アコライト・ソフィア 6
亜人類ニクシー達はソフィアに…
「甦るかもしれん…いや、甦る… さすれば、この瘴気も、この前の毒も…」
半魚人達はソフィア達を取り囲む輪をじりじりと縮め始めた。
「あらあら。仇で返す気かしら?」
相も変わらずソフィアはにこにこしていた。杖を握る手には力が増していたが。
「皆の者、控えい! この者はわらわと話をしているのじゃぞ」
姫の号令にたじろぐ半魚人もいたが狂気に執りつかれた者は歩みを止めなかった。
『★アタイの力、見せたげようか?』
ソフィアの髪に隠れていたサーラがぴょんと肩に乗って微笑んだ。
「焔の精霊のミダル!」 爺の声に、にじり寄る半魚人達は一斉に後退りする。
『★焔よ。我らが盾となり、灼熱の壁となれ。ヴァン・ウォール・ヴェル』
詠唱と同時に、ソフィアの周りに顕れた焔が唸りを上げて壁となり、襲いかかっていった
12.絶対防御
「あ、熱ちぃいぃぃぃ」 半魚人達は一斉に沼に飛び込み逃げた。
その後を追うように焔の壁は広がり…中からの風にかき消された。
『☆まったく、サーラは短気なんだから』
『○ウチらが防御結界を張らんでたらミクラちゃんとギゼルくんが黒焦げやんか』
『★あ…忘れてた』 ばしっ
人形達のお決まりの突っ込みをサーラが受けていた傍らでギゼルとミクラは石膏像のように白く固まっていた。
『○どや。ウチの防熱専用コーティングは』
『★…んでも、あのままじゃ二人とも呼吸でけんとちゃう?』
『○あ、そか』 ばししっ! 今度はノーラがお約束に叩かれた。
ソフィアが二人の頭をここんと叩くと二人の体から石灰がぼろぼろと落ちた。
「ごめんね。痛かった?」 二人を気遣うソフィアには何の変化も無い。
「な、何が起こったの?」
「サーラが焔の壁を作ったの。それでミクラちゃん達を熱から守るためにアェリィとノーラが防御してくれたのよ」
自分の体や服についた石灰を叩き落としながらギゼルはソフィアに聞いた。
「石灰で熱を? でも、姉ちゃんには何もついてないけど平気なのか?」
「大丈夫。この子達の大抵の魔法攻撃はわたしには効かないの」
きょとんとしている二人に負けずに半魚人達もきょとんとしている。
あれほどの焔の中で火傷一つとしていない。それどころか服にすら焦げ跡がない。半魚人達には信じられない事だった。
「…絶対魔法防御」 爺さん半魚人は頭を水から出して呟いた。
「聞いた事が在る。白魔法を極めた者には一切の魔法攻撃は通用しないと…」
「御主、白魔法使いの聖者か?」
姫はソフィアを指差し詰問した。焔の熱で焦げてチリヂリになった髪が痛々しくも…ちょっとだけ笑いを誘う姿に変貌していたが威厳だけは顕れた時のままだった。
「いいえ。私はアコライトのソフィア・フレイア。まだ修行中の見習い僧ですわ」
「修行僧? それほどの法力を持ち、絶対魔法防御を習得してもか?」
姫の疑問は当然だろう。目の当たりにした法力と見習い僧という僧位には差がありすぎる。
「いいえ。私の魔法防御は絶対というほどでは。それより、そろそろ名乗っていただいてもよろしいと思いますけど?」
にっこりと笑いながらもある種の攻撃的な気配を漂わせて問い掛けるソフィアに、たじっと下がって姫は名乗った。
「わ、我が名はヌーラ」
「我らの姫様ですじゃ。わしはネゼと申す」
半魚人は水から上がり、ソフィアに平伏した。
「すみませぬ。過日、心無き術者に毒が封印された魔宝珠を数度、放り込まれたばかりに。いや、何を言おうと後の言い訳。誠に相済みませぬ」
「なんか、生贄とか言ってたみたいだけど?」
ミクラの指摘に姫と爺は暫く顔を見会わせ、静かに語り始めた。
13.伝説の沼
「この沼の真ん中に立っているあの柱。あれはヒュドラの牙と呼ばれております…」
ネゼが語るそれは土着の神話といった方が判りやすかった。
天地創造から始まり、この沼の由来、人間との出会い、訣別までを延々と語った。
「…要するに、貴方達の守り神がヒュドラとスキュラという訳ね」
「そうですじゃ」
「で、ヒュドラが甦る時にスキュラが顕れ、貴方達を約束の地に連れていくと…」
「そのとおりですじゃ!」
なんとなく…最近の巷で流行の新興宗教の影響が在るような気がするのは気のせいだろうか?
