第116話 モールへ行こう⑤
「それじゃ、宗君は斉藤さんを送ってくれるかな」
日も大分暮れ、そろそろ帰ろうかという話しになり、モールを出る俺たち。
その時、真澄がそんなことを言い出した。俺は疑問を口にする。
「お前はどうすんだよ? 真澄のマンションまでは車でも10分近くかかるだろ? 送るぞ?」
殆ど真っ直ぐとは言え、徒歩ではそれなりの距離がある。歩くのは大変だろう。
「わざわざ斉藤さんを連れて?」
「うーん、まぁ、そうだな……」
真澄に正論を返され、隣の斉藤さんを見る。ちょっと申し訳なさそうな、困った様に笑っていた。
「ふふ、ありがと宗君。心配してくれて」
「お、おう?」
心配、か。
そう言われると確かに真澄が言う通りなのかもしれない。
夏休みの一件。解決したとは言え、あんな事件があったのも事実だ。無意識に俺は真澄を心配していたのかも知れない。
「大丈夫、帰りはタクシーで家まで帰るから。バスは今出ちゃったみたいだしねー。次のバスまで待ってたら本当に真っ暗になっちゃうよ。二人に待ってもらうのは悪いし」
一緒に待つ、と言うセリフは真澄に先制を打たれてしまう。
「それはそうかもしれないが……。なら、せめてタクシー代ぐらい」
「大丈夫だって! 無駄に気使い過ぎだよ宗君! あたしの保護者か! それに、もしもの為にってタクシー代は親から預けられてるんだよ」
「なるほど。それなら納得だ」
確かに、タクシー代までは余計だったか。友人としてはいささかオーバーだ。保護者か。
「そゆこと。それにあたしの元職業はお忘れ?」
「アイドル?」
「何で疑問形なのか気になるけど……。まあ、元人気アイドルだった訳! だから収入だってそれなりだったんだよ? 使い道が特にないから減ることも無いしねー。いざとなったらタクシー代くらい痛くもありませーん」
「くっ、ブルジョアめ! 俺より絶対年収高かったじゃねえか!」
「ふふん、今度は奢ってあげてもよくってよ? もちろん斉藤さんもね! あ、丁度良いところにタクシーが来た」
そう言いタクシーを停める真澄。乗り込みながら真澄は手を振る。
「おう、また明日」
「菅野さん、今日はありがとう! 楽しかった!」
「ふふ、こちらこそ今日は楽しかったよ! またね!」
タクシーで走り去る真澄を見送り、タクシーが見えなくなった所で斉藤さんへと向き直った。
「……悪いことしちゃった、かな」
「え?」
ぼそりと斉藤さんが何か呟いたが俺は聞き取れなかった。それにその横顔は少し寂しそうで。
だけど、俺へと向き直った表情にはその残滓は感じられず、いつもの笑顔があった。
「帰ろっか!」
「あ、ああ……」
俺は何も言えず、歩き出す小さな背中を追った。
「大分暗くなってきたねー。最近は暗くなるのが早いよね」
「ああ、そうだな。まだ夏が抜けきらない感じだけど、後一月もすれば一気に秋らしくなるだろうな」
モールに併設される駅へ……正確に言えば駅に併設されるモールだが、その駅へと向かう途中斉藤さんがそんなことを口にした。帰宅時間だからか、駅前は雑踏に埋もれていた。
先ほどの様子が引っ掛かる俺は、少し違和感を感じながらも、余計な心配かと話を合わせた。
「暗くなっても、沢良木君が一緒なら安心だね?」
おおう。
何故か突然誉められた。
なんて嬉しい事言ってくれるのでしょうか、このエンジェルスマイル天使(重複)は。どうしてくれようか。頭をぐしゃぐしゃに撫でたくて堪らない。しないけど。
いや待てよ? 逆に考えると、これは遠回しに俺が人畜無害だと、もしくはわたしを襲わないでね、と言う牽制なのだろうか。だとしたらお兄さんちょっと寂しい。
まあ、斉藤さんに限ってそんなことを無いだろうけどさ! じゃなくても襲わないよ!
「ああ。斉藤さんは俺が守るよ」
大丈夫ですよ! 俺は安心ですよ! 不埒な真似は致しませんよ!
