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第138話 身の上話3

身の上話最後。









「……そこからは滅茶苦茶でしたよ」


 母は泣いて義父に殴りかかるし、私にも殴りかかってくるし、終いにはありとあらゆる罵詈雑言をかけられまして、と自身の身の上話を語る松井。

 その声色は明るいが、横顔に浮かぶ笑みは酷く危ういモノに見えた。


「……」


 俺は黙って耳を傾ける。


「何故か最後は二対一みたいになってたんですよ。あ、もちろん私が一です。…………もう全部嫌で、どうしようも無くて、逃げたくて。気付いたら家を飛び出していました」


 俺の見つめる横顔からは先程の笑みは消え失せていた。


 無、に近いだろうか。無表情、無感情、無関心。そんな色を思わせる横顔。


 もしかすると、ソコに松井が弱者を虐めていた理由が隠れているのではないか。そんな漠然とした思いが胸中を満たす。


「どこをどう走ったのか全く記憶にはなかったんですが、気付いたら父親の居るマンションにたどり着いていました。隣街にあった以前暮らしてきたマンションです」


 街を跨いだ、と言う松井の言葉から察するに、徒歩にしては大分長い距離をさ迷ったようだ。


「父は何も言わずに私を迎えてくれました。次の日にはカバンとか学校で使うモノも揃っていて。アパートから取って来てくれたみたいでした。恐らく事の次第も聞いていたと思います。私はそんな父に何の説明もしないで。父も父で、何も聞かないでくれて。けど、見守ってくれているのはよく分かって。……私はきっと甘えてたんでしょうね」


「事が事、だしな。優しい親父さんじゃないか」


「ええ。本当に」


 無責任な俺の物言いではあったが、松井は影一つ無く頷いた。


「今回の件でも、本当に身に滲みました。父に愛されてるって」


 ああ。そうだろうな。

 父親ってのはそう言うものなんだろう。


 俺は、もう会うことは出来ない親父を思い浮かべた。

 俺がもう少し、大人だったら。

 親の有り難みをわかっていれば。

 失う痛みを知っていたなら。


 何度繰り返したであろう、たら、れば、が再び胸中を巡る。久方ぶりに想起される思いに苦笑を漏らした。

 松井の父に対する思いを聞いたからか、少しばかりセンチメンタルになってしまった。


「その一件以来、母との関係は断絶していて最早接点は無かったんですが、相当なストレスとトラウマが私にのし掛かっていたんでしょうね。なんて言うんでしょうか……。大それた言い方ですけど、虐げられるモノの目は十全にその事を語ると言うか。当時、鏡を見る度に目の前に映る自分が忌々しくて」


 松井は語りながら、表情を歪めた。


「元々の性格もあったかと思います。この一件の反動と言いますか、それ以来私は人の上に立つモノだ、見下げられるのは我慢出来ない。そんな考えを持つ様になっていました。人によっては塞ぎこんだり、閉じ籠る事もあるかもしれませんが、私の場合は人を見下して自分を優位に、人より優れていると思い込み、自身を保とうと考えたんです」


 マウンティングと言うモノだろうか。松井は常に自分の優位性や存在を誇示することで、自らを保とうとしていた訳だ。

 一学期のクラスでの立ち振舞いを思い出す。今の話を踏まえ照らし合わせれば……なるほど。


 当時は興味も抱かなかった対象ではあるが、そう言った見方も出来るのかも知れない。


 俺は引き続き耳を傾ける。


「当初は必死で、周りを省みないで。押しの強い性格もあったので、周りも自然とついて来ることも多くて。いつしかそれが自然になって、自分でも意図してなのか無意識なのか判断もつかず、そもそも考えすらしなくなって行きました」


 松井の表情を見ると、感情を押し殺す様な、後悔を滲ませた様な色をしていた。


「引っ越しに伴って転校して、愛奈ちゃんと出会ったんです。それで、愛奈ちゃんに自分に似た、何かを見出だしました」


 身勝手な言い分ですが、と松井は付け足し続ける。


「彼女は人に怯え、拒絶し、自身の殻に閉じ籠っている。……初めて見た瞬間に感じました。この子は私と同じだ。環境や方向性は当然違うのだろうけれど、私と同じ虐げられるモノの目をしている、って」


