アコライト・ソフィア29
神界の扉が開かれ、霊龍と人形達との戦いが…
がっしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん
轟音と共に水飛沫が空高く上がり、そして雨となって降り注ぐ。…雨が収まった時、樫の木は…壁に深々と突き刺さっていた。
『…あいたたた…壁を壊せなんだか』
岸辺で老婆が立ち上りながら呟く。水の中からヌーラ姫と侍女達が老婆に謝罪した。
「…すみませぬ。我らの力が至らないばかりに…」
『いやいや、そんな事は無いよ。なぁ、アィヒェ、キーファ』
老婆の言葉に黙って頷く二人のドリァード。
「どうしたら…いいんじゃ?」
ネゼは落胆し、膝を落とす。それを見た老婆が一喝した。
『決まってるだろ? 燃やすんだよ。そうすれば穴が出来上がるさ。さぁ焔のミダル…おや? 何処へ行った?』
人形達は木と壁の隙間を調べていた。
『おや、そんな所に…さぁ、早いとこ、燃やしちまいな…』
『★燃やさんかて大丈夫や! この隙間が広いから』
サーラが笑って応えた。その指差す隙間から他の人形達が中に入ろうと、もがいている。
『☆ん…くっ。ほら。此処の隙間から中に入れた!』
『○ウチらは小さいから大丈夫や! んしょっと。ほら入れたっ!』
『◎…後は任せて…ありがと』
手を振り、壁の中に入っていく人形達を見送りながら、老婆は呟いた。
『しっかりおやりよ。…まったく、また死に損なったわい』
口調とは違い、老婆の目には優しさが燈っていた。
55.決戦
壁の中に入り、改めて見渡すと五つの霊龍がヒュドラ達を襲っていた。
霊龍達に触れたヒュドラは瞬時に燃え、引き裂かれ、石化し、凍りついていく。が、ヒュドラは再生し、また新しいヒュドラを産み出していく。その中を飛び回り、霊龍とヒュドラを避けながらデオレマを狙うソフィアの姿。既に服には焼け焦げや引き裂かれた跡が見えた。
『★みんな、本体、呼び出しや…』
『☆言わんでも…』
『○判ってる…』
『◎…遅いわよ』
人形達の姿が揺らぎ、サーラを核に火焔が舞い包み、アェリィを風が舞い包み、ノーラには石飛礫が、ウェンディを氷雪が舞い包む。瞬く間に…それぞれがある姿へと実体化して行く。その姿はとても人間とは、いや、人間達が空想する精霊とはかけ離れた姿。半獣人に近い霊獣の姿だった。
『★ええか? 一人一龍や。んで余力の在るもんが残りの霊龍を倒す。できんかったら、灰も残らんようにアタイが燃やしたるからな』
『☆そう言うて、アンタができへんかったらアタシが刻んだるからな』
『○約束や。約束、破ったら、ウチが石に変えたる』
『◎…凍らせて塵にしてあげる』
人形達、いや、焔と風と土と水の精霊達は顔を見合わせて、静かに笑うと霊龍に向かって飛び上がっていった。
『くっくっくっ…早く開け、早く開くのじゃ。そしてこのデオレマを神界へと導け』
虹色の球の中心に白く光る点。その点が大きくなり神々しい姿…杖を持つ女性の後ろ姿へと変った。
『おおぉぉぉぉ! そなたがスキュラか?』
ゆっくりと振り向く女性。その姿は顔は神々しいまでに美しい。片手に持つ金色に輝く杖にある碧色の宝玉が透き通る光を放っていた。
『おぉぉぉぉぉ! 正に神々の美しさ…』
が、その瞳がデオレマを見た瞬間…
その顔は恐ろしく歪み、憎悪と怒りに満ちた表情へと変っていく。
憎悪の権化の如く、凄まじき眼光で睨み付ける。
『…ひぃいぃぃぃぃ…何故じゃ? 何故そのような顔に…まさか、このワシが神界に相応しくないと…まさか…』
ゆっくりと女性の口が開かれ、そこに光が集まり始めた。その時っ!
ソフィアが下からデオレマ目掛けて飛び上がってきた。
「デオレマぁぁ! 光の灰塵となって消滅せよっ!」
切りかかる刃に宿された浄化の力。ソフィアは一刀の下にデオレマを両断した。
『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ……』
さらに両袈裟懸けに切り倒す。
『ぁぁぁぁ……』
デオレマの身体は銀白の浄化の光の中で光の塵へと変り、消滅した。デオレマが消えると、女性の顔は元の穏やかな表情へと変り、そして…
突如っ!
