アコライト・ソフィア30(完結)
ソフィアは旅立つ。杖と共に…
(ワタシがあの光龍に喰われたら、それで術が解ける…壁と霊龍は暫くは残るやろけど、ヒュドラを喰いつくして霊龍が消えた時に、壁も消える。それで終いや…)
『終りではない! 杖がある限り光龍は残る』
不意に脳裏に声が響いた。
(誰? 龍が残る? 杖が? なんで?)
『光龍を倒さねば、大地が…世界が光龍に荒らされるぞ』
(荒らされる? あかん! それだけはあかんっ!)
『ならば杖を掴め! 掴んで光龍と戦え!』
(掴む? 杖は?)
首を動かすと、右の方に杖が転がっている。
(…う…ぐ…)
動かぬ身体を…痛む身体を、法力を吸い取られ、最後の術をも使い、力が果てた身体を動かし…必死になって身体を動かし杖を掴んだ。
「…やった! 掴んだ!」
『杖を龍に向けて意識しろ! 我こそは光の化身。杖の支配者。光の杖を支配する者と』
「我こそは…光の化身? 何で?」
『意識しろ! 意識が光龍を上回った時、光龍は退く。意識しろ! 気合を入れて!』
(気合?)
《…ソフィア。喧嘩はな気合じゃ。気合で負けたらあかん》
脳裏に浮かぶ父の言葉。その言葉がソフィアに最後の力を与えた。光龍がソフィアを呑み込む寸前に。
「我こそは光の化身! 光の杖の支配者! 光龍よ、我が杖の前に退け!」
ソフィアの叫びと光龍の叫び声が響き渡り、全てが眩い光に包まれた。
やがて…眩い光が消えた時…
残ったのはソフィアとその上で眩く輝きながらゆっくりと空中で回っている光の杖だった。
「杖…貴方が…私を守ってくれたの?」
問い掛けるソフィアに杖は何も応えず、上空の金竜の鳴声だけが夜明けの空に響いていた。
56.東の峠の道
『★なんや、何日も居なかったんに懐かしいな…』
峠の道端で一休みしながらソフィア達は村を見ていた。
あの後、ソフィアと人形達はヌーラ姫達に救われ、みんなの看護を何日か受けて元気になった。それでも肩口から覗く右肩の水衣の包帯はまだ痛々しかったが。
『◎…ソフィア。傷跡…痛む?』
「うぅん。大丈夫よ」
鎖骨の間を手で押さえているソフィアをウェンディが心配して尋ねた。
あの時、光で射抜かれた跡には聖痕紋様のような蒼い七芒星が遺っていた。
(これは一体…?)
考え悩むソフィアの気を紛らそうと人形達が誰にともなく話し始めた。
『★ヒュドラ達が神界への回廊が閉じられると萎んでいったんは…霊体が向こうへ行った所為やろか』
「そうかもね。無事に神界へ旅立ったのかも…ね」
『☆金竜のおっちゃんがヒュドラの残骸と生き残りを平らげてくれたし…』
『○歯ごたえが無いとか文句言うけたけどな』
『★ほんまや。来てたんならさっさと助けとくれんと』
あの時、杖を掴めと言ってくれた声が金竜のものか、それとも杖自身の声かはソフィアにも判らなかった。
『☆アィヒェ婆さんは…村の門、鳥居っていうん? それになるらしいし』
「鳥居っていうのはもっと東の国よ。でも役に立てるって喜んでたね」
『○変なヤツが来たら、小鳥達に騒ぐようにいうって言ってたから、合ってるんとちゃうん?』
『☆そや。合ってる』
『★余ったんで道案内看板を作れって注文してたね』
『○何処の世界に自分で何を造るんか言う樹があるやろ? ずうずうしぃわ』
「いいじゃない。それで誰も迷わなくなるわよ」
『☆なんか…間違ったら変な婆さんが出て来て、叱られたりして』
『○きゃははは。ええな、それ』
人形達の笑い声に少しだけ…ソフィアも懐かしげな笑顔を浮かべた。
『☆ヌーラ姫さんとネゼさんが結婚したし』