「今までは生贄をささげると必ず吉祥が顕れたと…」
「それが、ここ数年は何も顕れず…過日の毒の所為で生贄も居なくなり…」
「違う生贄が必要かと相談していた所じゃ」
「今まではどんな生贄を?」 ソフィア達はちょっと身構えて尋ねた。
「大口魚とか角イタチとか…」
口ごもりながら応えたネゼの言葉にソフィアはほっとして、のほほんとした口調で確認した。
「つまり…私はイタチの代りだったという訳ね」
「…誠に相済みませぬ」
平伏するネゼを余所にソフィアは菱羊羹を一口食べ、苔茶を啜り、考えていた。
数多く居た半魚人達は沼の中に引き下がって、桟橋の上にはヌーラとネゼだけが残りソフィア達と御茶会を開いていた。
だが、ギゼルとミクラはニクシーが用意した御茶と御茶菓子、苔茶と菱羊羹には手をつけずにいた。流石に気味が悪いらしい。
「それにしても…」 ソフィアはヒュドラの牙を見つめながら呟いた。
「それにしても?」 一同は身を乗り出して聞き返した。
「この御茶。美味し〜わね」
こけるギゼルとミクラとネゼ。
「そうでしょ? ここの霊泉の流れの中で十年かけて育った茶苔を煎って作った苔茶だもの。この御茶を飲むとね、三年は寿命が延びるわよ。瘴気も吹き飛ばすんだから」
ヌーラがきゃぴきゃぴと応えた。
彼女も(彼らの年齢では)年頃の娘らしい。話の中身は年寄りじみていたが。
「姫様! お茶会の最中とはいえ少しは威厳を持って…」
「うるさいわねっ! 爺。今はお茶会、さらに謝罪するのに威厳は必要ないでしょ?」
「…謝罪していない気もする」
ミクラの呟きにギゼルと人形達は深く頷いた。その指摘にネゼは焦って言い返した。
「で、ですから、この残り少なき茶や菓子を我らが貯えも尽きようとしているのをこうやって其方達に」
「なんか、恩着せがましいし…」 ミクラの呟きに再びギゼルと人形達は大きく頷いた。
「わかった」 ヌーラは鋭い視線に戻り、立ち上がると池に向かって叫んだ。
「誰か! 誰か居らぬか?」 「ネダがここに」
水草の影から一人の半魚人が顕れ、片手を胸にあて、近くの浮島に跪いた。
「水糸を持てい」 姫の言葉を聞いたネゼは何故か慌てて、姫の言葉を諌めようとした。
「水糸を? なりませぬ。あれは姫様が作らねばならぬ大事な…」
「うるさいぞ。爺。このまま瘴気が晴れぬと子づくりも在るまいが!」
『☆なんや、話が見えないんやけど?』
アェリィが尋ねるとヌーラが自分の衣を指差して言った。
「この衣は我が母が作った物。そして、わらわもまた、我が娘に衣を作ってやらねばならぬのじゃ。水糸はこの衣を紡ぐ糸。我が一族の女王の証でもある水衣の材料じゃ」
ヌーラは刺すような視線でソフィアを見つめた。
「瘴気が晴れねば、我らは生きていく事ができぬ。現に瘴気は沼の中に溶け込み、我らの生活の場を侵しつつある。このままでは我らは滅びゆくしか道が無い…」
爺は項垂れ、言葉を続けた。
「この近くには沼や川は無い。この沼に流れ込むあの川も涸れ果て周りは尾根ばかり。この沼から流れ出る流れも最早、無い。水底から湧く水も次第に少なくなるばかり…。ここしか我らが生きていく場所は無いというのに…」
「姫様。水糸をこれに」 先程の半魚人が顕れ、ヌーラに糸束を渡すと水面に消えた。
「こんな物ですまぬが、謝罪の印として受け取ってもらえぬか」
ヌーラが差し出す糸束は透き通って静かに波紋のように蒼く光っていた。
14.ニクシーの依頼
「そんな大切な物は受け取れませんわ」 差し出す糸束をソフィアは断った。
「そもそも瘴気祓いの仕事を依頼されてした事ですから。誤解で受けた仕打ちの謝罪だとしても、そのような大切な物を受け取る訳には…」
「えっ! では、瘴気を祓ってくれるのか?」 ネダはずいっとソフィアに近づき確認した。
「えっ? …ええ、こちらの二人のお爺様から依頼を受けていますの」
ヌーラとネゼは顔を合わせ、そして声を合わせて聞いた。
「では、先程の魔宝珠は?」
「その依頼のために沼の瘴気を祓うために作った物ですわ」
「では、尚更に受け取っていただくわ」
「はい? どうしてですか?」
「この糸はな、沼の綺麗な水を使って作るのじゃからして、瘴気が無くなれば…」
「それこそ」
「いくらでも」
「直ぐにでも」
「作る事が」
「できるのじゃ」
二人は笑顔で交互に言いながらソフィアに詰め寄った。
『◎…すぐって…どのくらいで作れるの?』
「そうさな。一月でこの両手の長さ程かのう」
『☆なんか表現と合ってないような…』
「じゃが、ワシ等の姫様はもっと早く作れるのじゃ」
『★どのぐらい?』
「半月で片手程じゃて」 その言葉にちょっとだけ考えてからノーラが指摘した。
『○それって、同じじゃないの?』
「細かい事を気にしては…いかん」
それでも威厳を保ちながら爺が言い返す。姫はそんな事はどうでもいいと言わんばかりに笑顔でソフィアに詰め寄る。
「そうそう。だから受け取ってね」
「でも、ギルドの規則で同じ依頼を受けることは禁じられて…」
「では、別な依頼ならばいいのじゃな?」 断るソフィアにヌーラが確認した。
「えっ? …ええ」
「では、この霊泉の流れを復活させてくれい。この水糸はその手付。成功報酬は水衣じゃ。よいか?」
「そ、それは…」
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
6/30話目です。
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