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第129話 願わくは

お待たせしました。よろしくお願いいたします。








「ここだよ!」


 身体中の痛みで朦朧とする意識の中、直ぐ隣で聞こえる声にそちらを向く。


 私を支えてくれている女の子。


 綺麗な金髪を風に靡かせる小柄な女の子。


 こんな最低でクズな私なんかに手を差し伸べてくれた女の子。


 斉藤さんだ。


「あ、でももう時間的に閉まってるんじゃないか?」


 斉藤さんの反対側で私を支えてくれている、 そちらへ視線を向ければもう一人のクラスメイト。高畠唯さんだ。学校ではあまり喋ったことも無かったが。


「知り合い、なんだっけ?」


「うん、そう!」


 斉藤さんが答えた相手。この子の名前は知らない。真偽は分からないけれど、本多の手下によれば元アイドルの"ますみん"だとか。言われて見ればそう見えるけれど、テレビと印象が大分違う。

 それに何より、なんで芸能人が居るの? と言ったところ。

 斉藤さんの、友達、みたい。


「渋谷先生って言うんだけど、ここ近所だから、小さい頃からお世話になってるおじいちゃんなの。とりあえず裏行こう!」


 斉藤さんの言葉に、小さな個人医院らしき建物の裏側へ回る。自宅と一緒になった様な建物だ。

 斉藤さんは迷う事無くインターホンを押した。


「松井さん、もう少しだからね。頑張ろ!」


「さいとう、さん……」


 私を心配していることが容易に分かる声に、私の視界は再び滲む。


 なんで、私なんかを。


 それが、頭の中でぐるぐると回り、尽きる事はない。


 私は、今回あなたを陥れようとした……。

 何より今まで、中学校で出会ってから今まで、私はあなたの事を虐げてきた。酷く、執拗に。


 それなのに、こんな、優しく……。


 これまでの私がしでかして来た事を思い返すと、尚更視界がぐしゃぐしゃになった。


「なんで、わたし……ごめん、なさぃ……ごめんなさいっ……」


「大丈夫だよ、大丈夫。ね、松井さん」


「ごめんなさい……」


 私にはそれしか言えなかった。






 私の有り様に凄く驚いた様子ではあったが、斉藤さんの知り合いだと言う渋谷先生は、遅い時間にも関わらず私を診てくれた。

 検査の結果、酷い打撲と擦り傷等が主で、幸いな事に痕も残らないだろう、との事だった。勿論しばらくの安静は必要だったけれど。

 養生するようにと、必要な薬等を貰い検査を終えた。


 一人で帰るつもりでいたが、迎えを頼むようにと言われてしまった。断ろうものならこの三人が、無理にでも着いて行く、とあからさまな表情をしていたので、おとなしく父親を呼ぶ事にした。


 仕事も終え家に居たらしい父は、直ぐ様病院へと来てくれた。


「美里っ!」


「お、お父さん……」


 駆けつけてくれた父に、事が事だけに気まずく、私は視線を逸らしてしまった。

 しかし、父はそんな私の様子を気にとめる事も無く駆け寄ると。


「大丈夫か!? あぁ、こんなに顔を腫らして……。一体なんで……」


 私は抱き締められた。酷く心配そうな顔で私を見つめると、顔の痣を見て更に表情を歪めた。


 初めてだった。

 父がこんなにも感情を表に出す姿を見るのは。


 寡黙で、仕事一辺倒。そんなイメージがついて回る父。私を大事にしてくれているのは何となく知っていたけれど、分かりやすく現す事は無かった。


 それがどうだろう。

 心の底から私を心配して、取り乱して、想ってくれている。


 ……ああ、もう、ダメだ。


「お父さん、ごめんっ、ごめんね……っく、ううっ、うあぁぁあんっ……」


「み、美里?」


 狼狽える父を他所に、緩んだ涙腺は止められなかった。


 皆の居る前ではあったが、父親に慰められながら、しばらくその胸で泣いたのだった。






「皆さん、本当に申し訳なかった」


「申し訳ありませんでした」


 私の前では父が斉藤さん達に頭を下げていた。私も合わせて頭を下げる。


 夜の帳もおおよそ降りた時間帯。互いの顔もはっきりしなくなってきた。

 医院を出た私達親子と、斉藤さん達で向かい合っていた。


「いえっ、だ、大丈夫ですよ! 頭を上げて下さい! 松井さんも!」


 斉藤さんは焦った様に、首を何度も振る。


 今回の事の顛末を私が父に話し、斉藤さん達、主に斉藤さんへの謝罪をしたのだ。


「いいや、そう言う訳にはいきません。今回の件の非は完全にこちらにあります。後日改めて謝罪に伺いたいのです」


「そ、そんな、謝罪なんて! 大丈夫ですから! 結果的には何もありませんでしたから!」


「それは、結果はそうかもしれませんが。しかし、娘がしでかした事実は消えません。その償いは当然しなくてはなりません。何とか、謝罪を受けては頂けないでしょうか」


 私と同い年の少女に頭を下げ続ける父を見て、そうさせている自身の情けなさを痛感する。それと事の重大さも。

 だから、私も頭を上げる事は出来ない。


「で、でも……」


 しかし、このような事を経験したことは無いであろう斉藤さんは恐縮するばかり。私も当然無い。


「斉藤さん」


 縮こまる斉藤さんへ声をかけたのは、彼女の友人である菅野さん。斉藤さんの会話でこの子の名字は分かった。


 菅野さんは斉藤さんへ何か耳打ちをする。

 小さな声ではあったが、責任、けじめ等の単語が聞いて取れた。


「……う、ん」


 斉藤さんは菅野さんの言葉にぎこちないながらも頷いていた。


「ま、松井さんのお父さん、顔を上げて下さい。松井さんも。そ、その……謝罪はお受けします。あと、事を荒げる様な事はしませんので、ご安心ください」


「重ね重ね、ありがとうございます」


 菅野さんの助言のお陰なのだろう。斉藤さんが慣れない言い回しで言葉を繋いでいた。


 その言葉に父と私は再び頭を下げたのだった。








 お互いの連絡先を共有しあい、改めて連絡する話で締めくくった。


 私と父は家に向け、歩を進める。


「松井さん!」


 歩く私の背にかかったのは彼女の呼ぶ声。


 私は振り向く。


「学校で、待ってるから……!」


 何故? まさか学校で仕返しを……などと言った卑屈な考えは一切捨てる。

 ここまで来れば私だって分かる。


 彼女が嫌味や意趣返しでそんな言葉を口にする筈がないことを。

 その底抜けの純粋な優しさで、善意で相手を包もうとすることを。


「……」


 私はもう一度、彼女に向かって頭を下げた。


 願わくば、私の罪は消えずとも、彼女の言葉の通り学校で。


 今度はまっすぐに、話せたなら、と。




 胸が少し、軽くなった気がした。



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