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アコライト・ソフィア 9

 精霊達から貰ったモノは…

『でも復讐することは無かったわ』

「復讐?」

『ええ。この子は魔岩をその人間の家に投げつけたんです』

『…だって』

「その家って?」

『領主とかいう人の家だよ』

「それが大火の原因…?」

『違うわ。だって、魔岩を返したのは大火の前の日だもの』

「前の日?」

『それに投げつけたのは私が触れて壊れた魔岩の欠片だもの。火事だって村人達が直ぐに消してたから小火で終わったわ』

「それが前の日なのね…」

 ならば、大火の原因は何だろうか?

『人間なんて私達を切り倒すんだから、居なくなっちゃえばいいのよ!』

『…それは違うぞ。キーファ』

 後ろの方から別の声。振り返ると木の杖をついた老婆が居た。


 20.先代のアィヒェ

「どちら様ですか?」

 ソフィアが問かけるのと前後してアィヒェが老婆に挨拶した。

『アィヒェ様。御久しぶりです』

「え? アィヒェさんとアィヒェさん?」

『「アィヒェ」の名はアンタに譲ったはずだよアィヒェ。今はお婆とでもお呼びよ』

 老婆は近くの岩に腰掛けると杖によりかかってソフィアを見て目を細めた。

『輝かしいばかりの法力、生命力だね。お嬢さん。まったく年寄りには羨ましい限りじゃ』

『違うってどういう事?』

 老婆に口を尖らせてキーファが尋ねた。

 老婆はキーファをじろりと一瞥して言った。

『人間共は確かにワシ等を命在るうちに切り倒す。だが、それはワシ等の為になる。知って居るじゃろ。人間は倒した跡にワシ等の子供達を植え、育ててくれる。それはもう自分の子供のようにな。ワシのように倒れ朽ち果てて仲間の糧となるも、人間に切り倒されて子供達を育ててもらうのも大差は在るまい?』

『でも…』

『…他の場所では根こそぎ切り取られ跡は荒れ地に成った所も在る。実際、ワシの娘の一人もそういう仕打ちを受けた。ところが、ここの木こり達はどうじゃ? 一本一本、天寿を見極めて刈ってゆく。そして跡には必ず子供達を植えて育ててくれる。ならば、ここの木こり達に何の恨みが在ろうものぞ』

『………』

『キーファ。お前は若くして精霊となった。ここの神泉の御影じゃろう。だがな、感情に任せて他の生き物の世界に干渉してはならん。よいな?』

 キーファは静かに頷いた。歳を積み重ねた言葉の重みには反論できないようだった。

「ところで…お婆さんはどちらの木なのです?」

 老婆は、ほっほっほっと軽く笑い、杖でソフィア達が来た方を指した。

『この森の半ばで御前さん方が腰掛けた木が在ったろう? あの倒木がワシじゃよ』

「えっ! それは失礼しました」

 深々と頭を下げるソフィアを手を振りとめて老婆は言葉を続けた。

『なぁに、腰掛けてくれた時にその溢れんばかりの生命力を少しばかり貰った。御陰でワシは久しぶりに此処までこれた。それに人間の手で植えられてからこの歳になるまで切られた後なんになるかを楽しみにしていたんじゃ。使ってくれてありがとよ』

『楽しみになさってたんですか?』

『そうじゃ、アィヒェ。柱になって人間の家庭というやつを見守るも良し。家具になって色んな物を仕舞われるも良し。水車の軸になって水の力を人間の力とするも良し。全ては時の流るるままじゃよ』

『私は切られる事は怖いです』

『ほほほ。アィヒェ、お前は実生の木じゃからして人間が怖いんじゃろ? だがな、考えてごらんよ。ワシ等は生きている間は色んな生き物に恵みを与え、そして恵みを受けている。それが刈られた後も続くのじゃ。それだけの事じゃよ』

 にこにこと笑う老婆はふと寂しそうに目を閉じた。

『ところが、背高を自慢してたワシじゃが、それがいかんかったのう。瘴気を吸いすぎて…あの様じゃ。育ちすぎた体が災いして他の若木を巻き込んで倒れてしもうた。長生きし過ぎたのう』

「そんな。寂しい事を」

『ま、長生きした御陰で御主に会えた。禍福は昼夜の如くじゃのう』

 ソフィアは心に風が吹きぬけたような感じがした。老婆の言葉にはそんな清涼感が感じられた。

 笑顔から真剣な顔でソフィアに向き直り老婆は頼んだ。

『ところで御主に頼みが在る。この瘴気をどうにかしておくれでないかぇ。ワシが倒れたのは寿命としても他の木達も萎れたり、枯れたりしておる。このままじゃ森が滅んでしまう。なんとか、この瘴気を祓って欲しいのじゃ』

 ソフィアはにこりと笑いながら応えた。

「その事ならば既に村の御老人に頼まれました。それで瘴気の元を探しているのです」

『そうか。ならば重ねて頼むのは御主達の世界では迷惑な事じゃったのう』

「ギルドの事を御存じなのですか?」

 ソフィアはちょっとだけ吃驚していた。

『ほっほっほっ。ギルドは元々、日雇いの仕事を仲介していたんじゃよ。刈入れとか山仕事とかのな。そうじゃのう。ならばワシ等に聞きたい事は無いかの。人間達が滅多に立ち入らぬ森の中と近くの事しか判らぬが、それしか御主の役に立つ事は無さそうじゃ』

