アコライト・ソフィア 7
ソフィアは森の中で……
にこやかに、しかし、かなりの迫力で詰め寄るヌーラにソフィアはたじろいだ。
「いいのじゃな?」
「…は、はい。判りました」
『☆あ、受けちゃった』
「何か、文句が在るのか? そこなミダル」
ギロリと睨むヌーラにアェリィはソフィアの後ろに隠れて言った。
『☆ギルドの規則で同時に二つの依頼を受けることはできないんだもの』
「そうなのか?」 問い質すヌーラにソフィアは無言で頷いた。
「うぅぅむ。いや、問題無い!」
ヌーラは何故か自信たっぷりに威張りながら言った。
『★なんでや?』
「そのギルドとは人間達の組織の規則だろう?」
「…え? ええ」
「わらわ達は亜人類じゃからして人間ではない。従って、規則には違反していない!」
きっぱりと言い放つヌーラに気圧されてソフィアは覚悟を決めた。
「判りました。依頼を御受け致しますわ」
ソフィアとヌーラは固く握手した。その様子を浮島の影からネダが盗み見て、小さく舌打ちをし、そして静かに水面に消えていった。
15.宿の部屋
『☆ほんまにええんか?』
「何がぁ〜?」
『★依頼や。同時に二つ受けられないんはギルドの基本やで』
「そだねぃ〜」
『○確か同じ仕事を二人から受けたらあかんのと同じ理由やったよね。それ』
「そうそう」
『◎…どっちも最初の依頼者を裏切る事になりかねないからだよね』
「そうそう」
『☆…手紙の最後に書く言葉は?』
「草々」
ばきっ!
「痛い〜。何で叩くのよぉ〜?」
『★布団から出でちゃんと話を聞き!』
あの後、ソフィア達は宿に戻り、疲れを取ることにした。実際にはソフィアはさほど疲れていなかったが、ギゼルとミクラは慣れない体験をしたせいか、疲れたようで夕飯をすませると二人は直ぐに寝付いてしまった。
そしてソフィア達は離れの部屋で今までの情報を整理しようとしてた。
「だって、お布団気持ちいいんだもの」
ひょいと頭を布団から出して幸せそうな顔でソフィアは言った。
「ノランさんが干してくれたのね。日向の匂いが心地いいの〜」
『★そないに気持ちええんやったら、布団で服作り!』
「あ、それいいわね」
真顔でソフィアは納得してしまった。
『☆…おいおい』
「さて、少し整理しましょうか」
座り直すとソフィアは真剣な面持ちで話し始めた。
「まず、最初は竜の退治の依頼だった」
『★ギルドでの依頼やね』
「ところが依頼者に会ってみると瘴気祓いが依頼内容だった」
『☆ここの爺さんの依頼はそうやったな』
『○そしてニクシーに霊泉の復活を依頼された』
『◎…それはなんか、どうでもいいみたいだけど』
「まぁね。この水糸を渡す理由だったものね。でも依頼は依頼よ」
ソフィアはまじめな顔で言った。
『☆まじめな顔をしても似合わんで』
「なんで?」
『★布団を頭巾にして被ったままじゃ、説得力あらへんもん』
「…そかな?」
『○ないなぁ』
人形達は深く頷き返す。
『☆で、どないするん?』
「どうもこうもないわ。瘴気を祓って、竜を(居たら)退治して、霊泉を復活させる(努力をする)。それで全部OKよ」
『★心の中は判らんようにした方がええで』
「あ、判った?」
『○ま、ウチらは心で話してるから判らん方がおかしいけどな』
「とにかくやらなきゃならないのは瘴気祓いよね」
『☆実際、瘴気は在るしな』
「そうそう。じゃ、明日は帰らずの森に行ってみましょ」
『◎…二人は連れていくん?』
「ギゼルとミクラちゃんは置いて来ましょ。なんかあったら悪いし、御老人とかも…道標を直したりするのにお忙しいようだし。明日は私達だけで行きましょ」
『○そやね。そのほうがいいかも…』
『☆しっかし、誰が道標をいじったりしたんかなぁ』
『★それで、昨夜は来るんが遅うなったんやしな』
「いいじゃない。誰でも。迷っても辿り着いたんだし。じゃ、そろそろ寝ましょ」
その深夜。音もなくソフィア達の部屋の戸が開くと、透き通った布で包まれた手が杖を掴み、そして闇の中に消えていった。
16.帰らずの森
鬱蒼とした森の中は薄暗く、射し込む木漏れ日が岩と苔の地面を眩しく照らす。
『☆杖、何処いったんやろ?』
「…さぁねぇ」
『★ノランさんは何処にいったんやろね?』
「ん〜。町に買物にでも行ったんじゃない?」
『○ソフィア?』 「なぁに?」
『☆素直に事実を認めへん?』
「認めてるよ。杖が無くなった。ノランさんが誰にも行く先を告げずに居なくなった」
『★つまり?』
「誰かが杖を持っていった。ノランさんは何処かに行った」
『○…おいおい』
『☆ノランさんが持っていったとは考えへんの?』
「考えたくないなぁ」
『★なんでやねん?』
