若葉荘へようこそ!3
俺の引越しの手土産である地域指定のゴミ袋を全員に渡し終わって、俺の自己紹介が終わったので今度は2階の住人達の番になった。
どうやら最初に発言するのは眼鏡を掛けた女性で、さっきまでサラリーマンと飲み比べをしていた女性のようだ。
「それじゃあ、次は私のようね。私は201の三井天音でOLをしているわ。あとは、ここには連れて来ていないけれど、マンチカンのモネとダリを飼っていて、趣味は美術館とかを回ったりするのが好きよ」
天音さんは茶髪のショートカットで、スッキリサッパリした姉御肌な雰囲気のある女性だ。
それと、今この場にいない猫の画像や動画を見せてくれた。画像のマンチカンは、コロコロしていて大変可愛らしい。
あと、ここには野良だけれど黒猫がたまに来て、皆はその黒猫の事をバラバラで呼んでいる事が分かった。
黒や闇、夜などの色を連想させた呼び名が多かった。
「よし、天音が終わったのならば次は202の俺だな!俺は須藤翔太だ。見ての通りの社畜である!あとは、そこのワンコはモモで俺の最愛の天使である!」
「ワンワン!」
そう言ったのはサラリーマンのお兄さんで、彼の背後には飲み終わった缶が転がっていた。
須藤さんは30代前半で、ちょっと体育会系っぽい人で、皆のムードメイカーな人なのだが、出張やら泊まり込みなどが結構あるみたいで、そんな時にモモちゃんを大家さんに預けているみたいだ。
呼ばれたモモちゃんも「主人!私を呼んだのかしら!呼んだのよね!」って感じに尻尾をフリフリしつつ、首輪が引っかかるのも拘らず飼い主である須藤さんの方は行こうとして、後脚で立っている状態だ。
さすがワンコ!飼い主大好き過ぎだ!
「つ、次は僕だね?僕は佐藤太一仕事は在宅だから基本家に居ることが多いけど、イヤホンして居ることが多いから何か僕に用があるならメールで呼んでもらった方が助かるかな?」
「とか言って、こいつ小説家なんだぜ!しかもあの大人気作家東方院「あーーーーーー!あんた何言ってんだわわわ!」
何か大事な事を須藤さんが言おうとしていたけど、その途中で佐藤さんが立ち上がり、須藤さんに大声を出して注意する。
そんな佐藤さんは30代くらいで、メガネにシャツをパンツinで、はっきり言えばオタク感丸出しな感じである。
「そっその事は内密だって言ったじゃん!馬鹿なの?ねぇ馬鹿なの!」
「あぁ?別に言ったって言いじゃねーか!ここの住民なんだから!」
須藤さんに向けて、佐藤さんが若干煽るように罵倒し、それに反応した須藤さんが酔っ払いだからなのか、機嫌悪そうにキレて一触即発でどうしようかと思ったが、三井さんが自分に2人の注目が集まるようにパンッ!と大きく音が鳴るように手を叩いた。
「はいはいはい!須藤、彼が何故ここに来たのか考えなさい。佐藤、近所迷惑になるから大声は止めなさい」
「「…はい」」
「はい。ならこれでお仕舞いよ!さっ貴女が最後よ」
ギン!って、まるで人を殺しそうな目線で2人を黙らした後、最後の1人に向けて言い、皆の視線が彼女に向かう。
「えーーこの雰囲気で言うの勇気いるなぁ。あはは。えっと、橘風波です。高校卒業と同時にここに来ました。ロップイヤーの愛ちゃんを飼っています。引っ越したばかりで、ここの事とかまだ分からない事が多いので教えて下さい!よろしくお願いします!」
そう言って軽く頭を下げた彼女は、ベリーショートで明るくさっぱりとした雰囲気の女の子だ。高校卒業と言ったことから俺と同い年だと言うことが分かる。
もしかしたら大学も近くである可能性があるな。
「それじゃあ、皆の紹介も終わった事だしお花見を続けましょうかねぇ?」
