第1話 金髪少女
初小説です。生温かく見守ってください。
高校一年生の一学期。
春も過ぎ去り初夏を思わせる、そんな風が頬を撫でる6月の平日。
いつも通りの時間。
いつも通りの道。
いつも通りの歩調。
いつも通り、俺の在学している"公立御崎高等学校"へ向かう。
学校ではいつも通り授業を受け、昼食を取り再び授業を受ける。放課後はバイトして家に帰って寝る。
この高校生活が始まり2ヶ月足らずで俺、沢良木宗の日常ルーティンワークはほとんど完成しつつあった。
伸ばしすぎた髪が風で靡き目にかかる。
それを払いのけると、黒縁のメガネを指で直した。
……さすがにそろそろ切った方がいいか。
しばらく髪を切っていないことを思い出しながら通学路を進む。
小高い丘の上にある高校へと登る坂道。
辺りは登校する生徒がちらほらと歩いている。
まだ少し早い時間だからか人は疎らだ。
友人と語らい笑い合う生徒達が歩みの遅い俺を追い越していく。
俺の隣? 言わせんなよ。
俺は意図して友人を作らないのであって、出来ないのではない。
断じて、無い。
お間違えなく。
おおよそ俺の目的は高校を卒業して就職すること。それだけだ。
この高校へ入学した理由はさておき、な。
今時、中卒なんて言語道断だろ?
某T大卒だってフリーターなんかやってる時代だぜ?
40なっても定職に着けず、コンビニのバイトなんて人生俺は嫌だ。
せめて高卒。大学なんて我が沢良木家の経済力では不可能だからな。
まあ、そんなわけで俺は高卒の肩書きを得るため、友人も作らずひた向きに勉学に励む訳だ。
現状俺は努力の甲斐あって、優等生で通っている部分もある。優等生でいると色々と特だからな。
「……はぁ」
朝っぱらから良く分からない独白で変な気分になってしまった。なんだか無性に恥ずかしくなる。
そういう風に恥ずかしくなることってたまに無い? 無い、あ、そうですか。
まあ、今日も目立たないよう頑張りますか。
俺は気恥ずかしさを紛らわす様に少しだけ頭を振り歩幅を広げた。
ドンっ。
おおう?
歩く俺の背中に何かぶつかってきた。
ぶつかって来た何かは小柄なのか、俺は特によろめく事はなかった。
振り返りぶつかってきた何かを見る……見下ろす。
「……?」
「ぁ、ぁわ、ぁぅ……」
視線を向けると、帽子を目深に被った小柄な女生徒があたふたしていた。
あたふたと彼女が首を回す度、チラリチラリと太陽に反射する髪が視界に入る。
パチリ。
帽子から恐る恐る見上げた眼と俺の眼が合った。
長い髪で少女の顔はあんまり見えないが。
「ご、ごめんなさいっ」
「あ」
ふぁさ。
チラリと見えていた、煌めく色が目の前に広がった。
まあ、そんな勢いよく頭下げれば脱げるよな。
金髪の少女。
俺とは特に接点は無いけれど、よく見知った一人の少女が目の前で慌てふためいていた。
「君は……」
「あっ、ぁ、す、すいませんでしたっ」
俺が話しかけようとするも、彼女は落とした帽子を拾うと勢い良く走り出してしまった。
が、直ぐに足元が縺れ転んでしまう。
「きゃっ!?」
ううむ……白か。
おっと、そんなことより。
「大丈夫?」
近くまで行くと俺は少し屈み手を差し出した。
少女は座り込んだまま身なりを整えているところだった。
差し出した俺の手と顔とを何度か見ると、恐る恐ると言った様子で掴み少女は立ち上がった。
「ぁ、だ、大丈夫、です。……っぅ!」
立つなり直ぐに少女の顔が苦痛に歪んだ。
どうしたのかと彼女の視線を辿り膝を見ると、少し擦りむいているようで血が滲んでいた。
「あーぁ。……ちょっと待ってね」
俺はそう言って、おもむろに少女の前に跪いた。そして、上着のポケットから洗いたてのハンカチを取り出した。
「……ふぇ!?」
金髪少女がなにやらワタワタし始めたが気にしない。
俺はカバンから出した未開封のミネラルウォーターでハンカチを湿らしていく。
「ちょっと痛いけど我慢だよ?」
そう断り、擦りむいた膝へあてがった。
「っ!」
優しく膝を拭いていく。
痛みからか、ハンカチを宛がう度に少女が身動ぎする。
血の滲みも治まったところで俺は立ち上がった。
「よし」
……あ。
そこで今さら過ぎる事に気付いた。
俺、ほとんど喋った事の無い同級生に何やってたんだろうか……。
金髪少女と目が合う。
そのお顔は真っ赤だった。
そりゃそうだろう、と申し訳無く思う。
接点のない男子にこんなことやられたら恥ずかしいを通り越して最早怖いわ。
可愛い妹のわんぱくに、小さな頃から振り回され続けた弊害がこんなところで出てしまうとは。
罪悪感と気恥ずかしさを悟られないように俺は少女へ話しかけた。
「血と汚れは取れたから、保健室で消毒してもらうんだよ。ちゃんとしないと跡残るからね」
「ぁ、あ、ぁの、そ、その……」
不憫だ……。
本当ごめん。
罵声を浴びせられる事も覚悟しながら言葉を待っていると。
「す、すみません、ありがとうございましたっ」
そう言って踵を返すと学校に向けて走り去って行ってしまった。
勝手な恩の押し付けにお礼言えるなんて、ええ子だなぁ……。
ちょうど周りには生徒が疎らで、こちらに注意を向けている生徒が居なかったのが幸いか。
「やっちまったな……」
しばらく俺はぼーっと金髪少女が走り去った方を見ていたが、気を取り直して学校へ歩を進めた。
……教室でまた会うんだよなぁ。