第100話 こっそりパシャリ
お待たせしました。
今回もよろしくお願いします。
「そんなことより、結局宗君はどんな具合なんですか?」
茶化す先生に痺れを切らした菅野さんが口を開きました。
からかわれた腹いせか、その声色には多分にトゲが含まれていました。
「多分、普通感冒だと思うわよぉ? 夏の疲れからか、免疫が落ちてたかなぁ?」
最近結構多いのよねぇ、と頬に手を宛てながら先生は言います。
かんぼうって確か風邪の事ですよね。
夏風邪って事なのかな。
「はぁ、夏風邪か……。酷そう、ですか?」
「んー、1日寝れば十分だとは思うわよ?」
「そっか……」
「よかった……」
思わず安堵のため息が出てしまいました。
宗君を蔑ろにしてきた手前、心配なんておこがましいですが、それでも心配なのです。
菅野さんも同じなのでしょう。
「本当は病院に行って貰いたい所だけど、とりあえず今は学校でもあげられる市販薬を飲ませていたわぁ。後はまあ、今日は帰って貰う事になるかなぁ? 担任の桜子ちゃんには私から言っておくわ」
「……帰りは、送ったりしちゃ、ダメですよね?」
気付けばわたしはそんな事を口にしていました。
具合の悪い宗君を一人で帰らせる事が、簡単に言えば嫌だったのです。
大好きな人が辛い時に一緒に居て、少しでも支えたい。
そう思うのは当然だと思います。
「んー、さすがに生徒を早退させてまでは出来かねるかなぁ」
心配なのは分かるけどね、とわたしの言葉に先生は困ったように笑います。
まあ、当然だよね、とわたしは考えて息を吐きます。
一クラスメイトがでしゃばり過ぎました。
「……では、せめてここで一緒に居させてもらえませんか?」
「お、お願いします!」
菅野さんの言葉に、それなら! と思いわたしも便乗します。
「……休み時間の間だけよぉ?」
わたし達の言葉に先生は少し考える素振りを見せると頷きました。
「「はいっ!」」
「だから、しーだってばぁ!」
「「あ」」
つい元気よく返事をしてしまい、二人揃って口元を手で押さえるのでした。
「あ、それなら丁度良いから、お留守番お願いしようかなぁ?」
昼休みの間ここに居る許可を得たわたし達に、先生はポンと手を一つ叩くとそう言いました。
「……留守番」
「……ですか?」
菅野さんと二人、先生の言葉を復唱します。
「そー、お留守番ー。一応私もお昼休みでねぇ。ご飯を食べようかと思った所に沢良木君が来たのぉ。沢良木君が悪い訳では無いんだけどね。ま、そんなわけでまだ食べてないんだよねぇ。それに桜子ちゃんにも沢良木君の様子を伝えないといけないしねぇ」
「そういうことでしたか」
「そーゆーことー。てなわけで、お留守番しててもらって良いかなぁ? まあ、沢良木君も薬飲んで寝てるから彼に何かして欲しいわけでも無いんだけどねぇ。もし起きたら身の回りのお手伝いをしてあげて欲しいなぁ。後は保健室に来た人の私の不在を伝えて欲しいのが一番、かなぁ?」
「そのくらいなら大丈夫です」
「はいっ!」
「ん、ありがとぅ。早速だけど、行って来るわねぇ」
ヒラヒラと弁当の入った巾着を振ると、先生は出て行きました。
「……」
「……」
先生が出て行くと、わたし達の間に再び沈黙が降ります。
だけど、この沈黙にはちょっとした訳が有りまして。
隣の菅野さんも、間違い無く同じ思いでありましょう。
何を隠そう、訳は目の前のカーテンにございます。
いえ、その中で横になっている男の子にあります!