梅婆ちゃんがニコニコ顔での宣言に、皆が歌えや踊れやで花見が続いていった。
「うぅーん。喉乾いたな」
深夜シーンと静まり返った部屋で、俺は目が覚めた。手元にあるスマートフォンで時刻を調べると、今の時刻は夜中の3時で、花見から6時間以上が過ぎている事が分かる。
結局あの後、酔っ払った須藤さんが一発芸をやって、それに悪ノリした三井さんがもっともっとと言って阿鼻叫喚な場面に出くわしたり、亮太が居なくなったと思ったら手元に桜餅を持って戻って来て、こいつお菓子も作るのかよ!女子力やべー!なんて思ったりしたが、紗英ちゃんがうつらうつらして眠そうに船を漕いでいる状態になったので、軽く片付けて解散したのだ。
そのまま部屋に戻った俺は、部屋の引っ越しからのお花見だったので、自分が思っている以上に疲れていたのか、座布団に座った瞬間に眠くなり寝てしまっていたらしい。
「ヘックシ!」
さすがにまだ4月なので深夜のこの時間は肌寒く、布団に入って寝ていなかったせいかくしゃみが出てしまったので、水を飲む前にうがいをして軽く風邪予防をした後に、コップに残っている水を飲み干して、もう一眠りしようかと布団が引いてある場所に向おうとした時に、カーテンが開いているのに気付いて閉めようとした時に、外でライトアップされている桜が目に入った。
そして、その桜の樹の下に1人の女性がいる事に気付いた。
「あれ?あの人こんな深夜に何したんだ?桜見に来たってもあんな薄着で」
満開に咲く桜を見上げている女性は、白いワンピースを着ているのだが、問題はワンピースが半袖であると言うことだ。
まだ寒さがきつい4月に半袖なんて、風邪を引きに来るようなものだ。
「しょうがねぇな!」
このまま見過ごす事も出来なかったので、脱ぎ捨てっぱなしだった上着を持って彼女の元へと向かった。
「ニャーン」
彼女の元へと向かうと、先程は居なかったから猫が彼女の足元にすり寄っていて、彼女も座り込んで黒猫を撫でている。あぁあれが噂の黒猫かな?なんて思いつつ彼女のそばへ向かうと、こちらに気が付いた彼女が振り返った。振り返った彼女はあまりにも美しく可愛く綺麗で、一瞬俺の周りの音が消えたのかと思ったが、無言で佇んでいては不審者だと思われるだろうと慌てた俺は、どもりながらも彼女に声を掛けた。
「あっえっとその、えっと、その格好寒くない?」
ライトアップに照らされている彼女の肌は透き通るように真っ白で、黒く地面に届きそうな艶やかな髪は真っ直ぐに伸ばされており、その髪と同じく吸い込まれそうな瞳で俺の事を見つめている彼女に、顔が赤くなっていくのを感じつつ声を掛けると、彼女はびっくりしたのか目を限界まで見開き、薄く赤味がかった唇をゆっくりと開いて、小さな声で聞いてきた。
「あなた…私が見えるの?」
「えっ?」
そして、ゆっくりと立ち上がった彼女を改めて見てみると、うっすらとだが身体が透けている?
「えっ?どゆこと?」
「さっきのあなたの質問だけれど、私は寒くないわ。だって私はもう死んでいるのだから。だから、その上着はあなたが着ればいいと思うわよ?」
そう言いつつ、指をあごに当てて首をかしげる彼女はあまりにも可愛らしく、俺の心臓が早鐘のように鳴り響く。
なんと言う事だろうか?
俺は彼女に恋をしてしまったのだろうか?
胸の高まりと、火照る顔に驚きつつも、彼女から目を離せないのだ。
「ねぇ?大丈夫?」
黙り込んだ俺を怪訝に思った彼女は、下から見上げるように腰を屈めつつ心配してくれて、そんな彼女に俺は何を思ったのか、彼女にさらに近づき聞いたのだ。
「君の名前教えて!」
と。
これが俺と彼女が初めて会った日。
そして、ここで様々な恋が始まるうちの1つであった。