第109話 お昼の作戦会議! 前編
「作戦会議よ!」
「お、おー!」
なんだかノリノリの菅野さんのわたしも合わせて手を上げます。
ここは中庭。そのベンチにわたしと菅野さんは腰かけて弁当を広げていました。
あ。因みに、このベンチは例のベンチではありませんよ? あのベンチは今では、その……宗君との思い出と言いますか、とにかく特別なのです! 最初は一人他人の視線を避ける為に探した場所でしたが、今では特別な場所なのです。
なので、申し訳ないのですが菅野さんでも座らせたくありません。わたしのちょっとしたエゴですね。ごめんなさい。
今座っているベンチはあのベンチより幾分かは周りからも見える位置にある物です。いつもとは違うベンチの景色、ちょっぴり新鮮です。違う景色も案外悪くないのかな、なんてね?
「とりあえずご飯食べましょ」
「あ、最初に食べるんだ?」
「お腹が減ってたら良い案も出ないよ!」
「そ、そうだね」
勢い良く宣言したのにこの切り返しの速さ。元気に笑う菅野さんにわたしはつい戸惑ってしまいます。
菅野さんと話すようになったり、RINEを交換するようになったけれど、未だに彼女の人となりがはっきりしません。
……いえ、わたしの方が接し方を掴みかねている、と言うべきですね。言い訳は良くありませんね。
明るくて笑顔が素敵で凄く可愛くて、それでいてそれを鼻に掛けるかと言えばそうじゃない。アイドルの頃をテレビで見ていた印象とは大分違っていましたが、それでもとても気さくでクラスでもあっという間に溶け込んでいました。
以前のわだかまりが無くなったとはいえ、こんな素晴らしい人に、わたしはどこか、心のどこかで劣等感を抱いているのではないか、そんな風に感じるのです。
わたしには無いモノばかりを持っている菅野さん。
彼女と付き合えば、誰であろうと直ぐに気に入るのは嫌でも分かります。
そう、宗君だって……。
わたしは頭の中を巡る思考を首を振り霧散させます。
一体何度この胸の内の思いを繰り返し考えたでしょう。そして、それは一つの答えで方が付いてしまうのです。
負けない。たとえ菅野さんがライバルでも。
絶対に宗君を振り向かせて見せるんだから、と。
「うん、食べよ!」
わたしは菅野さんに頷くと弁当箱を開けました。
元より今日は二人でお弁当の予定だったので、お弁当の量は一人分です。お弁当箱も一人用なのです。
だと言うのに朝は無意識にいつもの調子で作ってしまい、一人分のお弁当箱に入りきらなかった時は思わず一人で恥ずかしくなっちゃいました。
宗君に食べて貰うのが、わたしの当たり前になっているんだな……なんちゃって。えへへ。
キッチンでしゃがみ込みニヤニヤと身悶えるわたしはさぞかし怪しかった事でしょう。
因みに、余っちゃった分はパパのお弁当を作ってみました。家に居るのだからお弁当ってのもおかしな話ですが、パパも喜んでくれたので良かったです。
でも、泣くほど喜ばれたのにはちょっぴり引きました。気持ち悪かったです。多分もう作らないです。
「おおっ、斉藤さんのお弁当今日も美味しそうだね!」
お弁当箱を開けるとそれを見ていた菅野さんがそんなことを言ってくれます。
お料理はわたしの数少ない得意な事です。誉めてもらえるのは素直に嬉しいですね。
「えへ、そうかな? 菅野さんのも美味しそうだよ?」
「ふふ、ありがと。さ、食べましょうか!」
「うん!」
「「いただきます!」」
二人揃って手を合わせると挨拶が重なりました。顔を見合せ笑みを一つ溢すと食事に移りました。
「斉藤さん!」
「は、はいっ!? ……あっわわっ」
食事を始めて少し経った頃、唐突に菅野さんが声をかけてきました。驚いてしまい、ついおかずを落とす所でした。箸から離れたおかずを再び箸でキャッチ出来ました。ファインプレーです!
……一体何でしょうか?
「ねね、おかず交換しようよ!」
菅野さんへ視線を向けると、キラキラとした表情でこちらを見ています。
「おかず交換?」
「そうそう。斉藤さんの卵焼きが凄くキレイで美味しそうだからさっきから気になってさ!! 良かったら交換しない?」
「あ、ありがとう。うん、良いよ。卵焼き?」
まあ、そう言う事なら特に問題ありませんね。わたしは弁当箱を菅野さんへ差し出します。
「やった! それじゃ、いただきまーす!」
言うが早いか菅野さんは卵焼きを一つ箸で摘まむと頬張りました。
「うーん! やっぱ美味しい! 実は教室で宗君にあげてた時から少し気になってたんだよねー」
美味しそうに顔を綻ばせる菅野さんにわたしも嬉しくなっちゃいます。
やっぱり作り手としては美味しいと食べて貰えるのが一番ですからね。
それに、わたしだって気になります。
「わ、わたしも貰って良いかな?」
宗君がいつも食べているその味が。
「もちろんっ。うーん、あっ、コレとかオススメだよ! 今日の自信作!」
そう言って示すのは一口サイズのハンバーグに見えるおかずです。確かに見た目はとても美味しそうですね。
卵焼きと釣り合うかちょっと気になったりしましたが。
「それじゃ、お言葉に甘えて……いただきます」
「どぞどぞー」
にこやかに勧める菅野さんにわたしはハンバーグを口に入れました。
「ぁむ……」
……あ、凄く美味しい。お肉で包まれた具が程好い歯ごたえと旨味を出していて、和風の味付けが非常に合っています。
「これ、中身はレンコンかな?」
「正解ー! 食感のアクセントに入れてみたの。ね、どうかな?」
「……あ。す、凄く美味しいよ!」
わたしは慌てて美味しいと感想を伝えます。想像以上の美味しさに思わず言葉が出ませんでした。
わたしの胸には美味しかった感動が広がります。
だけど、胸中に満たすのはもう一つの思い。
菅野さんがとても料理が上手だったと言う事実も広がって。
「ホント!? 良かったあ!」
「あ、はは……」
嬉しそうに笑う菅野さんにわたしは曖昧にしか笑い返す事が出来ませんでした。
……コレってピンチじゃないですかあっ!?
