アコライト・ソフィア27
白魔導師の最強呪文。それは結界の中で放たれる…
『★ソフィアぁぁ! そこで待っとれ! 嫌でも一緒に戦ったる!』
「…ウォール」
近づこうとする人形達の前、桟橋ぎりぎりに張られる結界の壁。
ばちっ!
『○あ痛ぁ…何するんや? なぁ?』
ソフィアは応えず、静かに微笑む。
頭上から…新たな贄を、命を、法力を求めて狂ったように荒々しく襲い来るヒュドラの触手を危うく躱すと、空へと飛び上がった。逃げるソフィアを追い、ヒュドラの触手は縦横に、猛々しく振るわれていく。
『☆あんな…神さんに近い獣をどうやって…一人で倒すんや』
『◎…あ』
『○どした? ウェンディ』
『◎…ソフィア、死ぬ気だ』
『★なんやて? なんで死ななあかんねん?』
『◎…あの魔法、使う気だ…五芒星崩壊。アレなら神様でも悪魔でも倒せる…』
五芒星崩壊、ペンタグラム・カラブスとは光、焔、風、土、水の精霊の龍を一度に呼び出し、自身の命と引き換えに全ての敵を打ち倒す最強の自己犠牲呪文だった。
相反する精霊の龍が一同に呼ばれる。互いに喰い合い、滅ぼし合う。
その龍が外に出ないが為の障壁。
障壁の意味を悟ったウェンディの洞察は……正しかった。
『○五芒星崩壊って…そんな、なんでそんな、あんな奴に…そんな』
『☆認めん! アタシは絶対認めんから!』
壁を叩き続けるアェリィ。ノーラ、サーラ、ウェンディ達も無駄と知りつつ壁を叩き続けた。それしかできなかった。
51.破壊
「…どうした? 人形達?」
後ろの草陰から声をかけたのは老人。
『★あ、爺さん。なんで、こんなとこに?』
「なんか凄い岩音がしたもんじゃから外に出たら森が燃え始めたんじゃ。それで消そうと来たら…もう消えとるからの。お? ギゼル! 御主、一体、今まで何処に…おおっ、ノラン! ミクラ! 無事じゃったか。ところで…御前さん達は?」
「この沼に棲んでおりますニクシーのヌーラと申します」
「ネゼと申します」
「御前さん達…ニクシーか? 初めて見るが…礼儀正しいのじゃなぁ」
『☆★○◎自己紹介はええから! はよ、この壁、壊して!』
老人とニクシー達に叫ぶように人形達が頼む。泣きながら。
「だから何がどうしたというのじゃ?」
『☆ソフィアが…ソフィアが死のうとしてるん』
「何? どうして、そんな事に?」
驚く老人とヌーラ姫達。
『○ヒュドラが、神獣が復活しかけてるんよ。その責任を取るて言って…」
「ヒュドラが? おぉ…何じゃアレは?」
老人達が見やると沼の霧の中の黒い柱、ヒュドラの牙から伸び出ている触手が飛び回るソフィアを襲っている。
「あの…アレがヒュドラなのか?」
『★せやから、はよ。はよ、この壁、壊して。なぁ、頼むから。ソフィアを助けたいんよ。一緒に戦いたいんよ。なぁっ』
「おしっ! 判った!」
老人は桟橋の先に進むと渾身の力で斧を振るった。
がぃん…がぃん…がぃぃん…
「…こんな…堅い…のは…千年樫を…伐った…時…以来じゃ……が…それより…堅い…」
幾度となく斧を壁に叩きつける老人。やがて…
べきしっ
「おっ! 亀裂が入ったぞ…もう一息!」
『★☆○◎…頼むで…』
しかし…それは無駄な期待に終った。
べきぃぃぃん…
「いかん! 柄が折れた…」
斧の刃が宙を舞い、後ろの草陰に飛んでいった。折れるまで叩いても壁には亀裂が入っただけ。
『○…そんな…』
その時、ざばんと水音がして桟橋に上がってきたのはネゼ。
『☆ネゼじぃさん! 水の中は?』
「…水中にも壁は続いております…中に入ることはできませぬ…」
ネゼはがっくりと項垂れた。
『★…ソフィアぁぁぁ』
人形達の声だけが夜の闇に響き渡った。
『☆…あきらめん。諦めてたまるかい!』
アェリィが壁に近づき叩き始めた。続けて他の人形達も…
『★アタイはまだ借りを返しとらん』
『☆アタシかて、まだ恩返ししとらん』
『○ウチかて、助けて貰うた義理がある』
『◎…ワタシは命を助けてもらった』
壁を叩き続ける人形達を押し退けて鉈を叩きつけたのはギゼルだった。
「俺も…俺は、まだ礼を言ってない」
壁を叩き続けるギゼルと人形達を見て老人は折れた斧の刃先を捜し始めた。
「ふん。まったく諦めの悪い奴じゃ。まったく誰に似たんか…どれ、早く斧を直してやらんとワシも目覚めが悪い…孫達の礼も言うてない…」
刃先を捜す老人に声をかけたのは老婆だった。
『…これを御捜しかえ?』
その手には柄が折れた斧の刃先。
「…おぉ! それじゃ。 …ところでどなたさんかの?」