「では、遠慮なく」

 老婆の傍らの石に腰掛けてソフィア達はゆっくりと尋ねた。


 21.護符

 依頼されたことに関連する疑問…瘴気の原因となる事に対しての情報は得ることはできなかったが、この周辺の地理と歴史についてはかなりの情報を得る事ができた。竜の洞窟は東の尾根。そして西の尾根に村人もあまり知らないという腐泥の池がある事を知った。

『あの池の近くに洞穴がある。以前は硫黄の風を吹き出していたが、近ごろは収まった様じゃのう』

『★近ごろってどのぐらい?』

『七年ぐらいじゃよ。焔のミダル』

「竜は見かけませんでしたか?」

『さて。倒れる前はよく見たが、倒れてからは空はちょっとしか見えんでのう』

「そうですか」

 ソフィアは暫く考えた。

(二匹の竜のどちらもノーラの言う通りにこの近くには棲んでいないのかしら? それとも瘴気のせいで誰も空を見なくなっているからかしら?)

『さて、質問は終わりかの?』

「ええ。お疲れ様でした」

 ソフィアを老婆は涼しげに見ていたが、ふと思い出したようにアィヒェに声を掛けた。

『そうじゃ。昨秋はめずらしく碧玉胡桃が多くの実をつけたと言っておったのう』

『ええ。瘴気が多くなってからはあまり実をつけませんでしたが十個ほど生りました。あ…でも…そうですね』

 アィヒェは老婆が言わんとしている事が判ったらしく、ゆっくりと神泉に近づき、泉の中から綺麗な緑色に輝く実を拾い上げた。

『瘴気にやられてはいけないと思い、泉に沈めておりました。どうぞこれを御持ちになってください』

 差出された木の実からは眩いばかりの力を…生命力を感じる。

『この実はの、人間が食べると七年は長生きするそうじゃ。実際、一個食べると三日は何も食べんでも平気じゃそうな。旅を続ける御主には必要な物じゃろう。持って御行きなされ』

 差し出すアィヒェを両手で制しながらソフィアは後退りした。

「そんな。それ程の事をしていただくことは何も…」

 老婆はアィヒェの手からから半分の実を手に取りソフィアに近寄り実を勧める。

『いやいや。瘴気を祓ってくれるのじゃろう? ならばこのぐらい…』

 ソフィアとアィヒェと老婆の間で緑色に輝く実が進める言葉と断る言葉と共に行き来しはじめた。

『☆なんや、ニクシーの時と同じパターンになってきたな』

『★そんだけ瘴気が鬱陶しいんやろなぁ』

 人形達が呆れている間も木の実は三人の間を行き来していた。

「それではこうしましょ」

 ソフィアは地面に枝で護符を描き始めた。

『なんじゃ? その護符紋様は?』

 円の中に七星と文呪紋様の護符を描きながらソフィアは応えた。

「これは聖痕紋様の護符。瘴気除けになります」

『なんと! これで瘴気が防げるのか?』

「完全には防げませんが、幾分かは防げるはずです。魔法の焔…魔岩の焔も少しは…」

『便利なのですね』

「そのかわり、あまり力は在りません」

 感心するアィヒェにソフィアは一言だけ断った。

『よいよい。力のある護符は掲げ持つ者の命を削ってしまうからの』

「さすがによく御存じですね。さぁ、できました。この護符紋様をそれぞれの木の大枝の一番高い所の葉に…そうですね、一つか二つ写し取ってくだされば充分でしょう」

『コレで森が護れるの?』

「そうよ。でも枝の力が弱まったら、無理せずにその葉を落としてね。そして別の枝の葉に紋様を写して……それで大丈夫よ」

『判ったっ! ワタシ、皆に伝えてくるっ!』

 今まで黙っていたキーファが急に元気よく樹の上に飛んでいった。

『ありがとう。ソフィア。森を護る方法を教えてくれて』

 振り向きざまにソフィアに挨拶をしてキーファは瞬く間に見えなくなった。

『まったく、いつまで経ってもろくに挨拶を覚えん』

『いいではありませんか。まだ子供なのですから』

『そうやってお前が甘やかすから…』

 老婆とアィヒェのやり取りをソフィアは懐かしげに聞いていた。

(もう何年前だろう。父さん達と別れてから)

 ゆっくりと背中の袋鞄に手を置き、それを確かめながらソフィアは目を閉じて微かな記憶を辿った。僅かな思い出が心の温もりに変っていく。

『大丈夫かの? 背に古傷でもあるのかえ?』

 目を開けると老婆の顔がどアップで飛び込んできた。

「ぎゃあ! …って失礼しました。何でもありません」

 両手をわたふたと振りながらソフィアは呼吸を整えた。

『では、あの護符を教わったお礼じゃ。今度は受け取ってくれるの?』

「はい。でも半分だけ」

『どうして半分ですの?』

 尋ねるアィヒェにソフィアはにっこりと笑って応えた。

「残り半分は植えて育ててくださいまし。それがその実の宿命でしょう」

 ソフィアの言葉にアィヒェは驚いた。

『判っていたのですか? この実をつけた碧玉胡桃の木が枯れた事を』

「なんとなく。でも芽を出し難い木なのでしたら、やはり受け取るわけには」

『それなら心配御無用じゃ。この実をつける木は其処生えておる』

 老婆が指差すのは神泉の向こう岸。小さな木が七本生えていた。

『七年前にやっと生った1つの実を一昨年植えましたら去年、芽が出ましたの』


 読んで下さりありがとうございます。

 これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。

 9/30話目です。


 感想などいただけると有り難いです


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