第131話 お説教?
所変わって、斉恵亭店舗側ホール。
「せっかくだから、皆夕飯食べていってね!」
そんなアイシャさんの言葉に甘え、俺、真澄、高畠さんは斉藤家の夕食にお邪魔することになった。
俺は一人暮らしであり、むしろ有難い話なので喜んで頷いた。アイシャさんは理由を知ってか知らずでか、微笑ましそうに笑っていた。
真澄、高畠さんは初めての斉藤家、と言う事で少し緊張していた様だったが……。
「ま、愛奈ちゃんが、女の子の、友達を……ぐすっ! ぜ、絶対もてなさなきゃねっ!!! さ、座って!」
と珍しく取り乱し、感動からか涙したアイシャさんに、強制的に座らせられていた。
筋肉ダルマは言わずもがな。
「うおぉぉおんっ!!! 愛奈ちゃんが、愛奈ちゃんが友達をぉぉぉおん!!!」
多分、まだ外で小躍りを披露していると思う。
「……」
肝心の天使は顔から湯気を出して、最早顔を上げる様子は無い。
微笑ましい姿をお兄さんはニヤニヤしながら見てしまう。
俺は斉藤さんと真澄に挟まれる様に席に座り、高畠さんは真澄の隣だ。
ホール席に皆で座って待っていた。
俺は引き続き、お隣の天使を観察している。
「わ、笑わないでよぉ!!!」
俺の視線に気付いた天使にポカポカと胸を叩かれるが、余計ニヤニヤしても仕方ないじゃんね?
「さて、君たちに聞きたい事、言いたい事があります。何か分かりますか?」
ふざける時間は終わりだ、と俺は椅子を少し引くと、姿勢を正し三人を見据えた。
三人も直ぐに気付いたのだろう。姿勢を正した。
斉藤さんの両親は夕飯の準備で席を外している。人数も増えたので、俊夫さんも準備に参戦だ。
丁度良いので、俺からのお説教は済ませてしまおう。
友達として、この中の年長者として。
俺が張り切っちゃった所は棚に上げとく。
「……はい」
「……分かってます」
「……私も同じく」
反省した様子の三人を見て頷く。
「ふむ、それなら宜しい。これは友達としての説教な。友達で説教っていうのもあれだが。言わせてもらうよ。まあ、事が事なだけに親も絡むだろうから俺はさらっとな」
そこで俺はひとつ息を吐くと続けた。
「……今回の事は、正直言って血の気が引きました。マジで」
「ぅ……」
「うん……」
「面目ない」
「話を聞いてから見つけるまでの間、大切な友達に何かあったらと思うと、いてもたっても居られなかった」
本当に、マジで。生きた心地しなかったわ。
俺は腕を組むと何度か頷く。
「今日は運良く……本当に運良く、大事に至らない内に見つけられたから良かったものの、何か一つでも違えば結果は分からなかった。そんな可能性を考えるだけで俺は怖い」
あの時俺は、廃工場の外から中を覗きながら走っていた。本当に運が良かったとしか言い様は無いが、走っている最中一つのドアがガチャガチャと鳴ったのだ。窓を覗けば二人の姿が見えた。居ても立ってもいられなかった俺は、二人が扉から離れたのを確認するや否やそのドアを蹴破ったのだ。
俺が斉藤さんと真澄の二人を見つけられた時、どれだけ安心したことか。
それだけこの二人が俺の心のウエイトを占めているのか、と言う話だ。
「聞きたいのはさ、何故俺に相談してくれなかったのか、と言う所だな。何より、女の子だけで今日みたいな危ない真似はダメだろ。……まあ、俺がなんでも解決出来るかと言われれば自信はないし、頼りなく見えているのかも知れないしな」
自分で言っていて少しへこむが。
斉藤さんと真澄は慌てた様に首を振る。
「さ、沢良木君を頼りなく思った事なんて一ミリも無いよっ!!!」
「そうだよ! 宗君が頼りなかったら世の中の男は皆頼りないよ!!!」
「い、いや、それは言い過ぎだろ……」
食い気味に捲し立てる二人に、説教している筈の俺が気圧される。
ごほん。
「とにかく、何か申し開きはあるか?」
「う、その……あたしの判断が甘かったと言うのが、一番かなぁ」
「か、菅野さんは悪く無いよ。わ、わたしが、その、沢良木君に言わない様に、してほしいって……」
な、なんだと? そこまで、俺は斉藤さんに信用されていなかったと言うのか……!?
