表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/199

第133話 罰の所在

お待たせしております。

また仕事が忙しく更新が滞っておりました。

良ければご覧ください。









 後日、バイトからの帰り道。俺は自宅の有る地区の大通りを歩いていた。

 今日もお勤めご苦労さん俺。今日は肉体労働では無くデスクワークだった為、体力的より精神的な疲労が大きい。

 しかし、お客さんから頂いたと言うメロンを事務所の皆で食べたので、疲れた脳に甘さが効いたね。うん。


 時は夕暮れ。間もなく夜の帳が降りる頃。


 寂れた地区とは言え、表の通りには人通りがそれなりにあるし、この通りに限っては店も多く並んでいる。


「あ……!」


 何気無く巡らせた視線が一件の洋服店を向いた時、そんな声が聞こえた。声の主を見ればパチリと視線が合った。


「……?」


 俺は首を傾げる。はて、誰だろう、と。視線はバッチリ俺を向いていて離れないから、俺に何かあったんだろうけど。

 ちなみに、長い黒髪の似合う大人しそうな美人さんだ。


「あっ、す、すいません突然」


 思い出した様に恐縮する美人さんだったが、俺は笑いながら返す。女性には優しくしないとね。美人だからって訳じゃねぇよ? はい。


「いえ、どうかしましたか?」


「あの……先日、駅前でチラシを貰って……って、覚えている訳無いですよね? あはは……」


 すいません、と頭を下げる美人さんに俺は首を捻る。


 チラシ? ビラ配りの時か? 駅前って言うと……。


 あぁ。何となくパズルのピースがはまった感じ。


「確か、五人くらいでチラシを受け取って下さった方ですよね?」


「っ、覚えてて下さったんですか!?」


 驚きからか目を見張る美人さん。


「あはは、普段は全然覚えてないですよ。あの時は印象に残っていたと言うか。最後に貴女が応援してくれましたよね? それで思い出したんですよ」


 ぐいぐいと来る女性達の中でも彼女だけは輪から外れて見守っていた印象だ。中々諦めないお姉さん達を止めながらも最後に応援してくれたりと、他の人はあまり覚えていなくても彼女の事は思い出せた。


「わっ、あ、あのっ…………そうですっ」


「まさか、また会えるなんてビックリしましたよ」


「私もです! 私ここのバイトなんですけど、表の商品の整理をしてたらあなたを見つけて、思わず声を出しちゃいました!」


 後ろにある洋服店を指差しながら無邪気に笑う美人さん。俺と同じくらいの歳だろうか。すると大学生とかかね。

 少し子供っぽい反応と大人しそうな美人のギャップが可愛い。


「そうでしたか。俺も今までバイトしてまして、帰る所だったんですよ。ここは帰り道でよく通るんですが、全然気が付かなかったですね」


「えへへ、それなら声をかけて良かったです、なんて……」


「あはは、貴女の様な美人に声をかけて貰えるなんて、光栄ですね」


「び、美人なんてっ、オーバーですよぉ!」


 大慌てで手と首を振る美人さんに、俺は笑いながら頭を振る。


「本当ですって。モテるんじゃないですか?」


 社交辞令とも取れるだろうが、それでも目の前の女性は文句無しの美人だ。さぞかしおモテになるだろうさ。


「そ、そんなことっ。モテた事なんてないですよ……」


 尚も首を振る美人さん。

 そのナリでそりゃ嘘だろ、と思うが口には出さない。


 ほぼ初対面でお互い名前も知らない間柄だ。そんなに話題を広げなくても良いかね。

 ぼちぼち話を切り上げようか、と俺は口を開く。


「それじゃ、俺はそろそろ……」


「あっ、引き留めてしまい申し訳ありません! よ、よろしければ今度いらして下さい! サービスしますので!」


「え、ええ……」


 ここに? と俺は頬をひきつらせるしかない。

 なんせ、ここは洋服店でも思い切り女性向けのショップなのだ。店内を覗けば下着売り場だって見える。中々、男一人で来るには勇気が入るんじゃなかろうか。


 俺の視線に気付いた彼女は慌てた様に両手を振った。


「す、すいませんっ! 変な意味ではなくてっ! え、ええと、その……じ、女性へのプレゼントとか! 相談乗りますよ!」


「ああ、そういう事ですか。もし、そういう事があれば、お願いしますね」


 まあ、そういう事なら納得だ。


 ……取って付けた感は否めないけどな。

 そもそも女性にプレゼントとかそんな事あるかもわからないけども。


 脳裏に浮かぶのは知り合いの女性達。

 理沙、斉藤さん、真澄、とか。他の知り合いはパートナーの居る女性ばかりだし。


「はい、是非っ!」


「それじゃ───」


 今度こそ、その場を離れようとする俺の耳に届いたのは、誰かの言い争う声。


「なんでしょうか?」


 美人店員さんも気が付いた様子。

 二人揃って店先から通りに出て声のした方を伺う。


「揉め事、でしょうか?」


「……みたいですね」


 俺らの視線の先には三人の男女が居た。

 20メートルも離れていない上に、一人の男が怒鳴り散らすものだからその声はよく聞こえた。

 通行人も何事かと、足を止めている。


「おらぁっ、大人しくしろってんだよ!!!」


「い、いやぁ! 離してっ……っ!」


「あんまり騒ぐと痛いめ見んぞ!?」

 

