第126話 後悔のカタチ
本日5話め。
何してんだろ私。
ここ最近、幾度と無く自問した想い。答えは未だに出ていない。
走り去る斉藤愛奈とその友人を、私はぼんやりと見つめていた。
「追えっ!」
本多の声に取り巻きの何人かが二人を追って駆け出した。
そのまま走り去った方を見つめていると、肩に強い衝撃が走り、私は硬いコンクリートの地面突き飛ばされた。
私が抑えた男、ケンジだったか、に私は突き飛ばされたようだった。
「いった……」
膝と手を擦りむき、思わず呻く。そこを見れば血が滲んでいた。
「てめぇ、一体どういうつもりだ?」
私を見下ろすケンジは恫喝するような声を私にかける。そして、私の腕を掴むと引き摺る様に無理矢理立たせられた。
引き摺られる腕が悲鳴を上げるが、私は変な意地を張り口をきつく引き結んだ。
「……」
「おい、聞いてんのかオラァ!?」
返事をしない私に苛ついたのか、その手が伸び髪を鷲掴みのされた。
「……っく」
大柄の男は髪で私を持ち上げるかの様に、思い切り掴み上げた。さすがの痛みに表情が歪む。
「……止めろ」
ここまで無言だった本多がケンジに制止を呼び掛けた。
舌打ちを一つ漏らしたケンジは、本多の言うとおりに手を離し、私は痛みから解放された。
無様にも私は地面に座り込む。
本多は私に近付きながら口を開く。
「……美里、自分が何したか分かってんのか?」
「……」
私は答えない。
いや、そもそも自分自身だって理解出来ていないのだ。それを答えられる筈もない。
「は、美里マジワケわかんない」
「マジ空気読めてないよねー。でも、普段からそんな感じ?」
「最悪……クソだわー」
「白けるわー。あ、カスミの意見に一票」
サエ、カスミ、コトノ、ミクの四人が口々に不平を漏らす。その視線は私を心底侮蔑するモノだった。
「……」
止まらない四人の言葉と視線はグサリ、グサリと胸にき刺さっていった。
夏休みから今まで、短い間ではあったが友達だったのだ。毎日行動を共にし、1日の大半を彼女らと過ごした。楽しかったあの時間は何だったのだろうか。
そんな友達と思っていた子達からの言葉の剣は、思いの外痛いモノだった。
初めての経験だった。
痛い。苦しい。
「……っ」
ああ。
私は気付く。
ああ。そうか。
私は斉藤愛奈に、いつもコレを強いていたのか。
学校で、授業中に、休み時間に、放課後に。
事ある毎に、私は斉藤愛奈にちょっかいを出してきた。
気分次第だった。
暇だから、少しイラついたから、むしゃくしゃしたから、気に食わないから。
そんな下らない理不尽を突きつけて今までやって来た。
斉藤愛奈と私は友達では無かったにせよ、言葉の暴力は確実にその心に届いていたであろう。その心を疲弊させていたであろう。
彼女は、涙を流していた。
私は。
私は……。
「うるせぇっ!! テメェらは黙ってろ! くそアマ共!!!」
「ひっ」
「あっ、ごめんなさい……」
「ぁ、う、すいません」
四人は本多の恫喝に怯み、その口をつぐんだ。
「俺が今話してんだよ。……それで美里。言い訳はあるか?」
「……無いわね」
「そうか」
パァンっ。
次の瞬間、頬に衝撃が走った。
「っ!?」
衝撃によろめきながら、私は手を出した本多を見上げる。
じんじんと痛む頬を手で押さえる。
「確かにお前を俺のモノにしたい気持ちはある。だがな、こんなコケにされたとあっちゃ、落とし前つけねぇとダメなんだわ」
凄んでいるのだろう。
私を睨み付ける本多だったが、しかし、その瞳には嗜虐的な色が見てとれた。
それに気付くと、この凄んだ表情も厭らしくニヤケ顔を隠す仮面にしか見えなくなった。
「クソ……」
