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第101話 燻る火種

毎度大変長らくお待たせしております。

ようやく再開です。

また、読んで頂ければ幸いです。

少し話が動きます。









 俺はバイト先の万屋で、今日も労働に勤しんでいた。デスクワーク沢良木君である。

 只今事務所には俺一人。理沙達三人は揃って現場に出向いている。


 先日の風邪もすっかりと治り、最近は元気百倍レッツ勤労である。と言うのも、実は学校での生活環境改善によるところが大きい。


 俺が風邪で寝込んでしまったあの日以来、何故か斉藤さんと真澄が不必要に張り合うことが無くなったのだ。

 睨み合う姿も最早殆ど見ていない。

 二人共どこか相手を気遣うような、それで居ながらギスギスした空気が漂うわけでもない。そんな雰囲気を感じたりする今日この頃である。


 女の子は実に不思議である。俺にはわからんね。


 あの日、保健室では美少女二人に見守られ目を覚ますと言うとても貴重な経験をさせて頂いた。

 あの時、一眠りしたことで多少なりとも体調が落ち着いた俺。心配気な表情を、明るく安堵した表情に変えた二人には不覚にもドキッとさせられた。

 俺なんかを心から心配してくれているのが、手に取るように分かってしまったから。


 それに美少女二人にあんな眩しい笑顔を揃って見せられたら、そりゃ誰だってやられますよ、ええ。


 やだー、俺を喜ばせてどーすんのー。

 てな感じ。


 とりあえずは誠心誠意お礼させて頂いたのだが、逆に二人に凄く謝られた。

 体調不良だって、俺の不摂生のせいなのにな?

 本当に良い娘達だよ。


 それにしても、寝顔を見られるのは予想以上に恥ずかしかった。




 っと、仕事仕事。

 俺は気合いを入れ直すと、再び書類の山と向き合った。


 書類整理に没頭していると、程なくして三人が帰所した。


「あ、宗君おはよー」


「お、宗ちゃんとやってるわねー」


「宗お疲れ」


「皆もお疲れさん」


 三者三様の挨拶を口にするとそれぞれ席に着いた。ちなみに皆とは今日は初めて顔を合わせる。

 俺は予め理沙にこなす仕事を与えられていたので、無人の事務所に出勤してから書類を整理していたのだ。


「そう言えば最近宗君元気になったねー」


 杏理ちゃんはおもむろにそんな事を口にした。


「そうかな?」


「そうだよー。だって先週なんて死にそうな顔してたじゃん? 挙げ句の果てに風邪ひいてたし」


「死にそうって、マジかよ……」


 昔は風邪なんて殆ど引かなかったのに、今年は既に2回はかかってるんだよな。俺、弱くなった? 勘弁してもらいたいものだね。


「マジマジ」


 ニヤニヤとしながら頷く杏理ちゃんに、俺は先週を振り返る。


 確かに真澄が転校してきてからと言うもの、学校で心休まるタイミングが無かったかもしれない。

 二人にの子猫ちゃん達が様々なバトルを繰り広げ、それに巻き込まれて来たからな。

 普通に考えてみると、男からしたら嬉しいシチュエーションなのかもしれんが、当事者にしか分からない苦難と言うものもあるのだと気付かされた。

 後半には慣れと、藤島のダンナと言う緩衝材のお陰で大分楽にはなっていたけれども。


 藤島ぐっじょぶ。


「それにしても、真澄ちゃんと同じ学校、同じクラスだなんて凄い偶然よねー」


 俺が草臥れる第一要因を理沙が掘り起こす。


「ほんとだよねー。まるでドラマとか漫画みたい!」


「宗のくせに羨ま死ねば良いのに」


「おい大次郎、口から呪詛が漏れてるぞ」


「おっと失礼、本音が」


「全然取り繕う気無いのな」


 大次郎の恨めしげな視線を受け流しながら俺はため息を吐いた。


「お陰で俺は疲れたけどなぁ。まあ、最近は落ち着いて大分楽になったよ」


 万屋のメンバーから注がれる生暖かい視線に、俺は苦笑いを一つ漏らしたのだった。






「あ、そう言えば宗君前にも死にそうな顔してたときあったよね? 確か夏前くらい?」


 各々が机上での仕事に戻りこなしていると、不意に杏理ちゃんがそんな事を口にした。

 杏理ちゃんはいつもの事ではあるが、あんまり集中して仕事が出来ない。


 残念な子。

 年上だけど。


「あー、あったわね。そんな事も」


「前のは、なんだったか……」


 理沙と大次郎も話題に便乗する形で加わる。


 皆仕事したくないのかね。まあ、俺も乗るけど。


「え、俺ってそんなにしょっちゅう死にそうな顔してんの? ヤバくね?」


 俺はそんなに早死にしたくないぞ。


 せめて、可愛いくて料理の上手い奥さんを貰って、子供は二人くらいで、その子供が無事自立して、それぞれが結婚して、そして孫が生まれて、その孫も自立して結婚して、そんで曾孫が生まれて、その曾孫が成人式迎えるまでは死ねないわ。