『ふん。斧を壊してしまうなんぞ…それでも御前さんは木こりかい?』
「なんだと?」
憤慨する老人の声に振り向いた人形達は叫んだ。
『★アィヒェ婆さん! どうして此処まで?』
『ほほほ…話はキーファから聞いたよ。その壁を壊せばいいんじゃろ? みんな、ついといで。アィヒェ。其処の髭を生やした若造を担いどくれ』
『…はい』
木陰から顕れた若い女性が老人を背負ろうとしたが、老人は断った。
「ワシが若造? アンタの方がずっと若い。それに、まだまだ背負ってもらうほど歳はくうておらん」
『申し訳ございませんが、私は貴方より年上です』
「あんたの方が年上じゃと?」
アィヒェに言われて老人は目を丸くした。
『ぐずぐず言いなさんな! 年上の言葉は素直に聞くもんだよ! アィヒェ。構わんから担いでついといで』
『はい! 婆様』
アィヒェがひょいと老人を担ぎ挙げると凄まじいスピードで森の中に入って行った。
『○ウチらも追いかけよ!』
『★おう!』
『☆って、みんな早すぎ…きゃあっ』
キーファが人形達を拾い上げ、奥へと走る。
『◎…ありがと』
『気にしないで。早くソフィアを助けよう』
『◎…うん』
52.槌
『ほら着いた』
アィヒェ達に連れられた所は巨大な千年樫の樹の倒木だった。
『★婆さん。ここで何するん?』
『ほほほ…この樹を槌にしてあの壁を壊すんじゃよ』
『○婆さんを槌にして?』
『そうさ、それぐらいじゃないと壊れんじゃろ? あの壁は?』
「何を言っているのかよう判らんが…兎に角、それでワシの役目は?」
尋ねる老人に老婆は一瞥して応えた。
『この樹をちゃんと根から切り離して、先を尖らかすんじゃよ!』
「婆さん…あんた何者じゃ?」
『あたしゃ、この樫の木だよ! あんたが切り倒さんかったからこういう無様に倒れとるんじゃないか! まったく、御主の爺様が見たら嘆き悲しむぞ』
「ワシの爺さん? あんたがこの樫の木?」
『あたしゃ、あんたの爺さんの爺さんの…兎に角、あんたの御先祖さんに植えられたんじゃ…それより腕の方は確かじゃろうの?』
老婆は斧から折れた柄を取り外すと自分の腕をその中に入れて、そのまま斧を老人に渡した。
『ほれ。直したぞ。千年樫の柄じゃから折れたら御主の腕の所為じゃぞ』
老婆の片腕が無くなっているのは柄になったからだろうか。
「婆さん…あんた…」
『いいから早く削らんか! 其処の小さいのは無駄な枝を切り落とすんだよ』
「わかったぁ!」
嬉々として鉈を振るうギゼルに負けじと老人は斧を振るい始めた。
「…おぉ…いい斧じゃ。ありがとよ」
『★婆さん…ありがと』
『なあに、やっと人様の役に立てるんじゃ。礼をいうのはこっちの方じゃよ』
『☆腕…無くなったね…』
『別に気にする事ぁないよ。これからあの壁に大穴開けるんじゃ。それから先は頼んだよ』
『○うん…ありがと』
涙ぐむ人形達。それを優しく見守る老婆にヌーラ姫が尋ねた。
「それで私達は何を?」
『おぉぉ! そうじゃ忘れとった。アンタ達はあの沼のニクシーじゃろ? それならば途中から波でワシを出迎えてくれないかい?』
「波を?」
『そのほうが速くなれるじゃろ?』
「…判りました! 速い方が壁を壊しやすいですものね。では、急ぎ沼に戻ってお迎えする準備を」
『頼んだよ』
沼に駆け戻るヌーラ姫と侍女達の姿を見て老婆は人形達に言った。
『…ここまで精霊達が助けようとする人間というのも珍しい。ワシ等は普段はお互い知らん振りしているのに…御前さん達が一緒に旅しているのが判ったよ』
『◎…うん』
53.決意の時
ヒュドラの牙の触手の攻撃は次第に激しくなりソフィアが避け続けるのも辛くなってきた。
幾度となく叩かれては水面に落ちそうになる。叩いた時に法力を吸い取るのだろう。ソフィアの身体から力が抜け…虚脱感にも襲われながら、躱し、逃れ、飛び続ける。最初の一撃のように不意を襲われていないということだけがソフィアを飛び続けさせていた。飛びながらもソフィアは念を集中しようとするが触手の攻撃を避けるのが精一杯だった。
そして、幾つかの呪文で応戦してもそれは触手にはほとんど損傷を与えず、ヒュドラ自身をさらに活性させるだけ。
『くっくっくっ…森を焼く事ができんように結界を張ったようだが、御主の命一つでこの神獣は甦るだろうよ。その在り余る法力を吸い込んで…くっくっくっ』
読んで下さりありがとうございます。
これは光と闇の挿話集 長編の1作目になります。
27/30話目です。
投票、感想などいただけると有り難いです。