フェイスの裏側
「夫が……。帰ってこないんです。一週間前から」
女は泣きながら、刑事に訴えた。
「わかりました。旦那さんはなんとかこちらで探して見せます」
「本当ですか。ありがとう……」
女は俯きながらまだ泣いている。
流石に刑事も嫌気が差したのか、今日は女を丁寧に帰した。
それから一週間後、女の夫は一向に見つからない。
だが、女が毎日のようにやって来て、早く見つけろと訴えてくるので、見つかるまで諦めるわけには行かないのだった。
刑事はこのままでは埒が明かないと思ったのか、女の家を拝見させてもらうことにした。
だが、何故か女はこれを極度に拒絶した。
「それだけは嫌です! 家には夫との思い出がたくさん詰まってます。もしかしたら、夫は死んでしまったのかもしれない……。そんな大切な家を他人に踏み躙られたくない」
女はこう訴えた。
女は家を見せることを拒絶したが、捜査のために仕方が無いので、なんとか了承してもらった。
女の家はいかにも二人暮らしという感じだった。
家に入って、刑事は少し疑問を感じた。
これは……血の臭い……?
「あのすみません。何か嫌な臭いがするのですが……」
刑事は女に問うた。
「あぁ。昨日生魚を捌いて食べようとしたのですが、仕事で疲れてて、台所の上に置きっぱなしにしてしまったんです」
女はそういって苦笑した。
次に刑事と女は二階へ向かっていった。
その際、隙間から台所が見えたが、確かに捌き途中の魚と血のついた包丁が置いてあり、その横に食器も二人分置いてあった。
二階には部屋が何部屋かあった。
一部屋ずつ見せてもらったが、ベットが二個あったり、書斎部屋があったりしたがそれ以外に特に不審な箇所はなく、あっという間に終わった。
刑事は帰り際にトイレに入りたくなったのか、女に一言断り、入ろうとしたその刹那女が突然刑事を止めた。
「ダメです。トイレならこの家でしないでください」
「え? なぜですか」
「私潔癖症で赤の他人が用を足したトイレは使えないんです」
刑事は顔を渋く歪めたが、女にそう言われたら仕方が無いと思ったのか、トイレに入るのを断念した。
刑事は家を出て、女の家の裏に回っていた。
あれは……。
女の家の裏側の草が生い茂った場所に、なにやら人間の形をしたものが転がっていた。
刑事は走った。
ーーーー男性の死体だった。
男性の体は何ヶ所か刺されていた。
これはすぐに署に報告しなければならない。
刑事は携帯を手にした。
死体の検死をだらだらと待っているわけには行かなかった。実は現在連続殺人犯の捜索に追われていて、そっちを優先しなければいけないのだ。
防犯カメラなどの証拠を確認したところ、犯人はどうやら男のようだった。
顔がある程度映っていたのだが、特徴が薄く犯人を発見するのは困難に近かった。
刑事は他の刑事たちと連続殺人犯の捜索を行っていた。そこへ一通の電話がかかって来た。
それを聞いた途端、刑事はうなだれた。
なんと死体は女の夫ではなかったというのだ。
血液検査の結果が適合しないとのことだった。
これでもう一度探さなければならない。
「すみません。ちょっと違う事件を取り扱ってきます」
刑事は他の刑事にそう言い残し、走った。
男性の捜索をしなければならないのに、刑事は何故か女の家を訪ねていた。
チャイムの音が家の外まで響いた。
しばらくして女が出てきた。
「あ、刑事さん。夫は見つかりました?」
刑事は首を振った。
女は膝から崩れ落ちた。
「そんな……」
「実はあなたの家の裏のあたりから死体が発見されたんですが、心当たりありませんか」
女は驚いているような、恐れているような微妙な表情を浮かべた。
「死体……ですか。全くないです」
少し俯き加減で言った。
「そうですか。では今日は報告のみですので、これで失礼します」
そう言って刑事は去ろうとしたが、何故か女の顔を一度確認してからドアを開けた。
依然として連続殺人犯は見つかる気配が無かった。
捜索からもうすでに一週間が経っている。
署からも、諦めかけたような雰囲気が漂っていた。
だがそんな中、刑事は女の家に向かって走っていた。
ドアが開いた。
「今度こそ見つかったんですよね?」
女はドアを開けた途端、こんなことを口にした。
刑事は問いに対して、冷静に答えた。
「申し訳ないですが、まだ見つかっていません」
女がうなだれているを見たはずだが、刑事はそれを無視して続けた。
「あまりにも旦那さんが見つかりません。そこで私は疑問を持ち始めました。本当にあなたの旦那さんは存在するのかと……」
女はうなだれていたが、それを聞いた途端、顔を素早くあげた。表情は驚きで満ちていた。
長い沈黙の後、女がようやく小さい声で話し始めた。
「実をいうと、いないんです。夫は半年前に死にました。事故で」
刑事は表情を変えなかった。
次は刑事の方から訊いた。
「じゃあ、何のために?」
「夫がいなくなってしまった寂しさを紛らわすためです。誠に恥ずかしいですが、警察に捜索してもらえばもしかしたら見つかるのではないかと考えました。今思うと馬鹿ですよね」
女はそう言うと自らを嘲笑うように苦笑した。
しかし、刑事の表情はいつの間にかとても厳しくなっていた。
「よくそんな嘘を平気でつくことが出来るな。全部嘘だろう」
女の表情も恐ろしい程に変化した。
「いきなり何を言い出すんですか」
「私はお前の顔に見覚えがあった。最初はたんに勘違いだと思っていたが、再び家に訪ねた時確信を得た。この顔は連続殺人犯にそっくりだと。それにベッドが二つあるのも食器が二人分あるのもおかしいと思ったんだ。そして、私は証拠を元に殺人犯について調べた。そしたら案の定私の推理は的を射ていた。犯人には妹がいたんだ。それがお前だ。あの時トイレに入るのを拒絶したのは、潔癖症ではなくトイレに犯人を隠してたためだろう。ーーこの家のどこかに犯人はいるはずだ」
女は終始俯き加減で刑事の推理を聞いていたが、話が終わるとゆっくりと顔を上げた。
その顔は憤りを感じているのか喜びを感じているのか、はたまた悔しがっているのか、全く感情が定まらないような表情だった。
女は声色を変えて話し始めた。もはや女の声ではなかった。
「残念だが、その推理は全て外れている。ベッドを二つ配置したりしたのも、トイレにお前を入れなかったのも全部俺のフェイクだ。お前はまんまと俺の仕掛けたトリックにひっかかったんだ。死体を家の裏に捨てたのも、お前をこうしてまた家に呼ぶためだった。だって俺は……」
女はそう言うと、突如として頭に手を差し込み、思い切り上に引っ張った。なんとその髪は偽物だった。
「その殺人犯なんだから」
刑事はその言葉を聞いた刹那、驚愕の表情を浮かべ、あまりに予想外すぎたためか声が出ないようだった。
男はその表情を見て、楽しんでいるように奇声を発しながら、包丁を取り出した。
そして、突然真顔になり、こう言った。
「お前も俺の餌食だ」