 あ、これ随分と天寿を全うしてんね。

 わし、100年目指して頑張るぞい。


「あの時は斉藤さん家の愛奈ちゃんと喧嘩したかも知れないって、凹んでたのよ」


 杏理ちゃんの疑問に、理沙がため息混じりに答えた。随分と呆れた表情をしていらっしゃる。


 おお、言われてみれば確かにあの時は人生の終わり的なテンションで生活を送っていた気がするぞ。


「ああっ!! そう言えばそうだね! 結果して宗君の早とちりだったんだよね!」


 そんなにはっきりと言わんで欲しい。


 思い出すだけで恥ずかしいんだぞ☆


 斉藤さんがトラブルに巻き込まれたりしたけれど、結果オーライな感じで仲良くなれたんだった。

 RINEのやり取りをするようになったのもあの時だ。


 思えば、斉藤さんとは随分仲良くなれたもんだ……。最初なんて斉藤さんがびくびくして、まともに話せなかったもんなぁ。

 でも、そんな中でも時折見せてくれる、天使の笑顔が堪らなかったんだよなぁ。


 俺はしみじみと濃密だった一学期から今までに思いを馳せるのだった。





「あ、まだ宗君に見せて貰ってない!?」


 が、杏理ちゃんの大声に回想の中断を余儀なくされてしまう。


 何事かと万屋の視線が杏理ちゃんへと集結する。俺はストレートに疑問を口にした。


「何を?」


「何って、斉藤愛奈ちゃんの写真だよ! 写真! 見せてくれる約束だったじゃない!」


「してねぇよそんな約束」


 確かにそんな話もあったが、あの時は写真なんて無かったし、ましてや杏理ちゃんの要望を了承した覚えはこれっぽっちも無いのである。


「えー! したよー! 宗君の嘘つき!」


「謂れの無い誹謗だ!? それにねえよ写真なんて」


 誰も知らなければ、それは事実になるのさ。


「ふふっ、宗、諦めなさい! あんたの携帯に愛奈ちゃんの写真が入っていることは既に分かっているわよ!!!」


 ズビシっ、と効果音でも付きそうな勢いで指を俺に突きつける理沙。


 まあ、理沙の言うとおり、確かに水族館デートのお宝ツーショットがあるのだが、理沙が知っているのはおかしい。

 この万屋では携帯を開く事なんて殆ど無いし、置き忘れた携帯を見たとしてもロック画面はプリインスト―ルの壁紙で、ツーショットはホーム画面なのだ。


 それを理沙はどうやって知ったと言うのか。


「ふん、何処にそんな根拠が……」


 大丈夫だと自分に言い聞かせると俺は余裕綽々と答えるが。


「水族館デートで撮ったツーショット写真がねっ!!」


「なんだとぉっ!?」


 あっ、しまった。

 ピンポイント過ぎてつい反応してしまった。


 つか、何で知ってんだよ。

 