「……あー、多分、沢良木君が想像してるのは違うぞ?」
「む?」
焦る内心を悟られまいと、平静を装う俺の心中を読んだかのような高畠さんの言葉。斉藤さんは俺の様子に気付かないまま続けた。
「ぁ、ぁの……その、ね? ……沢良木君に知られるのが、恥ずかしかった、の……。心配をかけたく無かった、て言うのもあるけど……」
「え?」
間抜けな声が出た。
斉藤さんは顔を赤くして俯く。
「こ、今回の事は、わたしが招いた事だから、わたしがいじめられて来た事の、行き着いた先だから。不甲斐ないわたしを、これ以上見られたく無かったの。その……友達として」
小さくなりながら語る斉藤さんに、二の句を繋げられない。
「だから、わたしの……ぷ、プライド? みたいなモノかな。だから、だからっ、沢良木君が、頼りないとか、そう言うことは絶対ないのっ」
膝の上で、ぎゅっと手を握る斉藤さん。俯いたまま、顔を上げない。
「……ごめんなさい」
斉藤さんは俯いたまま、小さく口にした。
その姿に真澄も口を開いた。
「あ、あたしだって同じだよ! 斉藤さんの気持ちは分かるから、賛同して、簡単に考えて、それで……おおごとになった。深く考えなかったあたしのせいだよ……ごめんなさい」
「私だって……。三人で話している時、こんな事になるなんて、少しも考えなかった。それに二人が大変な時、私はパニックになって。もう少し賢く立ち回れていたら、二人に怖い思いもさせずに済んだかも知れない……申し訳ない」
真澄、高畠さんと続き頭を下げた。
その姿に俺は引き続き口を閉ざすしかない。
ううむ。
これでは、まるで俺が悪者じゃないか。
「……」
この空気に耐えられなかった俺は、がしがしと頭を掻いた。それからゆっくりと長い息を吐く。
「まあ、なんだ……。俺は謝って欲しかった訳じゃ無くてだな……。斉藤さんの気持ちを否定するつもりも無いし、真澄の友達を思う気持ちも尊重したい。高畠さんだって、あの状況で慌てる事を誰も責められないさ。つまり……だから……うーん……」
上手く言葉が続かない。
三人は顔を上げると、唸る俺を不思議そうに見ていた。
……斉藤さんの言を借りる、では無いが。俺のちっぽけなプライドが邪魔をする、ってか?
……ええいっ、ままよっ。
「……つまり! お前達の為なら、俺はどんな問題であろうと、一緒にいて、手を貸してやる! 力になる! だから……頼ってくれよな。いや、頼って欲しい! ……以上! 説教終わり!」
「「「……」」」
ポカンとした表情で俺を見つめる三対の瞳。
俺は気恥ずかしくなり、視線を逸らすと再び頭を掻いた。
「……デレた」
うるせぇよポンコツ!
「「……えへへへ」」
俺の耳に嬉しそうにはにかむ二人の声がステレオで届く。
「さ、沢良木君、私にはダーリンがいるから……ゴメン」
「別に口説いてねぇよ! 訳わからん事言うなよ! 藤島と乳くりあってろ!」
ポンコツはよく分からん事をほざいていた。
「あと、今の説教か?」
「うるせぇよ! はぁ……まあ、今度からは気を付けろよ?」
「「「はーい!」」」
俺のお説教? は終わりましたとさ。
「あ、宗君ひとつ言わなきゃいけないの」
「ん?」
「ね? 斉藤さん。高畠さん」
「うんっ」
「ああ、そうだな」
頷き合う三人に俺は首を捻る。
「なんだよ?」
「「「助けてくれてありがとう!」」」
「……」
再三にわたり俺は閉口してしまった。
これも再三。頭を掻く。
「……どういたしまして」
「えへへー」
「ふふっ、何かお礼しないとねー?」
「またデレたな……」
うるさいポンコツ!
