第125話 天使のこころ
本日4話め。
ここまで来ると、さすがのチンピラ共にも実力差が嫌でも分かってきたのだろう。
俺が立ち上がり視線を向ければ、四肢は震えその瞳には憤りが消え去り恐怖が色濃く映っていた。
一人はダメージも相まってふらふらだ。
「さて、残りはお前らだけだぞ?」
「っ……お、俺は関係ねぇ! 竜司さんに言われて仕方なく!!!」
「お、おお俺だってそうだぞ! 竜司さんの言われなきゃ、こんな化け物みたいなヤツとやり合おうなんてっ!」
「あ? 誰が化け物だって?」
「ひ、ひいぃっ!? ご、ごめんなさいぃ!」
「お、お願いします! 命だけは!!!」
俺が睨むと男達は一瞬で土下座になった。掌返しで、実に都合の良い連中である。
俺は一つ大きく息を吐くと、腕を組んで二人を見下ろす。
「……」
「「すいませんでしたー!!!」」
俺は戦意も無くなったヤツをいたぶり楽しむ様な趣味は無いし、落ちぶれてもいない。
……本心で言えばこれまでの罪で絶殺なのだが。
この男達が二度とコチラに関与しない、と確約さえしてくれればそれで良い。と言うのが落としどころだろうか。
約束が破られれば、お察し。
何より、これ以上やれば後ろの二人に悪影響だろうし。これが一番。
「謝る相手が違うだろうが」
「は、はいっ。お、お二人共、怖い思いをさせてしまってすいませんでした!」
「に、二度とこんなことしません!」
男達は向きを少女らに合わせると再び土下座した。
少女二人は戸惑いを露にしながら顔を見合わせていた。
俺は地面に額を擦り付ける男達の前にしゃがみ込む。
「今お前が言った通り、二度とこんな事はせず、俺らの前に姿を現さないと誓えるなら見逃してやる。……二人も良いかな?」
「う、うん。怖かったけど……沢良木君が助けてくれたから……!」
「あたしも。宗君が助けてくれたもんね! ねー!」
視線を再び後ろへ向ければ、何やら少女達は向かい合って頷いている。その表情に憂いが見えない事に安堵する。
「だそうだ。良かったな彼女達が優しくて。……ただ、まあ……仕返しを企んだり、約束を破るような事があれば…………分かるよな?」
満面の笑みを浮かべ、男達に語りかけた。
「「っ!!!」」
俺の言葉に、壊れた人形の様に男達はコクコクと高速で頷くだけだった。その表情には必死さが滲み出ていた。
俺は徐に立ち上がる。
「ここはこれで終わりだな。……さて、お前らには何点か聞いておかないといけないんだが。教えてくれるか?」
「も、もちろんですっ! 旦那! はい!」
「な、なんでも聞いてくだせぇ!」
本当に従順になったな。実に潔い。
真似はしたくないけど。
「ふむ、まずはこの騒動の主犯者は誰だ?」
分かりきった事ではあったが、念のため聞き出す。それに先程聞き慣れない名前も聞こえて来たことから、事態を把握するためにも詳しく聞いて損はないだろう。
「し、主犯と言ったら、その子達と同じ御崎校の松井美里、だよな?」
「あ、ああ。間違いねぇと思う」
「そうか」
まあ、ここは想像通りか。
「それじゃ、さっき口走った、竜司ってヤツは何者?」
「り、竜司さんは俺らのグループのリーダーだよ」
「竜司さんが松井美里の依頼で今日の事を起こしたんっす。あの人、松井美里に惚れてっから……」
ふむ。
松井に惚れている竜司ってヤツが口車に乗せられて今回の騒動を起こした?
「なるほどね。それで、肝心のそいつらは? 口振りからすると、ここには居ないんだろ?」
「それは……」
「な、何て言えば良いのか……。松井美里が、裏切った?」
「は?」
「松井美里が裏切って、その子達が逃げて、俺らはそれを追いかけたんすよ」
どゆこと?
