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第103話 初めての反抗

本日もよろしくお願いいたします。








 わたしは松井さんを真っ直ぐに見据える。


 もう、わたしの身体は震えない。

 確かに恐怖は感じるけれど、わたしの膝を屈させる程じゃ無い。

 そんな僅かばかりの恐怖なんかより、宗君から貰った勇気の方が何倍も大きい。そして、それはわたしを支えてくれる。

 胸の奥に感じる暖かさを糧に、わたしはわたし自身にも宛てた言葉を紡いだ。


「こんなわたしにも大切な友達が出来た。だから、前までのわたしなんかとはもう違う。周りの視線や声に怯えて、下を向いてばかりのわたしはもう終わりなんだよ」


「は? あ、あんた何言って……」


「なんで、わたしなんですか?」


 わたしは松井さんの言葉を遮るように続ける。

 それはいつかの昼休み。宗君に甘え、泣きながら吐き出した素朴で切実な疑問。

 昔から自問してきた疑問。

 けれど、答えの出るはずの無い疑問である。

 一人でいる限り。


……そう言えば、あの時宗君はわたしの問いに答えてくれなかったよね、と表情には出さず内心微笑む。


 けれど、宗君はわたしの為に力になりたいなんて言ってくれた。今思えば、あの時の宗君の言葉は良い事も悪い事も全部含めた形でわたしを包んでくれたんだと思うの。

あの時が本当の意味で宗君に心を開けた瞬間だったのかもしれない。


「わたしが何かしたんですか?」


「な……っ……」


「わたしの何がダメなんですか?」


「……」


「この髪の毛ですか? 引っ込み思案なこの性格ですか? 髪は生まれつきですし、性格は直したいと頑張りました。まだ、ダメですか?」


 畳み掛けるわたしの松井さんはたじろぐと二歩、三歩と後ずさった。開いた距離の分わたしも歩みを進める。


 しかし、松井さんはそこで踏み留まると、キッとわたしを睨み返してきた。


「は? 何ふざけた事ぬかしてんのよ! いい娘ぶって何様のつもり?」


「ホント、この娘なにー?」


「いい娘ぶってウケるんですけどー!」


「つうか、ウザいよ」


 松井さんの取り巻きは松井さんが再び言い返した事で便乗するように言葉と笑いを上げた。


「答えてください、松井さん」


 それでもわたしは怯まずに続ける。

 確かに怖いものは怖い。でも、ここで引いたら今までと何も変わらない、わたしのままだから。


「松井さん」


「こ、の……っ!!!」




――パンッ――




 突如、わたしの頬に衝撃が走った。


 突然の衝撃に思わずよろめくけれど、なんとか持ち直す。


「はぁ……はぁ……」


 目の前には肩で息をする松井さんの姿。

 その表情は嫌悪、驚愕、悲壮、嫉妬、怒り、様々な感情がない交ぜになっていた。


 そして、わたしは今さらの様に自分の頬を打たれた事に気付いた。


 ……痛いです。

 普通に痛いです。

 すんごく痛いよ……。

 痛くて泣きそうだよ……。


 だけど、何故だろうか。目の前のクラスメイトに対する恐怖心が、今では微塵も感じられなくなっていた。

 むしろ、心の片隅で憐れむ自分さえ居る気がした。


「答えて、くださいっ」


 視線を逸らすこと無く、わたしは再度同じ言葉を問いかけた。


「っ!」


 松井さんはまたもやわたしの問いには答えない。

 答えの代わりとばかりに今度はわたしの胸ぐらを両手で掴んで来た。


「っく、ぅ……」


 シャツの襟が強く握られ首が軽く絞まる。

 松井さんの方が背が高いため、見下ろされる様な形になる。その姿はとても威圧的で、普段のわたしならすぐに視線を逸らしていただろう。

 それでもわたしは目を離さなかった。


 最早意地だったと思う。


「ちょ、ちょっと美里?」


「マジになり過ぎじゃね?」


 取り巻き達がざわめくも松井さんは気に留める素振りも見せず、わたしを睨み続ける。


「こ、答えてくだ、さいっ」


 わたしも退かずに睨み返し、同じ問いかけを続ける。

尚も繰り返すわたしに耐えかねたのか、松井さんはようやく口を開いた。


「うるさいっ!!! そんな目で私を見るなぁ!!! あんたはっ、あんたは隅っこで怯えてればっ、ずっと底辺を這いつくばっていれば良いのよ!!! バカでグズで救いようの無いいじめられっ子で良いのよ!!!」


「わ、わたしはバカじゃないもんっ! 宗君のお陰で友達も出来たし、テストだって良い点数取れたもんっ!」


「うるさいうるさいっ!!! 男にくっついて回って何良い気になってるの? て言うか、男って言ってもあの根暗で気持ち悪いロン毛のヤツでしょ? はっ、気色悪い。あんたみたいなチビとお似合いじゃない」


「なっ……!? わ、わたしの事は何と言おうと構わないけど、宗君の事は悪く言わないでっ!!!」


 松井さんの口から出たのはわたしの問いに対する答えではなくて、罵詈雑言。あまつさえ、宗君の悪口まで言われた事にはわたしもカチンと来てしまった。


「何? 本当の事でしょ? あ、やっぱりあんなのに惚れてるんだ? 趣味悪いんじゃないの?」


「ほ、惚れっ……し、宗君は凄く格好いいんだからっ! 宗君のこと知りもしないで、勝手なこと言わないで! 松井さんこそ、見る目無いんじゃないのっ?」


「こ、こいつ……っ!」


「っ、な、なにか間違ってるっ?」


 襟を絞められながらも、売り言葉に買い言葉を返す。稚拙な言葉の応酬をしてしまう。


 興奮して変なテンションになっていたんだと思う。普段のわたしなら絶対こんな言い合いはしないと思うもの。


「……ね、ねぇ、美里。もう行こうよ。こんなヤツ構って無いでさぁ?」


「そうだよ、放っておこうよ!」


「そうそう、もう良いよこんなヤツ!」


 睨み合うわたし達に松井さんの取り巻きがそう言い始めた。


「……」


 しかし、松井さんは周りの言葉には取り合わない。










 事態が拮抗し始めたその時―――。


「ちょっとあんた達何してんの!!!」


 そんな聞き覚えのある声が耳に届いた。





「……か、菅野、さん?」


「……ちっ」


 わたしは記憶にある声の主の名前を呼んだ。

 辺りは薄暗く、姿ははっきりしないけれど間違い無いと思う。


「ほら、美里っ!」


「……わかったわよっ!」


 取り巻きの催促に松井さんはようやくわたしの襟を離してくれた。


「きゃっ……っ!?」


「斉藤さん大丈夫っ!?」


 しかし、突き放される様に離されるものだから、わたしは耐えきれず尻餅をついてしまった。

 菅野さんは転ぶわたしの姿に駆け寄って来てくれた。


「いてて、だ、大丈夫……だよ」


「一体何がどうなって……」


 菅野さんの疑問も見下ろす松井さんの言葉に掻き消される。


「こんなもので済むと思わないでよね……斉藤愛奈」


 そんな一言をその場に残して、松井さん達は去っていった。


「……本当にどうなってるの?」


 困惑した様子で首を捻る菅野さんにわたしは苦笑いを一つ、かろうじて返したのだった。



















お読み頂きありがとうございました。次回もよろしくお願いいたします。

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