第136話 身の上話1
「せっかくなので、そこのイートインで食べて行きませんか?」
私は意を決して店を出ようとする彼に声を掛ける。
「イートイン?」
「はいっ。ここ新しく出来たコンビニなので、イートインスペースが大分大きくとられているんですよ。他の店の話ですけど、ウチの学生とか結構使うんですよ? それに家に帰っても一人なので、良ければ食べて行きませんか?」
「……ああ」
訝しげな表情だった彼だが、捲し立てる私に最後は頷いてくれた。
彼を呼び止めたのは、ひとえに私が彼と話したかったからだ。
彼の事が気になるとか、もっと一緒に時間を過ごしたいとか、そんな色っぽい話は皆無だ。
私が話したいのは、聞きたいのは、"愛奈ちゃん"についての事だった。
「ほら」
テーブルと椅子が数セット置かれたスペースで隣り合った席に座ると、彼はそう言って私の分を寄越してくれた。
「ありがとうございます」
「おう。しかし、このスペース初めて使ったよ。なんかコンビニで食事するのは違和感があるな」
彼はイートインスペースを眺めながらそう言った。
私の場合は小さい頃からこういったスペースは増えてきていたから、そんなに違和感無いけれど、普段使わない人からすればそうなのだろうか。
ここのコンビニは試験的な試みもあるのか、店舗面積の三分一はイートインスペースになっている。コンビニにしては大きめの店舗でもあるので、そのスペースは中々に広い。
「外から丸見えにならない様にすりガラスになってたり、テーブルにはコンセントがあったり、結構居やすいと思いますけどね?」
一学期は放課後にこういったスペースで友達と時間を過ごしたりしたものだ。
夏休み以降は、無くなってしまったけれど。
「そう言うもんかね。……とりあえず食うか」
「ええ」
彼の言葉に頷くと、彼に倣いおにぎりの封を開けた。
私はおにぎりを食べながら、横目に彼を盗み見る。
ついでとはいえ、二度も危ない所を助けてもらった人。
改めて見ると、かなり整った顔立ちの男性だ。掛け値なしにイケメンと言えると思う。街中ですれ違えば十中八九振り返るレベルで。
斉藤さんは一体どうやってこんな男性と出会ったのだろうか? しかも、ピンチに助けに来て貰えるくらい大事にされている訳だし。
あれ? なんで私こんなイケメンとおにぎり食べてるんだろ? 隣同士で距離も近い。顔が無性に熱い。いや、なんか恥ずかしくなってきた。帰りたい!
いやいやいやいや!
私は余計な考えを振り払う様に首を振った。
昨日と同じ作業着を着る彼はこの辺りで働いているのだろうか? 歳は結構近いと思う。まだ二十歳なってないかそのくらい。
おにぎりを食べる彼の横顔は、なんだか無邪気で可愛らしく見えた。昨日や先程のあの荒々しい姿や、チンピラ達を威圧する鋭い雰囲気は微塵も感じられない。そのギャップがまた……。
いやいやいやいや!
しかし、愛奈ちゃんの事をどう切り出したものだろう?
いきなり聞いたら怪しまれるよね? それよりもやっぱり直球で聞いた方が?
ああ、どうしたら……?
「どした? 食べないのか?」
考えに没頭するあまり、おにぎりを食べる手が止まっていたようだ。
私は、彼に身体を向ける。
「む?」
当たって砕けろ! 聞かないと何も始まらないでしょ!
「ま、ま、愛奈ちゃんを教えて下さい!」
「は?」
違っぁぁあうっ! 端折り過ぎて意味分かんなくなってるじゃん!
イケメンも困惑だよ!
「ま……まあ、趣味嗜好は人それぞれだからな。うん。大丈夫だよ。うん。俺は気にしないよ。うん」
絶対なんか誤解されてるよねっ!? なんか妙に優しい声だし!?
