? な、ななな、な!? なに、何言ってんのっ!? わっ、分からないよっ!!」
なんて事を言うのでしょうか!?
本当に言えない様な事でした!!
考える事すら憚られますよ!?
わたしは両手をバタバタとさせて混乱してしまいます。
気付くと真澄はわたしから離れ、ニヤニヤとこちらを見ています。
あ、わざとだ。
その顔に、ふつふつと怒りが湧いてしまうわたしはダメな子でしょうか。
「んまあ、これがGLね、ガールズラブ、女の子同士の恋愛。そんで、BLが男の子同士。今、宗君達が真っ最中のヤツね」
「だから、やってないからな!?」
「NLはなんて事ないノーマルってこと。どう? わかった?」
「わかったけど……。はぁ……普通に教えてよ……」
ドヤ顔をしている真澄にわたしは大いに脱力するのでした。
「ん、愛奈ちゃんは現役女子高生でありティーンエイジャーな訳だが。漫画とか読まないのか? 今時、女の子向けの漫画とか雑誌とかなら、そう言うの知るに事欠かないぞ?」
「漫画? そうなの? うーん、あんまり読まないなぁ。昔は少し読んだりしたけど」
なんか小学生くらいの時に少し読んだような?
首を捻るわたしに真澄が聞いてきます。
「愛奈、アニメとかは?」
「アニメ? あー、朝の教育テレビとか?」
「「……」」
「あれ、結構面白いんだよねー。朝寝起きでボーッとしてる時とかつい見ちゃうんだよ。ピ○ゴラ○イッチ♪とか思わず言っちゃうよね……って、あれ? 二人ともどうしたの?」
「あ、アニメですら無いんだけど……」
「ぉ、おおぅ……」
「え?」
「い、いや、なんでもないよ。ま、愛奈は家では普段何してるの?」
「お店のお手伝いかなぁ」
「……そ、それが無ければ?」
「んー、お庭の花に水あげたり、家庭菜園の手入れしたり、部屋の掃除したり。後はお料理研究したり。あ、そう言えばこの間、里芋の煮付け上手に出来たんだぁ。ママに認められちゃったの!」
思い出してつい笑みが浮かびます。
また理想のお母さんに一歩近付いたんじゃないでしょうか!
「「……」」
「え、また何? わ、わたしなんか変な事言った……?」
笑うわたしとは対照的に二人は何とも言えない表情で視線を向けてきます。二人で顔を見合わせたり。わたしの言葉が変だったかと慌ててしまいます。
「いや、なんと言うか……」
「そ、そうだな。強いて言えば……」
「?」
「「女子高生として枯れてる」」
二人の言葉がハモります。
「ひ、酷いっ!?」
ちょっとあんまりじゃないですか!? わたしって女子高生っぽくないんですか!? やっと女子高生出来てきたと思ったのに! やっぱりわたしには無理なんですかぁ!?
あまりのショックに目が潤みます。
「ぅぅ……」
「あーっ、違うの! 別に愛奈をバカにしてるとか、全く無いからっ!!!」
パタパタと今度は真澄が慌て始めました。
「い、いや、逆にこれは家庭的、理想的な女の子を地で行っているのか?」
腕を組んだ唯ちゃんが頷きながらそう言います。真澄も同意するように頷きます。
「た、確かにそう言われるとそうかも」
「え、え? なんでそんなに言われるのわたし?」
「そ、そうだ! 自分の部屋でスマホ弄ったりとかするよな! SNSやったり!」
「う、うん? スマホくらい弄るよ? えすえぬえす? は、やったこと無いけど」
「た、確かに愛奈にSNSに関しての話題振ったこと無かったけどさ。本当にしてなかったのね」
「スマホでは何してるんだい? ゲームとか?」
「え、スマホ? えっと、その……ゲームはしてないんだけど………」
質問された内容を考えると、涙はあっという間に引っ込みます。むしろ笑みがこぼれるくらいで。
「お? なんか今までとは違う反応だぞー!? ほれほれ、お姉さんに教えてみ? 吐きなさい愛奈!」
「ちょっと、脇つつかないでよ! ……そ、その……宗くん、とRINE、したり……。たまにお電話したり……写真、見たり……は、恥ずかしいよぉ」
「くっ、ここでいきなり恋する乙女が出てきた……!」
「卑怯だぞ、愛奈ちゃん!!」
「え、わたし悪いの!?」
「……なんかあたし、自分が汚れてる様に思えてきた」
「……本当だな。私には愛奈ちゃんが眩しすぎるよ」
「え? え? え?」
な、なんでそんなに温かい目で見てくるんですか二人ともー!?
散々好き勝手言われた挙げ句、なんでそんな視線向けられないといけないのですか!?
「愛奈はずっとそのままでいてね……。そこが愛奈の凄く良いところだよ」
「うん、そうだぞ。愛奈ちゃんは皆の癒しだ!」
「何っ!? どういう事なの!? わたしに分かるように言ってよぅ!」
二人はニコニコと頷くだけです。釈然としません!!!
「よし、そんな訳で宗君の所に行こ!」
「私もダーリンの所へ行こう!」
「何がそんな訳なの!?」
「え、愛奈は宗君の所行きたくないの?」
「凄く行きたいけどっ…………あ」
真澄の言葉に反射的に答えてしまってから、自分の発言に気付き恥ずかしくなります。
「ほらほらー、行くよ! 休憩終わるよ! 今度こそ宗君捕まえておくんだから!」
「むー。…………行く」
なんだか言いくるめられた感が否めない、いや普通に話を逸らされましたが、宗君の元に行くのなら喜んで行きますとも。ええ! 宗君と遊びたいですし!
「ふふ、愛奈ちゃんは可愛いなぁ」
「可愛いー」
「う、うるさいよっ! ほら早く行こう!」
二人に笑われながらも、今年最初で最後の楽しいプール授業は過ぎて行くのでした。
……宗君の仕返し、すっごく恥ずかしかったです。うん。
──────
「……はぁ」
「なーに溜め息ついてんの、美里」
「あ、絵里か」
「む、私で悪かったねー。……もう、気になるなら混ざってくれば良いじゃないのー」
「は? わ、私はそんな事、か、考えてないし! 沢良木の事話してるのかなとか、お喋り楽しそうだなとか考えてないし!!!」
「全部解説してくれてありがとー」
「うぐ、ぐ……ぐぐ……」
「いい加減素直になったら? 愛奈ちゃん許してくれたんでしょー?」
「そ、それは……そうだけど……」
「いつまでもうだうだして、らしくないぞー」
「だ、だって、気さくに話し掛けてきてウザい、とか。横から急に入ってくんな、とか。許された気になってる、とか思われたらどうしようって……。許してくれたけど、やっぱり心変わりしてたらどうしようって!」
「お前がウザいわ!」
「や、やっぱりっ!!」
「真に受けんなっ! ……はぁ。あの皆をグイグイ引っ張る美里はどこ行ったのー? 他人が作ってる壁なんて気にしないで踏み込んで、皆の輪に手を引いて行く子はどこに行ったの?」
「それ良い迷惑なんじゃ……」
「自分でしょ!? ったく、キャラ崩壊し過ぎだよ。極端過ぎるったらありゃしないよー。……ま、それで救われる人だっているってことなの。分かった?」
「う、うん、まあ?」
「……私だってその一人だっての、ばーか」
「なんか言った絵里?」
「なんでもー? ほら行くよ美里! うじうじしてないでついて来なさい! おーい、愛奈ちゃん達ー!」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ! 早いって! まだ心の準備がーあーあーあー!」
「ウザいわ!」