第118話 返して下さいよぉ!
居残っていた俺は下校しようと、昇降口まで降りていた。
帰り際桜子ちゃんに捕まると、教育用資材の片付けを手伝わされてしまった。
お願い沢良木君? と可愛く小首を傾げられたら断れないじゃんね。ちくしょうあざとい。
桜子ちゃんも他の先生から頼まれたそうな。下っぱの新任だから雑用も多いんかね? まあ、本人はニコニコしてご機嫌だったから良いんかな。
内緒だぞっ? なんて言いながら、片付けが終わった時缶コーヒーを奢ってくれた。ご馳走さまです。
無邪気な感じの笑顔を浮かべる桜子ちゃんは、年上と言うより後輩みたいな感じで可愛かった。桜子ちゃんも結構ちみっこいからね。所々お姉さんぶるのも微笑ましい。言ったら叱られそうだけどさ。
とりとめ無く雑談を少し交わしてると時間も割りと過ぎていたので、お開きとなった。
「ん?」
まだ距離はあったが、ウチのクラスの下駄箱の前に一人の女子生徒が居るのに気付いた。
背中に流す長い髪はずいぶんと明るい髪色。金髪に近いぐらいの色合いだ。
女子生徒は一つの下駄箱を見つめているようだ。
はて、あんなクラスメイトが居ただろうか、と俺は首を捻る。
まあ、あの髪だけで該当無し、なのだけれども。当然全校生徒を把握している訳じゃ無いが、学校でも見かけたこともない。
そんな事より、明るい髪と言えば斉藤さん。
いや、斉藤さんのは明るいも明るいサラッサラのプラチナ金髪天使ヘアである。斉藤さんの金髪マジ天使。
ん、いや、金髪が天使な訳では無いのでオカシイか。斉藤さん本人が天使な訳で。金髪と美少女斉藤さんの相乗効果でマジ天使。うん、それだ。
え、あ、いや、待てよ? 例えばどうだろうか。
……斉藤さんがもし黒髪だったとしたら?
それは最早黒髪の天使と呼べるのでは無かろうか!?
うわ、絶対可愛いじゃんか。
ヤバい、俺は天才か。いやっ違うっ。髪色が変わろうと天使具合の揺るがない斉藤さんクオリティに気付かない俺はバカだ!
くそっ、こんなことではぱーへくつぷりちーエンジェル斉藤さんの友達なんて出来っこないよ!
明日からどんな顔で会えば良いんだよっ。
はい、閑話休題。
ふう。
まあ、綺麗なプラチナブロンドを俺が見間違える事なんてある筈がない為、結果してあの生徒は斉藤さんでは無い。
何よりあの女子生徒何より背が高い。
斉藤さんはもっとちみっこくて可愛い。
そもそもあんな脱色をしていたら、一発で指導室だろうに。
不良か?
この学校では中々見ないエキセントリックさですな。若いって良いね。
考えるも結局分からず、どうでも良いかと俺は思考を放棄した。
「お?」
どうでも良いと思ってはいたのだが、俺の視線の先で女子生徒が下駄箱に何か入れた様に見えた事で、再び興味が湧いた。
何度かキョロキョロと辺りを見回す女子生徒は、やがて俺と僅かに視線を合わせると、慌てた様に足早に去っていってしまった。
ラブレターでも入れたのかね?
いやあ、青春だね。
しかし、あの生徒どっかで見たことあるような?
俺は再び思考を放棄すると、自分の下駄箱へと向かった。
「……」
……おいおい。
下駄箱にたどり着いた俺は気付いてしまう。
さっきの女生徒の入れた靴箱ってここだよな?
"斉藤愛奈"
おいおいおいおい!
百合か!? 百合なのか!? そうなのか!?
いやいや、待て待て、早まるな俺。
手紙だからラブレターと言うのは些か短絡的過ぎるぞ俺。
本当に只の手紙である可能性も有るわけだし。
そうだ、アイツも誰か別の野郎に頼まれた口かもしれんぞ。
うん、それなら百合じゃないよな。うん。
「……そ、それこそラブレターじゃねぇかっ!!!」
そっちの方が大問題だった!!!
