死闘妖刀
【それ】は口角を上げると言い放った。
「よぉ、待ってたぜ」
え?何を?!?!おもむろに周りを見渡すが、そこには【それ】と雷太の2人のみであり、【それ】が言い放った言葉もまた雷太のに向けての言葉である。
「お…お人違いでないでしょうかぁ…」
とかすれる声で弁明染みた返答を返す。
【それ】は雷太の返答を無視して続けた。
「お前、悪魔と契約しただろ?」
こう見えても鼻が効くんだとばかりに自分の鼻をトントンと人差し指で叩いてみせる。
ゾワゾワと全身の産毛が逆立つ感覚を感じ、雷太は畏怖する。
「…無視…かよ、如何あっても口を開かないつもりか?」
「ーーーーー」
声が出せない。
何を言えばいいのか、何をすればいいのかが判断つかない。
確かに悪魔は雷太の前に現れたが、その契約は【保留】されているはずだ。
俺が狙われる理由が…ない。
必死に言い訳を思案する雷太の額には、脂汗が浮かぶ、全身の血が抜けていくように、足に力が入らず、ガクガクと震えるのがわかる。
「なら…」
そう呟いた【それ】の周りに黒い霧状の幕が現れたかと思うと圧縮、霧は物質へと変わり【それ】の右足へとまとわりつく。
一瞬の出来事だった。
雷太の左腕に違和感を感じ、恐る恐るその正体を確認すべく目を、左に逸らす。
「…あ……っガアアアアアアアぁあああァ!!!!!」
悲鳴とも方向ともつかぬ音が聞こえる、否聞こえるのではなく、自身の口から、喉から発せられていることに気づくのにすら時間がかかる。
「語らねぇんなら、語らせるしかねぇよな
身体に聞いてやるよ」
「痛い!痛い!怖い!痛い!痛い!!!」
死ぬ…痛い…雷太の頭の中はその二つの単語で埋め尽くされ思考が停止している。
それでもなお拷問と言う暴力行為は止む気配はない。
【それ】は雷太の胸ぐらを掴むと倒れこんだ雷太を片手で持ち上げる。
「カッ…クゥ…」
苦しそうに呻く雷太に冷たい視線を浴びせる。
「俺は【名無し】だ他にもunknownやら悪魔殺しとも呼ばれている」
自分をunknown(正体不明)と語る青年。
白髪に、黒いTシャツ、ズボンは白い。
「テメェがしゃべるつもりがねぇなら、次はその右腕をもらう」
「ぬ…ぐぅぅ…」
抵抗できず、地につかぬ足はバタバタと空を切り、相手に手の届かない右腕は空を掴む。
「あ"な"ぜぇ…はっ…な"せ…」
「助けを呼んでも無駄だ、この辺りの人払は済んでいる」
その言葉を聞き、ふと雷太は周りの民家を見やる。
裏路地といえど、そこは住宅街の間の細い路地だ、あれだけの大声をあげて誰も見にこないのはおかしい…。
ふと見た民家の違和感に気付く。
窓だ、一階のリビングであろう部屋の窓にはべっとりと血が滲んでいる。
改めてunknownを見やると、彼の左腕にはべっとりと誰の血か分からぬ紅い鮮血が雫を垂れていた。
「………!!!!」
プツリと雷太の頭の中で何かが切れた。
「ぉぉおおおおばぁええええええ!!!!!」
「急に元気になったじゃねぇか、お前がここに来る前にしたことにやっと気づけたか」
「…人のいの"ぢをあ"んだどおぼってるぅ!!!!!」
雷太の胸ぐらを掴む右手を自分の出せる精一杯の力で握り込む。
バチッと音を立てたかと思うと、雷太の拘束が解かれ、重力により地面に叩きつけられる。
「テメェ…今何をした?」
何をしたかは自分でもわからない、ただ、unknownの右腕に触れた途端、静電気のようなものを感じた。
当のunknownは自分の掴まれた腕を左手で摩りながら、静かな怒りを目に宿す。
「俺は…何もしてねぇぜ…」
「お前がしたことに対するバチでも当たったんだろ」と軽口を叩く。
「そうか、まだそんな軽口を叩ける余裕があったのか」
再びunknownの周りに黒い物体が形成されると、今度は腕へと吸い寄せられる。
巨大化した黒い腕を音を立てて稼働させる。
「へ…へへ…死ぬのか…俺は…」
死を覚悟し、その瞬間、容赦なく、雷太の全身に衝撃が走った。
トラックに跳ねられたらこれほどの衝撃だろうかと頭をよぎると、突き飛ばされた先のブロック塀へと叩きつけられる。
ブロックの砕ける音と共に、雷太の全身の骨が痛ましい音を立て、顔から地面に叩きつけられる。
雷太はもう…動かない。