「それから、なのか?」


 俺の言葉の意図を掴んだのか、松井は神妙な面持ちで頷いた。


「……はい。私は愛奈ちゃんに干渉するようになりました。表向きはそうですね、仲良くなりたい、愛奈ちゃんの事を知りたい、なんて言ってました。実際そんな気持ちも確かにあったんです。でも、それも霞む様な醜い気持ちが、明らかに大部分を占めていたんです」


 松井は一際、表情を歪めた。


「仲良くなりたい、そんな綺麗事を並べて取り繕いながら、自分を欺きながら心の奥底では、『私は優しいから話し掛けてあげるの』『私が気にかけてあげないとコイツはダメなんだ』『……私はコイツとは違う』『私の方が上の存在だ』そんな醜い想いが。……私は愛奈ちゃんと対比し、愛奈ちゃんを貶める事で自分を安心させていたんです」


「……」


 とうにおにぎりを食べ終えていた俺は、黙って腕を組んだ。

 息を一つ吐くと、松井が語った事を頭で整理する。


「……そういや、いつから"愛奈ちゃん"って呼ばなくなったんだ?」


 あまり関係の無い話かも知れないが、気になったので再び口にした。語り初めにもチラリとそんな事をこぼしていたし。

 記憶では、松井は一度も"愛奈ちゃん"なんて呼んでいなかった。


「出会った当初はずっと呼んでいました。けど、学年を追う毎に、私が愛奈ちゃんを虐げ続ける度に、斉藤さんと呼び方を変えて行きました。身勝手極まり無い言い分ですが、自身で広げ続けた溝が親愛を込めた呼び方を拒否しているようで。意味不明な弁解ですね。他人に戻れば何をしたって良い……そんな言い訳を自身に宛てていました。……本当に意味分かんない」


「……なら、再び呼び名を戻した理由は?」


 話からなんとなくは察せられたが、あえて口にする。


「……身勝手なのは分かっているんです。今まで斉藤さんにしてきた仕打ちを思えば、簡単な事じゃないし、簡単に許して貰える話でも無い事は。だけど……それでも、もう一度、最初から……やり直せたら……謝れたら……って」


