若葉荘へようこそ!2
うめ婆ちゃん家を後にして暫く待っていたら、宅配業者が来て荷物が届いたので片付けていく。
取り敢えず、大きいタンスやベッドなんかは
宅配の人に「これはそこに、そっちはここでお願いします」って言って運んでもらったので、後は目の前に積んであるダンボール類だけとなる。
冷蔵庫は小さいが備え付きだったため買っていないし、1人暮らしならこれくらいで十分な大きさである。
まぁ、俺自身料理が得意じゃないから、そんなに食材とかも買わないだろう。
買ってもカレーくらいか?
宅配の人も重い物を下に軽い物を上に置いてくれたので、一番下は米か何かかな?って思いながらダンボールを開き、中に入っているものを仕舞っていく。
ダンボールの中に入れる前も大変だったが、片付ける時も大変だな、こりゃあ。
「ふぅ、よっしゃ!こんなもんかな?…ゲッ!もう19時になるじゃん!」
外を見れば辺りは暗くなっている。
途中薄暗くなった時に電気を点けて、そのまま片付けるのに夢中で時間を確認していなかったため、気付けば歓迎会の時刻となりつつあったのだ。
「あっ…なんか外が賑やかだな」
いつから準備をしているのかは分からないが、ももちゃんの声や小さい子供の笑い声とかが、わいわいがやがやと楽しそうに聞こえてくる。
軽く体を叩いて埃を落とし、手を洗ってから外に出ると、もう殆どの準備が終わっているようだった。
桜の近くに電飾が施されていて、桜の周りはほんのりと光っている。
「あら、良樹君。お片付けは終わったのかしら?こっちの準備も終わって皆も集まったから、そろそろ始めようと思ったてたのよ。こっちへいらっしゃい」
そう言って、うめ婆ちゃんが俺においでおいでをしたので向かった先のブルーシートの上には、所狭しに置いてある食べ物と、ある一角に大量にお酒が置いてある状態だった。
「おぉー君が良樹君か!ここ、ここ!ここ空いてるぞ!」
ちょうど、うめ婆ちゃんの隣に座っていたスーツ姿の男性が、「ここ、ここ!」と、言いながら隣の空いているスペースを指差す。
「こんばんは、ここ、いいんすか?」
「いいよいいよー」
一応指定された場所の確認を取ってから座り、辺りを見渡すと、どうやら俺で最後のようであった。
「さて、皆さん揃ったようなので始めましょうかねぇ。初めての人もいる事だし1階から自己紹介もしちゃいましょうねぇ。ええと、音頭はどうしましょうかしら?」
パンパンと両手を叩き皆の注目を集めて、さぁ花見の始まりだって時に、呑気にそんな事を言ううめ婆ちゃんに焦れて、スーツのお兄さんがビール片手に突っ込む。
「うめ婆!うめ婆!その前に乾杯だけ先にしようぜ!せっかくのビールが温くなる!ってな訳で、今年も皆よろしくねー!乾杯ー!」
そう言うが早いか、あっという間にビール缶を1本空けてしまった。
「ぷはぁー!ビール美味え!」
「あらあら。うふふ、しょうがない子ねぇ」
「うめ婆、こいつは去年もそうだったわよ」
いそいそと、もう1本を開けようとするスーツのお兄さんに、うめ婆ちゃんが困った子だと苦笑し、俺の前の方に座っているお姉さんが、それに同調する。
周りの人達は小皿に、それぞれの近くにある食べ物から食べ始めているので、俺もそれを見て前にあるお稲荷さんと、マカロニサラダをよそって食べ始めた。
んっ!このお稲荷さん、ジュワッと甘しょっぱくて美味いな!
パクッと一口で食べたお稲荷さんは、噛めばジュワッと出汁が効いてて、プチプチと胡麻が弾ける食感が楽しく美味しい!