一気に話が読めなくなったぞ。
「宗君、あたし達もよく分かって無いんだけど、その人の言ってる事は本当だよ」
「うん、松井さんが助けてくれたの」
男達の言い分に同意する二人。読めない状況に、俺は堪らず額に手を当て二人に確認する。
「……ちょい待ち。二人共、松井に嵌められたんだよね? なのに松井に助けられたの?」
「う、うん。そうなの……なんでだろう?」
「いや、俺が一番分かってないんだけど」
首を捻る一同。
そんな中……。
「ああっ!!!」
「ど、どうしたの斉藤さん?」
「き、急にびっくりするじゃない。何かあったの?」
突然大声を出す斉藤さんに驚く一同。
「ご、ごめんなさい。でも……でもっ!」
大声を出した本人を見ると、何故か酷く焦った様な表情だ。立ち上がると、パタパタと右往左往しだす。
ただ事では無い雰囲気に、俺は気持ちを切り替える。
斉藤さんの両肩に手を置くと、軽くしゃがみ目線を合わせた。
「落ち着いて斉藤さん。ね? 何か気付いたの?」
「う、うん。あのね、ま、まだ松井さんが、さっきの場所に残ったままなの! ど、どうしよう沢良木君!」
「た、確かに、あたし達を逃がして、はい解散、とはならないわよね……」
「……」
斉藤さんの言葉に俺は思わず閉口していた。
それは、斉藤さんの言葉が純粋に松井を心配しての言葉だったからだ。
今までも散々虐げられ続け、挙げ句の果てには一歩間違えば取り返しのつかない事態になっていた今回の件。
なのに。
なのにどうしてこの子は、そんな相手を心配出来るのか。
こんなにも許せるのか。
こんなにも心優しくあれるのか。
「ま、松井さんが! い、行かなきゃ!」
「はいストーップ!」
「わうっ!?」
今にも飛び出しそうな斉藤さんを、肩に置いた手で取り押さえる。
俺は再び斉藤さんの目を覗き込む。しっかりと。
「さ、ささ、沢良木、君……?」
「ふふっ。……そうだな。うん。それでこそ斉藤さんだ」
「あぅ?」
相も変わらず良い子過ぎる斉藤さんに、俺は思わず吹き出す。
独白する俺の言葉が聞き取れなかったのか、斉藤さんは何故か赤くなった顔で首を傾げる。
「……良いなぁ」
何やら後ろで呟く元アイドルはスルーだ。
「斉藤さんが一人で行ったら、また捕まっちゃうだろ?」
「わう、それはそうだけど……」
「だから俺も行くよ」
「で、でも、沢良木君に迷惑がかかっちゃう……」
「……あのね、俺は二人を助けに来たんだよ。その助けたい友達がまた危ない所に行こうとしてるなら、なんとか止めないと。けど、俺の友達は優しくてさ。自分を苛めてた人まで助けたいみたいなんだよね」
「あう、ごめんなさい……」
「ううん。謝る必要なんて無いさ。俺は斉藤さんのそんな優しい所が好きだよ」
「すっ、すすす……す!?」
「ええぇっ!?」
何やら少女二人のリアクションが凄い事になっているが。
「ん、俺何か変な事言ったか?」
別に他意は無い。
好ましい所を挙げて何か問題があるだろうか。
「あうあうあうあう……」
「す、すきって……宗君が、すきって……」
二人が何処かトリップしてしまった。
好きって言ったって、ライクだろうに。
年頃のお嬢さんにはあまり好ましくなかっただろうか。
「おい?」
「ひゃいっ! な、なにかなっ!? なにかなっ!?」
「し、宗君宗君! あたしは! あたしは!?」
全然聞いてねーじゃねーか、おい。
「まあ、だから、そんな訳で、斉藤さんが行くなら当然俺も手伝うさ」
「て、手伝い……? あ、ああっ、そうだよね! 沢良木君が手伝ってくれるなら百人力だよ! ほ、本当にありがとう!」
「お、おう?」
焦った様に捲し立てる斉藤さんに、俺は少し気圧される。
「するーされた……するー」
今一聞き取れないが、力無く呟く元アイドルはスルーだ。
と思ったけど、なんだか可哀想なので、撫でておく。
「真澄も頑張ったな。無事で良かった」
これは本心だ。本当に良かった。
「……!!!」
尻尾があったら振ってそうだな。
ともかく、そう言うことなら急いだ方が良いだろう。
「……あ、っと」
出口へと足を向けた二人を横目に、俺は振り返る。
タイミングを失ったのか、未だに土下座したままの男二人を見据える。
「お前ら」
「「っ、は、はいっ!」」
ビクッと盛大の肩を震わせると、頭を上げ俺へ視線を寄越した。
その表情には、へつらう様な笑みが浮かんでいるのがありありと分かった。
「……」
言わずもがな、先程の彼女らとのやり取りを聞いた上で、俺を甘いヤツとでも認識したんだろう。
けど。
「……約束は守れよ」
俺はしゃがみ込むと一人の頭を鷲掴みにし、耳元で囁いた。
飛びっきりの恫喝的な声を。
俺はまだ怒っているのだ。
大切な友達の彼女らに恐怖を与えたコイツらを許せる訳がない。
彼女らの手前、この程度に収めたに過ぎない。温すぎる。本来ならば歩いて帰れない程には身体に教えてやらないと気が済まない。
そんな怒りを込めた声だ。
表情を一変して、真っ青に塗り替えた男は先程以上に必死に頷くのだった。
「沢良木君ー?」
「宗君、どうしたの?」
後ろから聞こえた声に、数瞬前の怒りをおくびにも出さず振り返る。
「ああ、今行くよ。この人達に伸びてる人もちゃんと連れてくように話してたんだ」
頷く彼女らから男二人に視線を戻す。
「そう言う事だ。約束は伸びてるヤツらにも周知徹底しろよ」
蒼白を通り越して土気色の表情をしてきた男二人を背に、俺は二人の元へ向かった。