「ち、違います! ちょっと慌ててて! ……愛奈ちゃんのお話を、何か聞けたらと思って」
恥ずかしながら、もう一度愛奈ちゃんに謝ると決めたものの、和解するための手立てが何も思い浮かばない。
長年彼女を苦しめてきたのだ。簡単で無いことはわかっているし、簡単に済ませて良い問題ではない。
謝る上で少しでも愛奈ちゃんに関する、何か、が欲しかった。
「……斉藤さんの事が好き過ぎて虐めてた、って訳じゃないのか?」
「だから違いますって!」
釈然としない表情の彼に念を押す。私だって釈然としない。
「なら、他に理由があるのか?」
一瞬、彼の視線が鋭くなる。
そうだ。まだだ。まだ私は許されていないし、許されちゃいけないし。
折れないで、心を強く持たなくちゃいけない。
せめて愛奈ちゃんに誠心誠意謝るまでは。
「……理由なんて、立派なモノじゃ、当然ありません。むしろ愛奈ちゃんを大事にしている貴方からすれば気分の良い話じゃ無いです。……それでも、聞いて貰えますか? いえ、聞いて貰えないでしょうか……」
「俺が聞いても良いのなら、だが」
私の勝手な言い種。彼からすれば関係無い、と突っぱねる事も出来るだろう。
だけど頷いてくれた。
「あなたが愛奈ちゃんを大切に思っているのは、十分わかっているつもりです」
「大切って……まあ、お前がそう言うなら。寂しい独り身だ。時間はいくらでもある。付き合うよ」
「ぇ?」
小さく驚きの声が漏れた。コレだけのイケメンで独り身とは……。世の中の女性は何をしているのか。私が友達ならぐいぐい行ってると思う。もしかしたら性格に問題が?
「ところで。お前って前から、愛奈ちゃん、なんて呼んでたか?」
イケメンの声にハッとして頷く。
随分と失礼な事を考えていた。
「その話も含めて」
「そうか」
私は、愛奈ちゃんも好きだと言うミルクティーを一口含ませ、唇を潤した。
あの頃の私は甘ったれた分からず屋だった。いや、今だって大して変わって無いのだろう。
中学の時、彼女と出会った。
愛奈ちゃんと。
当時、私はこの辺りに引っ越して来た……いや、帰って来た転校生だった。中学一年生の終わりにこの地へと越してきて、そして二年生のクラス替えの際、愛奈ちゃんと同じクラスになったのだ。
初めて彼女を見た時の事は今でも鮮明に思い出せる。
始業式の朝、クラスに登校してきた彼女を見たときは目を離せなかった。
何よりも目立つキラキラと輝く、綺麗で絹糸の様な金髪。深い藍色の瞳も大きく真ん丸で、小柄なその姿はまるで精巧に創られた人形の様で。こんな綺麗な子見たこと無い。そう思った。
しかし、その全ての魅力は、伏せられ沈んだ表情と瞳に隠れてしまっていたのだった。
私は社交的な性格もあり、直ぐに話しかけに行こうと思った。
始業式の朝ではあったが、この時既に話す様になっていた子達も居た。
しかし、何故かその子達は愛奈ちゃんへ話しかけるのは止めた方が良いと、私を止めた。
言葉を濁す彼女達に要領を得ず、私は深く話を聞かずに愛奈ちゃんへと歩み寄った。
「おはよう! 私は松井美里って言うの! 転校してきたばかりなんだ。あなたは?」
これが愛奈ちゃんに話しかけた、最初の言葉。
「っ…………?」
私に声を掛けられた愛奈ちゃんは、肩をビクリと震わせるとゆっくりと視線を上げて私を見た。
「……」
「……ぁ、ぅ……そ、の……」
長い前髪で隠れた瞳は揺れていた。
そこに見えるのは、強い怯え、だったろうか。
視線はあちこちへとさ迷い、私の瞳に合う事は結局無かった。
普通こんな反応をされたら、人はどう感じるだろうか。ちゃんと受け答えをしない事への苛立ち? どもるその姿への嘲笑? どうしたんだろう、そんな他愛の無い疑問?
この時、私が感じていたのは、そのどれでもなかった。
歓喜。
一言で表すなら、正にソレだった。
「……斉藤、愛奈ちゃんって言うの? 仲良くしましょうね?」
名札を見て、名前を呼んだ私は笑みを深めた。
「……ぁ、わ、たし……」
「ん?」
「……」
最初は、本当に仲良くなりたかった。
これは紛れもない本心だった。
その心が如何に歪んでいようとも。
私は愛奈ちゃんの瞳の中に、自分を見たのだ。
自分と何かが同じだ。
そう思った。
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