アコライト・ソフィア 8
ソフィアを襲ったのは……精霊
『○防御はまかしときや』
ノーラは両手両足を踏ん張り構えている。
『土の精霊? 土の精霊を呼び出し、力を使うのならば風の精霊の力は使えない…召喚できないだろう? …ならばこれはどうだ?』
四方からツタがヘビのように迫ってきた。
『★な、何や?』
『○ジュエル・ウォールっ!』
たちまちそびえ立つ極彩色の壁。しかし、ツタはそれに巻き付くと一瞬にして破壊した。締め付けられる寸前に辛うじて逃げ出すソフィア達。
『◎きゃあぁ』
『★あかん! ウェンディが捕まった!』
『☆ウィン・ブレイド』
アェリィが繰り出し投げつける白い円盤。円盤に触れた途端、ツタはばらばらに千切れた。放り出されたウェンディをソフィアは慌てて受け取る。
『☆特大のカマイタチやで。どうや、この切れ味』
『なに! 風の精霊の力? 土の精霊とは同時に力は使えないはず? …おのれぇ』
上空から投げ落とされる木の槍と四方から迫るヘビのようなツタ。それらを攻撃し防ぐサーラ、アェリィ、ノーラ。
ウェンディとソフィアはどうした?
18.木の精霊
ノーラ達の攻防の傍らでソフィアとウェンディは頭上の敵を探していた。
『◎…ソフィア。水糸、貸して』 「どうするの?」
ソフィアから水糸を受け取ったウェンディは水糸を輪にして頭上に投げた。
『◎…ん。捕まえた』 ぐぃっと水糸の端を引っ張ると上から落ちてくる人影。
『きゃあああああぁぁぁぁ』 どさりと落ちたのは緑色の髪の少女。
『いたた…』
腰を打ったらしく両手で腰を摩る少女。その左顔から左肩にかけて酷い火傷の痕があった。
『☆…なんや、何で火傷を?』 『★アタシの術は木槍にしか使こうてないで』
言われて左顔を片手で隠す少女。
「あらら。怪我してない?」 駆けつけたソフィアは無防備に少女に近づいた。
『☆ソフィア! 敵やで。そいつは!』
「そうとは限んないでしょ。それに怪我人を癒すのは白魔法使いの義務よ」
『義務のために死を受けとってみる?』
ソフィアの喉元に尖った枝を突きつける緑色の髪の少女。
凍りつく時間。
「貴方は私達を殺すつもりは無いのでしょう? 先程の攻撃だって本当の殺気を感じる事は無かったわ」
『…今はどうか判らないでしょ?』
少女は突きつけた枝を強く握り締め、枝を引き、衝こうとした。が、その瞬間、枝は一瞬に風に千切れて燃え尽きて灰になった。
『★☆自分の立ち位置が判らんらしいな』
『○…あんた、ドリァード。樹の精霊やな』
成す術を総て防がれて、今はただ俯くだけの緑髪の少女は小さく頷いた。
「うん。怪我は無いわよ」 ぽんと頭を叩いてソフィアは言った。
「でも酷い火傷ね。ちゃんと治療しなかったんでしょ?」
少女はそっぽを向いている。その顔を両手で包み、ソフィアは優しく言った。
「女の子はね、顔は大事にしないとね」
『…ふん』
ソフィアの右手にざらりとした肌の感触が伝わっている。
(このままじゃ壊死してしまうわ…ね)
幾つかの術を思い浮べ、精霊にも効きそうな治癒の術を選び出す。
「じゃね、目を瞑っててね」
ソフィアの右手がポォと静かに輝き、火傷の痕をゆっくりと光が動いていく。
「…はい。終わったわ。女の子だものね。何といっても顔の方を癒さないとね。まだ完全じゃないけど、ちょっと時間が経ったら消えるわよ。首から腕の方はもうちょっと時間がかかるけど、それも何れ消えるわ」
少女は指で頬の火傷の痕を探したが、つるりとした肌の感触だけが指先に在った。
『…消えた。癒ったの?』
「ええ。ちゃんと消えたわよ。ほら」
ソフィアが差し出す鏡で自分の顔を見て驚く。
『消えた。癒ったんだ…』
鏡の中の顔は美しく火傷の痕は一つもなかった。思わず微笑んでしまう。が、ふとソフィアと人形達を振り返り見て再び塞ぎ込んだ。自分が攻撃した事がまったくの間違いだという事が彼女の表情を止めてしまった。
強張る少女に微笑みながらソフィアは尋ねた。
「私はソフィア・フレイア。職業はアコライト。貴方のお名前は?」
にっこりと笑っているソフィアからぷいっと顔を背けて少女は黙り込む。
『☆あ…』
『★悪いことは言わんから応えた方がええで』
青ざめたアェリィとサーラを不思議な顔で見つめる緑髪の少女にノーラが後退りしながら忠告した。
『○…え、ええから。さっさと応えた方がええで』
ふと異様な雰囲気を背後に感じて振り返ると、そこには蟀谷をヒクつかせながらも笑っているソフィアが居た。
