第124話 作業着の王子様
本日3話め。
「斉藤さん、真澄」
「え、くっ……な、何かな……?」
「ひっく……宗君?」
俺は背後に座り込む二人に声をかける。
「話は高畠さんから聞いたよ。……後で説教な?」
「ふぇ……? せ、説教? う、うんっ」
「え?……うん」
口ごもる二人に一つ笑みを向ける。
しかし、見た限り二人は無事なようだった。それだけは本当に良かった。二人共何やら不幸を呼び込む体質でもあるんじゃ無かろうか、と言うくらいトラブルに巻き込まれるからな。
口ごもりながらも、何故か微笑を浮かべる二人に続ける。
「可能なら、周りに気を付けながら逃げてくれ。後は任せろ」
「そ、そんな! 沢良木君を置いてなんてっ」
「そうだよ宗君! それにコイツらまだ倍の人数いるの! 外に出たら捕まるかも……」
うって変わって焦った声を出す二人の言葉に内心舌打ちをする。
コイツらだけじゃないのか。確かに高畠さんは十人ぐらいと言っていたが。
しかし、どっちにしろこの場をどうにかしないとな。
「……そうか。なら、少し離れててくれ。危なく無いように」
「で、でも……」
「宗君……」
「二人は俺が守る」
少しでも安心出来る様に、いつもの笑顔を意識し二人に向ける。
「「……うんっ」」
安堵を感じさせる返事に俺も頷いた。
痺れを切らしたのか、会話に割り込むチンピラ共。
「何をこそこそと喋ってやがる!?」
「舐めてんじゃねーぞ!!」
「く、くそおっ、マジいってぇ。……ふざけた真似しやがってよぉ! せっかくもう少しでヤれる所だったのによぉ」
「そうだ、野郎一人で何が出来るってんだ。とっとと片付けて、可愛こちゃんで楽しもうぜ!?」
「へへ、そうだったぜ……」
「元アイドルとヤれるなんてついてるなあ!」
ドアと仲良くケンカして気絶していた男も、腹と頭を押さえながらも復帰した。結構頑丈なようだった。
卑しい笑みを浮かべる男達。
そのベトついた視線は後ろの少女二人に向けられ、それを受けた二人は息を飲んでいた。
その男どもの様子に、俺は更に感情を募らせる。
「あー、二人にお願いがあるんだ」
俺は男達から視線を逸らさずに、後ろの二人に声をかける。
「「お願い?」」
「ああ。……少しの間、こっちを見ないで欲しいんだ。穏便に済ますのはちょっと難しそうだから、さ。二人には、出来れば、見て欲しくない」
今にもキレそうな自分を必死に抑えつける。ふつふつと沸き上がる怒りから声が震えていた。
「何より、俺が我慢出来そうに無い……」
「さ、沢良木君?」
「……が、我慢?」
二人の疑問を背に受けながら、男達に向かい俺は歩き出す。
「お? 一人でやるってか?」
「ぎゃははっ、この人数に? 無謀だろぉ!」
「女の前でカッコ付けてんじゃねぇの? ぶははっ」
「直ぐにノックアウトだ……よっ!」
近づく俺に、一人の男が拳を振りかぶった。
「宗君っ!!!」
「いやぁっ!!!」
ドンッ。
「……ぐほぁっ!?」
「「「は?」」」
「「……え?」」
数瞬空を舞い、コンクリート床に背を叩き付けられた男の呻き声に続くのは、間抜けた男達と、呆然とする少女達の声。
地面に叩き付けられた男は痛みにもがき、しばらくは立てそうに無い。
「ごはっ!?」
俺は追い討ちをかけるように、倒れる男の鳩尾を踵で踏みつけた。酷い痛みからか男はあっさり意識を手放したようだった。
そして、残りの男達を威圧するように睨み付け、これみよがしに拳を鳴らす。
「俺の大切な友達に、手出そうとしたこと……死ぬほど後悔させてやろうじゃないか」
以前、ショッピングモールで斉藤さんが絡まれた際は、国家権力に助けを求めた。
確かにそれも有効かも知れない。
しかし、だ。この連中は明確に斉藤愛奈と言う少女をターゲットにしていたのだ。ここで手を打たなければ、禍根を残す事になりかねない。
……それに、何より許せる訳が無い。
彼女達は俺にとって大切でかけがえの無い友達だ。
