第14話 隣の君が
愛奈ちゃん編、続きです。
よろしくお願いします。
「それじゃ、斉藤。ここを答えてみろ」
そんな教師の声でノートから現実世界へ呼び戻された。
「……え?」
わたしは思わず呆けた返事を返していた。
解き方がいまいち理解できず、板書した物を必死に見ていたところであった。
「え、じゃない。この問題だ」
教師が追い討ちをかけてきた。
黒板を見るが、わたしの躓いていた問題より先の問題であった。当然わからなかった。
すると間もなく。
クスクス
微かな失笑が耳に届いた。
ガタッ
それを聞いたわたしは反射的に勢い良く立ち上がっていた。
「は、はい!」
笑われた羞恥心から顔が赤くなってるのがわかる。
「あ、えと…、その…」
「なんだ、わからないのか?」
「あの…」
クスクス。
再び笑い声が聞こえる。
「ぁ…ぅ…」
周りの失笑が大きくなるのが分かった。
「…す、すみません。わからないです……」
わたしはなんとかこの言葉を絞り出した。
「はぁ、わかった。もういい。じゃあ次。一番前の田中答えなさい」
席についたわたしは息を落ち着かせるが、教師の落胆したような声がわたしの心に追い討ちをかける。
動悸が激しい。
教室最後尾周辺では未だに失笑が微かに聞こえていた。
「……っ」
わたしは呼吸を落ち着けながら必死に涙を堪えていた。
ぎゅっと目を瞑る。
泣いちゃダメだ……泣いちゃ。
必死に涙を抑え、前を向く。
わたしは頭が悪い。
こんな所で立ち止まっていたら、余計みんなに置いていかれる。
分からなくてもちゃんと聞かなくちゃ。
ノート取ろう。
この時のわたしにはどこか強迫観念めいたモノがあったように思う。
自分に合った勉強方など分からず闇雲だった。
なにか……。
自分の中の価値を見い出せないだろうか。
無意識にそんなことを考えていたのかもしれない。
翌日。
またしてもわたしは指名された。
昨日の二時間目と同じ教師である。
昨日の不回答のペナルティなのかもしれない。
恐る恐るわたしは立ち上がる。
「…ぁ、えと。……その」
言葉に詰まってしまう。
なんて答えたら良いのだろう。
まだ、計算中だったのに……。
いつもそうだ。
要領が悪いと言うか、何事も遅い。
どんくさい自分が嫌になる。
はっきりと出来ていないと言うことを教師に告げる勇気が出せない。
わたしは癖のように俯いてしまう。
「斉藤さーん、ちゃんと授業きいてないとダメじゃないー」
「そうだよー、せめて予習するとかさー」
クスクス。
最初は言われていることが理解出来なかった。
ま、また……まただ。
なんで……?いつも?
「はい、静かにしろ。松井達は私語を慎め」
「「はーい」」
その時だ。
その時、わたしの人生を変えたと言っても過言ではない、一枚のノートの切れ端がわたしの元にやってきた。
わたしにヤジを投げ掛けていた女子生徒が注意されたタイミングだった。
「ぇ……?」
思わず、そのノートの切れ端に書いてある文字を見た瞬間、小さな声が漏れた。
ーー答えは、「2」だよーー
一瞬頭が真っ白になるが、ハッとするとこのノートの切れ端を寄越したであろう人をみた。
パチリ、と目が合った。
黒縁のメガネの奥にある、少し切れ長なキレイな瞳だった。
彼は軽く頷いた。
わたしにはそれが応援してくれているように思えた。
「……どうだ斉藤?」
わたしは、答えていた。
ノートの切れ端に書かれていた言葉に疑う気持ちは湧いて来なかった。
「え、えと、答えは、2です…」
思えば、あのノートの切れ端の言葉には温かさを抱いたような気がする。
なんとも恥ずかしい勝手な解釈だけれど……。
「…そうだな。正解だ。それでは次―」
「…ふぅ」
なんとか回答を終え、席に着いた。
止まってしまっていた息をゆっくりと吐き出した。
「ぁ、ぁの、ありがとう、ございます」
隣の席へ視線を投げ掛けながら感謝の言葉を伝えた。
本当は正面に向き合ってちゃんとお礼がしたい。
だけど授業中と言うこともあって我慢した。
「ん?」
あ、あれ?
聞こえなかったのかな……?
段々と恥ずかしさて顔が暑くなる。
「ぅぅ……」
わたしは咄嗟に思いつき、感謝の思いをしたためた。
ノートの切れ端に。
彼がわたしにしてくれたように。
ーーありがとうございましたーー
そう書くと、わたしはそのノートの切れ端を彼の机にそっと乗せた。
わたしの乗せたノートの切れ端を見る彼は、少し笑った気がした。
その後は何事もなく、1日が過ぎていった。
わたしは胸の奥に感じる、暖かく、もどかしい気持ちに戸惑いを覚えた。
 




