第132話 お散歩デート?
斉恵亭からの帰り道。
俺は真澄と並んで御崎の駅へと歩いていた。
「あっ!?」
駅に到着し、改札の間近まで来ると真澄が何かを思い出したかのように声を上げた。
「どうした?」
「……カバン学校だよー」
ガックリと肩を落とした真澄。むしろ今までよく気が付かなかったなおい。
まあ、放課後のいざこざで学校に戻る暇なんて無かったか。
「定期は?」
「電車はスマホがあるから問題は無いけど、バスには乗れないの」
なんで対応してないんだろ時代遅れだよ、とぶつくさ文句をたれる真澄だった。
しかし、今から学校に行く訳にもいかない。
「仕方ないだろ。それくらい出してやるから」
「ありがとー宗君。ごめんね?」
「気にすんな」
俺と真澄は早速電車に乗り、モールのある駅、真澄のマンションの最寄り駅に向かう。電車はピークが過ぎたのか、大分余裕が有り、二人して席に掛ける事が出来た。
席に余裕があるにも関わらず、いつかの様に真澄がくっつきながら座るもんだから、どぎまぎしてしまったのは仕方ないと思う。
指摘してもニヤニヤと笑うだけで取り合ってくれない真澄に、終いには降参したのだった。
乗客からの視線が地味に痛かったです。はい。端から見たら乳繰り合うバカップルじゃんね。
ちくしょう、純情(?)な俺のハートを弄びおってからに。
早々に開き直った俺は、真澄ととりとめの無い会話をしながら過ごし、いくらもかからず目的の駅に到着した。
「ほら、真澄。バス、代……あれ?」
「んー?」
先の話の通り、バス代を俺が出そうと財布を開けるが……中身は空っぽ。札も無ければ小銭も70円と、雀の涙程の所持金であった。
よーく思い出せば、確かに今日の昼飯を買った時に下ろさないとダメだと考えた様な……。
くそカッコ悪りぃ……。
「……すまん真澄。俺文無しだったわ」
「お? 文、無し……ぷっ、あははっ! 宗君カッコ悪ーい!!!」
俺を指差しケラケラと笑う真澄。おいコラ人を指差すんじゃねぇ。
「うるせー。自分が一番分かってるっての……しゃーない、歩くか。家まで送るよ」
「あっ……うん。……しょうがないよね、うん。しょうがなーい、しょうがなーい、えへへー」
歩く事になったにも関わらず、何故か嬉しげな真澄だった。
まあ、文句を言われるより断然良いわな。
「文無し同士、のんびりと歩こうぜ」
「さんせー!」
ここから真澄の家までは、歩くと30分程の道のりだ。車ならば10分も掛からず着くのだが仕方ない。
「あ、でも親御さんに電話すれば迎えに来て貰えるんじゃ?」
「あ、そう言うこと言うんだ! もー! 宗君はあたしと歩くのイヤなんだー!?」
俺が思いつきを口にすると、腰に手を当てプリプリし始めた真澄に咎められる。その幼げな仕草が妙に可愛く見えて困る。美少女ってすげぇなぁ。
「い、いや? そう言う訳じゃないけど」
「だったら!」
「……だったら?」
「……あたしと夜のお散歩デート、付き合ってよね!」
実に良い笑顔で言い切る元アイドルさんに、困惑よりも先に可笑しさがこみ上げ、思わず吹き出す。
「ぷふっ、お散歩デート、ねぇ。……んーむ、そこまで言われちゃ断れないな? 俺なんかで良ければだが」
「いいのー! むしろ宗君以外にデートしたい男の子なんて居ないもん! ほら男の子、ちゃんとエスコートお願いしますよー?」
そう言って手を差し出して来る真澄さん。自然に差し出された手に面食らう。それに、デートしたい男の子は俺以外には、って……。
大丈夫。
そう、お友達として、だろう? 意識するな。うん。
それよりも、まずこの差し出された手。
これは断れるモノなのだろうか? でも、女の子にここまでさせて断るとか男としてどうよ? でも、恋人でも無い男が握っても良いの? みたいな考えが頭の中をぐるぐる回る。
そんでもって、結局。
「……ああ、勿論」
「ふふっ。よろしく、ね……?」
俺の手は真澄の手へと重なる。
真澄の顔を見れば、ほんのりとその頬に朱がさしていた。
久しぶりに握った手は、少しひんやりとしていて、そのか細さは女の子を肌を通して余すことなく伝えてきた。
「えへ……」
ドキリ。心臓がひとつはね上がる。
俺を見上げる瞳は嬉しげに細められ、握った手には力が込められた。
俺は堪らず視線を明後日の方向へ向けて、事なきを得た。
「……帰る時間は知らせておけよ?」
「分かってるってー、ふふふっ」
その視線は、見つめ続けてしまうと後には戻れない、そう思わせる何かがあった。
アイドルすげぇなぁ。
「しゅっぱーつ!」
「おう」
真澄に腕引かれながら、真澄家への家路につくのだった。
「なんか久しぶりだね、こうやって二人で歩くの」
真澄の住む高層マンションへは、駅から大通りをおおよそ真っ直ぐ進めばたどり着く。
大通りの歩道を、俺と真澄はのんびりと歩いていた。
歩き始めて10分程経った頃、真澄がそんなことを口にした。
「あー、そうだなぁ。夏休みの間は何回かあったな。殆どは車だったけど」
あの時は車での移動が主だったが、その中でも歩く時には一緒に歩いたものだ。
まあ、護衛対象と言うこともあって、護るに適した形で一緒に歩く、と言う情緒の欠片も無いモノであったが。
それが今は隣で手を繋がれながら歩く、と言う変わりよう。