図らずも、お互いに顔を見合わせる形となったわたし達。
目と目で頷き合うと、二人でそっとカーテンに手を添えたのでした。
宗君ごめんなさいっ。
そうは心で謝るけれど。
「これは仕方ないのよ、お手伝い頼まれもの。うん」
「うん、仕方ないよね。先生に頼まれちゃったもんお手伝い。うん」
そんな風に二人で先生の言葉を都合良く解釈すると、ウンウンと頷き合いました。
こんなときだけは仲の良いわたし達でした。
宗君を起こさないようにと、二人並んでそーっとカーテンを開けていきます。
初めて見る宗君の寝顔。
正直、胸のドキドキが治まりません。
宗君の寝顔を見れる期待と高揚感と、勝手に見てしまう後ろめたさとがせめぎ合いながら胸中を渦巻きます。
思い出せば夏休み。
初めての水族館デートの帰り道。
バスの中でわたしは宗君にくっつきながら寝てしまうという恥ずかしい失敗をしてしまったのです。
起きた時にはすぐ目の前に宗君の顔があって。
と言うことは、わたしの寝顔も見られていたということで。
思い出しただけで恥ずかしさから顔が熱く沸騰しそうになってしまったわたしは、慌てて首を振ります。
そんなことより今は宗君ですよ!
わたしと菅野さんは揃ってカーテンの隙間から中を覗き込みました。
「「……」」
そこには保健室のベッドでぐっすりと寝ている宗君の姿がありました。
身体を横に倒し、少しだけ丸まるような体勢。
すー、すー、と規則正しい寝息に肩が静かに上下しています。
そこには今までに見たことの無い宗君の姿があって、片時も目を離せないのです。
「「……」」
風邪の影響か宗君の表情はどこか熱っぽい様子で。
カーテンを開ける前のドキドキは優に越えていて。
「「……可愛い」」
気付けばわたしはそんな言葉を口にしていました。
「「……」」
思わず発してしまった言葉が菅野さんと完全にハモってしまい、なんとも気まずい空気が漂ってしまいました。
わたし達は気まずげに見つめ合います。
「「あ、あはは……」」
わたし達の間にあった、教室に居た時のギスギスした空気はこの時点で大分薄れていました。
お互いに一つ咳払いをすると、わたし達はこそこそと小声で言葉を交わし始めます。
「お、起きてる時の宗君はカッコいいけど、無防備に寝てる所も、こう、来るものがあるわよね……。それに、寝ててもイケメンって、さすが宗君だよね」
「う、うん……。いつもとは違った一面が見れてちょっと嬉しい、かも……。可愛いし……その、ちょっぴり、色っぽい……?」
「あ、うんうん、わかる。風邪の影響なんだろうけど、少し上気してて普段とは違う魅力が……。宗君には悪いけど、弱っている所もドキドキしちゃうよね」
「うん。こんな状況だけど寝顔が見れて嬉しいな。……わたしのは見られてるけど、沢良木君のも見れてこれでお相子だよ。えへへ……」
「お、お相子ってなによ?」
「あ……。な、なんでも無いよ、なんでも!」
思わず漏らしたわたしの言葉に菅野さんが反応しました。
夏休みデートでの帰りの一幕。恥ずかしいので言えません!
「あ……ってなによ!? あ、って!」
なんとか誤魔化そうとするわたしですが、菅野さんは諦めません。
なんと言ったらいいのでしょう、上手くあしらえ無さそうです……。
思えばあの時、バスの中でのことを思い出すと幸せになれます。寝てしまったのは残念ですけど、それでもずっと宗君にくっついていれたのです。
こう、腕にぎゅーって。
それに見上げたらすぐそこに宗君の顔があって……。
はぅぅ……。
「………………え、えっと……ぁぅ」
菅野さんに問い詰められているのにも関わらず、思考が大いにそれてしまいました。
幸せと恥ずかしさを思い出し、また顔が赤くなってしまいます。
「え、えっ? ま、まさか……!?」
「?」
なんだか分かりませんが、突然菅野さんが震えだしました。
よく見れば菅野さんの顔も赤くなっていて。
しかも、少し涙目で。
こちらも何事かと狼狽えてしまいます。
わ、わたし何か変な事言いましたか!?
「し、宗君と、し……し……」
「し……?」
そこまで言うと菅野さんは俯いてしまい表情が見えなくなってしまいました。
わたしは何も言えず待つこと暫し、菅野さんは面を上げました。
「…………した、の?」
酷く真面目な顔をした菅野さんがようやく口にしたのはそんな言葉。
…………したの?
した?
何を?
した?
した。
した……。
した…………?
……………………んっ?
