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Colors of the World   作者: 結愛
第一色
1/2

始まりは、無邪気な魔女と



――――コツコツコツ。



自分の足音が、湿った洞窟のなかで高い音を立てる。時折、ピチャン、可愛らしくもあり奇妙でもある水音が響くのも耳に届く。幼い子どもなら涙目で、もしくはこれでもかってくらいには泣いて座り込んでしまうような雰囲気だ。



まるで腐敗しかけの生魚みたいに生臭く、自身の身体のなかを駆け巡っている血液より何倍もどす黒い液体が身体にへばりつきながら音もなく地面に落ちる。



持っていたランプをかすかに揺らしながら洞窟内をくまなく照らす。照らしたところで視界に入ってくるのはどうにもつまらない、遊び心をひとつも持ち合わせていないような岩や地面だけ。



色ですら面白みがない。



ふと足を止め、後ろを振り返ると、先程まで威勢良く牙を向けていたヤツらが積み重なって倒れている。あたしの服だの肌だのにへばりついている血の主たちが。



それらに一瞬だけ目を向け、再び前を向いて歩きだす。



―――――コツコツコツ。



相変わらず、視覚からの情報も、聴覚からの情報も何の変化を持たぬまま歩を進める。



「……随分長いな」



違和感を感じ、ポツリ、声が漏れた。



おかしいな。どれくらい歩いただろう。眉間にシワを寄せて考え込む。すると、ヒュッ、鋭く空を切るような音が響き、そちらを見ると随分と赤黒い、まるで錆びた鉄に血液が付着したみたいな、決して良い気分にはならないような色をした竜であろう生き物が現れた。



竜自体が高温なんだろう、周りの岩が少しずつだが溶けている。岩を溶かす温度……800℃以上はありそうだな。



身体の一部があの竜に触れたら、その部分は使い物にならないどころか実態すらなくなるだろうね。まず、近付きもしたくないけど。


ジッと竜の出方をうかがっていると、パカッ、口を大きく開き、次の瞬間には燃え盛る炎があたし目がけて放たれた。



でかい図体のわりには俊敏な動き。



瞳に映る炎がだんだんと眩しくなり、目を細める。でも、放たれた炎からは目を逸らさず、そっと呟く。



Azul(アスル)



その音に反応するかのように、地面から氷の壁がキンッ、鋭く冷えた音を響かせて植物のように生えてきた。その氷の壁が一瞬で背丈を伸ばし、炎を受け止めたことにより熱が四方に散らばった。



「行儀が悪いね」



あたしを殺す気なのかな。ああ、この竜じゃなくてあいつは、ね。



動きを止めた竜に人さし指を向け「Azul」スッと切るように空でスライドさせる。その動作に従うように、言葉と同時に鋭い切っ先を持つ氷が竜の首を切り落とした。持ち手になにも従えない氷の刃が空で動く様はサーカスで見せたら十分に観客を惹きつけるものだろう。観客なんてこの場にはいないし、サーカスなんてこじゃれた場所でもないんだけどね、ここは。



頭と身体が切り離された竜は大きく唸り、サァッ、灰になったかと思えばその灰も跡形もなく消えた。頭がない状態でどう唸ったのか少しだけ気になったけど、それ以上に気になることがひとつ。



「もしかして幻覚……?」



チラッと、先程まで竜がいた場所に目を向けてみる。溶けていた岩は何事もなかったかのうように溶けずに残っていた。



いや、溶ける前に戻っていた。



初めてだ。幻覚をこの目で見て体験したのは初めて。あいつは………魔女は幻覚を得意とするのか。予想もしてなかった展開に少し動揺した。



でもすぐに切り替える。動揺なんてしていられない。



あの竜が幻覚だったということは。



周りを注意深く見渡す。



際限なく続く洞窟に気が滅入りそうになっていたけど、そうか。



「これも幻覚か」



やられた。



気付かなかったな。



ただでさえ、この洞窟の中はやり辛い。光はあたしが持っているランプのみ。暗いなかで生活しているわけじゃないから、光がないとなにも見えない。このランプだって永久なわけじゃない。ハァと、ため息がこぼれる。さっさと用を済ませたい。でも、幻覚と分かったからにはむやみに動くだけ無駄、だと思う。