……何で手を繋いでるん? 雰囲気? あ、そう。
我ながら女の子に弱いと言うか。どうも親しくなると甘くなってしまうきらいがある。
特に年下には甘い。ええ、自覚してますとも。ええ。妹みたいなもんよね。ええ。
「……夏休みは宗君に出会って事件を解決してもらって、騒動が終わったらあたしも忙しくなっちゃって。それで、気付いたら夏休みも終わってて」
本当は夏休みに宗君といっぱい遊ぶつもりだったのにー、と口を尖らす真澄に苦笑い。
俺は俺でバイトに明け暮れていたから実現したか怪しい。
「……いや、バイト先に来るとか言ってたよな?」
「うん、けど全然行けなかった! いきなり頓挫! ヒドイよ!」
今度はパタパタと空いている手を振り回す真澄。感情表現豊かな姿が、年相応な少女に見えて微笑ましく思える。
学校で真澄を見てて思うのだが、皆と一線を引いていると言うか、少しすました顔をしている事が多い。言葉使いだってそうだ。始めて聞いたときは違和感が凄かったのを覚えている。
それに比べ、今の真澄は天真爛漫と言うかなんと言うか。
それだけ俺に心を許してくれているのかと思うと、なんとも嬉しいものである。
ピタリと動きを止めた真澄は続ける。
「宗君と全然会えなくなってさ。夏休みの間毎日一緒に居たのが、パタリと無くなったら、想像以上に凄く寂しくてねー」
あー前にも言ったよねこの話、とはにかむ真澄。そうだな、と俺も笑って返してやる。
あれは、真澄初登校の時か。……お、思い出すと胃が。
「……宗君と出会ってからさ。毎日が新鮮だよ、本当に」
突然声色を変えた真澄。その声は静かながら、悲しいだとかそういったネガティブな色は感じ取れず、むしろ優しげな色を見せていた。
「なんだよ突然」
いまいち話を把握出来なかった俺は首を捻るしかない。
新鮮等と言われてもまるで心当たりがない。そんなにも俺が真澄の生活に影響を与えているとも思えないが。
そんな俺の様子に、真澄は少しだけ笑みを溢すと唇に人差し指を当てて口を開いた。
「……んー、前にもアイドル活動が楽なモノじゃないんだよーって話、したじゃない?」
「ああ、そんな話もしてたな」
ボディーガードとして真澄と行動を共にしていた時の話だろう。
確か、同業者はライバルであって友達になれるような存在じゃ無かった、とかなんとか。それもあって業界では友人と言う友人も居なかったと言っていた。
業界すべてがそうでは無いのかも知れないが、少なくとも真澄の周りの環境はそうだったのだろう。
「なんだかね、あの頃実は結構参ってたんだよねー」
誰にも言って無かったんだけど、と舌を出して笑う真澄。いたずらっ子然としたにやけ顔で続ける。
「今だから言える話ってヤツだよー。いや? むしろ宗君だからかな?」
「またそんなこと言う」
「へへへー。……いっぱい頑張ったけど、あたしには合わない仕事なのかなーとか色々考えてた時期にあの事件でしょ? もうね、本当に限界かな、って……」
「……そっか」
「でも宗君が……」
「俺?」
言葉を区切る真澄を見やれば、視線をアスファルトに落として居るようだった。数瞬の間を開けると俺を見上げて来た。
「友達になってくれてから……」
「……」
俺は何も言えず、ただただその瞳を見つめ返す。
「あたし……」
再び言葉の途切れた真澄。目と目は合ったまま、時間だけが過ぎていく。
気付けば真澄の歩みは自然と止まっていた。俺も自ずと立ち止まる。
ま、真澄さんは何を言いたいのだろうか……?
色々と想像してはそれをかき消していく俺は少しパニックだ。
真澄の顔が徐々に顔を赤くなっている事に気付く。
何!? 何だよ!? そんな反応されると、こっちも恥ずかしいんだが!?
知らず知らずのうちに、心臓がバクバクと煩くなっていた。
真澄は口を開いて、何かを言いかけて、閉じて。また開けて……と数回繰り返した。
俺はその様子を見ながら、真澄の言葉を待つ。真澄の反応にむしろ俺は落ち着いてきた気もする。
口をパクパクとしていた真澄だったが結局。
「……わー!!! 恥ずいっ! なんだよコレ宗君! 何を言おうとしてるんだよー!」
真澄は首をブンブンと振り、そう叫ぶのだった。
「……いや、俺が聞きたいんだけど。……いたっ、痛いっての! なんで殴るんだよ!?」
恥ずかしさが頂点に達したのか、真澄は俺をポカポカと殴ってくる。さっきの斉藤さんのパンチより強力だった。地味に痛いわ。
「う、うるさいうるさい!」
「理不尽な!?」
俺を罵る真澄はおもむろに駆け出すと、俺の数メートル前に出た。そして、クルリと振り返ると。
「でも、ありがとう。友達になってくれて! これは本心!」
そう微笑むのだった。
「……」
俺はおもむろに頭を掻く。真っ直ぐ向けられた感謝にどうも気恥ずかしくなったのだ。
「……あー、なんだ。礼を言われる様な事じゃねぇよ。気にすんな。……友達だろ?」
「……ぷっ、ふふっ! そうだね!」
「ははっ、そうだよ」
それから俺達は他愛もない話をしながら、菅野家のマンションまでの道程を消化したのだった。
真澄ちゃんは女の子の友達等とお喋りするときは女性言葉を使うのですが、沢良木君と喋る時だけは無意識に言い回しが子供っぽくなっちゃうのです。