わたしの唯一のアドバンテージだと思っていた手料理。しかし、蓋を開けてみればライバルの菅野さんも料理上手と来ました。
ピンチです。ピンチですよ!?
わたしの取り柄はもうありませんよー!!! どうしたら良いんでしょう!? 誰か助けてくださいー!!! でも負けるわけにはいきませんよー!!!
……はぅ。
自分の感情の浮き沈みに内心ため息が出てしまいます。わたしってこんなに感情の起伏が激しいタイプだったでしょうか? 特に最近はそのように感じますね……。
わたしはそんな自分に首を傾げつつ引き続き食事をするのでした。
「んー、お腹いっぱいだねー」
「ふふ、そうだね」
満足そうに笑う菅野さんにわたしも笑い返します。あのあとも少しおかずを交換したりしながら食事を楽しみました。交換して貰ったおかずはいずれもが美味しくて、思わず悔しくなったのは内緒です。表情には出さなかったのですけどね。
……出て無かったですよね?
「……さーて、それじゃ本題に入ろうか」
「……うん」
姿勢を正しそう切り出す菅野さんにわたしも習い、頷きます。
そう、本題。例の松井さんとの一件。その対策を練る為に、わたし達はここで一緒に昼食を取っているのです。宗君との昼食も断って来たのは、一番に心配をかけたくないと言う事と、一度話を整理したかったと言うのがあります。
「まず、聴き込みで分かった事ね」
「うん。クラスの皆に色々と教えて貰ったね」
今日の休み時間を使って、二人でクラスメイトに声をかけて松井さんについて聞いていたのです。最近の彼女の様子からどういう人だったか、仕舞いには良くない話だとか……。とにかく様々な事を。
菅野さんは転校生です。菅野さんが学校に来てからと言うもの、松井さんは登校していないのです。なので、菅野さんが質問することには不自然さは無かった筈です。
未だに会った事が無いから人となりが知りたい、と言う形で。
まあ、最後の"良くない話"の辺りでは、わたしが居るためか気まずそうに視線を逸らす人が居なかった訳では無いですけどね。
正直な話ですが、過ぎた事なのでもういいと言えばいいのです。大切なのは過ぎた事よりこれからですからね。
中には、今までゴメンっ、と謝ってくれる子も居たりして。わたしは笑顔で頷く事が出来ました。
「まあ、なんと言うか。想像通りのガキ大将タイプと言うかクラスカースト上位に居るヤツと言うかヒエラルキーの頂点に居るような感じだったわね」
「えっと、うん……そうだね」
「その割には人望は然程でも無かったようだけど」
「あ、あはは……」
なんとも頷き辛いことをどんどん口にする菅野さん。曖昧に笑うしかありません。
わたし達二人で聴き込みをした結果、分かった事は大まかに二つ。
一つは今菅野さんが言った通りクラスの中でも中心的な立場に居ること。わたし的には、キラキラと華やかでイケてるグループとでも言いましょうか。一生縁の無い人達と思っていたグループですね。多分これからも無いですね。
そして二つ目。
今現在、連絡を取り合っている人が居なかった、と言うこと。ウチのクラスでは、という注釈がつくけれども。さすがに他クラスまでは聞き込みの範囲を広げていません。
この二つ目には正直驚きました。わたしから見ても、あんなに皆の中心に居た人物がです。
それだけ彼女の周りで変化があったのでしょうか。
先日偶然出会った時の様子を思い出せば、確かに何かが変わっていたのだろうと感じるのだけれど。
結果して最近の松井さんを知る人物はクラスに居ませんでした。
話を聞いていく中で、松井さんの事を悪く言う人が出てきました。しかも、よりによってその人物は松井さんと普段から行動を共にしていた女の子だったのです。
わたしはその事実に閉口せざるを得ませんでした。隣で話を聞いていた菅野さんもその表情に不快感を僅かに覗かせているのが分かりました。どこか得意げに陰口をたたくその姿に思う所があったのでしょうか。
しかし、その話を聞いた時、同時にわたしは不思議な感情も覚えました。
先日、会った時もそう。わたしを罵り、暴力を振るい、わてしに対して決して優しくなかったです。
だけど、その中に、ほんの少したけど、松井さんをどこか心配するような、松井さんを気にかけるわたしが居たのも確かなのです。哀れみとも何か違うと思うのです。
わたしをイジメる松井さんに対して何故そんなことを感じたのか、今でも解っては…………。
……いえ。
そうでしたね。
あの時、あの瞬間の松井さんの瞳。それを見てわたしは感じていたです。
なんだか、前までの「わたし」みたいだ、って。
お読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。