杖の宝玉から碧色の光を放った。
「ぅあっ!」 光はソフィアの首元を射抜き…一瞬、全身を眩い光に包ませる。
「何っ…今の…?」
呟くようなソフィアの問いには応えずに…静かに虹色の宝珠中へ消えて行った。宝玉が消えた杖だけを携えて…
「…笑ってた?」
ソフィアには宝珠の中の女性が消える寸前に振り向き微笑んだように見えた。
「どうして? …きゃあぁぁぁぁぁ」
ヒュドラと五龍が再びソフィアに襲いかかり、逃げ惑う。
「くっ…うっ…きゃあぁぁぁ…」
デオレマを倒して気が緩んだせいか、光で射抜かれたせいか、ソフィアの動きは俊敏ではなく…すぐさまヒュドラの触手に叩き落とされた。幸いに余りにも即座に叩き落とされた為に霊龍達はソフィアを見失った。
そして、今、ソフィアを探す霊龍達に精霊獣と化した人形達が立ち向かっていった。
『★おりゃあ、こっちや。そこの氷の蛇!』
サーラが立ち向かったのは凍龍。凍龍はサーラに向かって氷の息を吹き掛ける。避け切れなかったサーラの右手が凍りついていく。が、サーラは躊躇せずにそのまま、龍の口に凍りついた右手を突っ込ませた。
『★それでも氷の霊龍かい? ウェンディの水の方がよっぽど涼しいでっ!』
左手で頭を押さえ、力任せに龍を二つに引き裂く。
が、傷口が凍りつき、即座に再生してサーラの身体に絡み付き、じわじわと凍りつかせていく。
『★ええぃっ! 灰になるまで燃やしたるわっ! 鳳凰変化ぇっ!』
サーラの身体の焔が一際大きく燃え上がり、焔の鳳凰へと姿を変える。凍龍をその翼の中に包み、溶かし、燃やし、灰へと変えた。が、その焔が消えると共に落ちていく人形。纏う焔も消え、水面へと落下した。
『★あかん…ガス欠や』
『☆それが石化かい! 当らんかったら無意味やで! さぁ! かかってこんかい!』
アェリィは強がりを言いながらも激龍の攻撃を避けて近づく隙を窺っていた。が、近づくことはおろか、激龍の爪に引き裂かれた足が石化していく。
『こうなったら…おりゃあぁぁぁ!』
捨て身で懐に飛び込み、その爪を激龍の肩に突き刺し、斜めに切り裂く…が、爪はバキンと折れてしまった。
『☆しもうたっ! …何がおかしいっ!』
激龍が吹き掛ける石化のガスを全身に浴び、石化していきながらも残った片手の爪を顔に突き刺し、雷を走らせ一気に爪を引き下ろす。
一瞬の間に激龍を切り裂いた。
『☆アタシに切れんもんは無いんじゃあぁ!』
千々に切り裂かれた激龍と共に落ちていく人形。
『けど、固められてしもうた…動け…ん』
『○そんな電撃がウチに効くと思うとるんかいっ? 肩こりも取れんでっ!』
雷龍に巻き付かれ、電撃を浴びながらもノーラは強がっていたが、電撃を受けるたびに漏れる悲鳴は次第に大きくなっていった。
『○ぅぅぎゃあぁぁぁ…念が集中でけん』
しかし、雷龍の電撃も次第に間隔が空いてきていた。
『○ぅぅぅぎゃあぁぁぁ…我慢比べやぁぁ』
やっとノーラの手に念が集まり、巨大な七枝鎗へと姿を変えた。
『○…ウチの勝ちや』
雷龍の頭を押さえ鎗を突き刺し、そのまま水中へと引きずり込み沼底に突き刺す。
もがく雷龍の断末魔が水面に雷を走らせ、一面に激しい水柱が上がる。
そして…静かになった水面に浮かぶ人形
『○痺れてしもた…あかん、力が出ん』
『◎…そのぐらいの情熱じゃワタシを溶かせないわ』
焔龍に巻き付き、巻き付かれて全身から蒸気を上げながらも、ウェンディは焔龍の頭に両手をまわして引き寄せた。
『◎…凍らせてあげる…永遠に』
ウェンディが焔龍の首に口付けするとそこから凍りついていく。が、焔龍の口から吐き出される焔がウェンディの肩を焼いた。
『◎…そんなに嫌なの? でも、だめよ。離さないわ…貴方が死ぬまでは!』
ウェンディが両腕で抱きしめていた焔龍の首が凍りつき、硝子のように脆く折れた。
『◎…だらしないわね。そうだ。ソフィアぁぁあぁぁ…』
凍り、崩れ落ちる焔龍を離し、ソフィアに向かおうとするウェンディだったが途中で人形へと変り、燻りながらポトリと落ちた。
『◎…火遊びって焦げたら駄目よね』
浮島に叩き落とされたソフィアは気絶しそうな痛みに立ち上ることはできずにいた。
「うぅぅ…ん、みんな…来てくれたんだ」
立ち上れないながらも人形達の戦いを見ていたソフィアは加勢しようと呪文を唱えてはみたが既に何一つ術を使うことはできなかった。
(法力が尽きた…みんな、御免な…もう動けへん)
仰向けに転がったソフィアの目に映る上空からソフィア目掛けて急降下してくる光龍。
(精一杯、やった…そやろ?)
光龍が口を開けて近づいている。
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
29/30話目です。次が最終話となります。
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