「デートっ! 宗君やるぅ! ほら見せろぉ!!!」


「あ、ちょっ、やめっ!?」


 机に置いてあるスマホが杏理ちゃんに超スピードで強奪される。

 この子手癖悪いお。


「なっ! 指紋ロックだとぉ!!!」


「当たり前よぉ!!!」


 ふはは、無駄無駄ぁ。

 俺のスマホセキュリティは磐石なり。


 しかし、理沙は何故知ることが出来たのか。


「もうバレたから良いんだけどさ、なんで理沙は分かったんだよ?」


「ん? アイシャさんからのリークよ?」


「アイシャさぁぁぁあんっ!!!」


 まさかの斉藤さん側がザルだったとは恐れいった。


 今日も万屋は平和だった。







 因みに、その後しつこ過ぎる杏理ちゃんに俺が折れ、写真を見せる羽目になった。


 散々からかわれたのは言うまでもない。












―――――











 わたしが学校から帰る最中、それは起こった。




 この日、わたしは唯ちゃんや絵里ちゃんと放課後を過ごしていました。

 絵里ちゃんとは一学期の最後辺りからよくお喋りするようになりました。


 部活に行っている筈の唯ちゃんが居る理由は、バスケ部の顧問が休みと言うことで自主練習となり、結果して全員が早めに上がる事になったからだそうです。

 絵里ちゃんとお喋りしている内に唯ちゃんも直ぐに合流して、だらだらと放課後を過ごしてしまいました。

 夢中でお喋りしていると、気付けば下校時間が間近に迫っていて、皆で学校を後にしました。


「愛奈ちゃんそれじゃあな!」


「愛奈ちゃんバイバイ!」


「うん、二人共バイバイ! また明日!」


 学校の坂を降りると、電車通学組とはお別れです。二人と手を振り、にこやかに別れます。


 何だかこんな他愛もない日常が普通の女子高生をしている感じがして、嬉しくなっちゃいます。

 憧れの女子高生ライフです。


 秋も迫り、日が暮れるのがとても早いです。夏休みの間ならまだまだ明るかったはずなのですが。季節が過ぎるのは早いですね。


 わたしは夕闇の迫る通学路を、季節の移ろいを感じながら歩いて行きます。


「……ん、近道しちゃお」


 両親に心配かけるのも悪いので、少しでも早く帰る為にわたしはちょっとした近道を選びました。

 学校と家の間に位置する公園。

 以前、宗君に対する自分の気持ちに気付いたとき、この公園でうじうじしていた事を思い出します。

 恥ずかし過ぎて宗君に声をかけられなかった事には自分の事ながら驚きました。

 今では良い思い出ですね。


 ここの公園の中をショートカットして進めば少しだけ早く家に着きますから。


 足を踏み入れた公園には僅かばかりの子供達がいましたが、皆帰り支度をしているようで、わたしが歩いている内に自転車を漕いで帰って行きました。

 元気に別れの挨拶を交わす姿にどこか和みます。


 子供は元気ですねー。


 自分があのくらいの時には……。


 と考えて思わず苦笑い。

 ええ、友達なんて居ませんでしたね……。


 自分の考えに少し落ち込みましたが、今のわたしにはちゃんと友達が居るんですから前向きに行きましょう。


 公園を進み、中央までやって来ました。

ここを曲がって商店街方向に抜ければお家までは後少しですね。


「……ぅ、暗いなぁ」


 曲がった先は樹木が茂り薄暗くなっていました。夕陽も樹木で差し込む事もなく、それに加え配置されている街灯も球切れなのか消灯していました。


 悪条件が重なり、その道だけが薄暗くなっているようでした。

 臆病なわたしにはちょっとハードルが高いです。かと言って今から戻るのも時間がもったいないですし。


 結局わたしは小走りにその小道を駆け抜ける事にしたのです。


「早く帰ろ」


 わたしは走り始めます。


 そうだ。ウチに帰ったら宗君にRINEをしよう。

 今日はバイトだから10時位だったら良いかなぁ?


 電話とか出来ると良いなぁ。


 えへへ、楽しみ!


 にへら、と自分の頬が緩む事を自覚したその時―――。




「あれ、斉藤さん?」


「へ?」


 わたしは呼び止められた。







 わたしは声の方へ振り向く。

 声は小道に設置されたベンチに座る人物からだった。


「ふふふ、久しぶりだねー。最近学校はどう? 元気だった? 楽しんでる? あ、その様子だと、随分と、楽しんでるのかなぁ?」



「……ぁ、ぇ?」




「……ねぇ?」


 その冷たい笑みが、わたしに突き刺さった。











※沢良木君が観念して写真を見せた。




「なんだこれ! 金髪の天使やぁっ!!! 凄く可愛いー!!!」


「おおっ、分かるか杏理ちゃん!!! そうなんだよ! これが俺の天使斉藤さんだ! この時の服装は見ての通り白いワンピースと麦わら帽子の組み合わせだったんだけどさ! それがまた斉藤さんの天使具合を引き上げるのなんの! 俺とのデートの為にしてきてくれたオシャレだぞ!? 最初見た時なんて壁殴りたくて仕方なかったんだよ! これで笑顔向けられてみろよ! もう死ぬよ!? マジで! 水族館デートの最中も最高に可愛かったんだけどさ、帰りのバスで斉藤さん寝ちゃったんだよね、そんで寝顔がまた可愛いのなんのって、どれだけ写真を撮るのを我慢したことか! それに、俺の腕にぎゅーって抱きついて来てさ、斉藤さんの匂いとか柔らかさとかもうヤバくて! 写真に関しちゃ未だに悩んで後悔しているくらいだ!!! 他にも、うんたらこうたら斉藤さんマジ天使etc.…………」


「「「キモい」」」


「えっ」( ゜д゜)

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