第140話 改めて……
斉藤さんと松井が落ち着いたタイミングを見計らって俺達は二人の元に歩を進めた。しかし、高畠さんは堪えきれず走り出し、真澄はそれを追いかけた。俺はのんびりと女子達の様子を眺めながら歩く。
視線の先では、二人は抱き合うのを止め、斉藤さんは満面の笑みで松井を見上げ、当の松井は恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「愛奈ちゃーん! 良かったなぁ!」
「きゃっ、ゆ、唯ちゃん!?」
近付くなり斉藤さんに後ろから襲い掛かったのは高畠さん。
「良かったよ。うん、良かった! 頑張ったな、愛奈ちゃん! くうぅぅ……っ」
「ふふっ、唯ちゃん……。えへへ、ありがとうね?」
感極まって再び号泣する高畠さんに、斉藤さんは優しく微笑んだ。
「本人より泣いてどうするのよ……。斉藤さん、おめでとう……で良いのかな?」
「うん、菅野さんもありがとう! 菅野さんのおかげで美里ちゃんと友達になれたよ!」
「ふふ、どういたしまして! でもね、一番は斉藤さんの頑張りだよ」
「えへへ……そうかな?」
「もちろん!」
「あ、あの、高畠さん、菅野さん……」
笑顔で語り合う斉藤さん達に、少し気まずそうに、遠慮がちに声を掛けたのは松井だった。
「っぐす……ん? 何かな?」
「何?」
松井の声に二人は振り向く。そんな二人に松井は再び頭を下げた。
「二人にも謝らせてください。危ない目に合わせてしまって、迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさい」
「お、おぅ……?」
「……」
面食らった高畠さんは気の抜けた返事を返し、真澄は、ぶすっとした表情になった。真澄は表情を変えずに口を開いた。
「……斉藤さんは許したけれど、あたしはまだ納得いってないわよ?」
思いもよらない言葉に、松井を除いた皆が驚きのの表情を浮かべた。俺も驚いた。まさか、真澄がここで待ったを掛けるとは。
しかし……とも思う。真澄だって今回の一件の被害者である。廃工場では危ない目に合い、恐怖に晒されていた。俺ももう少し、アフターフォローも考えるべきだったか。
「……当然だと思います。どんな償いもしますから」
強い意思を感じる言葉で姿勢を正した松井だったが、当の真澄は表情を崩した。
「……なんてね」
「え?」
「まさか、斉藤さんが許しているのに、あたしだけがゴネる訳無いじゃない」
「で、でも……」
「そう。あなたも言った様に簡単に許される事じゃない。……でもさ。絶対に許され無い事だって無いんだよ。そんなの悲しいじゃない」
「菅野さん……」
「うん。そう、挽回は出来るんだよ。斉藤さんの友達として、あたしはそれを見届ける。楽しみにしてるね」
尊大な言い方だが、これは真澄なりのエールなんだろう。不器用なんだか、意地っ張りと言うか。
後で、甘やかしてやろうかね。頭ぐしゃぐしゃに撫でてやる。
「……ありがとう。これから、よろしく」
「うん! こちらこそ」
笑顔を交わし合う真澄と松井。
そこに俺も皆に追い付き、斉藤さんへ声を掛ける。
「斉藤さん、良かったな」
「あ、沢良木君っ! えへへ、沢良木君もありがとう! また、沢良木君に沢山助けてもらっちゃったね……。感謝しても、しきれないよ」
「ははは、俺は自分がしたい事をしただけさ。真澄が言った様に、斉藤さんの頑張りが実を結んだんだ。そんな斉藤さんだから力になりたいって思うんだ。皆も俺もそれに引っ張られただけさ。……まあ、斉藤さんの役人立てたなら俺は嬉しい」
俺は笑顔を浮かべると、思った事をありのまま伝える。
最後の一言は、本心も本心。根底にある言葉だったが。つい、口をついて出てしまった。
「ぁ、う、うん……ありがと」
顔を赤くした斉藤さんには、視線を逸らされてしまった。
セリフが臭すぎたかねぇ。
……恥ずかしくなってきた。え、なんで俺だけにそんな反応、斉藤さん?