「相手が名乗ったら自分も名乗るようにと礼儀を教わらなかったかしら?」
不必要なまでに力が入っている指先からはパチッと火花が跳んでいる。ソフィアの有り余る法力が感情の高まりで溢れだし火花を跳ばしていた。
「名乗る気は無いようね?」
『☆ち、違うて、ソフィア。単に怯えて声が出ないだけ…』
人形達はいつの間にか大木の影に隠れている。緑髪の少女は…本当に怯えて、声が出ずにいた。
「勘違いと間違いは誰にでも在るからさっき攻撃してきたのはちょっと置いておくけど、最低限の挨拶はわきまえる物と教わらなかったかしら?」
にこやかに額の端をヒクつかせながらソフィアの髪が逆立ち…法力をパチバチと放出している。まるで雷の精霊の如く…
『★さ、さっさと応えって。い、今は法力が溢れかえっている状態なんやで。それに礼儀には小うるさい…いや、厳しいんやから。ソフィアは』
今は人形達の忠告を素直に理解した緑髪の少女だったが、怯えて声が出ない。
「さぁ。お名前は?」
『その子の名前はキーファ。まだ子供ですので無礼をお許しください』
振り返ると木陰から長い緑髪の麗人が顕れ、一礼した。
『私の名はアィヒェ。御初にお目にかかります。アコライトのソフィア・フレイア様』
ゆっくりと頭を上げソフィアを見つめる目は静かに緑碧く輝いていた。
19.精霊の記憶
キーファはそそくさとソフィアの元を離れるとアィヒェの後ろに隠れた。
「貴方は…いえ、貴方とその子はドリァードですね?」
『はい。私は其処の樫の木。この子は横の松の木の精霊ですわ』
アィヒェが指差したのは泉の側の大木とその傍らに在る松の木だった。
『この子はさっきの大火事で燃えそうになったものですから、過敏に応対してしまったようです』
確かに松の木の片側には焼け焦げた痕が在った。
「さっきの大火事?」
『ええ。ほんの5年前の大火事ですけど』
ソフィア達は軽い脱力感に襲われた。
『★5年前が「さっき」か?』
『☆木の精霊やから時間の感覚が違うんやろ』
人形達のぼやきを余所にソフィアは尋ねた。
「ところで先程、人間達が火事を起こしたように言ってましたけど?」
『★せや、今度は焔の精霊を連れて来たとか言ってたな』
皆の視線がキーファに集まった。
『な、なによ。貴方達があのときの人間と無関係だという証拠も無いんでしょ?』
開き直るキーファにアィヒェが無表情のままに諭した。
『キーファ。いい加減にしなさい。この方達が先日の人達と違うのは…もう判っているんでしょう?』
『…うん』 キーファは下を向いたまま頷いた。
『さぁ、キーファ、説明しなさい。そして謝罪するのです。ね?』
こくんと再び頷いてキーファは話し始めた。
その日は霧が深く、人間達が森に入ってきたのも近くになるまで気がつかなかった。
(…木こりかしら?)
実際、以前にも何人かの木こりがこの泉を訪れたが、泉の神気を感じたのか、この辺りの木に斧を入れることもなく立ち去るばかりだったのでキーファは警戒せずに物珍しげに見ていた。
(なんだろ? 斧じゃなくて赤い岩を持って…村の人も居るけど違う人もいる)
人間達は話しながら岩をあちこちに置いていった。もちろん泉の近くにも…
そのうち何故か人間達は言争いを始めた。キーファの耳には全ての言葉が届かなかったので良くは判らなかったが、どうやら赤い岩の数が足りないらしい。
人間達は結局、言争いながら戻っていった。
そしてキーファは赤い岩がなんなのかを知りたくて近づいて…触れた途端に石から焔が吹き出したのだった。
「その岩は焔を封じ込めた魔岩だったのね」
こくんと頷くキーファの髪を撫でながらアィヒェは話を続けた。
『この子が火傷をした時は本当に吃驚しましたわ。私達の治療といえば時の流れるままに任せる事だけですから』
「それで、その魔岩はどうされたのです?」
『ほとんどの岩はこの奥の竜の洞窟に投げ込みました』
「竜の洞窟?」
『ええ。そうは言っても、ここ暫くは…人間達の感覚に直しますと百数十年は竜は棲んでませんけどね』
「そうですか…投げ込んだ魔岩は全部じゃないんですか?」
『一部はこの子が…』
『だって、あの人間達はこの森を燃やそうとしたんだよ!』
キーファは涙ながらに訴えるように叫んだ。
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
8/30話目です。
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