第117話 本当にしたいこと
大変長らくお待たせしております。
投稿再開します。
良かったら読んでください。
「コイツよ」
私はプリントした斉藤愛奈の写真を本多竜司に手渡した。通学中の姿を隠し撮りした物だ。
今居るこの場所は廃商店街の一角。既に住人も居らず所有権が放棄された店舗の中。いや、所有者は居るのかも知れないが、見たこともない。
本多のグループはこの場所をアジトに選び、我が物顔で占領していた。
斉藤愛奈と公園でひと悶着あった翌日。
このアジトに、私はいつもの三人と訪れていた。
「……ふーん、コイツねぇ」
「そーそー、美里に生意気言うんだよー」
「一発シメとかないね」
店舗だった頃に応接用に使われていたモノだろうか、傷んだ革張りのソファーにふんぞり返り煙草をふかす本多が、手に取った写真と私の顔を見比べ頷いた。
本多はオールバックにセットした短い黒髪の目付きが悪い男だ。夏休みに会った時もそうだったが、白地の派手なスウェットを着ている。
写真から視線を外すと咥えていた煙草を離し、煙を吐いた。
煙草の煙が苦手な私は、思わず顔をしかめてしまう。表情を取り繕うと私は話を続けた。
「前にも言った通り、コイツを虐めてやって欲しいのよ。手段は問わないし、好きにしていいわ」
私の言葉に十数人居る取り巻き達が浮わつくのが分かる。ターゲットが女だとは伝わっている。容姿はまだ分からないだろうが、それが女である事が大事なのだろう。
下衆だな。
そう考えるも、それは自分もかと自嘲めいた笑いが漏れた。
「場所は前にも話した通り、ウチの学校の体育館裏よ。裏の植え込みにフェンスの切れ目があるから、そこから入れるわ。実行は準備が出来次第私達の誰かが連絡する」
「私が本多さんの携帯に連絡しまーす!」
後ろで、他のメンバーと喋っていたサエが手を上げていた。
「話は分かった。……それと、美里。この件を引き受けるんだ、あの話考えてくれよ?」
本多は今一度頷くと、声を潜め前のめりに話しかけてきた。
あの話、と言うのは言わずもがな。
本多が私に要求する事は一つしかない。私が本多のモノになる、と言う話だ。
前々からアプローチはされていたが、はっきりとした答えを出していなかった。今回、本多はそれを条件に持ち出した。報酬は私自身、と言うわけだ。
しかし正直な話、本多と付き合うなどと言う話は乗り気で無い。別に好みと言うわけでも無いし、本多本人に惹かれるモノも何一つとして無い。
強引な手段には移らない本多を良いことに、適当にあしらい断れば良いと考えていた。
だから私は適当に返した。
「ええ、考えておくわ」
「へへっ、やってやろうじゃねぇか!」
掌に拳をぶつけ意気込む本多を、私はどこか冷めた目で見ていた。
惚れた女からの頼みとは言え、女をいたぶる事に張り切る男に、惚れる女が居ると思っているのだろうか。
私の中で本多は、物事を考える頭も無いと言う人間評価が付くことで、尚更付き合う気は無くなったのだった。
まあ、私が原因なんだけどね。嫌気が差す。自分にもコイツにも。
「お前ら、これがターゲットの写真だ」
本多は後ろに屯するメンバーに写真をピンっ、と弾き投げ渡した。一番近くに居た男がそれを受け取る。
「ひゅー! 可愛い顔してんじゃねぇか!」
写真を見て開口一番、厭らしい笑みと共にそんな言葉を吐いた。
誘われる様に他の男達も写真を覗いていく。すると揃いも揃って下卑た笑みを浮かべていく。その時を想像でもしているのだろう。
「おおラッキー! ヤル気も出るってもんだ!」
「金髪良いねぇ! そそるぜ!」
「最初にヤルのは誰か、勝負しようぜ!」
「俺に決まってんだろ!」
「俺だよ!」
「でもチビじゃねぇか?」
「それでも良いだろうが」
「ロリコンか?」
「うっせえっ!」
私はその様子につい眉をひそめてしまう。自分が元凶とは言え、女としては聞いていてどうしても不快だった。これは嵌める相手が斉藤愛奈でも変わらないだろう。
これだから男は嫌だ。
「……本多さん。それで、やった後はどうするんで?」
「あ? あー、そうだな……」
写真を見ていた一人の男が疑問を本多に投げ掛けた。
私も今言われてから、後の事を何も考えていない事に気付いた。
私はただ、私に楯突いた斉藤愛奈を陥れ、奴の嘆く姿を見れればそれで満足だった。だからその先までは考えていない。
「まあ、普通にそこらに捨てても良いんだろうけど」
「ここがバレてもめんどくせぇよな」
「そうだよな、まず何処でヤるんだ?」
「やっぱ目立たない所だろ? 近くの廃工場か?」
「ああ、あるな」
メンバーはガヤガヤとああでもないこうでもないと、騒ぎ始めた。
「で、結局その後はどうするんだよ」
「あー、殺せば良いんじゃねえの?」
……は?
「は、マジか一発ヤるのに殺しかよー」
「俺殺ったことねぇよ?」
「俺だって。あー、でもそれが後腐れ無いだろ」
「まー、だよな。この廃墟の裏道にしたって人も通らない薄暗い場所だし、似たような場所ならそうそう見つかんないもんな」
「それが良く思えてきたな!」
「……だそうだが、どうする美里?」
私はその話を呆然と聞いていた。
まるで理解が追い付かなかった。
コイツらは一体何を言っているのか。
殺し?
誰を?
斉藤愛奈を?
いや、私はそこまで言って……!?