そんな気持ちを込めて立ち止まると、斉藤さんの瞳を見つめて、心底真面目に返してみた。
斉藤さんの黒みの強い碧眼は、夕陽に照らされてその碧みを明るく見せていて輝いている。
「………………………」
斉藤さんの綺麗な瞳に目を奪われていると、斉藤さんがフリーズしてた。気づいた俺は慌てて、しかし表面には出さず続ける。
「大丈夫、本当だ。何があっても君を守る。俺はずっと君の味方だ」
俺ってそんなに信用無いかね? だめ押し、念押し、釘を刺す。
斉藤さんの信用を失ったら俺は死んじゃうぞ☆
お願いだ! 俺を信じてくれよ斉藤さーん!
「…………きゅぅ」
「え!? さ、斉藤さん!!!」
斉藤さんが卒倒した。
俺なんか間違った……?
雑踏の中、俺は大いに慌てたのだった。
「斉藤さんと二人で電車乗るの初めてだよね?」
「……そうですね」
「俺は電車通学だから毎日乗るけど、斉藤さんは学校近いから電車はあんまり乗らない?」
「……そうですね」
「や、やっぱり帰宅時間だからか混んでるね?」
「……そうですね」
「……」
おおう。
斉藤さんが、そうですね、製造マシンになってしまわれた。その横顔を見ると少し赤い気がする。
やっぱりさっきのだよなぁ。
くそっ、俺はどこで間違えたんだ!
え、全部? 俺ならあり得るよ! こんちくしょう! 斉藤さんの眼キレイだったなぁっ!
駅前での一件をなんとかやり過ごした俺(主に)と斉藤さんは彼女の家のある地区へ向かう為、電車に揺られていた。
夕方の帰宅時間と言うこともあって中々の混みようだったが、乗車した際、丁度空いていた座席を見つけ二人並んで腰かける事が出来た。
斉藤さんとくっつきながら座れて役得である。ちょっぴりドキドキするのは内緒だ。
このまま会話にならないのも気まずいので、俺は謝罪する。
「……斉藤さん、さっきは変なこと言ってゴメンね。忘れて貰って構わないからさ」
「え?」
おや? そうですね、以外の言葉が返って来た。勢い良く振り向かれ少し驚く。
「ん、だから、俺が変なこと言ったから気分を損ねたのかなって」
「なんで!?」
こっちが聞きたい。
「んと、怒ってない?」
「ぜ、全然! むしろ……」
「むしろ?」
「……」
「……?」
斉藤さんが再びフリーズした。ちなみにお顔は真っ赤っかだった。この様子だったら嫌われてはいないかな。
「な、なんでもないよっ!!!」
「お、おう? なら良かったよ」
俺は紳士。絶対なんでもなくないよね? なんて無粋な事は言わないのさ。
おい誰だ! ヘタレって言ったヤツ!!!
「あぅ……あ、着いたよ沢良木君! 降りよう!」
「ああ」
あからさまに話題を転換させる斉藤さんだったが、俺は素直に従っておくことにした。
ヘタレじゃないぞ! こんちくしょう!
斉恵亭まで送って筋肉ダルマ(包丁装備)から逃げて家帰って風呂入って寝た。
―――――
うーーーーーにゃーーーーーー!
あーーーーーうーーーーーーー!
きゃーーーーーわーーーーーー!
只今わたしは一人、ベッドに顔を埋めて悶えていました。
枕を抱きしめ、あっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロ。足をバタバタ、頭をグリグリ。わたしは今、とっても忙しいです。
「……はふぅ」
うん、少し落ち着いてきました。
宗君に家まで送って貰い、自分の部屋に飛び込み今に至ります。何だかパパが表で騒いでいましたが気にしていられません。
「……ふぅ」
今一度、落ち着いて息を吐き出しました。
改めて思い出すのは今日のモールへ遊びに行ったこと。
今まで友達の居なかったわたしは、当然今日の様な出来事とは無縁でした。
友達と遊ぶ事はこんなにも楽しくて、思わず笑顔になってしまうものなんですね。
そんな事を今更の様に気付かされた、高校一年の秋です。
菅野さんと一緒に、と言うより女の子とあんな風にお買い物をする事自体初めてでしたが、楽しくて仕方ありませんでした。わたしとっても女子高生でした!
そして、何より宗君も一緒だった事。
「あぅぅ……」
思い出すだけで顔が熱くなっちゃいますよ。
菅野さんを見送り、宗君と二人きりになった時を思うと……。
あの時確かに意図して、宗君の事を頼りにしている、と言うか信頼している、と言うか宗君が一緒だと安心出来ると気持ちを込めた言葉を伝えたのはわたしだけれど。
わたしの言葉への宗君の返事は、あまりにインパクトがあったと言いますか、簡単に言えばわたしの心は射抜かれたと言いますか。本当にクラっと来ちゃいました。いえ、当の昔に心は宗君に射止められて、宗君にしか向くことは無いでしょうけど。何言ってんだろわたし。
とにかく宗君は反則です!