「それじゃあ皆さん、食べながらでいいので聞いて頂戴ね。知っての通り私がここの大家の若葉うめよ。困った事があったら何でも言って頂戴ね」
うめ婆ちゃんが言い終わると、今度はその隣にいる女性が挙手をする。
「次は私達かしら?102の相原絵里よ。普段は会社でOLをしているわ。この子は娘の紗英。今年で3歳になるわ。訳あって今は母1人子1人ね。紗英、皆さんに挨拶しなさい」
「あい!あいはらさえです!3しゃいです!おかあさんと、いっしょです!すきなものはりんごと…ももちゃんです!」
ぎゅっとももちゃんに抱きつき、抱きつかれたももちゃんも尻尾を激しく振って、お互いご機嫌である。
「ワンワン!」
指を3にしたいのだろうが、小指が親指に引っかからずに4になっている。
それでも、一生懸命紗英ちゃんが挨拶を言い終わると、「偉い!偉いぞー!」と拍手と共に周りから歓声が飛び、言われた本人は満足そうに笑い、唐揚げを頬張ろうとした瞬間。
「こら、紗英!ももちゃんに触ったんなら、これで手を拭いてから食べなさい!」
「あっ!キレイキレイするの!」
桜の近くに繋がれているももちゃんに抱き着いたので、唐揚げを食べる前に絵里さんが手を消毒させてから、大きなお口でパクついた。
「おいひい!」
ぱっと見、絵里さんは20代後半で下の右の方で髪を一纏めにして、ちょっとおっとりしていそうな雰囲気だ。
一方の絵里ちゃんは、髪をツインテールにしていて、今度は厚焼き玉子を頬張っている。
「んじゃあ、次は俺っすかね?103の鏑木亮太っす。料理が趣味っす」
「りょうた!今日のごはんもおいしい!」
「ん、アザス」
細めの体型で、金髪に両方の耳に数個のピアスを付けてて、ぱっと見はヤンキーに見えるのだが、紗英ちゃんはもう慣れっこなのか
御構い無しに笑顔で「りょうた!おいしい!おいしい!」と何度も言い、鏑木も微笑んで頭をポンポンして、なんとも微笑ましい雰囲気である。
「ここに来る前に、コンビニとガソリンスタンドと居酒屋あるだろ?亮太はそこで働いてんだぜ」
隣にいるお兄さんが、鏑木の追加情報を教えてくれる。
「そこの角のコンビニですよね?俺、今日
そこに行きましたよ」
確かここに来る前にコンビニに寄ったので、そこでニアミスしていたかもしれない。
「マジか!おーい、亮太!今日こいつがコンビニ行ったみたいなんだけど、会ったか?」
もくもくと紗英ちゃんの相手をしていた鏑木に、お兄さんが呼びかける。
「いや、今日昼前から入ってたけどレジ対応してないから知らん。新入り、そこのは自信作だから冷めないうちに食え」
ふるふると頭を振り認識がない事を告げて、
俺の目の前にもある唐揚げを勧められたので食べると、ジュワッと溢れる肉汁に舌鼓を打ちつつ、そう言えば俺の時はおばさんだったなぁと思い出した。
「あぁー確か、俺の時レジはおばさんだったなぁ」
「なんだぁー!会ってないのかぁー!」
ガックリと肩を落とされたが、すぐにはビールと唐揚げを頬張り始めた。
「ちょっと!次の104号室誰?」
「あっ!俺っす、すいません。今日越して来た佐藤良樹です。今年から大学生になるので、独り暮らしを始めました。
色々とご迷惑をおか…あっ!ちょっと待ってて下さい!」
「「ん?」」
「えっ?」
そうだった、そうだった!
うっかりしていたが、全員が集まっているのなら今がチャンスだ!
1回自分の家に帰って、分かりやすい所に置いてあった買い物袋を持って皆の所へ戻った。
「すいません。これ引っ越しの挨拶にって燃えるゴミと燃えないゴミ袋です。全員集まっているので今がチャンスかなって」
うめ婆ちゃんにはお菓子を渡したので、それ以外の6人に燃える・燃えないゴミ袋を1つずつ渡して行く。
母さん曰く、昔と違って蕎麦はアレルギーの人がいるし、洗剤やタオルなんかは気に入っているメーカー以外は、貰ってもあまり嬉しくないと思うけど、地域のゴミ袋ならば消耗品で必需品だから、貰っても迷惑にならないだろうという訳だ。
それにコンビニで買えちゃうからと、ここに来るまでに買っておいたのである。
1人ずつ挨拶と共に渡して行き、次は2階の住人の自己紹介になった。