 松井は次第に俯き、語尾はたどたどしくなっていく。

 再び嗚咽が混ざり、肩が震える。


「そのきっかけが欲しくて、俺に斉藤さんの事を教えてくれ、と」


「……はい。迷惑な話かとは思いますが」


「……」


 ふむ。

 松井の事情は大体分かった。松井が斉藤さんへと向けてきた悪意の訳が。

 この話を聞いて、俺がどう考え、どうしたいのか。それはこの際関係無い。どうだって良い。あくまでも俺は第三者で傍観者なのだ。だから捨て置く。


 あとは、二人の問題だ。


 俺は口を開く。


「まず、そうだな……松井も何となく分かってるんだろう? お前が謝れば、斉藤さんは一も二もなく許してくれるって」


「っ……」


「そうでなきゃ、今回の一件だって違った結末になっていただろうしな。……なあ。松井はどこかで、自分は許されちゃダメだ、とか考えているんじゃないのか?」


「……そ、れは。……その通り、なのかも知れません」


「だけど、斉藤さんを名前で呼んだり、初めからやり直したい、だとか、許される事も求めている。ちぐはぐだな」


「……はい」


 ごめんなさい、そう小さく呟く松井は自信無さげで、今にも掻き消えてしまいそうで。


 だから、俺は意図的に声のトーンをあげた。


 そう、俺は第三者。


 第三者を気取る、自分を好きになれない俺は、友達になりたい二人に、ちょっとしたお節介を焼くのだ。


「……ま、斉藤さんにはそんなもん通用しないだろうけどな?」


 そして、わざとらしくニヤリと笑みを浮かべると松井を見やる。


「え?」


 面を上げた松井はきょとんとした表情を見せる。その訳は変化した俺の声色か。斉藤さんには通用しないと言ったその意味か。まあ、後者か。


「いいか、よく聞けよ? 斉藤さんはな、そんなちっぽけな理由を持ち出してあーだこーだ文句を言う子じゃ、絶対無い」


「ち、ちっぽけ……」


「ああ、ちっぽけだ。そんな理由なんざ余裕で包み込んでくれる様な懐を持っている子だ。底抜けに純粋で、無邪気で、優しくて」


「……」


「むしろお前を受け止めて、一緒に泣いちまう様な子だな」


「そ、それはさすがに……」


「言い切れるか?」


「い、いや……」


 昨日の件が頭を過ったのか、断言出来なくなる松井。


「……まあ、だからさ。難しく考えなくて良いと思うぞ? 松井が思う様に、想いを伝えれば良いさ。彼女は受け止めてくれる」


「………………はい」


 俺の言葉を噛み締めるように黙する松井だったが、やがて顔を上げると微笑み頷いたのだった。


「斉藤さんの良い子っぷりに驚くのは松井だぞ?」


「ふふ……そうですね……だと思います……」


 









 まだ足が痛むと言う松井に付き添い、自宅があると言うマンションまでやって来た。


「ありがとうございました。わざわざこんな所まで」


「構わないさ。俺の家も結構近くだったしな」


 松井の住むマンションがある地区は、俺のおんぼろアパートのある地区の隣にあった。徒歩で言えば10分やそこら歩けば着く様な距離だ。6階建ての松井のマンションに上がれば、俺のアパートも見えそうだ。


「あ、あのっ、お、お礼とか、したいので、少し上がって行きませんか?」


「別にいいって。気にすんな。成り行きだからな」


「で、でも……二度も助けて貰って……何も返せてないし……」


 結構あんまりな言い方だったと思うのだが、松井はあまり気にしていないようだ。俺は思わず苦笑いする。


「そこまで言うなら今度ジュースでも奢ってくれよな」


「へ? そ、そんなので良いんですか?」


「全然問題無いな。学食の自販機で良いさ」


「むしろどんどん値段下がってますよ……って、学食? ウチの学校の学食ですか? なんで……」


 あー、そう言えば。と俺は思い出す。


 俺と松井は一学期は全く接点の無かったクラスメイト同士。そして、キモロン毛と名高い沢良木君と今の俺がリンクしていない様子だったのだ。髪を切った姿で登校したのは二学期から。二学期に一度も登校していない松井は今の俺を知らなくて当然なのだ。


