第134話 公園のベンチ
とりあえず投稿。
中々終わりません(´Д`)
よし、ギリギリ間に合った。
俺は振り下ろされた拳を右手で受け止め、内心安堵の溜め息を吐いた。
「よう、大丈夫か?」
路上にへたり込む松井を視線だけで見下ろし、問いかける。
「……」
未だに放心状態なのか、応える気配は無い。
目線はバッチリ合っているのだが、ポカンとしている。
「こっの、離せっ!」
「……っと」
ケンジとか言われてた大男は掴まれた拳を引き抜いた。
俺が結構強めに握っていたからか、その拳を擦っている。俺の握力70オーバー。結構強いよー? リンゴもイチコロりん。
「て、てめぇ……」
「昨日ぶりだな? しっかし昨日の今日で随分元気なもんだな?」
俺は二人の男を見据えながら、男達と松井の間に立つ。
「くっ、てめぇ昨日はよくもやってくれたなぁ!? タダじゃおかねぇぞ!」
「け、ケンジさん、そいつはヤバいっすよ! 敵いませんって! 逃げましょうよ! ケンジさん一発で伸されてたじゃないっすか!」
「う、うるせぇ! 黙ってろ!」
しきりに腕を引く下っぱを振りほどくケンジ。下っぱ君は昨日の一件がトラウマにでもなっているのか、俺の顔を見ながら蒼白になっていた。
「そっちの下っぱの方が状況判断出来てんぞ?」
「こ、この、舐めやがってぇぇ!!!」
「つ、付き合ってらんねぇ! お、俺は関係無いっすからね! 関係無いっすからね!!!」
今にも俺に飛び掛かろうするケンジを横目に、下っぱ君はそそくさと逃亡を図っていた。
重要な事なのか、繰り返し主張する下っぱ君はアっという間に路地へと消えたのだった。
「お、おいてめぇ!!! どこ行きやがる! 待ちやがれぇ!!!」
「素晴らしい舎弟愛だな?」
「ちっ、どいつもこいつも舐めやがってぇぇ!!!」
そればっかりだな、と俺は溜め息を吐いた。
舐めたくも無い。不味そうじゃんね。
「んで、やるの? やらないの? やるんだったら受けて立つぞ? 今度は一発では沈めてやらんけど」
昨日はあっという間に終わったから懲りていないのかも知れない。それなら覚えて、嫌になるまで身体に教え込むのが躾ってもんだろ。
「っく、ぐぐぐ……」
「てか、本多に聞かなかったのかよ? 俺の視界に入るなって言ってただろうが」
「はっ、本多の野郎の言うことなんか誰が聞くか!」
「ん? 本多がリーダーじゃねぇの?」
「あんな腑抜けたヤツはもうリーダーでもなんでもねぇよ! 今は俺がリーダーよ!」
おおう。本多さん、降格っすか。ざまぁ。
「まあ、それはどうでも良いや」
「どっ、どうでも……!?」
「そんな事より、約束だよ約束。……いや、命令か。繰り返すが、お前らに言った筈だよな。俺の周りの人に二度と手を出すなって」
「は、はんっ、誰がそんなもん……」
「そうか、やるの」
俺は前触れも無くケンジに接近すると、いつでも喉を潰せる様に手を添えた。そして、軽く絞めていく。
「っ!?」
「潰すか」
至近距離で目を突き合わせ囁く俺に、ケンジは必死に首を振る。俺の目から本気を感じ取ったのか、やけに素直だった。
手を離すとケンジは数歩後退り、浅い息を吐き出す。
「は、はあっ、はあっ……で、でも、ソイツは関係無いだろ!?」
俺から離れたケンジは、俺の背後で未だ座り込んでいる松井を指差した。
「……っ」
指を指された本人は固く身構えた。俺は視線だけ松井に向けて口を開く。
「んー、あー。まあ、そうもいかねぇんだわ。俺の友達がこの子を助けたいって言うもんでね。友達の守りたいモノは俺の守るものでもある訳さ」
俺の言葉を聞いた松井はピクリと肩を震わせた。