「帰順の呪文で呼び戻す事ができないものね」
『☆持ってたら、ノランさんも呼び戻す事になるからいいやん』
「帰順の呪文の対象は杖になるもの。だめよ。杖を離していたらいいけど呪文を唱えたときに持っていたら一緒に空を飛ぶ事になるのよ?」
『★そか。慌てたりして手を離したら空から落とされる事になるな』
「杖は大丈夫だろけどねぇ」
『☆アタシ達も大丈夫やけどなぁ』
「ノランさんは普通の人間だからねぇ」
『◎…ソフィアは大丈夫だよねぇ?』
「そうそう。私は普通じゃないから…って、何、言わすの!」
『◎…ひぃ。ソフィア怖い』
背中の袋鞄に隠れるウェンディを睨みながらソフィアは立ち止まった。
既に森の中を彷徨い歩いて数時間。教会の霊泉とは別の涸れ川の痕を頼りに森の中に入り歩いていたのだが、幾度が涸れ川の跡が分かれては消えていたり尾根にぶつかったりして森の中にあるという帰らずの泉に辿り着く事は無かった。森の地面は緩やかな斜面では在ったが、それでも少し汗をかき、足は疲れ始めていた。
「ほんとに帰らずの森ね」
ソフィアは倒れた大木に腰掛け、汗を拭いながら周りを見渡す。草や苔の間に覗く岩は磁結晶と霊結晶が混じっているらしく、時に青白く、時に赤黒く輝いている。
「方位磁石も効かないし、帰還の呪文も効くかどうか判らないわね」
『○この森自体が結界みたいになってるで』
「確かに。ま、それでも見つけられないという泉を見つけましょうか」
『☆どないして?』
「こうして」
ソフィアは両手を合わせると、眉間からゆっくりと胸元に持っていき小さく呪文を唱え、両手を離した。
「ウィスプよ。森の霊精よ。我らを泉に導きたまえ」
両手の間から小さな光がふわふわと浮き出し、そしてソフィアの周りを数回廻ると森の奥に向かってふわふわと移動し始めた。
「さて、付いていきましょ」
『★なるほどトレーサの術を使うんか』
「そそ。ここの樹々の霊精ならば道を間違える事は無いわ」
『☆さすがやん』
「へへ」
『◎…ソフィア』
「なぁに?」
『◎…ウィスプ、先に行って…見えなくなったよ』
「えっ?あ、本当だ。ちょっと待てぇ!」
ソフィア達は慌ててウィスプの後を追いかけた。
『★…必ずオチが在るな』
17.森の泉
ウィスプがふわりと消えた所は小さな泉だった。周りを巨木に囲まれ、一跳びで越えられそうな小さな泉。しかし、何やら近づき難い雰囲気を持っていた。
「ここの泉は、霊気を持っているわ」
『☆ほんまや、瘴気やのうて神気に近いで』
『○この周りの木もずいぶんと威厳を持っているし』
『★ここが帰らずの泉なんやろか?』
ソフィアは泉に近づき、片手で水を掬った。
「冷たぁ〜。でも、心地いいわ。たぶん…村の霊泉と同じ水脈ね」
一方が枯れてもう一方が残っていると言うことは…
(やはり村の霊泉には何かが…)
しかし、そういう事をして何の役に立つのだろう?
『☆なあ、ここの水が瘴気の原因?』
「違うわよ。むしろ瘴気祓いに使えるわ」
『○なんや、瘴気の元とちゃうんかぁ』
『違うわよ』
不意に…遥か頭上から声がした。
『★誰や?』
『貴方は焔の精のミダルね。また、この森を燃やしに来たの?』
『★なんやて?』 『☆そんなことはせぇへんがな』
『ふぅん。風の精のミダルをも連れているなんて……』
声は頭上で響き続ける。明らかな殺意を伝える旋律で…
『★声はすれども姿は見えずを気取ってるんかぁ? ええかげん姿を見せぇや』
『焔の精に風の精のミダル…今度は跡形もなく燃やすつもり?』
「私はアコライトのソフィア。ソフィア・フレイア。どちら様です?」
『ふふん。人間。今度はこの前みたいには行かないよ…ワタシがこの森を護るんだっ!』
声が終わると同時に尖った木の枝が頭上から降り注いだ。
「きゃあっ!」 『★御望みどおり燃やしたるわぁ!』
サーラの手から焔が湧きだし、枝を一瞬に燃やしつくした。
『ふん。かなりの腕前なんだね。じゃあ、これはどうだっ!?』
再び降り注ぐ木の枝。
『☆さっきより太いで』 『★まかしとき!』
サーラが作り出した焔は枝を包み込んだ。が、今度は燃え尽きずに襲い来る。
『★なんやて?』
『百竃の枝で作った槍だっ! そう簡単には燃えつきはしないわっ!』
『○ジュエル・ウォール!』
ノーラが叫ぶとソフィア達を包むように地中から極彩色の結晶が飛び出す。木の槍は極彩色の壁にぶつかり、壁ごと四散した。
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
7/30話目です。
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