 だから、昨日から松井の中で俺は斉藤さん達の知り合いの男としてしか認識されていない訳だ。


「やっぱり気付かないかー」


「え? え?」


 だよなー。キモロン毛だもんなー。


 ちょっとだけショックを受けつつも、特に隠している訳でも無いので答えようと考え。


「一回も喋った事無かったけどさ、俺───」


「美里!」


 言いかけた俺の言葉は、男性の焦りを乗せた声に遮られた。


「お、お父さん? どうしたの?」


 声の主は松井の父親だったようだ。酷く焦った様子の父親は松井に近づくと肩を掴んだ。

 しかし、その掴んだ手は相手を労るかのようで、拉ごうとする掴みとは無縁だった。


「どうしたじゃないだろ! お前が心配で仕事を早く上がってきたら、家がもぬけの殻じゃないか。ケガだって酷いのに、出歩くなんて。悪化したらどうするんだ……」


「あ、えっと……ごめんなさい……」


 俺へ視線をチラチラと寄越す松井。取り乱す父親の姿に恥ずかしさを感じてか、気まずそうに気恥ずかしげに視線をさ迷わす。

 松井の親父さんは、松井しか見えていないのか隣の俺にまだ気づいていない。


 まあ、昨日の今日だ。余程娘が心配だったのだろう。

 実際、洒落にならない状態ではあった訳だが……。


「ん? な、なんだね君は!?」


 ようやく俺に気付いた親父さんは目くじらを立て始めた。娘を庇う様に松井の前に立つ。


「えっと……」


 俺は咄嗟に言葉が出なかった。


 今の親父さんの心配ぶりを見ていると、馬鹿正直に先程松井に降りかかった災難を口にするのは憚られた。

 これ以上、心労を掛けるのもしのびなかった。


「ま、まさか、美里を傷付けた連中の……!」


 口ごもる俺に不信感を抱いたのか、親父さんは俺に掴み掛かろうとした。

 今度は本気の掴みだろう。体格差は顕著で、俺のガタイは親父さんより一回り以上上回っていたが、それでもその目には父の気迫が見てとれた。


 だが。


「ち、ちょっとお父さんっ!? 止めて! 彼は私の恩人なんだから!」


「か、彼!? 恩人!? どういう事だ!?」


 親父さんは娘の静止の声に、動きを止めた。そして、ギギギ、とまるで油の切れた機械の様なぎこちない動きで松井の姿を捉えた。


 これ、言葉を変に捉えてるじゃないですか。ただのただの三人称だよ。彼氏じゃないよ。


「あ、あはは……」


 なんと答えたものか。結局思い付かなかった俺は松井の説明に委ねるのだった。





「申し訳ありませんっ。本当に娘の恩人だったとは! 昨日に引き続き今日まで!」


 俺に頭を下げる松井の親父さん。スーツを着た真面目なサラリーマン風の男性だ。歳は40半ばだろうか。誠実そうな方である。寡黙だったと言う松井の話とはイメージが大分違った。

 俺は手を振り、笑みを浮かべた。


「いえ、お気になさらないでください。大した事じゃありませんから」


「いいやっ、娘の話を聞くに貴方だって被害者の一人です。なんとお詫びをすれば良いのか……」


「本当に大丈夫ですから。むしろ美里さんはケガをしてしまったのですから、その点では至らなかったのは私です」


「それこそ貴方が気になさる必要は一切ありません。ウチの娘の不始末です。感謝こそすれ、非難する部分などありませんから。本当にありがとうございました」


「はは、分かりました。それじゃ、無事送り届けられたので、私はこの辺で」


「あ、お名前だけでも伺ってよろしいでしょうか? 改めてお詫びとお礼に伺いたいのですが。その作業着は、どこかお勤めでしょうか?」


「あー、そう言うことなら……」


 これ以上無下にするのも失礼かと、俺は作業着の内ポケットから万屋の名刺を取り出した。


「沢良木と申します」


「沢良木さん、ですね。ありがとうございます。必ず伺いますので」


 再び頭を下げる親父さんに合わせて、松井も頭を下げていた。


「今日も助けてくれて、ありがとうございました。それに、私の話を聞いてくれて。沢良木さんと話せて、少しは前向きになれたような気がします。私、頑張りますから」


「ああ。大丈夫、後は松井次第だ。本当に聞いてるだけで申し訳ないけどな」


「いえ、なんだか救われました」


「……そうか。ああそれと、もう大丈夫だとは思うけど、気を付けてな。それでは」


 微笑みを浮かべ頷く松井を確認して、親父さんに一度頭を下げ、俺は帰路についたのだった。




 ……名前を出したのに、結局気付かれなかったなぁ。














『マジ天使』




「いいか、よく聞けよ? 斉藤さんはな、そんなちっぽけな理由を持ち出してあーだこーだ文句を言う子じゃ、絶対無い」


「ち、ちっぽけ……」


「ああ、ちっぽけだ。そんな理由なんざ余裕で包み込んでくれる様な懐を持っている子だ。そして……」


「……そして?」


「あの子は、『天使』なんだよ」


「……え?」


「皆全てをすべからく癒す存在さ。それが、自分を虐げてきた存在であろうが、赤の他人であろうと、全てだ。彼女の笑み、包容力、無邪気さ、純粋さ、全てが『天使』! 『天使』という表現は彼女の為にあると言っても過言ではないだろう。否、過言ではないと断言出来る! 彼女に対してならば、『天使』と言う単語は万能的な言語となるのだ。俺の灰色の人生は彼女によって彩られ、潤された。俺は己の人生全てをかけて『天使』を守ると誓おう。拒まれたのならばその限りではないが。それだって構わない。俺は影から見守るだけさ。……つまりだ! 俺が何を言いたいのかと言えば、斉藤さんはマジ天使! 最高なんて言葉では生ぬるい程可愛い! 狂おしい程の愛らしさ! 笑顔! 照れ顔! 困り顔! いじけ顔! 斉藤さん天使マジ天使! 大切な事だから何度でも言うぞ! 斉藤さんマジ天使斉藤さん!」


「……き、キモい(|||´Д`)」



※本編には一切関係ございません。


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― 新着の感想 ―
[一言] あとがきで真面目だった空気が霧散したけど、これもこれで本当にありえそうなif。さすが沢良木君です。
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