「な、なんだよその理屈!?」
「だから、この子に手を出すのは許さない」
「……っぐ!」
もし俺が逆の立場だったら、同じく言葉を詰まらせるであろうトンでも理論である。
しかし、俺は斉藤さんの心の平穏を脅かす存在を許さないので、あしからず。
自分勝手な男なんです。
「さぁて。改めて聞こうじゃないか。……どうする? やるか?」
「……あぁクソっ! ヤメだ、ヤメ! わあったよ! ……もう手は出さねぇよ」
「そりゃ賢明だ」
「……クソがっ!」
そう捨て台詞を残し、路地のゴミ箱なんかを蹴飛ばしながらケンジは姿を消したのだった。
──────
「立てるか?」
差し出された手を前に、私はハっとする。
「え、えぇ……」
私は自然と、その手を取っていた。その手を支えに立ち上がる。
「っうぅ!?」
「大丈夫か?」
立ち上がると、先程痛めたであろう足首に痛みが走ったが、歯を食いしばり我慢する。
「だ、大丈夫よ」
「強がりだろ……。ほら、あっちにベンチがあるから行くぞ?」
「あっ……」
自然な立ち振舞いで私を支える男性。
何故か妙に顔が熱くなっていた。
「大丈夫でしたか!?」
彼の支えを得て歩き出した所で、女性に声をかけられた。長い黒髪の綺麗な女性だった。顔に見覚えは無いので、今の騒動を見ていた一人なのだろう。
「あ、どうも。まあ、なんとかなりましたよ。ははは」
「良かった……。勇気、あるんですね……」
「そんな事ありませんよ。出来る事をしただけですし」
「ふふ、その出来る事が凄いんですよ」
私の横で話をする二人は知り合いなのだろうか。
……と言うか、この男、私の時と対応が違い過ぎない?
いや、確かに私はこの男の友達らしい斉藤さんを貶めようとした張本人だけどね?
なんか釈然としない、と言うか。そもそも私を放置と言うか。
この女性も目がハートになってると言うか……。私は除け者かって!
……はぁ。何考えてるんだろ私。
「それじゃ、俺はちょっとこの子の事があるので」
「私もお手伝いしたい所なのですが、まだバイト中なもので……」
「いえ、大丈夫ですよ」
「あっ、すいません、噂をすれば。店長が探してますので、私はこれで! お大事になさってください!」
「え、ええ……」
私に向かってペコリと頭を下げると、そこのショップの店員らしい女性は帰っていった。
「歩けるか?」
「……ええ、大丈夫、です」
私は彼に支えられながら、直ぐ近くにあった小さな公園のベンチへと向かった。
「俺が誰か分かるか?」
二人でベンチに腰掛け、開口一番彼が私に聞いてきた。
私は頷く。
「昨日の人、ですよね。……さ、斉藤さんを……助けに来てくれた……」
私は酷い気まずさから、はっきりとは告げられず、口ごもる。
思えば、この人にはしっかりとお礼をしなくてはならないのだけれど……。
「ん? あー……まぁ、喋ったこと無いしなぁ」
私の言葉を聞いた彼は何か呟くと、合点がいったのか頷いていた。
「まあ、そうだな。昨日の一件に乱入したヤツだ」
「……ぁ、その……昨日は……」
やはり上手く言葉が繋がらない。言葉は尻すぼみになり終いには決して大きくもない町の喧騒に掻き消えてしまった。
「まずハッキリさせとくぞ。……今助けたのはさっき言った様に、斉藤さんの意志を尊重しただけに過ぎないのは理解しろよ」
「……ぇ?」
口ごもる私に気付かなかったのか、彼は口を開いた。その声色は先程とは打って変わって、底冷えのするようなモノだった。視線は鋭くピリピリと肌に突き刺さる。目線を逸らしたくて仕方ないのに、そうさせてくれない。背中に嫌な汗をかく。