「沢良木……?」
内心、赤面している俺の耳に届いたのは松井の呟き。ここぞとばかりに俺は飛び付いた。
「よう、松井。一週間ぶりだな。ケガも治ったみたいで良かったよ」
「…………………え……。……え? えっ! えぇぇっ!?」
え、だけでここまで表現出来るのも凄いな。思わず吹いてしまう。
「なんだよ、ええええ言って」
「え、いや、その、な、なんで? なんで沢良木さんが……沢良木?」
「お、ようやく気付いたか?」
「…………………………嘘でしょ?」
「改めまして、1年2組、君のクラスメイト、沢良木宗です。学校で言葉を交わすのは初めてだな?」
「えええぇぇぇぇぇぇえっ!?」
この日一番の驚きの声が御崎高校に木霊したのだった。
「まさか沢良木宗が沢良木さんだったなんて……」
「お前、中々意味不明なこと言ってるからな?」
御崎高校から下る坂道の途中、ぼやく松井に全員が生暖かい視線を送っていた。
斉藤さんを待ち伏せしていた松井は、学校に用が有るわけでも無いらしく、俺達と共に帰路についていた。
「ははは、松井っちは沢良木君のキモロン毛姿しか知らないからな! そりゃ、思い至らないさ! 私も初見では分からなかったからな!」
なんだとポンコツ。お前までキモロン毛言うか。
「まあ、宗君のあの変わり様ではねぇ……。ふふっ、あたしも誰か聞いたっけ? あの時は驚いたなぁ」
「あはは……。……わたしは前の沢良木君も結構好きなんだけどな(ボソボソ)」
皆好き勝手言ってくれる。
「もう絶対ロン毛にしねぇ」
そんな俺の呟きは誰にも相手にされず。
「大丈夫だ松井っち。誰もが通る道さ!」
「なんか色々恥ずかしいわ……。所で松井っちって……」
「ん? ダメかい? なら美里っちだけど」
「なんで二択……」
「どうする? オススメは美里っちかな?」
「それで良いです……」
自由な高畠さんに翻弄される松井だったが、なんだかんだで笑っていた。
「つか、なんで沢良木さn……沢良木は私に本当の事言わなかったのよ!?」
どこか吹っ切れた様に俺に食って掛かって来た。
「「「沢良木さん……」」」
「ぐぅぅ……!」
三人に弄られ、顔を赤くして俺を睨む松井っち。
俺を睨むなよ……。
「それでどうなのよ!?」
「いや、言おうとした時は親父さんが丁度来たしなぁ」
「そ、それ一番の最後じゃない! 散々タイミングあったじゃないのよ!」
「いや、俺お前と話した事無いし、面識すら皆無だったろ」
「ぐ……そ、それはそうだけど……私、どれだけ恥ずかしい事カミングアウトしてんのよ……」
赤面したまま頭を両手で抱える松井っち。そんな松井の様子に、三人は生暖かい視線と、何をカミングアウトしたのかと言う興味の視線を送っていた。
俺は松井に聞いていなかった事を問いかけた。
「そういや染めたんだな、髪」
「え? あ……うん。元の色と髪質に戻したの。黒髪でストレートなの本当は。一学期はパーマかけたり好きにやってたけど、学校復帰するならね。それに……沢良木さんが……」
何か口ごもる松井に後半は聞き取れ無かったが、俺は感想を口にした
「そっか、それが元の色なんだな。……うん、やっぱりそっちの方が似合うじゃないか。黒髪の方が似合うと思ったよ」
俺は松井を角度を変えながら眺める。一学期は少し明るめの髪色にパーマを掛けていたと思うし、先日会った時は金髪に近い様な髪色だった。それが、今は黒髪ストレートヘアである。
斉藤さんや真澄はどう見ても可愛い系統の顔しているが、松井は可愛いと言うよりかは、美人さんと言える顔立ちだ。だから余計黒髪が似合うと思う。あくまでも個人的見解だが。