 踞る女を男二人が力ずくで路地へ連れ込もうとしていた。路地から歩道に飛び出した女が、あの場所で捕まった、って感じだろうか。

 随分と穏やかでないな。


「だ、大丈夫でしょうか? ど、どうしたら、いいんでしょう? 助けないと!」


 美人店員さんはおろおろと、半分パニック状態だ。


 ふむ、と俺は今一度手短に状況を確認する。


 女が二人の男に囲まれ、路地へ引き込まれようとしている。男の一人はガタイが大分良く、背は俺と同等。もう一人は中肉中背だ。通行人はあからさまな見てみぬ振り。遠巻きの人々はチラチラと視線を送り、歩行者は大きく避けて歩いていく有り様で、まずこのままではあの女性は連れて行かれるだろう。


 隣の美人店員さんの様に、助けると言う考えに至った気概のある人間は皆無の様だった。


 この店員さんを見てて、ふと、斉藤さんを思い出したのは内緒だ。


「……しゃーない、か」


 一つ溜め息を吐いた俺は呟く。


「え? 何か言いました? そ、それよりあの人を助けないと……!」


「ええ、そうですね」


「な、何で落ち着いてるんです!? 早くしないと──」


 焦る店員さんを尻目に、トラブルは進展を見せていた。


「おい、さっさと立てや美里! 早くそっち持て! ずらかるぞ!」


「へい、ケンジさん! 松井ぃ! 聞いてんのか、おらぁっ!」


「あ、ぐっ……っ!」


 ……。


 あー、えー。


 ……んーと?


 どっかで聞いた名前だなー。


 あの大男も、連れ去られそうになってる女も。


 あー、うん。


 やっぱり、そうっすよねぇ……。


 はぁ。


「余計に見過ごせねぇよなぁ」


「え? ちょ、どうしたんですか!? お兄さん!?」


「大丈夫です、直ぐに終わりますからー」


 美人店員さんにそう伝えると俺は駆け足でいざこざの中心へと向かうのだった。





─────





「立てつってんだろうがよっ!」


 本多の手下であるケンジが、私を無理矢理立ち上がらせようと、腕を強引に引っ張り上げる。

 反対側には名前も知らない下っぱ。


「っ!」


 気遣いの欠片もないその行動に、私の腕は悲鳴を上げた。痛みに眦に涙が滲む。

 私は痛みから逃げる様に身体を捩ると、なんとかその拘束から抜け出す。

 ビタンっ、と歩道のタイルに身体を打ち付けるが、二人から逃れる為に、身体に鞭打ち駆け出す。


 身体中が痛かった。

 勿論、昨日の件でだ。


 骨折等の大怪我は無かったものの、全身至るところに打撲があった。足に力を入れれば鈍痛が走るし、蹴られた顔はまだ腫れぼったく熱く、そして当然痛い。本来であれば、まだ安静にしていなくてはならない所ではあったが、この状況ではどうしようもない。


「ちっ、待ちやがれぇ!!! 逃がすんじゃねぇぞ!」


「へいっ!」


「はっ、はあっ、はあっ! はぁ…………あっ!?」


 どしゃぁ。


 あろうことか、言うことの聞かない足は縺れ、呆気なく再びタイルに身体を打ち付ける事となった。


「っ、い、いやっ……!?」


 振り向けば私を追う男二人は間近まで迫っていた。


 転ぶ私を見て、余裕でも出来たのか歩を緩めると卑しい笑みを張り付けたまま悠々と歩み寄って来た。


「もう諦めな? 俺だってお前を狙ってたんだ。大人しく俺の女になるんだな。俺は本多みたいに甘くは無いぜ? アイツは余裕こいて無駄な事したせいで足元を掬われたんだ。そんな駆け引きする前に奪っちまえば良いのによぉ?」


「そうっすよね!」


「誰が、アンタなんかの女にっ!」


 私は最後の足掻き、とばかりに男を睨み付ける。

 足は打撲とは違う新たな痛みに、上手く動かない。今転んだ時に挫いたのかも知れない。


 最悪だ。


 本当に最悪。


 いや……これも自業自得の延長線上の出来事なのだろう、と。自分を納得させた。


 諦めに似た感情が生まれる。


 昨日の様な奇跡は起こる筈がない。


 それは当然だ。因果などを信じる訳では無いが、そうであってもおかしくは無いのでは。時々そんな事を思うのだ。


 あれは、斉藤さんだったから。

 私に貶められた斉藤さんだったからこそ、助かったのだろう。私はそれのおこぼれを貰っただけ。あの子は良い子だから。


 嫌だ。嫌だけど。人を貶めてきた私には丁度良い結末なのではないだろうか。


 まさに因果応報と言うか、ね。

 

 最近はこんなことばかり考えている気がする。


「はぁ、これ以上顔に傷をつけたくないんだけどよぉ?」


 取って付けた様な呆れた表情をする男。


 次の瞬間、大きく腕を振りかぶった。


「言うこと聞かねえんじゃ仕方ないよなあっ!!!」


「っ!」


 男は拳を振り下ろす。

 周囲に居るであろう野次馬からは、息を飲む雰囲気が伝わって来た。


 私は咄嗟に目を固く瞑る。昨日の一件で私の心には暴力の傷痕が深く刻まれていた。トラウマとでも言うのだろうか。

 身体は震え、息は浅く、頭はふらつく。


 来るであろう、衝撃と痛みに身構えた。


「……?」


 しかし、私を襲う筈の衝撃と痛みは、いくら経っても訪れない。

 私は恐る恐る瞑った瞳を開いた。


「な、なっ、お、お前……っ!?」


 見上げた先では、私に殴りかかった男の驚愕に染まった顔と、受け止められた拳があった。


「ギリギリセーフ」


「え……?」


 直ぐには理解出来なかった。


 何で私は助かったのか。罰を受ける筈じゃなかったのか。


 私は報われてはいけないのでは、なかったのか。


「よう、大丈夫か?」


 その声は、やけに優しく耳を打ったのだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