「ううう、いたた……」
思い出すだけで、凄くときめいてしまって、胸が苦しいくらいで、胸を押さえながらにやけてしまう自分が気持ち悪いです。
「全然落ち着いてないよぉ……」
――斉藤さんは俺が守るよ――
――何があっても君を守る。俺はずっと君の味方だ――
「はうっ……」
ベッドの上で再びゴロゴロゴロゴロ。
「ダメだ! 明日の朝までこのままの自信あるよっ」
わたしはエンドレスで繰り返されるであろうニヤニヤタイムを打ち切るべく、がばっと身体を起こしました。
「……お風呂入ろ」
わたしは緩む頬を引き締め、お風呂へ向かいました。
脱衣所で服を脱いでいると、不意にふわりと宗君の匂いがしたような気がして、わたしは脱衣所でキョロキョロとしてしまいます。
居るわけなどある筈もなく、宗君の事しか考えられない自分が恥ずかしくて顔が熱くなります。
と言うか宗君の匂いが分かるわたしって……。
「これじゃわたし、おバカみたいだよぉ……」
しゃがみ込んだわたしは、手に持ったブレザーを抱きしめ身悶えます。本当に恥ずかしいです。
でも、宗君いい匂いするんですもん。
好きな人だから、かなぁ。
「……?」
しかし、再び宗君の匂いが鼻に届きました。今度は割りとはっきりと。
「くんくん……。あっ、これだー!」
その匂いの源はなんと手に持ったブレザーでした。わたしは確かめる様に再び匂いを嗅ぎます。
自分の家の柔軟剤の香りに混ざり、宗君の匂いが感じられました。
モールへ向かう電車の中で抱きついたり、お店を見て回っているとき菅野さんに負けじと宗君くっついたり。それで匂いも移ったのかもしれませんね。
「……くんくん」
わたしは、無意識に抱きしめるブレザーに顔を埋め、匂いを嗅ぎ続けます。
……あぁ、宗君いい匂いです。
なんだか、宗君に抱きついているみたいで。
ずっとこのまま……。
「くんくん……ぁぁ……宗くん……はふぅ……………はっ!?」
わたしは、たっぷりと1分程匂いを堪能すると、ようやく自分の状態に気付きました。
「な、なな、何やってるのわたしっ!?」
脱衣所で床にへたり込み、好きな人の匂いのする服をずっと嗅いでいるなんて。
「へ、変態さんだよぉ!!!」
ブレザーを咄嗟に洗濯籠に放り込もうとして、でも出来なくて、結局キレイに畳んで置くのです。
「うん、まだ汚れて無いもんね。明日も着れるから部屋に持って行こう。うん。それが良いと思う」
わたしは残りの服をいそいそと脱いで、湯船に浸かるのでした。
「……宗くん独り暮らし、だったんだぁ」
わたしは湯船に浸かりながら、ファミレスで話題に上がった宗君の家の話を脳裏に浮かべていました。
「それにご両親も、居なくて……」
自分がいかに宗君を知らなかったのか、実感させられました。
教えてくれなかったから、は言い訳ですよね。
確かに、踏み込まれたくない一線と言うのは、誰しもが有るとは思います。そこに土足で踏み込んで、宗君に嫌われるなんて事は絶対にイヤです。
だけど、このまま変わらず尻込みして、踏み込むの怖がっていては、全然前には進めない。宗君との距離を縮められない方がもっともっとイヤです。
目を閉じて好きな彼を思い浮かべると、改めて宗君を想うのです。
「……もっと、宗君を知りたいよ」
翌朝、わたしは布団の中でしわくちゃになった制服と共に目を覚ました。
「……し、仕方ないよね、うん!」
予備を洗濯に出していたことをすっかり忘れていたわたしは、必死にアイロン掛けをする羽目になりました。
て、てへっ☆
愛奈帰宅後
「な、なんか愛奈ちゃん、部屋とか風呂場で騒いでたけどどうしたんだ?」
「うふふー、青春ねぇ」
「え、どこが!? 俺には分かんないぞアイちゃん!?」
「うふふー、愛奈ちゃん可愛いわぁ」
「アイちゃん教えてくれぇ! や、やっぱり宗か!? 宗なのか!? あの野郎、次会ったら只じゃおかねぇぞ!?」
「……ねえ、あなた、沢良木君に手出したら許さないわよ? うふふ」
「あ、はい、すいません」