『○侍女の人達が側室やて。姫さんも気丈夫やわ。「爺、こんな若い娘と一緒になれるばかりかこんな美人の側室付きだぞ!」って』
『★ネゼ爺さんは姫さん一筋だといってたけどな』
「ニクシーさん達にはニクシーさん達の法慣習が在るもの…それにネゼさんはヌーラ姫様の母様の代から仕えていたらしいから大事にする筈よ」
『☆歳は大丈夫なんやろか?』
「…大丈夫でしょ。ネゼさんも見た目ほどの歳ではないそうだから…」
元気になったソフィアがしたことはヌーラ姫とネゼとの結婚式。それと種を守る為に侍女達が側室となる為の儀式。それと…
『○ノランさんもミクラちゃんも嬉しそうやったな』
「うん。みんな、ちゃんと自分のなりたい職業の石を引いたもんね」
…それと、ノラン達の選礼式を行ったのだった。
『★ミクラちゃんは白い石、ギゼルくんは緑の石、ノランさんは紅い石…』
『☆やっぱりなりたい職業になるんが一番やもんな』
「そうそう…そういう事」
『○ソフィア…ずるしなかった?』
「ずるなんてしていないわよ。ただ、持ちやすいように位置を変えたけどね」
『◎…それってずるだと思う』
「いいの。誰もが望む事が実現しただけよ」
『★そか』
『☆そだね』
峠から村に続く道を駆降りていく一人の青年。その背中には鍛冶屋の道具。
『○あの人、ギーゼさんだよね?』
「たぶんね」
『☆9年の修行を6年で修めたんか。凄いな』
『★戻って二人の結婚式挙げないん?』
「それはミクラちゃんの役目よ。私が出る幕じゃないわ」
ミクラとノランの記憶は一部消えていた。それは歪空間結界に魂が包まれた時の後遺症だろうか。それとも神の計らいであろうか。
『☆ちょうどノランさんが魔岩を置いたという事だけ忘れるなんて…』
「忘れるというのも人間の能力の一つなのよ」
『○ほんま?』
「…たぶん。ね?」
ソフィアは杖に問い掛けた。杖は応えず…ただ銀白色に輝いているだけ。
「みんな、御免ね。私だけ思い込んで先走って」
『★ほんまや』
『☆これからも一緒にやっていこうで』
『○あんまり一人で背負込まんと』
『◎…みんな仲間だもの』
「頼むわよ。これからも…ずっと」
ソフィアが微笑みながら人形達を見つめ、そして杖を見つめた。
「ずっと一緒よ。ね?」
『★ソフィア…やっぱりちゃんと治療した方がええで』
『☆ほんま、杖に話しかけるなんて…ボケたんとちゃう?』
「ボケてなんていないわよ。じゃあ、麓の街まで駆けっこしましょ。ヨーイドン!」
『★えっ? 何、急にッ! ソフィアぁ。アタイ達は人形だぞ!』
『☆駆けっこなんてボケたんと関係無いし』
『○待って…待ってったらぁ』
『◎…みんな頑張れ!』
『★あっ! こらウェンディ! 何一人だけ肩に乗ってるん? ずるいぞぉぉ!』
『☆待ってったらぁ。ソフィアぁぁぁ』
去り行くソフィア達を村の樹々と沼の波が見送るように静かに煌めいていた。
手を振るかのように、煌めいていた。
(終了)
2002年、ニフティSFフォーラム創作の部屋、優秀賞受賞作
これは2007年に改稿したモノです。
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
最終話です。
時系列的には、この後は「アリアとソフィア」、別の流れで、「闇の剣」、「岬岩城の姫」(未公開)となります。
そして、「アリアとソフィア」の後が「精霊の街」(未公開)となっています。
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