そんな彼女達を、こんな目に合わせた連中をむざむざと帰す程、俺はお人好しじゃ無い。
二度と関わりを持ちたくなくなる程に、思い知らせてやろうじゃない。
たっぷりと。
「こ、ここ、この野郎っ!!!」
「ふざけやがって!!!」
「調子乗りやがって!!!」
「ぶっ潰してやらぁっ!!!」
男達は思い思いに罵詈雑言を吐くと、一人二人と俺に襲い掛かって来た。
「……ふっ!」
「ごっ……がはっ……!?」
俺は先頭の一人の拳を捌くと、その男の勢いを殺さずに鳩尾に肘を打ち込む。自身の勢いも乗った肘打ちに、堪らず男はくの字に身体を曲げて悶絶する。
たたらを踏む男を俺は回し蹴りで吹き飛ばす。地面でのびる男に引き続き、これで二人がダウンした。
ここまでで数秒の出来事だ。
吹き飛ばした先には他の男達がいて、二人を巻き込み倒れこんだ。
被害を免れた残りの一人は、飛び退くと恐怖と怒りを混ぜた視線を俺に寄越している。
「す、すごい……」
「宗君って、こんなに強かったんだ……」
耳に届く呟きに、俺は背中越しに口を開く。
「見ないで欲しいって、言っただろ。……こんな乱暴な所を見せて、二人に嫌われたくないんだよ」
俺は背を向けたまま、正直な気持ちを二人に露呈する。
しかし、これだけは譲れない。例え二人に嫌われようとコイツらを許さない。
それが、俺の単なる自己満足だったとしても。
ぶちのめしてやる。
けれど、二人は首を振る。
「ううんっ、沢良木君を嫌う訳無いよっ!」
「そうだよ! あたし達の為じゃない!」
「いつもの優しい沢良木君を知ってるもの! ずっと近くで見てきたもの! そんな沢良木君を怖がったり、嫌いになったりなんて絶対に無いよっ!」
「ましてや、あたし達を助けに来てくれた王子様だよっ? それを嫌うなんて、そんな恩知らずじゃないわよ!」
「お、王子様ってお前な……」
真澄の物言いに、思わず首を向けてしまった。
「そ、そうだよっ! 沢良木君は王子さま……って、ええっ!?」
「なによ? 斉藤さんは違うって言うの? あたし達のピンチに颯爽と現れた宗君だよ?」
「そっ、それは、その、わ、わたしもさっき……その……ごにょごにょ……」
気付けば俺ら空気は大分砕けた物になっていた。目の前で倒れている連中とは雲泥の差である。
「白馬も無けりゃ、服は作業着の王子様だけどな」
「それはそれでレアだからオッケー! 宗君似合ってるぅ! 仕事してる男って感じでちょっとときめく!」
おどけた口調でウィンクする真澄。
本人も怖いだろうに、それを見せず気丈に振る舞う真澄に斉藤さんも気を持ち直している。
真澄に感謝だな。
なら、俺も便乗させて貰うか。
俺は大仰しく、二人の方へ振り向く。
「では……。見目麗しい姫様方」
出来るだけ仰々しく、芝居がかった所作で二人のお姫様に騎士の礼っぽいモノでもって応える。
「この沢良木宗、貴女様方に降りかかる苦難から万難を排し守り通す事を誓いましょう」
なんてな。
「お、お姫様っ!? えっ、え?」
「あうっ。ぅ……え、ええ! 頼みましたよ? 思いっきりやってしまいなさい宗君!」
たじたじの斉藤さんと、辛うじてノって来た真澄に俺は笑みを返す。
「こ、ここ、この野郎、ふざけやがって……っ」
「ぶ、ぶっ殺してやるっ、くそっ」
「こ、ここまで虚仮にされたのは初めてだ……!」
「ぜってぇ生きて帰さねぇぞっ!?」
後ろでは俺に吹き飛ばされた男達が立ち上がり、いきり立っていた。
俺の肘打ちを喰らっていた男は、ふらふらになりながらもなんとか立っていた。足はプルプルしていたが意外に根性ある。
「ふむ」
確かに、このチンピラ共からすれば、とてつもなく馬鹿にされていると感じるだろうなあ。
しかし、お姫様達からお墨付きを頂いたのだ。二人に嫌われると言う死活問題を回避した俺には、こんなチンピラ共は何の驚異でも無い。
まあ、それでも女の子が見てる以上、やり方は程々が良いかもしれないが。
「う、うおぉぁあらぁ!!!」
