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アコライト・ソフィア28

 神界への扉が顕れ、ソフィアの最終呪文が発動する…

(誤った方法で召喚された神は狂い、悪魔となり、災いをもたらす…)

 それは召喚術の初歩であった。相反する精霊を同時に呼び出しては為らないという基本と同程度の初歩の中の初歩。

(ヒュドラとて神獣。このまま完全に召喚されたら…この村は、いや近くの街だって…)

 壊滅してしまうだろう。

(あの術を使うにも時間が無い…一か八か)

「…フィジョン」

 飛びながらソフィアは杖に刀身を融合させて襲い来る触手に向かって振り下ろした。

「でぇい!」

 ばずっ

 鈍い音と共に刃は触手を見事に断ち切った。

「やった!」

(これで暫くは…)

 しかし、期待は恐怖へと変った。

 断ち切られた触手は即座に再生し、切り落とされた触手も再生して…別の一体のヒュドラ…触手だらけの醜い身体へと変った。

「…どうして? …そんな」

『くっくっくっ…凄まじき再生能力。まさに神獣の力。礼を言うよソフィア。ヒュドラを甦らせてくれただけではなく、増殖させてくれるとは。くっくっくっ…』

「くっ…」

 しかし、ソフィアには降りかかる触手を断ち切るしか逃れる方法が無くなっていた。

 それはヒュドラ達の攻撃を激しくさせるだけと判っていても…

 そして、ついに…


 ばしぃぃぃん


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ…」

 触手に浮島へと叩きつけられた。

「うぅぅ…ぅん…」

 朦朧とした意識の中で立ち上るソフィアの目に映ったのは触手から再生したヒュドラ。

「う…逃げんとあかん…あ…」

 よろめきながら振り返ったソフィアの目の前にもう一匹のヒュドラ。その横にも一匹。

「…あかん。逃げられん…」

 三匹のヒュドラに囲まれてソフィアは立ちすくむ。たじろぐ間にヒュドラの触手がソフィアに向かって振り下ろされた。

「きゃあぁぁぁぁ」

 しかし、襲い来た触手はソフィアにあたらずに、水面を激しく叩きつけただけ。

「え? …何故?」

 見上げると頭上で触手が絡み合い、ヒュドラ同士が叩きあっている。見渡すと再生し、増殖したヒュドラ同士があちこちで戦い、喰い合っていた。

「同士討ち? 何で? でも…助かった」

 水面ぎりぎりに飛び出し、その場から逃れたソフィアはヒュドラが居ない場所を捜し始めた。

(あの呪文を唱えられる場所…あった)

 それは沼の外れ、背の高い水草に囲まれた浮島。

「あそこで…ぎゃあぁぁぁ…」

 が、その手前で振り下ろされた触手に激しく水面に叩きつけられ…水面に弾かれて水草に突っ込んで止まり…ソフィアは気絶してしまった。


『何故じゃ…何故に共喰いを?』

 デオレマが眺めている間もヒュドラ達の共喰いは続いていた。が、やがて触手を絡め始めた。

『…何じゃ?』

 共喰いし巨大化したヒュドラが六匹。ヒュドラの牙を中心に正六角形の位置に居た。他のヒュドラを無視し、触手を絡め合う。そして…絡み合った触手は光を帯び始めた。

『何が起こるというのじゃ? …まさか』

 触手の中心の水面に映った紅き月。満月の紅き月を無気味に照らし出している。

 その時! 水面が盛り上がり空中に巨大な光球を作った。光球の表面に映し出された辺りの景色が中心に吸い込まれ…虹色の光を輝かせ始めた。

『…そうか。これが神界への扉、回廊…伝承は真だったのか…』


「うぅぅぅんんんん…」

 気を取り戻し、ゆらりと立ち上ったソフィアにも、今がどういう事態かは直ぐに判った。

(…こうなったのは、ワタシの所為やもんね…責任は取らんと…なぁ、父ちゃん…母ちゃん…ワタシちゃんと始末つけるから見てて…なぁ…)

 ソフィアは両手を合わせて念を集中し始めた。その脳裏に浮かぶのは家族の記憶。


《ソフィア…女の子はな、料理と化粧が巧かったらええんや…大きくなったら教えたるから…楽しみにしててな…》

(結局、料理、教わらんかった…教えて欲しかった…化粧も…教わりたかった)


 額からつうぅと流れ落ちる血を指で拭って唇につけた。

(死に化粧や…こんなんでええんかな?)