思わず声が出てしまう。
くそっ! 一体誰だ!? 誰なんだ!?
めっちゃ気になるぞ! おいっ!
しかし、人のモノを覗くのはモラル的にアウトだ!
ましてや、ここは斉藤さんの下駄箱!
天使を裏切る訳にはいかないじゃないかぁ!!!
どこの誰かは知らねぇが、俺の天使を傷付けたらただじゃおかねぇからなっ!?
あぁっ!?
俺は大いに心を乱されながら帰路に着いたのだった。
ーーーーーーーー
朝、いつもの通学路。校舎へと伸びる一本の坂道。
坂の登り口に着いたわたしの目が捉えたのは、一人の男の子でした。
その姿を捉えたと同時に、わたしの足は勝手に、前へ前へと駆け出します。
近くまで駆け寄ったわたしは、大好きな彼を見上げます。そして、挨拶を交わすのです。
「沢良木君! おはよう!」
宗君、今日もカッコいいなぁ!
遠くからでも、宗君が居ることに直ぐ気が付きました。例えどんな雑踏の中であろうと、わたしは宗君見つけられるでしょう! そんな自信がありますよ! はい!
これぞ、愛の力だねっ!
なんちゃって。
まあ、未だ一方通行なのは分かってますよ。はい。
「あ、おはよう、斉藤さん」
「うんっ……えへへー」
ニコリと挨拶を返してくれる宗君に、思わず胸が苦しくなっちゃいます。相も変わらず、わたしはその笑顔にノックアウト寸前です!
ホントひきょーですよね宗君!
だらしないと自分でも分かる笑みを浮かべながら、わたしは歩きだす宗君に並びます。
ちょっとばかりの勇気を出して、彼の直ぐ隣へ。
わたしの肩から宗君の腕までは、握りこぶしが二つくらい。
そんな、微妙な距離感。
今のわたしにはこれが精一杯。
デートの時は手まで繋いだのにね?
それでも、こんな距離感が心地好かったりするのです。
二人並んで上り坂を歩きます。
「ん、なんか良いことあったの斉藤さん?」
ニコニコしているわたしに気が付いた宗君が、そんなことを聞いてきます。
「あっ……うん、あったよ!」
素直に頷くのは少し恥ずかしかったけれど、上機嫌なわたしは笑顔で頷きます。だけど。
「へえ? どんな?」
朝から宗君と逢えた事です。
なんて言葉は、言える筈もなく。
「えへへっ、内緒ー!」
わたしはカバンを胸に抱き締め笑いながら、はぐらかすのです。
「えっ、なんだよそれ? き、気になるじゃないか!」
「ふふっ、じゃあ当ててみてー?」
「む、そ、そうだな……。り、料理が上手に出来たとか?」
「んーハズレー! あ、でも、お弁当はちゃんと出来てるからねっ」
「あはは、そこは疑わないよ。まあ、斉藤さんは十分過ぎるくらい上手いか。じゃあなんだろう……斉藤さんがご機嫌な理由か……ま、まさかな……いや、でも……」
「ぷっ、ふふふっ」
うーん、と真面目に唸る宗君に思わず吹き出してしまいます。
「え、何で笑うの?」
「えへへ、ありがとー」
こんな何気無い、けれどかけがえの無い宗君との一時に。
「な、なんでお礼言われたの俺?」
「それは内緒ー! ほら、沢良木君置いて行っちゃうよっ!」
「ま、またっ!? 教えてくれよ斉藤さーん!」
今日は良い日になりそうです!
と、思ったのも束の間でした。
「ん……?」
開けた下駄箱。上靴の上には折り畳まれた一枚の紙切れ。
漫画等では、何かときめくイベントだったりするのかも知れないけれど。
何故か、直感的にそうは思えなくて。
震えそうになる手で紙切れを取ります。
"今日の放課後、体育館裏に来い"
「あ……」
広げた紙切れには、一筆。それだけ。
ついに、来たようです。
わたしは思わず、その紙切れを握りしめてしまいます。
思う事はただ一つ。
し、幸せな気持ち返して下さいよぉ!!!
天使の心宗知らず( ´∀`)
遅筆で申し訳ないです( ´-`)
次回もよろしくお願いします。




