第107話 企み
「ちっ、あの女……」
斉藤愛奈との遭遇に誰かは分からないが邪魔が入り、公園から離れた私達。
街道を歩く私の脳裏に絶えず金髪の少女がちらついていた。
あの金色が脳裏にちらつく度、心が乱れ悪態をついていた。
「……里美、何なのあの子?」
今行動を共にしている四人の内一人がそう私に問いかける。他の三人も同様に疑問の視線を私に送っていた。
この四人とは夏休みに出会った。
以前から起きていた家庭のとある事情から、簡単に、有り体に言えば私はやさぐれていた。特に高校に上がってからは、それが顕著だった。
だからか、普段では寄り付かないような店や時間帯をうろつく様になり、私の周囲の環境は瞬く間に変わっていった。格好は派手になり、髪も明るく染めてみた。
夏休みが明け二学期になっても私は学校に行くことは無かった。一日中遊び呆ける毎日。これで良いのか、と自問するもぬるま湯の様な堕落した生活からは抜けられなかった。
環境が変われば、それに伴って付き合う人種も変わってくる。気付けば学友達とは疎遠になり、殆ど連絡も取らない状態だ。今ではここに居るメンバーを含め学校以外の友人と過ごしていた。
彼女らを含め他にも知り合った人達は粗暴さや性格の捻くれが目立つ人達ではあったが、皆一様に心に傷や闇を抱えていて、自分だけじゃない、と思えた。それがどこか心地よくて。
中でもこの四人、ミク、カスミ、サエ、コトノは毎日の様に共に過ごすようになっていた。
「……昔から気に食わないヤツよ。ずっと私が手ずから可愛がってあげてたってのに。最近調子に乗ってきやがって……」
先程の斉藤愛奈の言動や一学期の様子が思い出され、言い様のない憤りが再燃する。
初めての事だった。アイツが私に言い返して来たのは。
私は中学からアイツを虐めて来た。しかし、これまでアイツが何か言い返して来た覚えはただの一度として無かったのだ。
それが今日、アイツは初めて私に言い返して来たのだ。そして、アイツに言い返された事で私の心は思った以上に動揺したのだった。
その事実が尚更私を苛立たせた。
斉藤愛奈に初めて干渉したのはいつの事だったか。確かあれは中学の頃……。
アイツはいつも俯いていて。
私にはそれが気に入らなくて。
そう、決定的な出来事があったのはその後で……。
「思いっきりシメちゃえばいいじゃん?」
サエの言葉に思考から引き戻されると、私は頷く。
と、それと同時に私の脳裏に一つの考えが浮かんだ。
「そうね……………ああ。……良いこと思い付いた」
私は自分の思い付きに口元を歪めた。そうだ、これなら目障りなアイツを完膚無きまで痛め付けられる。
そう。女として最大限の屈辱を味わわせられる。
「え、何々?」
「ふふふ、沢山可愛がってあげるだけよ……? そう……うーんとね。あはははっ」
まあ、可愛がるのは私じゃないけど?
私は自分の思い付きを下衆だと心のどこかで感じつつも笑いを抑えられなかった。
「おお、やる気満々だねー。具体的には?」
「ふふっ。んー、本多竜司を使おうかなって」
「本多……? あー、美里に惚れてるアイツ?」
そうだ。
それも夏休みに出会った男性の一人。本多竜司と言う男を思い浮かべる。
歳は私よりも上で、確か二十歳かそのくらいだったと思う。この男も元ヤンキー……いや、今も似たようなものだろうか。まあ、簡単に言えば街のチンピラといったところだ。チンピラの中でも纏め役、リーダーの様な存在だった。
そんなチンピラリーダーの本多竜司だが、実は私に惚れているらしい。いや、流石にあそこまであからさまであれば、嫌でも気付く。無理強いなど無いのだが彼からは中々に熱烈なアプローチが繰り返されていた。
私もそれなりの容姿であることは自覚しているし、そういう事があってもおかしくは無いじゃないだろうか。
まあ、そんなことはさておき。つまり、だ。
この本多も多分に漏れず粗暴な性格をしていて、色々と良くない噂も耳にしたりする。それに、本多を取り巻くメンバーもそれなりに居た筈だ。
そこで、惚れている私からのお願い事であれば、上手いように動いてくれるのではないだろうか。斉藤愛奈をヤれとけしかければ動いてくれるのではと、考えた。
相手の想いを利用しているようで、少しだけ引け目を感じる気もするが、そんなものそもそもである。斉藤愛奈にしようとしている仕打ちと比べたら可笑しさに笑いが込み上げてくる。
利用出来るものは有効に使わなければね。
「そうそう。ちゃんと言うこと聞いてくれそうじゃない?」
いいねいいね! と周りが囃し立て私は気を良くする。
そう、こうでなくてはいけない。私はいつでも優位に立っているのだから。アイツに言われっぱなしなんて、自分が許せない。
気づけば私の中には、先程まで愛奈とのやり取りで感じていた鬱憤は消えていた。
「ね、それで本多には何させるの?」
「簡単よ。……アイツを取り巻き連中に襲わせるのよ」
「うへー」
「まじでっ!?」
「うける、強烈だねー!」
「あはっ、面白そー!」
四者がそれぞれ私の言葉に反応する。反応はそれぞれであったが、皆の目には一様に嗜虐的な色が光っていた。
結局は似た者同士が集まった、ということなのかもしれない。
私は思い付いた計画を四人へ聞かせる。
「ウチの学校の体育館なんだけど、その裏が中々にイイ所でね? それに、ちょうど植え込みの間にフェンスの切れ間があって、外から入れるのよ。本多達を招き入れるのにも最適って訳。特等席で見せてあげるわ」
学校の不良連中が体育館裏でよくタバコを隠れて吸っているのは生徒の中ではわりと有名なのだ。
周りの植え込みや建物の影で非常に目立たないそこは、隠れて何かをするには最適だった。今回の計画みたいな事にももってこい、と言うわけだ。
「なら、あとは本多達をけしかけるだけだね!」
「それなら直ぐにオッケー出すっしょ! なんせ美里に惚れてるんだから」
あとは、斉藤を体育館裏に誘い込めば、それでアイツの全部をぶち壊せる。そう考えるだけで、口元は歪み笑いが漏れた。
「あはっ、見てろよ斉藤……二度と学校で笑えなくしてやるからね……ふふふっ」
私は斉藤愛奈を痛めつけ、そしてアイツが泣き叫ぶ場面を脳裏に思い浮かべ、笑う。
それは何かを、心の奥底に残る思いを無意識に隠しているようだった。
当然、自分では気付けないままに。