「ふえぇぇぇぇぇえっ!?!?」
菅野さんの表情、言葉の意味。
ようやく気付きました。
わたしは咄嗟に訂正します。
「しっ、し、ししし、してないよっ!!!」
そういう意味ですかっ!!!
と言うか、なんでそうなったんですか!?
そ、それに、宗君とする、なんて……そんなことっ!!!
いえっ、決して嫌な訳ではないですよっ!
わたしだって年頃の女の子ですし!
興味だって、年相応に……。
ましてや、相手が宗君なら…………ってなに考えているんですか!!!
うぅーーーわぁーーーーっ!!!
頭の中が大混乱です。
おそらく顔は真っ赤っかですよ。
菅野さんヒドいです。
「な、ならどういう意味よ!?」
「そ、それは、前にわたしが居眠りしちゃって、それで見られちゃったってだけで……」
「だったら紛らわしい事言わないでよ!」
「そ、そんな事言われたって! 菅野さんが勝手に勘違いしたんでしょ!?」
「そ、それはっ……ぅぅ」
「うぅ……」
二人で再び睨み合いが始まってしまいました。
先程までの和解ムードは何処に行ったのでしょうか。
そんな時です、わたし達の耳に声が届いたのは。
「ぅん…………」
「「っ!?」」
直ぐ隣から聞こえた声にわたし達は飛び上がりました。
咄嗟にわたしと菅野さんは両手を握り合ってしまい、固まったまま声の主を見下ろします。
それは、身動ぎをする宗君で。
「……すー、すー」
「「……はぁぁぁ」」
再び寝息が整ってきた宗君にわたし達は盛大に安堵のため息を吐いたのでした。
「……あたし達は何をやってるんだか」
「……そうだね。沢良木君が休んでるんだよね」
せっかく休んでいる宗君を起こしてしまう所でした。
気を付けないと。
お互いに握りあっていた手を離し、宗君を再び見下ろしました。
「「わっ……」」
無意識にわたし達は再び、離したばかりの手を合わせていました。
二人の口から漏れた感嘆は、またもやハモっています。
わたし達の視線の先は宗君の胸元。
暑さからか、シャツのボタンは三つまで開いていました。
インナーは切り込みの深いVネックのため、鎖骨までしっかりと首元が見えています。
少しでも覗き込もうとすれば、更に奥まで見えそうで。
「……(ごくり)」
異性との交際経験も無いわたしには、これだけでも少々刺激の強い光景でした。男性の肌をまじまじと見つめる機会など早々にあるものでもないですし。
ましてやそれが好きな人の姿であれば尚更で。
隣の菅野さんを見れば彼女も同じようで、しっかりと宗君を見ていました。
わたしと菅野さんの二人揃って中々視線を逸らせませんでした。
う、うわぁ、宗君スゴいよ……。
わたし、こんなに見ちゃっていいのかなっ!?
普通だったらこんなの見れないよ!?
し、写真とかダメかなっ!?
いえ、それよりもこの目にしっかりと焼き付けて……。
あぅっ、ドキドキしちゃうよ!!
わーっ、どうしよ、どうしよっ!?
あー。
うー。
……はっ!?
たっぷりと宗君の寝顔を堪能してしまったわたしはようやく再起動しました。
お隣の菅野さんも同じなようで、今視線を外したところのようです。
「ね、ねえ?」
「な、何かな?」
わたしを呼ぶその声に、菅野さんの気持ちを悟ります。
ええ、そうでしょう。
わたしだってそうだもんっ。
「あー、その、さ」
「う、うん」
菅野さんは、すすす、とポケットからスマホを取り出します。
それと同時にわたしも図ったかのようにポケットからスマホを取り出していました。
「「……良いよね?」」
こんな時だけ息の合う二人でありました。
「何してるの二人ともぉ……? 私はお留守番を頼んだのっあって、撮影会をしてて、とは一言も言っていんだけどぉ?」
「「あ、あははは…………ごめんなさい」」
先生には怒られてしまいましたが、スマホの中には宝物が増えました。
てへ。
「……ねえねえ、私にも一枚写真くれなぁい?」
「「ダメです」」
「え、ちょっとヒドくない? むぅ、いいわぁ。自分で撮るからぁ」
「「ダメです」」
「ええっ!? ヒドくない?」
「「ダメです」」
「あ、あなた達、仲良いのねぇ……」




