第146話 プール回 中編
「宗君のバカぁ!」
「うぉうっ!? ま、またかよ真澄!?」
斉藤さんの水着姿にどぎまぎしていると、横っ腹に衝撃を受けよろめく。衝撃の正体は再び真澄が突撃してきた事による物だった。
真澄は先程なんなかよりも更に身体を密着させてくる。水着越しに真澄の体温が否応なしに伝わり、俺の腕やら脇腹で2つのお胸様がグニョんグニョんと形を変える。非常に目のやり場に困る光景だった。
「あああっ!? 真澄また! うううっ! ……こ、ここここうなったらぁ!」
反対に居た斉藤さんは真澄の暴挙にうなり声をあげると、何を思ったかこちらに突進してきた。両サイドからの暴挙である。
真澄に拘束されている俺は避ける暇もなく受け止める事となった。まあ、自由だったとしても避ける選択肢は無いんだけどね。天使が突っ込んで来てそれを避けるバカが居るだろうか? いや、居ないね。ましてや避けて天使に怪我でもあったら死にたくなるわ。
なにはともあれ。
「斉藤さんまで……」
俺の頭はショート寸前だった。
真澄サイドは言わずもがな、非常に心地良い官能的な感触が全力で伝わってくる。
対して、天使斉藤さんサイドであるが。これがまた凶悪だった。
前述した通り、真澄と比べるのも可哀想な可憐ボディである斉藤さんだ。その感触はお察しなのだが……なのだが!!!
僅かに感じる膨らみの柔らかさ、羞恥に震える身体、いっぱいいっぱいで真っ赤な表情! ぎゅっと瞑られたおめめ! その全てが織り成すハーモニー! グレート! エクセレント! マーベラス! パーフェクト!
ささやかな感触は、逆に想像を引き立てる。これに尽きる。勝つる。
「う……」
こんな状況で、これ以上耐えろと申すのか……。
俺は堪えきれず、膝を折りそうになった。
今まで数えきれない程の不良、チンピラを下し、数々の喧嘩にその身を置いてきた、この俺が、だ!
そう。何を隠そう……。
前屈み的な意味で。
学校生活における俺の沽券に関わる危機であった。
──アイツ、美少女にくっつかれておっ立ててるぞ──
なんて言われた日にゃ、死ねる。絶対死んでやる。
「っ!?」
そんな時だった。
俺の許に天啓が舞い降りたのは。
ビビッと来たね。ビビッと。
せーの。
助けて、筋肉ダルマーん!!!
説明しよう! 俺の閃いた解決策とはっ!
その脳裏に今まで出会った筋肉ダルマ達を思い浮かべる事で発動する最終兵器である。最終兵器たる所以は、あまりにも多用してしまうと効果が薄れるどころか、むしろ筋肉の虜になってしまう所だろうか。筋肉でしか立たないとか、死ねる。
そんな背に腹覚悟の俺は、脳裏に筋肉ダルマ達を思い出し、何とかナニを鎮める。
俊夫さん、ミキちゃん、茂さんがそれぞれ溢れんばかりの筋肉を惜しげもなく晒していく。勿論、皆ブーメランパンツ一丁なり。
フロント・ダブル・バイセップスをキメる俊夫ダルマ。
サイド・チェストで満面の笑みのミキダルマ。
背中で語る男バック・ラット・スプレッドを繰り出す茂ダルマ。
ナイスカット! 仕上がってるぅ! 背中に鬼が宿ってる! 泣く子も黙る上腕二頭筋! 僧帽筋が歌ってる!
「……ぉぅふ」
思った以上にダメージがでかかったぜ……。
心頭滅却。
予想外の大ダメージにより、心の方が挫けかけたが、何とか苦難を乗り越えた。俺を褒め称えておくれ。
「さ、沢良木君が、聖人君子のような表情に……!」
どういう顔だ。教えておくれポンコツさんや。
「「むぅ……」」
くっつく二人の不満げな表情は見ないことにした。
慕ってくれる子がこうも魅力的過ぎると辛い物がある。授業じゃなければこんなに我慢を……って、何を考えているんだ俺は。
……忘れよう。
ようやく現れたバスケ以外にやる気のない教師は、適当にやってくれと授業を投げ出した。それで良いのか体育教師。
本気で泳ぐ組、適当に泳ぐ組がありレーン分けがなされていたので、俺はここぞとばかりに逃げる様に本気組へ移った。
斉藤さんと真澄はそこまで泳げないと言うことで此方には来なかった。まあ、来られても困るんだけどね。
藤島も此方に来たので二人で水泳に精を出すことにした。
水泳は体力作りに最適だ。
日拳選手時代、親父に体力作りと称して延々と泳がされ、しごかれた記憶が甦る。確かに体力はついたけれども、しばらく水泳は懲り懲りだった。
ずいぶんと久しぶりの水泳だが、果たして泳げるだろうか。
あんなに嫌だった水泳が少し楽しみでもある。
俺の順番になったので、と言うか人数自体が少ないので早々に順番が回ってくる。早速、入水してとりあえずクロールで泳ぐ。
火照った身体に塩素香るプールの水が気持ちいい。
思い出すように、身体を記憶にトレースさせていく。
お、案外泳げるな……。
うん、泳げる。
俺、泳げるぞ!
あ、なんか段々と楽しくなってきた!