「~~~~~っ!!! ち、ちちちょっと、あんた何言ってんの!?」
「ん? 正直に感想を言った──痛った!? 痛いっ、痛いってば!? え、何、なんで攻撃すんの二人とも!? 笑顔! なんで笑顔!?」
言ったと痛った洒落じゃないんよ? どうでも良い? あ、はい、そうですか。
更に真っ赤になった松井はわたわたと落ち着きを無くし、マイスイートエンジェル斉藤さんとみんなのアイドルますみんは両サイドから無言で俺の脇腹を執拗に狙いだす。なんともカオスな状況が出来上がっていた。
「沢良木君は相変わらずだな……」
溜め息混じりの高畠さんの呟きが印象的だった。
──────
「さーて、っと! 松井美里! しっかりと吐いてもらうわよ!」
「な、何を?」
ここは駅のモールにあるファミレスの一席。以前、宗くんと菅野さんと来たあのファミレスです。
わたし達はバイトだと言う宗くんと通学路で別れてから、四人でモールまでやって来ました。四人掛けの席にはわたしと唯ちゃん、わたし達の向かいに菅野さんに美里ちゃん。こんなメンバーでここへ来るなんて、夢にも思いませんでした。
ドリンクバーから各々飲み物を手に、席に着いた途端に菅野さんの言葉です。
着いて来てくれましたが、美里ちゃんはやっぱりまだ居心地が悪そうで、なんだかそわそわしています。
「何って、全部だよ? 全部!」
「ぜ、全部……」
菅野さんの物言いに、美里ちゃんはたじたじです。
わたしと唯ちゃんは思わず笑ってしまいます。
「ここまで連行された上に逃げられない様に退路を塞がれるとは。美里っち不憫だな! あはは!」
「笑ったら美里ちゃんが可哀想だよ唯ちゃん、ふふっ」
「愛奈ちゃんだって笑ってるじゃないか」
「あ、いけない」
口を手で抑えますが、美里ちゃんに見つかり、苦笑いを返されてしまいました。
「……大丈夫よ。逃げも隠れもしませんから。何でも聞いて?」
両手を軽く上げ、降参のポーズをとる美里ちゃん。菅野さんは満足げに頷きました。
「よーし、それじゃまずは、美里が宗君の事どう思ってるか、からだよ!」
菅野さんは隣の美里ちゃんに指を突きつけるとそう言いました。
「えっ!? さ、沢良木さんの……よりによってそこからなの!?」
「うん、そうだよ!」
わたしもつい身を乗り出し便乗してしまいます。学校での反応から少ーしだけ気になっていたのです。
少しだけですよ? 少しだけ。
「ま、愛奈ちゃんまで……。な、なななんで、そんなこと気になるのよ? 私なんてまだ全然面識が薄いじゃない? 一学期は一度も喋った事無いし、直接会って話したのだって二回かそこらだし? むしろ沢良木さんは私の事なんて嫌いだろうし、だからどうもこうも無いし……」
「……」
……美里ちゃんって、焦ったりすると早口になるのでしょうか? わたしも人の事は全然言えないのですが、見ていて分かりやすいと言うかなんと言うか。
顔が赤いですし。色々と突っ込み所が……。
「「……分かりやすい」」
菅野さんと唯ちゃんの意見も同じ様です。
「くっ……」
「さーて、改めてキリキリ吐いてもらうわよー?」
「……お、お手柔らかに、ね?」
ひきつった美里ちゃんの笑顔が印象的でした。
「よし、単刀直入に聞くけどさ、美里は宗君好き?」
「えっ!? マジで単刀直入過ぎない!? だから、話したのだって二回やそこらなんだってば!」
澄ました風に聞く菅野さんと対照的に慌てふためく美里ちゃん。
「時間なんて関係ないよ。なんたって宗君にはタラシの才能があるからね! 宗君は素で女の子を口説いて歩くって事が今日改めて分かったんだ!」
ああ、さっきの美里ちゃんの髪色云々の話ですね!
