第106話 自慢話?
またまたお待たせしました。
「あー、うん。……宗君に頼むのも一つかも知れないわね」
「え?」
公園を出る間近、不意に菅野さんはそんなことを口にしました。
でも、なんで宗君の名前が?
「宗君は最高のボディーガードよ」
そう言うと菅野さんはパチリとウィンクをしました。
ずいぶんとウィンクが様になっていてさすが元アイドルだなぁって、そんなことではなくてっ。
「え? え? えぇ?」
わたしは意味が分からず頭の中は、はてなだらけです。
首を頻りに傾げるわたしを見て菅野さんは可笑しそうに笑うと、ようやく説明してくれました。
「宗君の仕事先よ」
「仕事? あ、沢良木君のバイトっていう……」
正直、宗君のバイトに関してはあまり詳しくありません。
何度かはバイト帰りの宗君に遭遇したり、バイトの連絡を行ったりしている場面に出くわしました。しかし、いずれも詳しくは聞いたことありませんでした。
でも、それとボディーガードに何の関係が?
「あれ、また沢良木君に呼び方戻ったの?」
「そ、それは良いから! むぅ……」
本当はわたしだって"宗君"って呼びたいんです。
だけど、恥ずかしいのは当然として、もっと仲良くなれたとき……具体的には、その…………お、お付き合い、とか? 何か特別な時までとっておきたいのです。
ダメでしょうか?
わたしの変なこだわりなのです。
本当の本当は呼びたいんですよ?
本人を前にしたら呼べるか分からないですけれど……。
「あははっ、はいはい。まあ、宗君の仕事場は万屋、いわゆる何でも屋じゃない。それでボディーガードもやってくれたって訳」
「へぇ、そうなんだー? 何でも屋さんかぁ」
「あれ? 知らなかったの? てっきり知ってるとばっかり」
「ううん。沢良木君バイトの事は詳しく話さないから。だから聞かない方が良いのかなって」
わたしから取り立てて聞いたりしなかったからか、宗君が詳しく教えてくれたことはありませんでした。
ちょっぴり寂しかったのは内緒です。
「そうなの? でも、宗君は別に隠してる感じでは無いわよ? 口止めされたことなんて一度も無いし。聞けば普通に答えてくれるんじゃないかな」
「えー、なんだぁ、もっと早く知りたかったな。少しでも共通の話題が出来たのにー。あ、でもこれからは少しずつ聞いてみたいな、沢良木君の仕事のお話」
聞けると言うのであれば、是非聞きたいです宗君のお仕事!
「ちっ、余計な事を教えたか……」
「か、菅野さん酷いっ!」
まあ、にやけてるので冗談とわかるのですが。
「あははっ、冗談冗談!」
やっぱり。
でも、宗君との話題が増えたのは嬉しいな! 何から聞こうかなー!
「それじゃ、菅野さんはその仕事に関係してる事で沢良木君と出会ったの?」
「うん、そう。彼はあたしのボディーガードだったの」
「ぼ、ボディーガード……」
な、なんて羨ましいシチュエーションなんでしょうか。
それで、宗君は最高のボディーガードって言っていたんですね。
でも、護衛対象とボディーガードの恋とか少女漫画のような展開ですよね!
いや、菅野さんは恋人じゃないですけど!
絶対ダメです!
でも、憧れますよねぇ……。
宗君はあのカッコ良さですから、ビジュアル的には百点満点じゃないですか!
黒いスーツで決めた宗君はわたしを危険から身挺して護ってくれるのです。あ、そうなるとメガネも似合いそうですよね! 久しぶりにメガネ姿も見てみたいです! 今の髪型ではまだ見ていないので。
嬉しそうに語る菅野さんに想像が掻き立てられますね!
……宗君は危険を顧みずわたしの盾になって。
危険からわたしを遠ざける為に……こう、抱き寄せられたりしちゃって……!!
きゃー!!!
……あれ?
でも、このシチュエーションって……。
あっ。
水族館であったじゃないですかっ!!!
宗君が、危ないって抱き寄せてくれて、わたしを護ってくれて。まあ、迫り来るのは危機って言うか走る子供でしたけどね。
宗君の腕の中に居られたのはほんの僅かな時間だったけれど、それでも嬉しくて。その後は思い切って、手繋いじゃったんだよね。そしたら、宗君も握り返してくれて……。
「……」
うー! わー! わー!
思い出したらめっちゃ恥ずかしいですっ!!! でも、幸せでしたっ!
「ん? 斉藤さん、顔赤くない?」
「なな、な、なんでもないよ?」
「怪しいなぁ?」
「なっ、なんでっ!?」
菅野さんの鋭い指摘に狼狽えてしまいます。だけど、そのニヤニヤした表情が一番不穏ですっ。
「わかった! 宗君のボディーガード姿想像したんでしょ!」
「ふぇっ!?」
「宗君ほんとカッコいいもんねー。スーツとか決めて身を挺して護ってくれたり?」
本当に鋭過ぎまよ菅野さん! 赤くなってた理由はちょっと違いますけど!
「む、やっぱり無しっ! 斉藤さんのボディーガードをする宗君を想像したらモヤモヤしちゃった! 宗君がボディーガードしたのはあたしだけってことで! 数少ないあたしのアドバンテージなんだから!」
「し、正直だね菅野さん。大丈夫だよ。は、恥ずかしくて居られないと思うから……」
「なら良いんだけどー」
自分で言っておきながらゴメンねー、と明け透けに笑う菅野さん。
ん?
これって、もしやただ単に自慢されただけじゃ?
「むむむっ……」
「どうかした?」
「菅野さん、もしかして自慢?」
「あ、バレたか!」
「菅野さんっ!!!」
「あははっ、ゴメンゴメン、つい!」
「むー!!!」
「てか、さっき斉藤さんにされた惚気自慢のお返しだよー!」
逃げる様に先を行く菅野さんをわたしも追いかけます。
ボディーガードの件は残念ですが……いえっ、そもそもボディーガードだなんてそんなオーバーな事は必要無いと思うんですけどね!
宗君のお仕事について新しい事を知れたので良かったです。
それに、菅野さんとも沢山お喋り出来ましたし。
「斉藤さん遅いよ!」
「待ってよー!」
公園入り口まで到達した菅野さんに呼び掛けられ、わたしも急ぎます。
確かに、松井さんの件に不安は感じます。
だけど、こんな風に協力してくれる人がいて、学校にだって相談を聞いてくれる友達がいます。皆良い人ですから、きっと協力すると言ってくれるのでしょう。
こんなに心強い事があるでしょうか。
「それじゃ、また学校でね」
「うん、また明日!」
きっと大丈夫。
そう思えるのです。
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