そうだったわ、と小さな悪態が口をついて出た。
コイツはあのゲス共のリーダーなのだ。
例に漏れず、本多もその通りなのだろう。
負けじと私は本多を睨み返してやる。
すると、私の反抗的な態度が面白いのか、本多は凄む事すら止めて次第にニヤついていった。
「あ? 何ガンつけてんだ……よっ!」
「ぁぐっ……!」
本多は容赦無く、私の腹を蹴り上げた。いや、もしかしたら加減はされているのかも知れないが、あまりの痛みにどうでもよくなる。
私は無様にも地面に這いつくばる。痛みに身体を起こすことも儘ならなかった。
「きゃっ……っ!?」
しかし、休む間も無く、蹲る私の頭を硬い何かが地面に押し付けた。
「おいおい、何休んでんだ?」
頭上からかかる声に、それは本多の靴裏かと思い至る。
「や、やめ……っ」
「おら、どうした? もっと力入れねぇと、いつまでも踏まれっぱなしだぞー?」
グリグリと頭に力を込められ、蹴られた腹の痛みも相まって私は呻くしか出来ない。
頭上からは卑下た笑いが聞こえていた。
「な、なあ、竜司さん? い、良いんですかい? 松井はお気に入りなんじゃ……」
本多の取り巻き、ケンジがいつまでも私を痛めつける本多に疑問を投げ掛けた。
「あ? 良いに決まってんだろうが。俺のお気に入りなんだぞ? だからこうやって可愛がってんだろうが……よっ!」
「がっ、はっ……っ!?」
頭を踏みつけていた足は退けられ、次の瞬間には私の脇腹を直撃していた。
「げほっ、ごほ、ごほっ……!」
脇腹を蹴り上げられた私は咳き込みながら地面へと倒れ込む。
「へ、へへっ。おらぁっ! おらぁっ!」
「ぎゃっ、やっ、がはっ……やっ、やめっ……ぐっ……」
本多は笑いながら何度も私の身体を蹴り上げる。激痛に次ぐ激痛は、いとも容易く私の心を折りに来る。
腹、足、背、頬。
暴力の雨は止むことを知らない。
「や、やめて、もぅ……ぐっ、う、うぅ……ひっく……」
身体中の激痛と、こんな状況に身を置く自身の不甲斐なさから、涙が溢れ出す。
それがまた情けなかった。
すがる様に視線を上げた私の視線が捉えたのは、先程まで友人と思っていた子達。
私は一縷の望みに手を伸ばす。
「さえ。ことの……かすみ、みく……た、助けて……」
「……」
「か、すみ……?」
彼女らの中でも一番近くに居たカスミは、表情をしかめると数歩後退った。
その表情は、まるで路傍のごみでも見るような。あからさまに関わりたく無いと、そう物語っていた。
「え……」
他の三人も同様の表情を並べていた。
微かでも希望を抱いた、すがった私は再び突き落とされる。
「はははっ、お前ついにダチにも見放されたか! 傑作だ!」
「……っ」
打ちひしがれた私は、上げていた視線を静かに地面へと下ろした。身体の力を抜き、地面に横たわる。
「ふひひっ、てめぇらに一つお礼しねぇといけねえな? なんたって美里の心にトドメを刺してくれたみてぇだからなぁ!」
「い、いえ。どうも……」
もう、どうでも良くなっていた。
なんだか疲れた。
家庭も。学校も。交遊関係も。なにもかも。どうでも。
「これから存分に可愛がってやるからな? 美里、楽しもうぜ?」
まあ。
まあ、でも。
斉藤愛奈を逃がした事には、後悔はないかな。
うん、不思議とね。
最後に、少しでも良い事、出来たかしら。
ああ、元はと言えば私が悪いのか。
良い事、なんて自分勝手で都合の良い言い訳よね……。
あ……なんか思い出したな。
あれは中学校で、初めて斉藤さんに出会ったときの事を。
私は、愛奈ちゃん、に声をかけたんだ。
それで……。
「松井さんっ!!!」
「……………………え?」