まだ無傷の内の一人が殴りかかってきた。喧嘩慣れすらしていないのか、あまりにもお粗末なパンチだった。
当然大した脅威でも無く、パンチを適当に避けると、カウンター気味に頬に一発入れる。
「ひぐっ、お、ぁ、くっ……」
あまり強すぎず、痛みを丁度良くに感じる度合いに。
強過ぎると身体か意識が吹っ飛んじゃうからね。
頬を押さえ、痛みにふらつく男に俺は再度近づく為に踏み込んだ。
「ひっ」
俺は恐怖に染まった表情を両手で隠そうとする男に肉薄すると、男の腕の隙間から狙い通り顎を右手で打ち抜いた。
言葉を発する事無く崩れ落ちる男を横目に、残りの男達に視線を向けた。
「おいっ、寄越せっ!」
「お、おう! ほらよっ」
一人の男が喚いたと思ったら、そいつが受け取ったのは長さ20センチも無い鈍色の棒状の物体。
何かと見ていると、そいつはもたつきながらもソレを展開した。
「な、ナイフ!?」
「そんなっ……」
男の持つナイフを見て、後ろの二人が息を飲むのが分かった。
「バタフライナイフねぇ」
「へへっ、そうだ、ナイフだぞぉ? コイツでてめえをズタズタに引き裂いてやらぁ! はっ、ビビったか! 命乞いも今ならまだギリギリ間に合うぜ?」
「ん、いいよそんなの。まあ、ご託は良いから早く来てくれ。とっとと終わらそう」
「んなぁっ、この、野郎っ! 死んで後悔しやがれぇ!!!」
ナイフを持つ男はようやく俺に向かって走り出した。
「きゃあっ!」
「宗君避けてっ!」
二人の悲鳴を背で受けつつも、俺は冷静に男を観察する。
これまた見るからに素人の動きだ。走る身体の芯はぶれ、ナイフの構えもまるでなっていない。コレがわざとだと言うのならとんでもない曲者だが。今までの言動を鑑みるに……。
警戒するにも値しない。結局そんな評価が胸中を満たした。
「おらぁっ!!!」
男の渾身の振り下ろしと思われるナイフの軌道。
突きでも無く、隙だらけの振り下ろしだった。
「……はっ、と」
「ぁがふっ……!?」
俺は男のナイフを持つ手を、寸での所を狙い通り右手で打ち払い、がら空きになった正面、顎先を逆の手の掌底で打ち抜いた。
やっぱり顎が一番だね。手っ取り早いし、何よりまだ女の子に見せられるレベル。
ぐちゃぐちゃに殴り倒したらドン引きを良いところだろうさ。俺は殴りたい気分だけれども。
ま、スマートが一番さね。
男は膝が笑い抵抗する事もなく床に崩れ落ちた。
男の手から離れたバタフライナイフを拾い、男の元にしゃがみ込む。
「このナイフはこう使うんだよ」
俺は意識が朦朧としている男の目前で、バタフライアクションでナイフを展開させる。そして、逆手に持ったソレをそのまま男目掛けて振り下ろした。
「ひわっ……っ!?」
ナイフを突き刺したのは、男の顔スレスレの位置。コンクリートが割れ、地面が剥き出しになっている部分へ突き刺した。男は顔面間近に突き刺さったナイフに、堪えきれず白目を剥いて意識を手放した。
男の股間は無様にも染みが大きく広がっていた。
あ、やべえ。やり過ぎた?
さっきあれだけ気を付けないと、なんて考えてた矢先にコレだよ。
恐る恐る俺は、二人の少女に視線を向ける。
動揺を隠しつつ、何でもない様に語りかける。
「真澄は一度見てるから分かるだろ? こんな素人如きのナイフなんざ、何て事無いぐらい」
「そ、それはそうだけどぉ! 心配なのは心配だもん! 宗君のバカ!」
「さ、沢良木君が、ケガしちゃうかと、思ったよぉ……」
二人揃って半べそでいらっしゃる。
俺の行動よりも、俺の身を案じてくれていたようだ。
こっちとしては、別段危険なつもりは更々無いのだが、端から見ている彼女らからすれば、そうでは無いのだろう。
それだけ俺を心配してくれている、と言う事がありありと分かる。
申し訳なくも思う反面、不謹慎にも嬉しくもある。
「心配してくれてありがとうな。俺は大丈夫だから。もう直ぐ終わるよ」
残るのも後二人だけだ。
立ち上がり、残りのチンピラに視線を戻すと俺は笑みを浮かべた。