「斉藤さん、ご馳走さまでしたー! 美味しかったよー!」
「さすが定食屋だね! ひじょーに美味かった!」
「えへへ、ありがとう」
斉恵亭の店先で俺たちは別れの挨拶を交わしていた。
お説教の後は、皆で斉藤家の夕飯に舌鼓を打った。
いつも以上に気合いの入りに入りまくった豪華な料理の数々に、斉藤さんは若干引き気味だった。
なんでも、翌日の店の食材にまで手を出したとかで、斉藤さんはプンプンお怒りモードでもあった。ハイテンションな両親の前には形無しではあったが。
自己紹介なんかを交えながら、学校での話などで盛り上がり。所々、俊夫さんとアイシャさんが再び感涙にむせぶ場面があったりして、その度天使は真っ赤になっていた。
真澄と高畠さんも親子のやり取りに微笑ましい目を向けていた。
斉藤さんは母親譲りの綺麗な金髪だとか、真澄がアイドルとしてテレビに出ていた話を斉藤さんの両親に聞かせるだとか。話題は尽きなかったが、時間も大分過ぎたので今日のところはお開きとなった。
真澄が以前までテレビで見ていた芸能人だと知った二人だったが、それで態度が変わる筈もなく、むしろ娘の友達としてとしか捉えていない所には、真澄も苦笑いしながらも嬉しさを隠せて居なかった。
「斉藤さん、ご馳走さま。今日も美味しかったよ。二人の気合いは凄かったけど」
俺は豪華な夕飯を思い出し笑みを浮かべる。量にも気合いが入り、女性には到底食べきれる量では無かった。当然俺と俊夫さんは限界まで頂いた。
「あう……ゴメンね?」
「いや、美味い上に食費まで浮いて万々歳さ」
「ふふっ、それなら良かった」
腹がくちくなった苦しさは天使の笑みで癒された。
──キ、キィーー──
そこに聞こえて来たのは自転車のブレーキ音。
「おーす。迎えに来たぞ……ってなんだよ唯、その顔は?」
「あ、いや、なんでダーリンが居るのかと……」
「あん? そこの残念イケメンに聞いてないのか?」
「沢良木君?」
誰が残念イケメンだオイ。
自転車に乗って颯爽と現れたのは高畠さんのダーリンこと、藤島君である。名前? 忘れてないよ? うん。健太君。
「おう、お迎えご苦労、自転車ボーイ。……俺がさっき高畠さんの迎えを頼んだんだよ。暗い中一人で帰らせる訳にはいかないしな。家も知らんから真澄を送るのにどっち方向か判断つかんかった。ならダーリン呼んじまえってな」
「そう言うことか」
「……しっかし、これ何の集まりだ?」
「んー? んーむ、お姫様救出大作戦とか?」
「なんじゃそれ」
「まあまあ、色々あったのさ!」
「ふーん?」
「あ、さてはダーリン除け者で寂しかったんだな!? むふふっ、それならそうとー」
「無駄口叩くなら置いてくぞ? そんじゃ、皆また明日な」
「えっ、ちょ、本当に置いてくのか!? ちょっとダーリン! え、なんで立ち漕ぎ!? あっ、皆また明日! ねえ、待って! だありいぃぃぃいんっ!!!」
藤島をダッシュで追う高畠さんは瞬く間に小さくなり、見えなくなった。
最後まで元気なこった。
「……さて、それじゃ俺らも帰るか」
俺は隣に居る真澄に声をかける。
「あ、うん……え? ……宗君送ってくれるの?」
「ああ、そのつもりだったが?」
「そっか……。えへへ、ありがとー」
にへら、とふにゃふにゃした笑みを浮かべる真澄。
その可愛さに思わず撫でたくなる。いや、撫でていた。無意識に。
わしゃわしゃ。
「ひゃっ、わっ、わっ……わぅ……」
街灯で分かるぐらい、真澄は顔を赤くしていた。俺は満足して手を下ろす。
「あ、わりぃ。髪ぐちゃぐちゃになっちまったな」
「もうっ、全然悪びれてないー!」
「うぅ、ぃぃなぁ……」
呟く様な斉藤さんの声が耳に届いた。内容ははっきりとは聞こえなかったけれども。
「斉藤さん?」
その顔を見れば何だか気落ちしたような。
「ひゃっ!? あ、ううんっ! 違うのっ! その……そうっ、帰り道でもっとお喋り出来て良いなぁって! わたしも行きたいなーって! あ、あはは……」
「ああ、そう言う事。てか、家から離れて行っちゃダメだろ」
斉藤さんの言葉に笑ってしまう。
「う、うん……そうだよね。……そうだよね……はぅ」
余計しょんぼりしてしまった斉藤さん。
まあ、友達と楽しい一時が過ぎ去るのは、物悲しいよな。
わかるぞ、と俺は頷いた。
「はぁ……ホント鈍感だよね宗君は」
「ん? 真澄なんか言ったか?」
「なんでもありませーん! ああもうっ」
そう言うが早いか、斉藤さんの方に回り込んだ。
「……なんでライバルのあたしが……ぶつぶつ」
そして、顔を近付けるとヒソヒソと話し始めた。
……なんか怒ってる?