軽く手足を痙攣させ、白目を剥く雷太に、unknownは近寄る。
腕にまとわりついていた黒い物は霧散化し、元の腕が姿を表す。
「まだ殺さねぇよ」
辛うじて息のある雷太の切断された左腕、そこからはポンプが水を吐き出すように血が噴出されている。
その切り口を横から足で踏みつけた。
飛んでいた意識が戻る。
雷太は泣き叫ぶ。
助けを懇願する。
喉が枯れるほど叫んだ。
ふと、左腕の激痛が止まった。
固くつぶられためを恐る恐る開くと、unknownが見えた、が、unknown自身は雷太を見下ろさず、その逆方向、後ろを振り返る姿勢で止まっていた。
その視線の先には。
「そこまでにしてもらうぞ、化け物」
7と刻まれた仮面に素顔を隠し、声に静かな怒りの色をみせる7番が立っていた。
「へぇ、契約した悪魔がオイオイと姿を見せるたぁ大したもんだ」
「こう見えても戦闘特化型なんだよ、俺は」
売り言葉に買い言葉で返す7番。
彼の右手には人の丈以上はある刀が握られていた。
刀身3mはあるだろうか。
「獲物は日本刀か…ただの刀じゃねぇな」
そう言いながらunknownは、鞘に納められた刀を凝視する。
「その通り」
スラリと鞘から刀身が抜かれると同時に周囲の温度が急下降した。
夏だというのにも、周囲の物が凍り始める。
雷太の左腕の切り口もパキパキと音を立てて凍り始める。
「妖刀…氷斬」
その刀の刀身は美しく、見たもの全てを凍らせるように冷たい色をしていた。
「これはこれは、悪魔としてはずいぶん洒落たものを持ち出してくるじゃねぇか」
unknownの顔には悪党らしい笑みが浮かべられていた。
「…1つ、間違いを正しておかなくてはならない」
言い出したのは7番だ。
「俺と雷太は契約はしていない」
「あ??これはどういうことだ?」
unknownは首をかしげる。
「そらぁ、自分の弱点を相手に言いふらしているようなもんじゃねぇか」
その言葉を聞き、雷太はふと自宅を出る前に交わした7番との会話を思い出す。
ー悪魔は契約していなければ能力の使用を禁止されているー
それじゃあ、悪魔としての能力は使えず、7番はその得物、妖刀氷斬での未知の攻撃のみに縛られるということではないか。
「甘く見るなよ、化け物」
そう言うと、7番はunknownに斬りかかる。
7番とunknownの攻防が始まる。
響く金属音、斬る、躱す、突く、殴る。
目の前で繰り広がる光景をただただ雷太は眺めることしか出来なかった。
「おいおい、マジでこれ7番が勝っちまうんじゃねぇか?」
unknownの、表情は時間を重ねるにつれ、苦悩の表情へと変化していった。
7番の斬撃は、unknownの死角を付き、少しずつunknownの皮膚を、肉を切りつける。
それだけにとどまらず、その裂けた傷口より体内の血液の凍結が始まり、少しずつではあるが、確実にunknownの動きを鈍らせる。
「ーーーーー!」
「………」
両名一切声を上げず、相手を倒すことにのみ集中しているようだった。
一瞬だ、一瞬、7番の剣撃が止まった瞬間を見逃さず、unknownが自らの間合いへ入る。
「甘いぜー、悪魔さんよぉ」
ふとそんな言葉を白い吐息と共に吐き出し、そこに致命打を叩き込む…かに思われたが、そこに妖刀氷斬の能力が発揮される。
刀身の付け根の氷が剥がれ落ちたかと思うと、音速で飛び交い、そのunknownの打撃の前に展開される。
薄い膜となった氷は確実にunknownの腕の動きを封じ、即座に凍結がはじまる。
「なぁっ?!?!」
「甘いのはお前の方だったな」
そう言いながら、刀を振り上げ、unknownの首筋を狙いに振り下ろされた。
しかし、その動きが首筋に当たったところで、停止した。
unknownの首筋から紅い鮮血が一筋流れる。
「な…」
呻き、7番の手から妖刀が手放され、地面に落ちる寸前で白い粒子となって消滅する。
unknownがニタリと笑う。
突然現れた夥しい数の黒い槍が7番の体を貫いていた。
「惜しかったなぁ」
ゲラゲラと下品に笑いながらunknownが手のひらを空にかざす、すると、その頭上に7番の体を貫いたものと同じ槍が形成され…
「地獄に帰れや」
その一言と共に、7番の額に突き刺さった。