ふはははっ……。
夢中になって泳いでいると休憩時間になったらしい。ホイッスルが聞こえたのでプールサイドへと上がる。すると同時に藤島から声をかけられる。
「お前、競泳でも目指してんのか?」
「んあ? どゆこと?」
「レーン独り占めしてノンストップで一心不乱に泳ぎ続けてたじゃねぇか。端から見てたがかなりのスピードだったぞ。俺も泳ぎは得意な方だから隣のレーンで並んでみたんだが、全然追い付けねぇのなんのって。しかも、教師が面白半分で計ったら県大会のレコードタイムに迫るらしいじゃねえか」
「へぇ。そうなんか」
「止まらない泳ぎに段々と周り皆が引いてたがな」
藤島の話を聞きながら、二人でプールサイドに腰掛ける。
どあやら俺の泳ぎは見世物になっていたらしい。まあ、何往復したか覚えて無いしな。
「……マジかよ。斉藤さん達も引いてたのか」
そうなると少々ダメージががが。
「いや、あいつらは早々に上がってベンチでだべってたぞ。沢良木のことは見てなかったな」
「おうふ……」
別に見てて欲しかった訳じゃないんだけどさ。スルーはスルーでショックというか。
女の子には少しでも良いとこ見せたい、みたいな男心というか。そういうのってあるよね。え、無い? あ、そうですか。
俺の目論みはほとほと外れるのが常だからな。期待するだけ無駄ってもんよ。
ロン毛しかりメガネしかり。
「ほんと、お前色々と反則だよなー」
「なんだよ突然?」
ふと、藤島がそんなことを口にした。
「バスケもそうじゃねぇか。俺をあっさりクリアしやがって」
「え、まだ根に持ってんの?」
「当たり前だ。あんなに綺麗に抜かれるなんてそうそう無いからな」
「ふっ、運動神経抜群なこの身体が悩ましいぜ」
「言ってろ」
笑いながら俺の肩を小突く藤島に俺も笑い返した。
俺達は適当に駄弁りながら休憩時間を過ごした。
「宗ー君っ」「さーわらぎ君っ」
「へっ?」
休憩時間が終わり、教師から再びフリータイムを言い渡され、クラスメイトが動き始めた瞬間。
俺を襲ったのは可愛らしい声と、背中に感じる軽い衝撃だった。
だけど伴う結果は、笑えない。
「「あれ……?」」
くっ、背後を取られたってのにまるで気が付かなかった。いや、子猫ちゃん達に邪な気配が無いのが理由だろうさ。うん、俺が二人に無警戒なのは自覚してるよ。うん。
れっつらダイナミック入水ざぶん。せんせー、俺悪くない。
「「ごめんなさいっ……!」」
そんな声が聞こえた気がした。
「ご、ごめん沢良木君……。まさか落ちちゃうなんて思わなくて!」
「あははっ、宗君落ちたぁ! ぷぷぷっ!」
見よこの両極端な反応を。斉藤さんは良い子だ。真澄は許さん。
「……ふふっ、全く、イタズラっ子達め。……ふふふ」
そこで俺は大人げない仕返しを思い付き、黒い笑みがこぼれる。
この二人の反応から、斉藤さんは含めなくてもとは思ったが、仲間外れは可哀想だからな? イタズラしたい訳じゃねぇよ?
真澄は許さん。
「さ、沢良木君?」
「宗君? なんか笑顔が怖いよ? ……怒った?」
プールサイドにしゃがみ込む二人。
見上げれば中々にけしからん風景が広がっていたが、努めて頭の隅に追いやった。
そして、何気なく仕返しを実行する。
「いや? ……二人とも、上がるから手を貸してよ」
俺は笑顔のまま手を差し出す。両手を。
「う、うんっ。沢良木君掴まって!」
「えー、自分で上がれるでしょー? でも、しょうがないなぁ?」
うん、斉藤さんは天使。真澄、反省してないよね?
……まあ、だからイタズラするわけだけども?
「「せーの………………ふぇっ!? えぇぇぇえっ!?」」
どっぽーんっ! とね。
子猫ちゃん達はプールへまっ逆さまであります。
大人げないって? 只今フリータイムでございます。遊んだって良いじゃんね。飛び込むな? それは素直にごめんなさい。後で先生に謝ろうと思います。はい。
何はともあれ、落ちた子猫ちゃん達を早々に回収しよう。
溺れたりしたら目も当てられんしね。
一緒に沈んでた俺は、両手をそれぞれに伸ばして身体を支えようとした。
なんだか触れるシチュエーションを自作自演しているようで、軽く自己嫌悪する。言い訳をさせて貰えるならそこまで考えてはいなかったって事で。
「……っ!?」
支えて早々に浮上するつもりだったのだが。
「……ぎゅー!」
「ぶっくぶく、ぶくぶくぶくく、ぶっくぶくぶく!(そっちがその気ならこっちだってかんがえがあるよ!)」
俺はむしろ両腕を固められてしまうのだった。
……全然慌ててないのねー。くそう。真澄はニヤニヤしてるし。
……斉藤さんは、さすがに本気で驚いて…………あぁ、笑ってらぁ。可愛いなこんちくしょう!
このままでは負け越しじゃぁありませんか?
「ぶぼぼ、ぼれぼばばぶびぶばぼ?(ふへへ、俺を甘く見るなよ?)」
伝わるとは思わないけど一応申告するよー?
「「……っ!?!?!?」」
あはははは。慌ててる慌ててる。
俺はひしと二人を抱き寄せた。
水中ではあったが、間近にある二人の顔は羞恥と驚きに染まっていた。
満足して俺は二人を解放して浮上した。
「……っぷはぁ! …………あ、あれ?」
周りを見るが、二人の姿は無かった。下を見れば沈む影二つ。
二人は上がって来なくなってしまった。
「敢えて言わせて貰おう!」
「え?」
頭上から掛かるのはポンコツ少女の声だ。
「爆発してしまえっ!!!」
……すいません、調子乗りました。
お読み頂きありがとうございました。
またよろしくお願いいたします。