幻覚から抜け出さないと。



喉が渇いた。



本当にやり辛い。あの竜は幻で、あの炎も幻のはずなのに。竜が放った炎が未だに身体を取り巻いているよう。カラカラに全身の水分が失われていくよう。



幻覚の破りかたなんて知らないけど、どうすればいいか、そんなのもうひとつしか思い浮かばない。



うだうだ考え込んでても脱水症状で倒れる。そしたらおしまい。さすがにそんな終わりかたは避けたいし、まだ終わるわけにはいかない。



それなら。



中からぶちこわしてしまおう。



バラバラに打ち破ってしまおう。



返り血で濡れた服の袖を捲れば、血に濡れていない素肌が露になった。なぜかこの返り血は消えないらしい。なんでかねえ。



「さーて。無理矢理こじあけさせてもらう」



ランプを地面に起き、数歩歩いて洞窟の壁に触れる。



「Azul」



それを合図に、一瞬で、瞬く間に辺り一面が氷に包まれた。息を吐けばそれは白く染まる。



その氷が重い音を立てて徐々に押し寄せてくる。氷の面積が増し、洞窟の中が氷で埋め尽くされる。身動きひとつできないほどに。



ここに太陽の光が射し込めば四方八方に反射してそれは綺麗に輝くだろう。キラキラと。



洞窟の壁を触れていた人差し指でトンっと一度だけ叩く。



すると、氷がパキパキと音を立て始めた。徐々にヒビが入り、それは大きくなり、バキンっと鼓膜を叩いたのと同時に無数の氷の矢が洞窟を砕く。視界が全て氷になったかと思えば、次の瞬間には別の場所に立っていた。



なぜ別の場所と分かったか。それは視界に入ってくる物が全て先程までの洞窟と異なっているから。つまらない空間ではなくなっている。



いや、ひとつだけ同じもの。それは地面にポツンと置かれているランプとあたしの距離。それは少しもずれていなかった。



そのランプの下には背丈の短い草が生い茂り、カラフルな花も咲き誇っている。黒蝶が羽ばたき、花から花へと散歩をしているようだ。



下げていた視線を上げれば、目の前には扉があった。その扉に書かれている文字を見てフッと笑う。



「Welcome、ね……」



歓迎する言葉なはずなのに、さっきまでのお出迎えとは合致しない。随分と手荒なお出迎えだった。これがあいつなりの歓迎なら仕方ない。納得はしかねるけど。



扉を手で押せばカラン、どこかレトロさを感じさせるような鈴が鳴った。それを耳に入れながら静かに足を踏み入れる。



「いらっしゃい」



扉の内側にいた声の主を見る。想像とは違う、その幼い声と姿に驚いた。



ーーーーー子ども。



「なに?用があって来たんでしょ?あ、びっくりしたぁ?なに、この子どもって」



愉快そうにケラケラと笑う女の子。



“あいつ”とは言ったけど、あたしは会ったこともなかった。ただ噂で聞いたんだ。あいつはここにいる、と。



あいつであろう目の前の女の子に問う。



「あなたが魔女?」



ーーーーー魔女。あたしは噂で聞いた、ここにいるという魔女に会うためにここまで来た。



俗に言う魔女の服を身に付け、頭には先の尖った黒い帽子を被っている。誰がみても魔女、その印象を受けるだろう。



「ピンポーン」



部屋の明かりは天井にぶら下げてあるランプひとつ。そのせいで少し薄暗い。部屋がそれひとつでオレンジ色に染まっている。夕焼けだという人もいれば、朝焼けだと言い張るひともいるであろう色だ。なんとも迷惑で曖昧な色。



「初めましてぇ。僕が閻羅(エンラ) 凛音(リンネ)。君の言う通り、魔女だよぉ」



やけに間延びした明るい声。椅子に座った閻羅はカンッと机の上に足を乗せた。そしてどこから取り出したのか棒つきキャンディを口に含んで口角を上げる。カサリ、飴を包んでいた袋が落ちた。



「……僕?閻羅、あなたは男?」



扉に背をつけ、腕を組みながら聞く。容姿と声、名前から女の子だと判断したけど一人称を「僕」と言った。閻羅はオレンジ色の光を瞳に映しながらキャハと笑った。不気味なようでいて、なおかつ無邪気な姿は“子どもの魔女”そのものだ。



「僕は女だよ?僕が“僕”って言ったらダメぇ?言葉に権利や許諾は必要ないはずでしょぉ?」


「いや、ただ疑問に思っただけ」


「そぉ~?で、君は誰ぇ?」



帽子のツバをクイッと指先で押し上げた閻羅の瞳が鋭く光る。



「あたしは雨宮(アマミヤ) 青沙(アオサ)