「……っ」
分かりたく無かった。
だけど、そこでようやく思い至る。
自分がとんでも無い連中に、不用意な依頼をしたことに。
「あっ、いや……そ、そこまでは……」
「何言ってる美里。お前の気に食わないヤツなんだろ? 思い知らせてやろうぜ?」
本多はやる気に満ちているのか、爛々と狂気じみた目を細め、その後ろでは斉藤愛奈の写真を見たメンバーが未だに盛り上がっていた。
私は茫然自失とその様子を見ていた。
どうしよう。
ここまで話を広げてしまえばもう後には引けない。
本多のメンバーは盛り上がり、隣には三人も居る。怖じ気づくなど、みっともない姿を晒すわけにはいかない。
私は常に上に立つ人なんだから。
……だけど。
「……私は」
何がしたかったのだろう。
行き詰まった思考に呟きが一つ漏れた。
「はぁ……」
無意識に出たため息は、未だ夏を色濃く残す空気に消えた。
残暑が続く今日この頃。9月にも関わらず、気温が30℃を越す日も珍しくない。
私から漏れたため息は、この暑さからか、はたまた別なのか。
私達は今日も街をぶらついていた。
「どうしたの美里?」
「……なんでも無いわよ」
私の様子にサエが首を傾げるが、私はそれを受け流す。
いや、理由は分かっている。
一つしか無いのだ。
……私が本多達へ安直で不用意な依頼をした日から、早くも一週間が経過していた。
「美里なんか最近変だよー?」
「ほんとほんとー、どうかした?」
「男絡みの悩みー? きゃははっ」
「そんなんじゃないわよ、まったく……」
三人の呑気な物言いに再びため息が出る。
いや、元はと言えば私のせいか。身から出た錆び。正にそれ。
「あ、そう言えば斉藤の件はどうなったのー? 昨日ケンジから催促来てたよー」
「っ……」
サエから出た質問に、思わず言葉が詰まる。ケンジと言うのは取り巻きの一人だった筈だ。
あれだけ啖呵を切ったのだ。よく考えると、むしろ昨日まで催促が来ていない事の方が驚きなのかもしれない。
「あー、もう一週間経ったしね。呼び出ししたの?」
何と言ったものか、うまく言葉が出ない。
正直に言うと、私はまだ何も行動を起こしていなかった。
だけど、皆に馬鹿正直にそんなこと言えやしない。
「あ……そ、そうなのよっ、明日あたりに呼び出そうと思ってね……?」
「おー、ついにやるんだー!」
「御崎校の体育館裏だよね?」
「そうそう! 美里、放課後の辺りとか?」
「え、ええ、そうなるわね」
「オッケー、本多さんに連絡しておくねー!」
「ええ、お願い……」
嬉々とする三人に気圧されながら、私は力無く頷いた。
私は何がしたかったんだろう。
自室のベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
日も落ち、カーテンを閉めた部屋は闇色に塗りつぶされていた。
照明を点けるでも無く、ただただ天井を見つめるだけの無為な時間を過ごす。
頭の中に浮かぶのは斉藤愛奈との揉め事。
公園で一学期ぶりに見かけた彼女の表情はとても溌剌としていて、昔から見ていた陰鬱とした陰りはいくばくも見受けられなかった。
その表情は魅力的で、斉藤愛奈が本来持つモノなのだろう。
そう自然と脳裏に浮かんだ。むしろ知っていた。私は昔から……。
そう、それが無性に。
気に食わなかった。
だから、呼び止めた。難癖をつけ、貶した。
しかし、斉藤愛奈はあろうことか、私に歯向かって来た。
初めてだった。長い間、散々可愛がってやっていたが、斉藤愛奈が私へ言い返して来たのはあの日が初めてだった。
私はその事に驚き、動揺し、頭が回らず、言葉が詰まった。
もちろん斉藤愛奈の態度も気に食わなかったが、何よりも、そんな自分がどうしても許せなかった。
そして、私は初めて人を殴った。
バクバクと煩く高鳴る胸に、その瞬間だけは、胸中を渦巻くモヤモヤは晴れたように思えた。
だけど、斉藤愛奈はそれでも一歩も退かなかった。
謂れの無い感情が、斉藤愛奈を殴った前の数倍の重さとなって心にのし掛かった様だった。
邪魔が入り、私は逃げる様に公園を後にした。それも腹立たしかった。
斉藤愛奈を前に胸に生まれた苛つきは、瞬く間にグツグツと煮えたぎる鬱憤へと成り代わった。これも、思えば些か冷静さを欠いていたのだろう。
そして、私は本多竜司への依頼を思い付いてしまった。
不用意で、軽はずみで、迂闊な依頼を。
今更取り返しのつかない事が、ぐるぐると絶え間無く、頭の中を回り続けていた。
斉藤愛奈は、なんで、そんなにも、私の心を、乱すのだろう……。
どれだけそうしていたのか、自室のドアをノックする音に気付いた。
いつの間にかうたた寝していたらしい。
「……はい」
「美里、ご飯出来てるからな」
「あ、うん。ありがとう、お父さん」
父はそれだけ私に伝えるとドアから離れたようだった。
寡黙な父。だけど、私を大切にしてくれている事はちゃんと分かっている。
たった一人の私の大切な家族。
だから、今の私がどんな親不孝な娘かも分かってはいる。
学校にも行かず、派手な格好し、遊び歩いて。つるむ面子だって誉められたモノでは無い。
それでも、だとしても。
鬱屈とした胸の中のわだかまりは、歪みは、私の心を掻き毟る。
しかし、それを家族に当て付ける事はしない。
するならば、かつて家族だった、今は何処に居るかも分からないあの女、か。
「……」
中途半端にうたた寝したからか、頭が重くすっきりしない。
私は一つ頭を振ると部屋を出た。
残念ながら再開一発目は松井さん回でした。