《ソフィア なんで武術が好きなん?》

(お姉ちゃんかて、好きやんか…)

《ウチはな、この店継ぐからええの!》

(ワタシ…剣士になるて約束した…ね)

《そん時はこの店で一番上等な剣売らんと取っとくからな…ちゃんと腕前あげんと》

(腕前、鍛えてくれたんお姉ちゃんや…けど…剣士になれんかった…御免。ゴメンな)


《お姉ちゃん。ウチなぁ、また魔法覚えたんよ》

(…あんたの黒魔法はキツいて)

《でも…何処でも試せへん。つまらんわ…せっかく覚えたんのに…》

(お姉ちゃんな。魔法結界、覚えたんよ。強力な結界やからあんたの魔法ぐらいじゃ壊れんから、そん中で試したらええわ…けど…けど…)


 ソフィアの眼から零れでる涙が決意を顕していた。

「…けど、もう逢えへん…御免な」


《ソフィア。喧嘩はな気合じゃ。気合で負けたらあかん》

(うん…気合は負けへんで。お父ちゃん)


 両眼をかっと見開き、一気に呪文を唱えた。

「我が名は、ソフィア・フレイア。アコライト。プラチナ・クリスタルの称号を持ち、浄化を基本魔法とする者。この我が身の全ての法力を持って霊龍に召喚を命ず。山の焔龍。空の雷龍。地の激龍。海の凍龍。天の光龍っ!」

 ソフィアの周りに五つの大きな虹色の宝珠が顕れる。その中に無気味に浮かぶ霊龍。

「霊龍に今、命ずる。全てを滅ぼし…我を…」

 杖を握り直し、思いっきり地面に叩きつけた。


「我を…滅ぼせっ!」


 途端にソフィアの回りの虹の宝珠が割れ、五つの霊龍がソフィアに襲いかかった。

 飛び上がって霊龍達を躱すと、ソフィアはヒュドラ達が創った神界への回廊を目差す。

「デオレマ! アンタだけはアタシが斬る!」


 54.精霊

「できたぞ」

 老人は額の汗を拭い、老婆に声をかけた。

『…ふん。まぁまぁだね…アィヒェ、キーファ。よろしく頼むよ』

 老婆は巨大な槌となった樫の大木にひょいと飛び乗ると、人形達に声をかけた。

『お前さん達も乗りな。壁を壊しに行くよ!』

『★☆○◎おう!』

 人形達が樫の木に飛び乗ると、アィヒェが森の樹々達に呼び掛けた。

『この森の全ての樹々よ。我が意思に共鳴したる樹々よ。この森を救いたる人間ソフィアを助けんとする樹々よ。その身を震わせよ!』

 だが…アィヒェの声の響き終ると、動きの無い森。しぃんと静まりきったままの森。

『☆…婆さん…』

『しっ…ほら、聞こえてくるじゃろ?』

 遠くの方で樹々がざわめき始め、その音が徐々に近づいてくる。やがて…風の無い深夜の森で樹々が、枝が、折れんとばかりに震えている。

『★婆さん…ありがと…ありがと』

『ほほほ…ちゃんと掴まっておれよ』

『★☆○◎うん!』

 近くの樹の上でキーファが叫ぶ。

『樹々よ。ツタよ。あの樫の木を沼へと導け!』

 森の樹という樹からツタが伸び樫の木に伸び絡まると、ゆっくりと、しかし、確実に木を沼へと引っ張っていく。そして、徐々に速さを増して行った。

『★☆○◎…凄い』

『…後はニクシー達の仕事だね』


 沼の水辺、結界と岸とに挟まれた所に身を置き、ヌーラ姫は侍女達と祈りを捧げていた。

「姫様! あの樫の木が動き始めましたぁ」

 森の中から走り戻ったネゼが叫んだ。

「…皆の者。頼むぞ」

「はい」

 侍女達と声を合わせてヌーラ姫が静かに呪文を唱え始めた。

「我ら棲まいし水よ。我らの世界たる水よ。何者にも束縛されずに自由なる水よ。我らの心に応え、我らの意思に応え、ひとときの動きを我らに与えよ…」

 結界の外の水が静かにヌーラ姫の回りを周り始め…渦となって盛り上がっていく。

「…水よ。水よ。水よっッ! 川を上り、樫の木を此処に導けっ!」

 ヌーラ姫の声に従い、渦となった水は川を逆流し始めた。凄まじき勢いで。


『◎…水の音がする』

『☆婆さん! 水がこっちに来る!』

『ほほほほ…ニクシー達もやるものだね』

 既に涸れた川を沼に向かっていた樫の木を水が出迎え、ツタがさらに引っ張っていく。水に乗り、速度が一気に増す。水が逆流を止め、沼へと流れを変えると共に、速さを増して川を下り、沼へ…いや、壁へと向う。その正面にヌーラ姫が居た。

『○姫さん! どいて!』

 ヌーラ姫は目を閉じたまま、その場を動かない。樫の木の速度を増す為、逆流させた水を引き戻す為に意識を集中させていた。水の流れに加速する樫の木。その切っ先が姫の身体を貫かんとばかりに速度を増した。

『★姫さん! 危ないぃぃぃぃ!』

 樫の木がぶつかる寸前、ヌーラ姫は後ろに仰け反り、水の中へと消えた。姫の身体を、喉元をかすめて樫の木が壁に衝突した。


 読んで下さりありがとうございます。

 これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。

 28/30話目です。


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