「……斉藤さん! このままじゃ不公平だから、斉藤さんも撫でてもらおう! これで送って貰っちゃったらあたしが得し過ぎるもん。フェアだよフェア!」
「ふ、ふぇえっ!? ふ、不公平って、そんな! だけど、撫でて貰う理由ないよぉ!」
「そんなのはこじつけでも何でも良いのよ! 上目遣いで撫でて欲しそうに! ほらっ!」
「わっ!」
話はまるで分からないが、斉藤さんが真澄に押され、俺の近くまで来たのは分かる。
「……そ、そのぉ」
「……」
うるうる、と瞳を揺らしながら上目遣いでこちらを見上げる天使ちゃん。
え? コレどうしろと?
か、可愛いな。と言うか、あざとい! でも可愛い!
普通の男なら直ぐにイチコロよ? もち俺も。お兄さんなんでも買っちゃるよ。
「ぅぐ……けしかけたは良いけど、見てるのはやっぱりツラいなぁ……我慢よ我慢!」
斉藤さんの後ろで真澄が何か呟いているが、耳には入らない。
コレ……どうしたらいいん?
「あ、あの、あのね……?」
そこはかとなく頭をこちらに向けているような?
……と、とりあえず撫でるか?
「よしよし……」
俺は恐る恐る手を伸ばし、天使の絹糸の様な金髪を撫でた。少し癖っ毛なのか、所々跳ね気味なのがまた可愛い。
「……!!!」
ぱぁっ、と表情を輝かせる天使。うん、可愛い。
……正解、か?
真澄を撫でたのが羨ましかったのだろうか。
だったら言ってくれれば……って、普通に考えたら恥ずかしくて言えないか?
くっ、お兄さんはそう言う所にまで気を配る必要があるわけだ。良いお兄さんの道は険しいぜ。
「やりきった様な表情の所悪いけど、考えてるのは違うと思うよ宗君」
やけにトゲのある視線と声色の真澄に釘をさされる。さっきから高畠さんにも同じ様な事言われてるな。
おかしいなぁ。
相変わらずさらっさらのプラチナブロンドは手触り最高だった。満足して手を下ろす。
「急にごめんね、つい撫でちゃったよ」
「あたしと対応に温度差を感じるんだけどー!? むー、むー!」
「……」
真澄は俺の反応が気に食わないとブー垂れていた。肝心の斉藤さんは、ぽやぽやした表情で揺れている。
「斉藤さーん? おーい?」
「ふ、ふぁいっ! なんでしょうか!」
ピンっ、と背筋を伸ばした斉藤さんは直立不動で声を張る。
「ははっ、なんで敬語なんだ?」
「い、いや、これは……なんとなく? あっ、それより、帰り際に引き留めちゃってごめんね?」
「いや、大丈夫だよ。でも、まだ話していたいのは山々だけど、これ以上遅くなるのもアレだから、そろそろ帰るよ。また、明日学校で」
「うんっ、また明日! 菅野さんも!」
「宗君ってば、もうっ……。ええ斉藤さん、また明日ね!」
互いに手を振り返すと、俺たちは家路につくのだった。
ご覧頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。