「青沙ちゃん、ねぇ。で、用事はなあに?」



指先でキャンディのついている棒をクルクルと回している。遊んでいるように見えるその動作を見ても可愛らしいと思えないのはこの子が纏う雰囲気のせいなんだろう。



「その前に水を飲ませて」


「水?」


「そう。喉が渇いた」



今にも倒れそう。身体中の水分が一滴残らず消えていくような感覚だけが支配する。



「あそこにミネラルウォーターがあるから勝手に飲んで」



閻羅が指差した方向には冷蔵庫があり、中からミネラルウォーターを取り出して一気に飲みほす。



ゴクゴクと、水が喉を通って体内を満たしていく。その冷たさが心地いい。陸にあげられた魚が再び海に還された時ってこんな感じなんだろうか。



「確か、青の国の人は水と氷を操っていたねぇ。でも、無から有は生み出せない。だから青の国の人は常に水を持ち歩いてるはずだよねぇ?」


「全部、あんたの門番みたいな怪物を倒すのに使っちゃったけどね」



なんで知ってるのかと不思議に思ったが、幻覚越しから見ていたんだろう。そしてあたしの名前も聞いていた。だから、あたしが青の国の人だと確信するのは容易い。



「あぁ、そっかぁ。だから体内の水分を使ったんだねぇ。だからそんなに喉が渇いているんだねぇ」



チッと舌打ちをしてミネラルウォーターをもう一本取り出す。ごくり、全身を潤していく。



「僕の幻覚どうだったぁ?」




キャンディをガリッと噛み砕く音が聞こえた。その瞳は無邪気に光っている。子どもという容姿相応の瞳だ。



「門番たちの相手で持ってきた水は使いきっちゃって、僕の幻覚を相手に、それと終わりのない洞窟を破るのに体内の水分を使うなんて無茶するねぇ」



机の上で組んでいた閻羅の足。その爪先にヒラリ、黒蝶が止まった。閻羅はそれをニコリと微笑みながら見つめている。



コトン、飲み干して空になったミネラルウォーターをゴミ箱であろう場所に投げ入れる。「お、ナイス~」閻羅がそれをパチパチと手を叩いて見ていた。閻羅が手を叩いた振動でだろうか、羽を休めていた黒蝶が再び空中を漂う。




「で、用事はなぁに?今度こそ教えてよね」



閻羅の瞳が真剣さを帯びた。先程までの子どもという容姿相応の瞳ではなく、おそらく魔女としての瞳。ただの子どもじゃないという証拠。



「教えて欲しいことがある」



そう、だからここまで来た。わざわざ危険と隣り合わせになってまで。理由がなきゃ、洞窟なんて趣味じゃないとこに来たりはしないさ。



「ふ~ん。なにぃ?」


「病気を治す方法を知りたい」


「病気?」


「そう」



そっと瞳を閉じれば、あの柔らかい、あたしと同じ藍色の髪が揺れている。瞳を細めて微笑んでいる。



「病気なら僕のところより有名な医者にでも頼むべきじゃないのぉ?緑の国の人とかさぁ」


「緑の国の医者もその他の医者もお手上げだった」



皆、「事例のない病です。対処しかねます」と口を揃えて困惑していた。



事例がなかったら首を横に振って終わりなのかと、胸ぐらを掴み、怒鳴り、殴ってやりたい気分に駆られたことを思い出す。無責任にも、自らの力量を上回る事象に対し、理解の範疇を越えているからと求められている役目を放棄なんて、酷だ。



「へえ。でも、残念。治療は僕の専門外。医者でさえお手上げな病気なんてなおなら」


「…………」


「疑ってるのぉ?本当は知ってるんじゃないかって?僕は本当に知らないってばぁ」


「……そう、か」



知らないと首を降る閻羅のそばに黒猫がすりよった。黒蝶に黒猫、まさに魔女。絵にかいたように忠実な姿に少しだけ不思議に思った。あまりにも忠実すぎる、なんて。まあ、あたしには関係のないことだけど。



「まぁ、疑いを持つことは悪いことじゃない。特に僕に対しては常に疑ってかかることが正しい」



喉元をなでられた黒猫が気持ち良さげに目を細めた。



「魔女は幻覚のもと生きてるんだよぉ。存在ですら幻。全てを欺く存在。そんな僕をあてにするなんて健気だねぇ」



存在が幻。確かに、魔女の存在は過去にはいたという事実あるものの、ある時から忽然と姿を消している。姿を消してから月日が経ち、まるで伝説かのように扱われている地域もある。ただの噂として山の奥にいる、地下に住処があってそこで生活しているなど囁かれることも少なくない。



あたしだって本当にいるのか、大きな疑いを胸にここに来た。ここの洞窟の中にいるという噂だけでここに来た。でもいた。



閻羅を見て、ああ、魔女って存在してたんだとも思った。本人の言う通り、幻の存在なんだろう。決して人目に触れない陰の存在。人目に触れなければそれは時の流れと共に伝説として語られていくんだろう。



だからこそ、あたしは魔女に会いたかったんだ。聞きたかったんだ。他にはない知識があると踏んで。



でも、



「無駄足だったねぇ~」



あたしが思っていたことを口に出し、黒猫を抱き上げた閻羅があたしを見た。



「あたしも今思ってたよ、それ」



キャハハと閻羅が笑う。もうここにいてもしょうがない。「じゃあね、閻羅」と、扉を開けようとしたとき、明るい声に引き止められた。



「閻羅じゃなくて凛音って呼んでよ、青沙ちゃん」



まるで子どもが友達を作るために発するお決まりのセリフみたいなそれ。子どもだという印象を受ける、容姿から察する年齢故の発言なのかなんなのかは分からないけど、きっとそれほど意味のあるモノじゃないんだと思う。



それを背中で受け止めて、



「じゃあね、凛音」


「うん、バイバイ青沙ちゃん。Good luck.」



内側から扉を開け、オレンジ色に照らされている部屋から出た。その時、カラン再びレトロさを感じさせる音が響いた。



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