「昨日もそうだ。彼女がお前を助けたい、そう言ったから手を貸したに過ぎない。今襲われては昨日の彼女の意志が無駄になる。でなければ助ける義理も無い訳だ」
「ぁ、ぅ……」
彼のプレッシャーに萎縮した私は、口を開くも呻く様な声が微かに出るだけ。
正に正論だ。この人には私を助ける義理も無ければ、むしろ斉藤さんを貶める憎き女になるのだ。
先程まで、少し舞い上がっていた自分を殴りたい。
「ご、ごめん、なさい……」
辛うじて動いた唇で謝罪を口にする。
「俺に謝ってどうするんだよ」
「そ、それは……」
それもそうだ。
ぐうの音も出ず、私は俯くしかない。
なんと言えば良いのだろう。唇を噛みしめ、言葉を必死に探した。
探して、探して。だけど、上手く纏まらない。
終いには、情けない事に眦に涙が溜まってしまった。
私はいつから、こんなにも弱くなってしまったのだろう……。
「………………はあぁぁ」
「……っ」
煮え切らない私に嫌気が差したのか、隣の彼が大きな溜め息を吐いた。
私は恐る恐る視線を向ける。
「……?」
しかし、そこに有った表情は、想像していたモノとはまるで違っていた。
「あー、やめだ。やめ!」
そう言う彼は先程までの鋭い雰囲気を消し去り、まるで毒気が抜けていた。それにどこか肩の力を抜いたようでもあって。
「え?」
「あー、やっぱこう言うのは苦手だ。女の子を責めるのは性に合わん」
彼は呟く様な声でそう言った。
私は未だに語るべき言葉を持ち合わせていない。だから、ただ彼の言葉を待つ。
「これで最後だ。……俺はな、大切な友達を虐めるヤツが大嫌いだ」
「っ……、そ、れは……はい」
私は俯き、頷く。
「なんで、あんなに良い子が虐げられなければ駄目なんだ、って思ったんだ。引っ込み思案だけど頑張り屋で、人を想える娘だ。……だから、少しでも支えになれたらと、俺なりに出来る事はやってきたつもりだ」
「……」
「出来る事なら、その原因をぶちのめしたいと考えた事も一回や二回じゃない」
彼の言葉が胸に突き刺さる。
言わずもがな、私の事に他ならない。学校での事や昨日の事を考えれば、そうなっても仕方ないと思う。
これまでを思い出すだけで罪悪感に苛まれる。
「だけどな……」
「……?」
続ける彼の声色が変わった。私は地面に落としていた視線をゆっくりと上げる。
「斉藤さんは自分を虐めてきた人でも、助けたい、って言ったんだ。……なんの葛藤も無く、ただ純粋に助けたいって」
「……っ」
鮮明に脳裏に浮かぶ、昨日の斉藤さんの姿。
一人残った私を助けに駆けつけ、支えてくれた斉藤さん。彼女がかけてくれた言葉は、心から心配してくれているのが分かった。私を手当てするために奔走してくれた。
思い出して、また視界が滲んだ。
「まあそんな訳で、俺はもうあんたの事をどうも思っちゃいない。彼女が許したんだ。それを俺がとやかく言う資格は無いしな」
「……っく、うぅ……っく……」
情けなく嗚咽が混ざり始めてしまう。
「謝るんなら、俺じゃなく斉藤さんに言うんだな。……まあ、もう謝ってたか」
「ぃ、いえっ、ち……ちゃんと……っく、あやまり、ますっ! もう一度、ちゃんと、斉藤さん、に……っ!」
「……そっか。彼女、学校で待ってるぞ。あんたが来るの」
「は、はいっ……! う、ぅう、うぁぁあんっ……」
「あぁ、もう泣くなって……」
彼はそう言ってハンカチを手渡してくれた。
ハンカチを受け取りながら、私はしばらく子供の様に泣いたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
早く次話もあげたいと思います。
 




