第13話 ふぁーすとこんたくと
それまでの私には考えられなかった。
ずっと苦しくて、悲しくて、抜け出せない日々。
新たな一歩を踏み出す勇気が持てないわたし。
だけど楽しい毎日が、すぐそこにあった。
わたしを待っていてくれた。
それが堪らなく嬉しくて。
一歩踏み出した先。
それはとてもキラキラと輝いていた。
そんな高校生活。
夢にまでみた高校生活。
それは、とかくありふれた一学期の半ばから始まった。
通学路。
わたしの住む町は都心に程近い県にある。
取り立てて発展しているわけでも廃れているわけでもない、昔ながらの商店街が残ってたり潰れたり。
片や新幹線が通る駅を有する。
それなりに人口は多かったり。
住んでいる身としては何となく中途半端に思えてくる、けれども別に居心地に悪くない町だった。
……自分でも纏まりない紹介だと思うけれど、勘弁してほしいな。
……誰にだろう。
「はあ…」
思わずため息が出ちゃう憂鬱な通学路。
逆に憂鬱じゃない通学路があったかと問われれば首を傾げざるをえないけれど。
憂鬱たる理由は追々分かるだろうし。とにかく憂鬱なのです。
「……」
帽子を深く被り直し、尚俯く。長い前髪で視界がさらに悪くなる。
この季節にはさすがにニット帽は暑くて被れない。
お母さんに買ってもらったお気に入りのマリンキャップは浅くてあまり隠せないけれど仕方ないよね。
この帽子を囲むベルトのバックルが可愛くてとても気に入っている。
ヒソヒソ……
「はぁ……」
他人の潜めた声がわたしの耳に届いてしまった。
決してわたしを噂しているわけではないかもせれないけれどね。聞こえてしまえば関係ない。わたしの思考はどんどん深みに嵌まっていく。
なおのこと、気分が落ち込んで行くのが分かる。
そんなときだ。
ドンッ
「っあ……!?」
ぶつかってしまった。
俯き、気付かない内に早足になったわたしは前を歩く人の背中にぶつかってしまった。
恐る恐る相手を見た。男子らしい。
背が高い……怖い……。
顔を見る頃には少し見上げるようだった。180は有るだろうか。
でも髪の毛とメガネで表情が見えづらいな。
っそんなことより!謝らないと!
「ご、ごめんなさいっ」
わたしは思い切り頭を下げた。
ふさぁっ。
「あっ」
そんなに下げたらそりゃ脱げるって。
初夏の少し眩しくなった日射しが照らす。
わたしの金髪を。
「君は……」
「あっ、ぁ、す、すいませんでしたっ」
あわてて帽子を拾うと、相手の言葉を遮りわたしは逃げ出す。
が、足元が縺れ転んでしまう。
「きゃっ!?」
……痛い。
膝を擦りむいてしまったみたいだ。
……っ!?
ぱ、パンツっ!見えてないよね!?
嫌だよぉ……!
慌てて身なりを直した。
「大丈夫?」
そうこうしていると先ほどわたしがぶつかってしまった男子生徒が手を差し出してくれた。
優しい人だな……。
わたしは差し出された手を掴み立ち上がる。
「ぁ、だ、大丈夫、です。……っ!」
自分の顔が苦痛に歪むのがわかる。
先ほど擦りむいたキズが痛んだ。
膝を見やると血が滲んでいた。
「あーぁ。……ちょっと待ってね」
彼はそう言うと、わたしの前に跪いた。
慣れたような手つきで上着のポケットからハンカチを取り出した。
「……ぇ!?」
驚きに固まってしまう。
この人は何をしようとしているのか。
ど、どどど、どうしようっ!?
え!えぇっ!?
こ、こんなときはどうしたら良いの!?
わたしはパニックに陥りワタワタしてしまう。
その間も男子生徒はカバンから出した未開封のミネラルウォーターでハンカチを湿らしていく。
「ちょっと痛いけど我慢だよ?」
その問いかけに正気を戻したのも一瞬。
次の瞬間には膝に鋭い痛みが走った。
「っ!」
痛い……。
しかし、痛いのも一時であった。
次第に意識は優しく膝を拭いてくれている彼に向いていく。
な、なんですかこの状況!?
恥ずかしいよっ!?
ハンカチが膝に宛がわれる度に身動ぎしてしまう。
ひたすらわたしが羞恥に耐えていると、ハンカチの動きが止まった。
「よし」
そう言って男子生徒は立ち上がる。
不意に男子生徒と目が合う。
死ぬほど恥ずかしいよぉ……。
死にたい。
今のわたしは真っ赤だろう。
もう何も考えられない。
呆然とわたしが立ち尽くしていると、男子生徒は素知らぬ顔で話かけてきた。
「血と汚れは取れたから、保健室で消毒してもらうんだよ。ちゃんとしないと跡残るからね」
こんなわたしに気を使ってくれるなんて、優しい人もいるんだな。
な、何か言わないと。
「ぁ、あ、ぁの、そ、その……」
上手く言葉が出てこない。
お礼が言いたいのに……。
一呼吸すると、必死に声を絞り出す。
「す、すみません、ありがとうございましたっ」
それだけ言って踵を返すと学校に向けて走りだした。
脇目も触れず一心不乱に足を動かした。
ちゃんとお礼も言えなくて、悪いことしたな……。
こんな自分が嫌になる。
今日も今日とて変わらない憂鬱な通学路だった。
先ほどの男子生徒に言われた通り、保健室で消毒と絆創膏を貼って貰った。
重い足を引き摺り、自分の教室へとたどり着く。
「……」
小さく、本当に小さく息を吐くと、教室のドアを開けた。
がらがら。
さっきわたしは憂鬱な通学路、と表現したけれども、教室に来たってそれは変わらない。
憂鬱な教室。
こうやって名称が変わるだけだった。
わたしを見慣れている彼らは特段わたしを気にを止める訳ではない。
奇異の目の先。それは、無視だ。
わたしは彼らに面白がられる存在でも無くなっていたようだった。
授業まで時間を潰そうか。
そんなに好きでもない読書をしながら。
そう思考を巡らせわたしは席に着いた。
どうでしょうか?
愛奈ちゃん視点でした。
沢良木君より少ないですが、少し続ききます。
お付き合いください。