「確かになぁ。今日の様子だと至るところで女の子を引っ掻けてるんじゃないか?」
「本人にその気が無くてもさ、あのイケメンだよ? 笑顔振りまいてあんなセリフ吐いてたら、そこら辺の女の子なんて簡単に惚れちゃうよ! さらに無自覚なのがタチ悪いんだよ! 自分の危険性をもっと考えるべきだね!」
散々な言い分で宗君が不憫ですね……。
でも、確かに菅野さんの言う通り、色々な所で女の子に優しくしているとすれば、正直言うと胸が苦しくなっちゃいます。恋人でも無いし、そんなこと言える立場ではないんですけどね。
好きになってしまった弱み、とでも言いましょうか? 本音を言えばわたしだけを見ていて欲しいんです。
「あ、あはは……」
美里ちゃんは菅野さんの物言いに苦笑いしていました。わたしは気になった事を聞いてみました。
「……美里ちゃん、沢良木君に褒められてどうだった?」
「えっ!? ま、愛奈ちゃん?」
「あ! 斉藤さんナイス質問! さあ、どうなのよ!?」
便乗して詰め寄る菅野さん。
「そ、それは、ほ、褒められたんだし……嬉しかった、けど……」
「やっぱりそうなんだ! 美里も宗君の虜に!」
「だからなんでそうなるのよ! ないない! あり得ないから! 安直過ぎでしょ! つか、なんでそんなに聞いてくんのよ!?」
「なんで、って……そりゃあねぇ、斉藤さん?」
「ふぇっ!? あ、う……うん」
突然振られて驚きのましたが、菅野さんの言わんとしていることは当然わかります。
そう。
「「好きだから」」
「あー、あーそう……」
ハモるわたし達に、どこか呆れた様子の美里ちゃん。
「はぁ……大丈夫、大丈夫だから。私はそう言うの無いから」
「そう? なら良いけど」
溜め息を吐いた美里ちゃんは手をヒラヒラと振りながら答えました。
「私はあなた達と競い合う程、自分に自信ないもの」
「そう言うのとは、違うと思うんだけどなぁ」
菅野さんの言う事も分かる気がします。好きと言う気持ちがあればライバルが強力であっても、好きを貫くみたいな。
でなければ、わたしだって菅野さんと競い合うなんて畏れ多くて……。
それに美里ちゃんは自信が無いとか言っていますが、全くもってそれはないと思います。謙遜ですよ。なんせ、あんなに美人ですもの。スラリとした長身に顔立ちは整っていて十中八九皆さん美人と答える容姿です。チビッ子で童顔なわたしには到底得られないものです。
いずれはそんな大人な女性に! と思いますが、宗くんがもし美里ちゃんみたいな美人さんが好みだったりしたら……。
あれ? 今更思ったのですが、そもそもわたしみたいなチビッ子を好きになって貰うのって…………結構難易度高くありません? 今まで考え無しに突っ走って来た感じもしますが。
今更過ぎる考えに、ずーん、と気持ちが沈んでしまいました。
「ともかく! 沢良木さんの事はなんとも思ってないから」
「ふーん?」
「なによ?」
「いや、なんで同級生をずっと"さん"付けで呼んでるのかなって」
「っ、そ、それはほら、私の恩人だし……?」
「なんで疑問系?」
「わ、分かったわよ! なら呼び捨てで、宗って呼ぶ!」
「それはダメよ!」
「ならどうしたら良いのよ……」
うんざりした様子で溜め息を吐く美里ちゃん。
でも、そう言う事なら今のところ安心しても良い、のかな?
色々と怪しいとこもありますけどね?
けど……うん。
例え、美里ちゃんがライバルとなったとしても、わたしは挫けません! 負けません!
その後は、美里ちゃんの簡単な身の上話を聞かせて貰ったり、二学期に入ってのクラスでの事など美里ちゃんに教えたりして過ごしました。
「同情を引きたくて話した訳じゃないの。例えどんな理由があっても私のしてきた事は消えないから。それを話した上で皆と付き合いたかったの」
そう語る美里ちゃんにわたし達は笑顔で頷くのでした。
お読み頂きありがとうございました。




